北郷朝五十皇家列伝・董家の項[董卓]

 董家は董卓からはじまる皇家である。暴虐不遜の魔王といわれた彼女がいかにして……(中略)……
 歴史的に見ても、『帝国』は、専制国家の中では後宮の害が最も少なかった王朝であるといえよう。
 それは、特異な皇帝選抜機構のために、後宮が皇帝の後継者を育成する場とはならず、ただの皇帝の家庭でしかなかったことが大きい。
 後宮にいることが、栄達にはつながりにくかったのだ。
 とはいえ、前皇帝の妃、あるいは皇帝の母が後宮から権力を振るうという図式は排除されていたものの、皇帝自身が寵姫に操られ、その縁戚を重用する外戚の害を招く可能性は残存し……(中略)……
 通常、皇妃となる人間でも、能力があればそれ以前に宮廷において官位を取得しているものである。
 生前承継を行っていた『帝国』では、幼年での即位というのは考えにくく、皇妃も皇帝登極の時点ではそれなりの年齢が予想されるからである。
 よって、皇妃となってから官位を与えられることや、極端に高い官位を与えることは禁じられていた。1
 だが、それでもなお外戚の害は懸念された。
 これを抑制したのが、鳳家によって行われた後宮教育(詳細は鳳家の項目を参照)と、董家が代々その長を務めた、メイド隊2の存在である。
 メイド隊は、その業務自体は通常の女官と変わりなかったが、宮廷の典礼百般に通じ、一般の女官より教養高く、また武術の心得もあり、護衛としても仕える皇妃をよく守った。後宮の平和は、曹魏の親衛隊から転じた後宮警護隊と、このメイド隊によって保たれていたといっていいだろう。
 しかしながら、この部隊は後宮において皇妃の身の回りの世話をすることをその目的としながらも、組織としては後宮に所属せず、皇族会議直轄を貫いた。
 皇族会議が、皇帝の度を超した妃への傾斜を認めた場合、皇族会議は皇帝をまず諫めようとする。
 これがはねのけられた場合、選帝皇家による弾劾もありえるが、原因が主に皇妃側にあると考えられた場合はメイド隊がその皇妃を『処置』することが専らであった。
 例を挙げよう。
 十一代真帝の時代、後宮には千玉という市井から上がった美女があった。真帝の十二年、千玉にのぼせ上がった皇帝は諫言をものともせず、彼女の兄を大将軍の地位につけた。
 その布告が出ているちょうどその時刻、千玉は自室で毒を飲まされた上、枕で窒息死させられる。
 そのことを告げられた真帝と千玉の兄たる大将軍は、思わず酒杯を取り落としたという。その後、千大将軍は三日で職を辞し、真帝は後宮に閉じ込められて朝議に出ることを許されなかったと……(中略)……
 このように、刀周家が皇帝を弑したてまつる権限を与えられていたと同様、董家には度が過ぎて政治に干渉する皇妃を排除する権限が与えられており、その刃は刀周家よりもしばしば………(後略)


  1. もちろん、最終候補の三名のうち天子とならなかった二名が皇妃となっている場合は除かれる 

  2. 女威討や明弩など何種類もの字をあてられている。これは、おそらくは『メード』『メイド』の音写であろうという説が有力である。ただし、本来の意味は失われて久しい。また、この単語と西方のmaidという単語の類似を指摘する研究者もいるが、その成立年代を考えれば、西方へ伝播した結果maidの単語が生じたと考えるのが妥当であろう 

北郷朝五十皇家列伝・董家の項[董卓]」への2件のフィードバック

  1. ここまで北郷朝五十皇家列伝を読んで思った事ですが、全ての起源が恋姫に由来すると
    いうスタイルが、全ての起源が韓国と主張する風刺ギャグマンガの「テコンダー朴」に
    すごく似通った物を感じます。
    それも、あっちは突っ込まれるのを狙って確信犯で書いてるのでギャグとして笑えますが、一壷酒さんは多分これをノリノリで大真面目に書いてらっしゃいますよね?
    態々前置きでフィクションと強調しているという事は多少なりとも自覚があり、
    酔いきってはいない分マシですが、これを五十人分羅列されるのは語弊を恐れず
    言わせて頂くと「イタい」です。

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