西涼の巻・第二十八回:北郷一刀、覇王と共に江東の小覇王の葬儀に出発すること

1 2 3 4 5 6

 俺たちは敵兵たちが近づいてくるのを見やった。
 万を超える軍勢が、城壁の向こうを進軍してくる。
「昔を思い出さない?」
「ああ、思い出す」
 かつては、あそこにいたのは玄徳さんの軍だった。
 今回は、主将は司馬昭、もしくは司馬朗あたりだろうか。あるいは、孔融が直接出てきているかもしれない。
「あの時のように、ひっぱたく?」
「そんな必要がどこにあるんだ? さて、今度は誰が一番乗りかな」
 とはいっても、大半の将が北伐のため出払っている。
 守将の流琉というのが妥当なところだろう。雪蓮か美羽がわがままを言わなければ。
「ふふ。助けがくることに疑問すら抱かなくなったのね。さすがだわ、一刀。それでこそ、我が横に立つ男」
 頼もしげに微笑まれると、なんだか照れてしまう。
「あの時は、まっしろになった……」
 ぼそりと呟いたのは恋。ああ、そういやあ、あの時は……。
「恋は寄せ手にいたのよね」
「今回は、敵に恋いない。こっちに霞もいる。余計負けない」
 それを聞くと、華琳は大きな声で笑った。
 その澄んだ笑い声が空に広がっていく。恋が、隣で不思議そうに小首をかしげていた。
「ええ、恋。そうね。負けないわ。私たちは負けない」
 そこで、詠が戻ってきた。見れば、中庭にはずらりと兵が整列している。
「兵を揃えたわよ」
「よし」
 華琳は息を吸い、顔を引き締める。それは、曹孟徳という覇王の顔。
「呂布!」
「……ん」
「親衛隊千をもって、戦場を攪乱せよ。ただひたすらに弱いところを斬りまくれ。無理と思えば下がり、進めると思えば進め。将の首にはこだわるな。ただ、乱せ」
「……わかった。でも、恋、下がらない」
 その答えに、彼女は満足そうに頷く。
「ええ、それでいいわ」
 次に、彼女は霞に向き直る。
「張遼!」
「応っ」
「呂布の混乱を利せる時をはかり、麾下の五百の騎兵で本陣を突け。貫けなくて構わぬ。ただ、脅かせればよい」
「おうさ。せやけど、うちも首の一つや二つ取らせてもらうで」
 にやりと獰猛な笑みを見せる霞の姿は、すっかり戦時のものに戻っている。
 俺は、ここ二年ほど見てきた霞の姿が、半ば呆けたものであったのを強く意識せざるをえなかった。
「まったく、頼もしいばかりね。でも、誤解しないで。あくまで、今回は一揉みして、相手の気組みを崩すのが目的よ。いまは、数を恃んでこちらを圧倒せんばかりの気勢だけど、所詮は寄せ集め。一度崩れれば脆いわ」
「それで相手を混乱させ、恋や霞の力で萎縮させるのか。もう一回まとめ上げるまで時を稼ぎ、援軍を待つのが狙い?」
「ええ、そういうこと」
 おそらく、霞と恋の暴れぶりを見れば、相手の軍は慎重になる。
 慎重で済めば問題はないが、相手の軍にとっては不幸なことに、恋と霞はとてつもない。
 おそらくは兵たちは縮みあがってしまうだろう。
 そして、籠城戦は辛く苦しいものだが、腰の引けた相手ならば、苦労は減る。
「賈駆。城の防備は任せた。私と北郷は、守備兵のうち二千を率い、出陣する」
「ここでまで自分を囮にするの? まあ、士気を考えればそれもありでしょうけど。危なくなったらさっさと退くのよ」
 詠は高揚感のまるでない普段通りの声で答える。緊張していないはずもないのだが、このあたりはさすがと言えよう。
「言うわね、詠」
「ボクはあんたの指揮下に入ってないもの」
「あはは。そうだったわ、すっかり忘れていたわ。ごめんなさい」
 こちらは本当に愉快そうに言う華琳。
 戦を前に、その行動の一つ一つが生き生きとしていた。
 ああ、やはり。
 彼女は覇王なのだ。
「一刀」
 ついに俺への指令だ。俺はゆっくりと頷いた。
「背中を預けるわ。だから、退く時はあなたが決めなさい。私はそれまで前に出続けるから」
「了解。ちゃんと時機を見るよ」
 危険を察知するのなら得意だ。
 なにしろ、俺は弱いから。
「さあ、行きましょう。聖人の子孫とやらに、覇王の武を見せつけてやるのよ」
 親衛隊の将校や守備兵の隊長を呼び、霞や恋、それに華琳自身が一連の指示を下す。
 彼らがそれぞれの部署に駆け戻るのを見届けてから、華琳は城壁を進み、中庭を傲然と見下ろした。
「武器をっ!」
 その声に、親衛隊の一人が絶を捧げ持ち、走り寄ってくる。彼女はそれを受け取ってまっすぐ前に構えると、声を張り上げた。
「我が愛しき兵たちよ。戦乱の世は過ぎ、いまや我らは手を携えて外へと向かう時代へと足を踏み入れた。
 なれど、それを是とせず、未だに漢土の中で乱を起こさんとする者たちがいる。変化を嫌い、ただ、己の権益のみを追い求める者がいる。
 三国の秩序を嫌い、これに刃向かうというならばそれもよし。我と覇を競わんとするならばそれもまたよし。なれど、その愚かな行為には、それ相応の代償が伴うことを、やつらは知らねばならぬ。
 時を止め、あわよくば戦乱の時代へと巻き戻さんとする者たちを、我らは駆逐せねばならぬ。思い出せ、黄巾の乱以来、我らが失った友を、良人を、親を、子を!」
 おおおおおおおおおおおお――!
 地を震わせんばかりの喊声が、兵たちの間からわき起こる。
 その声を慈母のごとき微笑みで包み込み、もう一度、彼女は大きく息を吸い込む。
「我が(つわもの)どもよ、その一振りが時代を築くと思え。その一歩が時代を進めると思え。
 我らは立ち止まってはならない。それが、魏の兵のさだめと知れ。
 さあ、進め、新時代の礎となる誇りを胸に。
 打ち砕け、平和の時を汚す者たちへの憎しみをもって」
 華琳は絶を振り上げる。その腕が振り下ろされる時が、彼女の戦の始まる時だ。
「出陣!」
 覇王の号令をもって、戦が始まった。

1 2 3 4 5 6

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です