西涼の巻・第二十七回:孫伯符、周公瑾共に死すの報が都に届くこと

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「姉様っ」
「お、お亡くなりになられたとっ」
 声を聞けば、さすがに動揺している二人でも気づく。彼女たちは揃って驚きの声を上げた。
 気持ちはよくわかる。正直、俺も驚いた。
 俺が驚いたのは、彼女たちがよりにもよって自分たちの死を告げる急使としてやってきたことだったけれど。
「だからー。孫策は死んだわよ? ここにいるのは孫奉」
 白面の女性はまるで説明する気がないらしい。それを見て、闇色の面を着けた女性がおなじみのため息をつく。
「まあ、うん。死んだことにした、ということだ。わかるだろう」
 蓮華と思春は絶句するしかない。
 他の三人はそのことについては了解しているので、俺としては少々申し訳なくなる。
「しかし、なぜ……そのような」
 蓮華が尋ねた時、ふと雪蓮の顔が引き締まった気がした。面の奥で光る瞳は、直接見つめられているわけでもない俺でも痛く感じるほどに鋭い。
「蓮華は何と言ったら満足する?」
「それは……」
「考えなさい。これがあなたへ残す最後の課題。そして、あなたは王になるの」
「しかし、姉様っ」
 詰め寄る妹の前に雪蓮の手が上がり、思わず蓮華がびくりと震える。
 だが、その手は優しく彼女の頬にかかり、ゆっくりと顔の輪郭を確かめるように指先が滑る。
「あなたは南海覇王を受け取った。その時の気持ちを忘れないことよ」
 そう言って、彼女は鬼面を外す。そこに現れた雪蓮は、普段のようにふざけているでもない、ただ透明で、柔らかな微笑みを浮かべていた。
 棒立ちになってしまった蓮華を愛おしそうに見つめ、そして、周囲の俺たちを見回すと、照れたような表情を浮かべて、再び、その真白き面を身につけてしまった。
「なあ、偽名と仮面はともかく、なんで二人ともメイド服なんだ?」
 俺は、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
 月たちとは違ってフリルを抑えめにした黒基調のシックなデザイン。それこそ、十九世紀英国調、まさに正統派のメイド服だ。
 以前、思春のためにつくったやつを各人に合わせたのはわかるが、この二人が着ると、えらい迫力だ。
「そりゃあ、死人を押しつけるなら一刀のところという慣習が……」
「ない」
 きっぱり言っておく。そんな慣習はない。
 いや、待てよ。本来はそうあるべきなのか?
「えー」
「いや、雪蓮たちが俺のことを頼ってくれるのは嬉しいけど、でもなあ」
「これについては以前から決めていたことだ。ただ、まあ、このような服を着せられるとは……」
「あ、それは私の趣味ー」
「雪蓮っ」
 顔を赤くして――案外頬だけで判断できるものだ――怒鳴る冥琳に、雪蓮は涼しい態度で手をひらひらさせている。
「いいじゃない。めいどとやらでしばらくごまかしてれば。桃香たちは月を匿っていた以上、同じ手口に文句は言えないし、華琳は協力してくれてるんだしさ。それに、冥琳は子供の世話もあるんだしー」
 雪蓮の理屈は、間違っていないだけに厄介だ。
 もちろん、俺としても彼女たちを拒絶するつもりはないが、それにしても……。
 とはいえ、彼女らしいといえば彼女らしいか。俺はなんとなく笑みを浮かべてしまう。
「まあ、まずは養育棟に入ってもらって、他の子供の面倒を一緒に見てもらえば? 他の者と違って、双子で二倍大変なんでしょう?」
「二倍かどうかはわからぬところだが……。まあ、大変ではある」
 冥琳の声は、疲れたようでいて誇らしげでもある。母親っていうのは、こういうところは共通なのだろうか。
「そのあとは、儂と三人で仮面の将軍じゃな」
 うんうんと心底楽しげなのは祭だ。
 祭にしてみれば、新しい世代に呉を引き継げた上に、自分が育ててきた二人は位を退いて悠々自適となれば、自分自身も肩の荷が下りた気分だろう。
 うきうきするのもわかる。
「あ、いいわねー」
「文台様が見られたらなんと言われるやら」
「絶対、自分の仮面はないのかって言うわよー。母様だし」
「うむ。そうじゃ、そうじゃ」
 わいわいきゃらきゃらはしゃいでいる三人に対して、蓮華はよろよろと華琳の執務机によりかかる。
「はあ。なんだか頭が痛いわ、思春」
「心中、お察しいたします……」
 俺は彼女たちに近づくと、小声で話しかける。
「まあ、あの三人はもう引退した気分だろうからな……。しょうがないよ」
 思春はしばらくいぶかしげにこちらを見ていたが、段々と表情が険しくなっていった。
「……北郷。貴様、知っていたな」
「おかしいと思ってたのよね。祭はともかく一刀は姉様が死んであんな平静を保てるわけないって……」
 思春には睨みつけられ、蓮華には呆れたようなため息をつかれた。たしかに、話せなかったのは悪いと思うけれど……。
「いや、南海覇王を託されてたから、緊張してたのはあったぞ」
「あれは、姉様が持ってきてこっそり渡したものではないの!?」
 そう疑うのもわかるが、そもそも、俺は雪蓮たちが自分たちの死を知らせる急使に扮して洛陽にやってくるなんて聞いていない。どこかに身を隠すだろうとは思ったが……。
 しかし、考えてみれば一番いいのかもしれない。呉にいるわけにはいかないだろうしな。
「蓮華たちと建業を発つ前から、大使館の俺の部屋にあったよ」
「姉様、なんてことを……」
「だってー、一番信頼できるじゃない。一刀って、そういう欲ないし」
 剣の柄をしっかり握り顔を青ざめさせる妹にも、雪蓮はまるで悪びれない。
「強いて言えば、曹孟徳という人物が見ている前で、実質的な王位継承の儀式が執り行われるようにするために、一刀殿に預けるのが一番であった、とは言えるだろうな」
 冥琳はそう言ってから、肩をすくめる。
「まあ、実際は、こやつのいつものやつだ」
「勘、ですか」
「勘ね」
「勘じゃな」
「なによー」
 さすがに息が合ってるな。
「ところで、聞いていなかったけれど、小蓮はどうするの?」
 ふと、華琳が雪蓮に向かって尋ねるのに、雪蓮はゆっくりとかぶりを振る。
「それはもう私に聞くことじゃないでしょ、華琳」
「なるほど。それもそうね。では、どうするのかしら、蓮華?」
 急に部屋中の視線が集まって、蓮華は少々戸惑っているようだった。考えながらゆっくりと言葉を口にする。
「小蓮は、連れて帰ろうと思っておりましたが……。こういうことならば、洛陽に残し、大使としたい」
 それから俺のほうを見て問いかけてくる。
「たしか、いずれ大使は一人にする予定だったな? この事態だ。早めてもらおう」
「一刀?」
「問題ないと思う」
 緊密な連携を考えて正副二人の大使を要求していたが、こちらから派遣している秋蘭、真桜が共に一人でも――もちろん、その下には多数の文官がついている状況で――十分仕事をこなせていることもあり、正使一人に縮小することは検討されていた。
 次の赴任からという予定だったが、実質、呉にとっては小蓮が次の赴任となるのだから問題ないだろう。
「じゃあ、そういうことにしましょう」
 ところで、シャオには雪蓮のこと、どう言うんだろうな、などと考えていると、祭が思い出したように言い出す。
「そうじゃ、葬儀はいかがなさいます? 華琳殿と旦那様も出ずにはいられまい」
「そうだな……。そのあたりは私が先に建業に戻ってから手配して……。って、はあ、なんで死んでもいない姉の葬式をせねばならんのか……」
「だからー、死んだってばー」
 言ってから一人で笑っている雪蓮。
 まあ、自分の葬式の手配を心配する妹を見るというのもなかなか貴重な経験だとは思うが。
「本国には穏も亞莎もおりますから……とはいえ、まずは蓮華様に一刻も早く呉にお帰りいただき、正式な王位継承を果たし、もし不満な者があるようなら、これを討ってもらわねば」
「そうだな……」
「まあ、そのための呉軍十二万と南海覇王だしねー」
 さすがにその言葉に、思春が驚いた顔をする。
「あれは北伐の軍では……」
「それも計画のうちなのよ。呉軍は北伐には直接参加せず、糧食だけをいただくことになってるの」
 さらに問いかけようとした思春を、蓮華は彼女の手を掴んで制止する。
「よい、思春。それよりも、最初から全てうかがいましょう。全て、です」
「では、部屋を用意するわ。長くなるようだから」
 そう言った後で、華琳は朗らかな笑みを見せた。
「ああ。でも、その前に、まずは子供を見てやったら? 気分も和らぐかもしれないわよ」

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