西涼の巻・第二十六回:北郷一刀、楽文謙より罪の告白を受けること

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 紫苑の口ぶりから考えると、彼女が見たというのは魏の誰かだろう。
 誰であるのか解明したい気持ちはある。だが、果たして詮索すべきなのかどうか。
 誰が辛い思いをしているかを知るよりも、俺の大事な人を幸せにするべく努力すべきでないだろうか。
 そんな風に思い悩んでいる暇は、実を言うと、そんなに無かった。
 俺が紫苑から話を聞いた三日後には、張り詰めた顔をした凪が部屋にやってきたからだ。
 しかも、もうほとんどの者は眠りに就いているであろうという夜更けに、だ。
 彼女に乞われ、つきそいでやってきたという沙和も一緒だった。
「たいちょーにだけ話すって、聞かないの」
「どんなことかも言わないわけか?」
「うん」
 あきらかに落ち込んだ様子の凪をともかく座らせて、部屋の隅で沙和とそんなことを話す。
「でも……自分で言ってるとおり、たいちょーになら、話すと思うの」
「まあ、そりゃそうだろうが……。あんな凪、見たことないぞ」
 人間は間違いを犯すものだ。
 あの華琳ですら時に間違った判断をして、そのことに悔しがり、反省し、糧として次につなげるくらいだ。
 凪だって、これまである程度のミスは犯してきている。俺が彼女たちを率いていた時だって、皆無というわけではなかった。
 実際の所は俺のほうがよほど出来ていなかったりするところもあったのだが、立場上、凪を叱責したことだってある。
 彼女はそれを受け止め、しっかりと自分の力にして、二度同じミスを犯さないよう努めていた。
 そういう時の凪は確かに落ち込んでいる風情は見せていたが、今日のそれはまるで桁が違う。
 彼女の周囲の空気までどんよりと曇っていそうなくらいなのだから。
「沙和だって見たことないの。ともかく、たいちょーにしか任せられそうにないから……お願いね?」
「ああ、任せておけ」
 言葉ほど自信があるわけじゃあないが、胸を張り、はっきりと宣言する。
 そうすることで俺自身にも気合いを入れているのだ。友人のことが心配で、涙目になりそうな沙和を安心させてやることも出来る。
「うん。ありがと」
 そう言って、俺を応援するように手を振って出て行く沙和。
 親友の凪を任せてくれた彼女の信頼には、応えねばなるまい。
 俺は、覚悟を込めて、彼女のほうに向かった。
「私には、魏の……華琳様の臣下たる資格も、隊長に愛される資格もないんです。いえ、失くしてしまいました」
 彼女の向かいに座った俺に対して、凪が最初に放ったのはそんな言葉だった。
 青ざめた顔で、そんな酷薄をする凪に、俺の頭は一瞬真っ白になる。
 だが、もちろん自失している暇などありはしない。
「一体なにがあったんだ」
「それは……」
 凪はためらうような仕草を見せる。銀灰の髪を揺らし、その顔を歪ませて、彼女は何事か考えている様子だった。
 そんな凪を見つめながら、俺も考える。
 たとえば、優しい言葉でなだめつつ、彼女の心を和らげ、その不安を取り除くことも、時間をかければ可能だろう。
 だが、生真面目な性質の凪が、これほど思い詰め、華琳の臣たる資格がないと述べるほどの事態だ。
 果たして、普通に接するやり方でいいのだろうか。
 そんなことを考えている俺を、凪は上目遣いに見つめてくる。まるで、親に叱られるのを恐れる子供のように。
 その様子を見た時、俺の心は決まった。
「楽文謙」
「はっ!」
 改まった調子で名前を呼ぶと、凪は姿勢を正し、思わずと言った様子で立ち上がって返事をした。
 さすがに体は椅子に戻させてから、俺はゆっくりと言う。
「俺は、華琳の客将として、君たち三人を預かった。覚えているね?」
「忘れるはずがありません!」
「なら、思い出すといい。俺は君たちを預かった。その意味を」
 黙って俺の言葉を聞く凪がしっかり理解できるように、あえて何度も繰り返しながら話していく。
「華琳の臣下たる資格があるかどうかは、君が判断することじゃない。俺が、この俺が決めることだ。違うかい? 凪」
「……はい。仰るとおりです」
 少しだけ言葉に詰まって、凪は頷いた。
 実際の所はそれを決められるのは華琳ただ一人なのだが、いまはそんな原則論を振り回すときじゃないだろう。
 俺に愛される云々とも言っていたことだし。
「じゃあ、凪が勝手に決められる話ではないことはわかった上で、何故そんなことを思ったのか、どんな思考を辿ってその結論に至ったか、全部話すんだ」
 それから、俺はことさらに厳しい口調で付け加えた。
「場合によっては、俺が君を罰する」
 罰という言葉を出した瞬間、凪の顔にどこかほっとしたような表情がよぎったのを、俺は見逃さなかった。
 やっぱりか。
 彼女はどうも罰せられたがっているらしい。
 彼女を悩ませている事柄が一体どんなことなのかはわからない。
 だが、彼女自身はそれを気に病んでいる。そして、心のどこかで、それを解消するための行動を求めている。
 いわば贖罪の苦行とでも言うべきものを。
「隊長の仰るとおりです。いかなる処罰も受け入れます」
 うんうんと納得したように頷き、いっそ晴れ晴れとした表情になって、凪は話し始めた。
「先日のことです。私は、隊長が黄忠さまと璃々の三人でいる姿を見ました」
「ああ……」
 なるほど、紫苑が言っていたのは凪のことだったのか、と俺はようやくそこで理解したのだった。
「そこで、私は……」
 凪は一度言葉を切り、ごくりと喉を鳴らしてから、勢いをつけて言葉を発した。
「私は、お三方を睨んでいる自分に気づきました」
「睨んで?」
「はい。きっと、ずいぶんと醜悪な表情だったことでしょう。私は……その光景を羨み、なぜ自分がそこにいないのかと思ってしまったのです」
 なるほど。
 紫苑が気遣わしげにしていたのも理解できる。
「ええと、まあ、つまりはその……嫉妬したってことでいいのかな?」
 こくりと頷く凪。
 ああ、もうかわいいなあと思いつつ、表向きは落ち着いた様子で言葉を続けた。
「でもな、わかってると思うけど、俺と紫苑は……」
 そこまで言ったところで、凪は否定の仕草を示す。
「隊長。黄忠さまはそこまで関係のない話です」
「え?」
「たしかに、黄忠さまの立ち位置は羨ましいものです。ですが、実際に私が羨んでいたのは、璃々の存在です」
「は?」
 思ってもみなかった言葉に、おかしな音が喉から漏れる。
「なぜ自分はいま、隊長の子を産み育てていないのだという……そんなねたみの心こそが問題なのです」
 そうして、凪は自分の罪の本質をそう告白してのけたのだった。

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西涼の巻・第二十六回:北郷一刀、楽文謙より罪の告白を受けること」への2件のフィードバック

  1. ただの子供連れの夫婦なら微笑ましくある光景だろうけど、それが自分の好きな人(今回の場合、一刀)とその友人(今回の場合、紫苑)と友人の子供(今回の場合、璃々)がまるで一つの家族に見えたら妬みもするでしょう。だから凪はそれほど悪くはないはずだけど、真面目というか真っ直ぐな彼女(凪)は罪悪感に苛まれるのでしょうね。

    •  そうなんですよねー。真面目すぎるのも大変です。
       でも、まあ、それもこれも一刀さんに原因があるわけですから、一刀さんに頑張ってもらうしかないでしょうなあ。

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