西涼の巻・第二十六回:北郷一刀、楽文謙より罪の告白を受けること

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「なぜ、貴様となれ合わないとならんのだ?」
 その武将は、いっそ不思議そうな表情でそう俺に尋ねかける。
「いや、まあ、その……。これから一緒に戦っていくわけだし、親交を深めることは……」
 黒髪の中で一房だけ真白く抜けている。そんな髪を揺らして、彼女は首を傾げる。
「戦をするのに、町歩きのなにが役立つというのだ?」
「そりゃ、直接にはなにかあるわけじゃないけど」
「なら、意味は無いな」
 文長さんはあっさりとそう言い切って肩をすくめてみせる。
「そ、そうかな」
「ああ。戦場では指揮に従おう。武功も立てよう。宴に出て酒を酌み交わしもしよう。それで十分だろう? それ以上の親しさなど特に必要あるまい?」
 俺はその時、よほど奇妙な顔付きをしていたのだろう。
 文長さんはその綺麗な顔を歪めて、俺に同情するような表情を浮かべた。
「誤解するなよ。ワタシはお前を嫌ってはいない」
「それはよか……」
 ほっとして応じようとする俺を遮って、彼女は言葉を続ける。
「だが、好いてもいない。そして、それ以上の感情を抱くつもりもない」
「そ、そうか。すまなかったな」
 そこまで言われては、もはや今回の誘いは失敗だ。
 俺は潔く諦めて、その場を後にしたのだった。

「都を二人でそぞろ歩きというのは、心引かれる提案ではありますが」
 子龍さんは、俺の提案に袖で口元を隠しながら、流し目を送ってきた。
「残念なことに、いまは時間が取れそうにありませんなあ」
「……まあ、そうだよな」
 この洛陽にいる武将たちは、それぞれに皆忙しい。特にいまは北伐の準備で時間に追われている者が多いはずだ。
 それに加えて、子龍さんの場合は仮面をつけてのヒーロー(?)活動もある。
 時間のやりくりはなかなか厳しいだろう。
 いまだって、北伐――主に進軍について――の打ち合わせの後で誘ってみていたのだから。
 彼女が一人で飲み歩いている時間があるのは知っているが、それは一人で過ごすからこそ、息抜きになっているのだろうしなあ……。
「申し訳ありませんな」
「いやいや。謝られるようなことじゃないさ」
 そもそも、彼女たちが都にまで出張って来てくれているのは、俺たちが主導している北伐のためだ。
 その上、さらに時間を割けというのだから、わがままな話と言えば言えるのだ。
「焔耶のやつめにも断られたとか」
「ああ、文長さんのほうは、その気がないってことだったけど」
「そうですか」
 そこで子龍さんは少し考えるようにしてから、ゆっくりと話し出した。
「以前、紫苑が言っていたように、貴殿と理解を深め合うことは大事でしょう。私は焔耶と違ってその重要性を認識しております。出来ることならば、時間を作りたい。ですが」
「うん?」
「おそらく、焔耶にしろ、私にしろ、町歩きよりも……おそらくもっと有用な手があるものかと。特に焔耶めには……ね」
「ふうむ……」
 含みのある言い方ではあるが、こちらをからかったり馬鹿にしている雰囲気は無い。ただ、それを尋ねたとしても、答えが返ってくるとは思えなかった。
「それがなにかは、俺が見つけなきゃいけないんだろうな、きっと」
 そう、俺が見つけなければ、意味が無いことなのだ。
 そして、その答えは子龍さんを満足させたようだった。
「そう難しいことはありません。すぐに思いつきますよ」
「そうだといいけどな。努力はさせてもらうよ」
「ええ。お待ちしておりますとも」
 こうして、子龍さんへのお誘いも、結局は不発に終わったのであった。

「そんなわけで、二人と腹を割って話す時間を作るのはどうやら難しそうだよ」
「そうですの……」
 子供の顔を見に天宝舎に立ち寄ったついでに、文長さんと子龍さんを誘った結果報告を紫苑にしておく。
 蜀の面々と理解し合う時間をとってくれと言ってきたのは彼女であるし、当然報告はしておくべきだろう。
 だが、実に申し訳なさそうな顔をしているのを見ると、少々心が痛む。
「とはいえ、それは現時点での話で、今後、北伐を進めていく上で、色々と接触していくはずだし……。まあ、まずはお互い拒絶しないというか……敵とみなしてるわけじゃないというのが伝わればいいんじゃないかな」
「それはそうですけれど……。一刀さんだってわたくしたち以上に忙しい中を誘っていただけたというのに……」
「いやいや、俺の場合は、大鴻臚の仕事だとかなんとか言い訳がつくからね」
 これは本当のことだ。
 もちろん、俺にも予定はある。その上、空いている時間があればあるだけ、どんどん華琳や軍師たちが予定を詰め込んでいく。
 だから、忙しくないといえば嘘になるわけだが、その一方、時間に融通を利かせられる立場であることも確かなのだ。
 軍の動きにがっちり時間を縛られている将軍たちとは、そのあたり少々事情が異なる。
「いずれにせよ、お誘いをいただけたことは、ありがたく思いますわ」
「ああ。俺としても、どんな人間かわかったほうが一緒に動きやすいしね。これからもそのあたり気を配っていくよ」
「ええ。それが、きっとお互いのためだと思いますもの」
 穏やかな笑み。紫苑が本気でそう考えているのが伝わってくるような温かな表情に、自然と俺も笑みを浮かべる。
 そりゃあ、一緒に北伐をしようっていう仲間なんだ。わかり合えたほうがいいに決まっている。
「ただ……」
「なんだい?」
 不意に憂い顔になった彼女に、俺はどきりと心臓を高鳴らせる。一体何を言われるのかという不安と、その少し影のある顔の美しさに。
「これは言おうかどうしようか迷ったのですけれど」
「ん?」
「この間の『でぇと』で、わたくしが少々挙動不審になったことがありましたでしょう?」
「ああ」
 小さな声で告げる紫苑のあまりに不安そうな様子に、俺はわかっていながら、ちょっとからかいたくなってしまった。
「紫苑が照れちゃってかわいかったことだろ?」
「もうっ!」
 ぷうと頬を膨らませて俺の肩を軽く叩く紫苑。その仕草は滅茶苦茶攻撃力高いぞ、紫苑。
「わかってるよ。その後だろ?」
「意地の悪い」
「ごめんごめん」
 拗ねたように口を尖らせる紫苑にぺこぺこと頭を下げる。
 結局、彼女は苦笑のようなものを浮かべた後で、話を続けてくれた。
「ともあれ、あの時ですけれど」
「うん」
「とある方をお見かけしたんですの」
「え?」
 一体誰だろう。
 あのときの紫苑の表情を思うと、ただ見かけたというだけには留まらない気がするのだが。
「その方はとても寂しそうな、あるいは私たちをうらやむような顔を一瞬だけして、立ち去られましたわ」
「寂しそうな……」
「ええ」
 言葉が出ない。
 誰であったにせよ、そんな顔をさせてしまったとしたら、俺の落ち度だ。
「一刀さんが広い心の持ち主で、たくさんの方を大事に思っているのはよくわかっておりますけれど」
 紫苑は俺のことを労るように見つめながら、優しい声をかけてくれる。
「それでも、やはり、古くからあなたを支えてきてくださった方々へは、一段と感謝や思い遣りを示すことも必要かと思いますわ」
 示しているつもりだ、などという言い訳は口に出来なかった。
 伝わっていなければ、俺の『つもり』なんてどうでもいいことなのだから。
「人間、共に過ごせば過ごすほど、そうしたことをはっきりと示すことが少なくなってしまいますから。どうか、それだけはお心に留めておかれたほうがよろしいかと」
「ああ」
 そうして、俺は彼女の忠告に、心底からの礼を告げるのだった。
「ありがとう、紫苑」
 紫苑は微笑み、そして、それ以上なにも言わなかった。
 その時見かけたという相手の名も、また。

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西涼の巻・第二十六回:北郷一刀、楽文謙より罪の告白を受けること」への2件のフィードバック

  1. ただの子供連れの夫婦なら微笑ましくある光景だろうけど、それが自分の好きな人(今回の場合、一刀)とその友人(今回の場合、紫苑)と友人の子供(今回の場合、璃々)がまるで一つの家族に見えたら妬みもするでしょう。だから凪はそれほど悪くはないはずだけど、真面目というか真っ直ぐな彼女(凪)は罪悪感に苛まれるのでしょうね。

    •  そうなんですよねー。真面目すぎるのも大変です。
       でも、まあ、それもこれも一刀さんに原因があるわけですから、一刀さんに頑張ってもらうしかないでしょうなあ。

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