西涼の巻・第二十五回:黄漢升、洛陽の地にて北郷と戯れること

1 2 3

「お兄ちゃん、ありがとー!」
 璃々ちゃんはもう三度目にもなるお礼を俺に言ってくれる。
 結局、獅子の着ぐるみを試着した璃々ちゃんのあまりのかわいさに、俺が買ってあげると言い出してしまったのだ。
 だってなあ、かわいいんだぞ。しかたないだろう。
「喜んでくれたらそれでいいよ」
「うん。璃々、大事に着るね」
 この会話も、もう三度目。紫苑は困ったような顔をしているものの、その実、嬉しそうでもある。
「ごめんな。本当はあんまり甘やかしちゃいけないんだろうけど」
「いえ。たまのことなら、こちらもご厚意に甘えますわ。毎回となったらわたくしも止めますけれど」
「そうかい? まあ、 今日は特別だから」
 着ぐるみが入った包みを大事そうに抱えて懸命に歩く璃々ちゃんを見守りながら、俺たちはそんな会話を交わす。璃々ちゃんの体の大きさに比べるとかなり大きめの包みなので、大変だとは思うのだが、そこは、自分が持ちたいという気持ちが勝るのだろう。
「特別、ですの?」
「ああ。初デートってのは特別なものだろう?」
「そういうものですの? 『でぇと』というのは」
 ちょっとした軽口に対して普通に返されて、言葉に詰まる。
 そりゃそうだよな。紫苑がデートなんて単語の意味を知っているわけがない。
 たしか、今回の外出に関して提案したときにも口にしていたはずだが、なにかそういう言葉があるらしいということくらいしか伝わっていないはずだ。
「あー……」
 俺は少し考え、結局の所素直に全て白状することにした。
「実を言うと、俺の世界ではデートってのは、互いを意識した男女がすることが多いんだよ。恋人が遊びに行くのは普通にデートになるし、そうした関係の手前の場合もデートをしたりする」
「……なるほど」
 俺の言葉を聞き、紫苑の唇が笑みを刻む。その妖しい雰囲気にぞくりと震えが走った。体の奥底が熱くなるような震えが。
「いや、でも、まあ、もっと気軽な時にも使うけどね。友達同士とかで、ふざけて……」
「あら? 一刀さんはわたくしとの関係をおふざけと」
「いやいやいや! どうしてそうなるかなあ!」
 慌てた様子を見せると、くすくすと笑って、足を速める。璃々ちゃんに追い付いて、こちらを振り返る紫苑。
「では、どうお考えで?」
 ぐっと詰まった後で、俺はいい返しを思いついて済ました顔で告げた。
「それを知るために、こうして一緒に過ごしてるんじゃないかな?」
「そうですわね。では……」
「な、なんだい?」
「もっとよく見せてもらわなくてはいけませんわね」
 精一杯格好つけたつもりが、あっさりと流された上、さらにやり返されてしまった。
 まったく、敵わないな。
 だが、紫苑にやりこめられるのは、けして嫌じゃ無い。
「んー?」
 そんな俺たちのやりとりを聞いていたのか、璃々ちゃんが小首を傾げて紫苑を見上げている。
「あら、どうしたの?」
 なにか言いたいことがあると判断したのだろう。俺と紫苑は璃々ちゃんを道の端に連れて行き、身を屈めて彼女の視線と同じ高さまで顔を落とした。
「うん。あのね」
 璃々ちゃんは紫苑の顔と俺の顔の間で何度か視線を行き来させ、それから、にぱっと明るい笑みを見せた。
「お母さん、とーっても、楽しそう!」
 力を入れ、めいっぱい言葉を延ばして璃々ちゃんが言う。とても、嬉しげに、実に楽しげに。
「え? 突然なにを言っているの?」
「あのね、お母さんが楽しいと、璃々も楽しいの!」
 何故か妙に慌てる紫苑の様子もおかしいらしく、璃々ちゃんはきゃらきゃらと笑い声を立てながら続ける。
「今日のお母さんはとっても楽しそうで、璃々も楽しくて、わーってなるの!」
「わーってなっちゃうか」
「うんっ!」
 思わず両手を掲げて自分の中の感情の昂ぶりを示す璃々ちゃん。当然のようにその手から荷物が落ちるのを、地面につく前にキャッチしておいた。
「あ! ありがとう、お兄ちゃん」
「うん。大丈夫だよ」
「……わたくしからもお礼を申し上げますわ」
 小さな……ほとんど聞こえないような声で紫苑が言う。
 大したことじゃないさ、と言おうとして彼女のほうに振り向いて、その顔が真っ赤に染まっていることに気づいた。
 おいおい。もしかして、紫苑ってば、照れてるのか?
「ええと……紫苑?」
「お礼というのは、ただ街に出掛けるというだけで、こんなに楽しい気持ちにしてくださっていることに、ですわ」
 目を伏せながら、彼女は告げる。
 まるで自分の中の感情をもてあましている少女のように。
「あ、う、うん。こちらこそ」
 俺のほうまでなんだか動揺してきてしまったので、慌てて立ち上がる。
「それに、あれだ。まだまだ時間はあるわけだから。きっと、もっと楽しめるはずだよ。璃々ちゃんはまだまだ疲れたりしてないよね?」
「うん! 璃々、もっと色んな所行ってみたい!」
「よし、行こう行こう」
 璃々ちゃんと盛り上がっている俺のことを微笑んで見つめている紫苑。直接見えているわけじゃないけれど、その気配がすぐ側で、よりそうようにしてくれていることくらいはわかる。
 そのことが嬉しかったし、どきどきもさせられた。
 だが、しばらく璃々ちゃんと戯れていると、紫苑の注意が俺と璃々ちゃんから離れたことに気づいた。
「どうしたの、紫苑?」
 見ると、彼女はあらぬほうを見つめて、なにやら難しい顔をしていた。
 困ったような、哀しいような、複雑な表情だ。
「ああ、いえ……。少々気になるものが見えたものですから」
「……要注意の事態かな?」
 声をひそめて尋ねかける。
 暗殺や襲撃は、俺たちにとってけして縁遠いものじゃない。
 ここが治安のいい都であっても、いや、そうだからこそ、危険はある。
 ここは、俺たちだけを狙うような悪意があっても、おかしくはない場所なのだから。
 しかし、そんな俺の杞憂を、紫苑は明るい声で否定する。
「いえいえ。そういうことではありませんわ。さ、参りましょう。次はどこに連れて行ってくださるのかしら?」
 すっかりさっきまでの様子に戻った彼女に安心して、俺は紫苑と璃々ちゃんと三人でのデートを再開する。
 その時の俺は知らなかったのだ。
 彼女の見ていた先に、なにがあったか……いや、誰がいたかなど。

1 2 3

西涼の巻・第二十五回:黄漢升、洛陽の地にて北郷と戯れること」への2件のフィードバック

  1. 恋姫SSを書かれる作家さん達は紫苑のことをエロ系お姉さんとして捉えている様に見受けられますが、ああ見えて紫苑は娘の璃々に嫉妬する位に可愛い女性(ひと)なんですけどねぇ。あまり認知されないけど······

  2.  そうなんですよねー。
     私も以前書いたときは、そうした少女のようなかわいらしさをうまく表現することが出来なかったので、このサイトに載せる分ではなんとか……と頑張ってます。

     結局の所、紫苑さんは家と領地のために、いわゆる青春を謳歌出来なかったわけですよね。
     それは時代背景としてはむしろ当たり前で、一刀さんやそれに影響されたメンバーのほうがおかしいくらいではあります。
     でも、おかしくてもなんでも、恋をそれこそ命がけで楽しんでいる一団が近くにいるのは確かなわけです。
     そんな中で、紫苑の中の少女の部分が出てくるってのは、まあ、実は当たり前のことなんじゃ無いかなとも思います。
     蜀ルートではないので、なかなか難しい話ですが、一刀さんを心から信頼できるようになれば、もっと甘えられるのでしょうねー。
     そういう部分まで描き出せたらいいなあとも思ってはおります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です