西涼の巻・第二十五回:黄漢升、洛陽の地にて北郷と戯れること

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 蜀の面々との親交を深くする。その目的のために、凪や沙和とデートプランを考えながら洛陽の街を歩いていて、実感したことが一つある。
 俺は、やっぱりこの街が好きだ。
 華琳たちと守り、発展させてきた都市だという実感もある。
 そこに住まう友人知人だちのことを愛しく思うからというのもある。
 気軽に話しかけてくれる屋台のおっちゃんも、行商の兄さんも、酒屋の女将さんも気に入っている。
 警備隊を率い、この街の隅々まで分け入っていた俺だ。
 この街が孕む猥雑さも、物騒さも、貧困も、矛盾も、薄暗いことも、全部知っている。
 その上で、俺はこの街が好きだと断言できる。
 なによりも……俺にとって帰りたい場所とは、この街だったのだ。
 かつて、この世界を去り、元々俺がいた世界に戻ったあと、俺が夢に見たのは、宮廷よりも、この町並みだった。
 戦場での華琳や春蘭たちの戦いぶりよりも、この街を共に歩く光景のほうが、思い出しやすく、何度も繰り返し夢見た。
 幻すら目に浮かぶほどに。
 実を言えば、どうしても我慢できずに、あちらの世界の洛陽にも行ったことがある。
 ゆかりの場所に行くことで、なにか起きるんじゃないかと期待していなかったといえば嘘になるが……。まあ、当然のように何事も起きなかった。
 それでも、多少は思い出とふれあえるかと思ったが、残念ながらそれも難しかった。
 そもそも、あの世界の三国志の時代と、いま俺がいるこの場所は、似ているけれど違うものだろうと思う。
 時の流れを考慮に入れなくても、面影などあるはずもないのだ。
 色々と不思議なところもあるが、そはもう呑み込むしかない。
 いや、それはいい。
 いま、俺はこの場にいるのだから。
 そう、いるはずだ。
 俺の愛する人たちがいる、英傑たちが女性だらけの三国時代に。
 だが、これはなんとしたことだろう。

「なにを真剣な顔で悩んでいらっしゃるのかしら?」
「いや、まあ、うん……。この街は懐が深いなあと」
 俺の言葉を受け、紫苑は辺りを見回し、苦笑のような表情を浮かべる。
「……確かに」
 その表情の意味はわかる。
 なにしろ、いまいる服屋に並んでいるのは現代日本風のデザインがほとんどなのだ。
 ゴスロリ風はもちろん、ビジネススーツみたいなものや、学ランを変形させた女性ものの衣服や、バニースーツらしきものまで存在している。
「ふわあ……!」
 璃々ちゃんは動物を模した服に興味津々らしく、いくつもの着ぐるみのような服を見ては感嘆の声を上げている。
 紫苑の教育が行き届いているためか、引っ張ったりせずおとなしく見ているだけなのが幸いだ。
「都では、こうした服が流行なのですの?」
「……まあ、そうかもしれないな」
 そもそも紫苑たちの服にしても、かなりの縫製技術を誇るものだとは思うが、少なくとも現代日本とはデザインラインが異なる。
 いつだったか、俺が知る限りのデザインを華琳たちに伝えて、その結果として月や詠の着るメイド服ができあがった例はたしかにある。
 だが、いまここには俺が伝えたのよりも、もっと多くの現代日本風デザインがあふれている。
「都の職人が発展させたってことか……。さすがだな」
 華琳たちを通じてもたらされた俺のデザインを取り込み、発展させたというのは俺の推測でしか無い。だが、そう考えるしか無いではないか。
「え? なんと?」
「ああ、いや。まあ、一部の流行ではあるだろうけどってね」
 とはいえ、店丸ごと現代風のデザインで埋め尽くせるくらいには売れ筋なのだろう。
 元々、服を見るというのは町歩きのプランの中にあったのだが、まさか璃々ちゃんの服の話の流れから入った店が、こうした現代日本的デザインの店だとは。
「ああ、なるほど。あまり他では見ませんものね。でも、特定の場所でしか手に入らないというのは、かえって強みになることもありますわ」
「そうだな。この店ならではの売りなんだろう。……璃々ちゃん、それ気に入ったの?」
 とある一つの着ぐるみ――それは着ぐるみ風ではなく完全に着ぐるみだった――をじっと見つめている璃々ちゃんに声をかける。
 あれはなにを模してるんだろうな? 虎かなあ?
「うん。かっこいい」
「かっこいいか」
 璃々ちゃんがじっと見つめる列に並んでいるものは、どれも子供向けの、いわば着ぐるみパジャマみたいなものなので、かっこいいというよりかわいい雰囲気に見える。
 だが、璃々ちゃんが受ける印象は違うのだろう。
「恋お姉ちゃんみたい」
「恋ちゃん?」
「恋かあ」
 どこに恋と共通する要素を見出したのか、俺と紫苑は仔細に観察する。おそらくは、頭の周りを覆っている赤いたてがみだろう。恋の赤毛に通じるところもないではない。
 それに犬や猫を模した着ぐるみよりは、少し細身でしなやかな雰囲気もあった。
 全体としては可愛らしいのに変わりなくても、だ。
 そこで、近くを通りかかった店員さんがいたので、俺はその人を捕まえて、疑問に思ったことをただしてみる。
「すいません。あれはなにを模しているんです? 他のも見る感じ、動物ですよね?」
「ええと。……ああ、あれは獅子ですよ」
「獅子」
 獅子というとライオンか。
 いや、それを基にした伝承の生物と考える方がいいのだろうか。実際のライオンはいまのこのあたりにはいないことだし……。
「獅子……。そう言われればそうは見えないこともないかしら……。うーん、でも」
「獅子と言うには可愛すぎるよな」
「ええ」
「でも、恋をかわいい獅子といわれると、それはあたってる気がする」
「それもそうですわね」
 俺たちがそんな会話を交わして小さく笑っている間も、璃々ちゃんはきらきら目を輝かせてその獅子の着ぐるみを見つめている。
 時折、ちらちらと紫苑に視線を送るのは、おねだりしたいけど、言い出せないというところだろうか。俺と一緒と言うことで遠慮してるんだろうな。
「だめよ、璃々。普段着られるものなら買ってあげてもいいけど、それはいつも着られるわけじゃないでしょ」
 先手を打って釘を刺す紫苑。
 たしかに普段着にするにはつらいかもしれない。街中に遊びに出るには汚れを気にしなきゃならないし、城であの恰好で歩くのは紫苑の立場を考えるとあまりよろしくない。
 いや、着ぐるみでぽてぽて歩く璃々ちゃんという図は、皆を和ませるであろうことは間違いないのだが。
「えー。お母さん……」
「だめよ。でも、他のならいいわよ」
「これがいーの!」
 ぐずる璃々ちゃんと、なだめようとする紫苑。俺はその様子を見ながらこう提案してみた。
「ひとまず、試着してみるのはどう? それに、外に着ていけないなら、寝間着にすればいいじゃないか」

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西涼の巻・第二十五回:黄漢升、洛陽の地にて北郷と戯れること」への2件のフィードバック

  1. 恋姫SSを書かれる作家さん達は紫苑のことをエロ系お姉さんとして捉えている様に見受けられますが、ああ見えて紫苑は娘の璃々に嫉妬する位に可愛い女性(ひと)なんですけどねぇ。あまり認知されないけど······

  2.  そうなんですよねー。
     私も以前書いたときは、そうした少女のようなかわいらしさをうまく表現することが出来なかったので、このサイトに載せる分ではなんとか……と頑張ってます。

     結局の所、紫苑さんは家と領地のために、いわゆる青春を謳歌出来なかったわけですよね。
     それは時代背景としてはむしろ当たり前で、一刀さんやそれに影響されたメンバーのほうがおかしいくらいではあります。
     でも、おかしくてもなんでも、恋をそれこそ命がけで楽しんでいる一団が近くにいるのは確かなわけです。
     そんな中で、紫苑の中の少女の部分が出てくるってのは、まあ、実は当たり前のことなんじゃ無いかなとも思います。
     蜀ルートではないので、なかなか難しい話ですが、一刀さんを心から信頼できるようになれば、もっと甘えられるのでしょうねー。
     そういう部分まで描き出せたらいいなあとも思ってはおります。

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