西涼の巻・第二十四回:楽文謙、北郷と共に書店を訪れること

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「やはり……その」
 二人で歩き始めても、凪は自分の来ているふりふりの服が気にかかるようだった。しきりに引っ張ったりなでたりしている。
「隊長はこうした服装がお好みなのでしょうか?」
「好きだよ。まあ、その服が特別ってわけじゃないけど」
「どういう意味でしょう?」
 こんな時でも生真面目な様子で聞き返す凪がなんだかおかしくなる。
「かわいい女の子がかわいい服を着ていたら、それは楽しいよ。似合う服ならなおさらだ」
「似合う……って私にですか?」
「ああ。よく似合ってる」
 俺の隣を歩いている凪の顔が、また真っ赤に染まる。ついでにうーとかなんとか喉から細い声を出しているのがなんともかわいい。
「で、でも、落ち着きません」
「落ち着かない?」
「はい。着慣れていないというのもありますが、なにより防御力に不安があります。いざというとき、隊長の盾になることが出来ません!」
 防御力ねえ……。
 まあ、そりゃあ鎧に比べれば防御力は低いけど。
「そういう時は兵を呼べばいいじゃないか。この街は、凪たち自身が鍛えた兵が警備してるんだぞ?」
「それは……」
 俺の言葉にはっとしたような顔になる凪。そんな彼女に、俺はゆっくりと言葉を続けた。
「それに、今日は警邏じゃないんだ。警邏であれば危険な状況は考えられるだろうが、今日はそうじゃない。それに、たまには気楽に俺と歩いてくれてもいいんじゃないか?」
「……隊長」
 凪はしばし考え込むようにして、それからふっと小さく笑みを見せてくれた。
「わかりました。隊長がそう仰るなら」
「ああ。そうしてくれ」
 にこやかな笑みを向けてくれる凪にこちらも笑みを返してから、俺は一つ伸びをする。
「さあて、どこにいくかなあ。なにしろ最近は用事のある出歩きばかりだからなあ」
「そういえば、隊長」
 あてもなく足を運んでいる俺に、凪が控えめに語り掛ける。
「ん?」
「最近、華琳様の行きつけの書店が増えたのを知っておられますか?」
「へえ。そんなことが。華琳の目にかなう品揃えの店がまだあったんだな」
 この洛陽には、大陸中でも十指に入るであろう教養人が幾人もいる。その中でも、魏の覇王曹孟徳の教養の程度は抜きんでている。
 読んでいる書籍の数なら、あるいはもっと多い者がいるかもしれない。だが、理解という面にまで目を向ければ、華琳ほどの者はそうそういない。
 なにしろ、あの孫子に註釈をつけるなんてことをやってのけるんだから。しかも、戦乱の世で平定を進めながら。
 その華琳が行くに値すると考える書店というのは、洛陽でもごくごくわずかなものに限られるのだ。
 それが新たに見つかるとは……。
「長安のほうの老舗がこちらに店を出したということのようです。稟さまが見つけてきて、華琳様も行きつけに……という流れのようで」
「ほうほう」
「行ってみますか?」
「ああ、行ってみよう」
 そうして向かった先の店は、間口は狭いながら奥行きがかなり深く、ずらりと書物が並んでいた。
「これは……なんだろうな。本が好きなやつ相手の店の配置だな」
「そうなのですか?」
「あんまり間口が広いとうるさいだろ? 本好きはそういうの嫌いそうじゃないか」
「ああ、そういわれると」
 実際の所どうなのかは、俺もそこまで本好きというわけじゃないからわからない。
 ただ、なんとなく印象でそう思ったのを無理に説明しているだけだ。
 それでも凪は感心したようにしてくれているからいいだろう。うん。
「ふうん……。絵巻物中心の店なんだな」
 いくつかの書物を手に取り、ぱらぱらとめくってそう呟く。どれも字の割合はそう多くなく、ほとんどのページに絵や図が描かれている。
「ええ。わかりやすく伝えるということに重点を置いていると、稟さまも仰ってましたね」
「ふうむ」
 わかりやすさは重要だ。
 文字があっても図や挿し絵がある報がわかりやすくなるし、文字を読める人がそこまで多くないこの世界では、絵で伝えるというのはより重要となる。
 ただし、挿し絵や図は危険な面もある。
 省略や誇張は文字でもあり得ることだが、絵に描き出す時にはさらに顕著に表れる技法だ。
 それが技法止まりであるうちはいいが、事実をねじ曲げたりすることもある。
 わかりやすく、伝わりやすいだけに、おかしなことを伝えてしまうこともあるわけだ。
「とはいえ、華琳までここがお気に入りとなると……」
 おそらく、ここに並んでいる書籍は、そうした誤解されやすいような表現の少ない、誠実なものが多いのだろう。
 誇張はあったとしても控えめで、伝えるために必要な分だけ行われているに違いない。
 そして、そうした伝えるということに誠意を持って作られている本を、この書店は選び、並べているはずだ。
 そうでなければ、稟や華琳が足を向けるに足る書店だと認めるわけが無い。
「稟さまがここを見つけたきっかけは、お子様だったようです」
「え? 阿喜?」
「はい」
 驚く俺に、凪は淡い笑みを浮かべて告げる。
「いずれお子様が大きくなられたとき、まずは絵物語をお与えになることを考えて探した結果だとか」
「なるほどな……」
 つまり、稟は阿喜のための絵本を買い揃えようとしていたわけか。
 まったく、気が早い。
 だが、まあ、わからないではない。
 俺だって、阿喜が大きくなったらあれをしよう、これをしよう、どこにいこうと考えているからな。
「璃々にはちょうどいいのではないでしょうか」
「え?」
「黄忠さまをお連れになるにはよいのではないかと」
「……あ、ああ。なるほどな!」
 唐突に出てきた紫苑たちの名に驚いたが、凪はこのデートの言い訳になった『蜀の面々との散策コースを考える』というのを、まじめに考えていてくれたらしい。 まったく生真面目な凪らしい話だ。
「そうだね。璃々ちゃんもこれなら読めるだろうし……。実際に与えるかどうかは紫苑が決めるだろうけど、来てみるのは悪くない。ありがとうな、凪」
「はい」
 礼を言うと、実に嬉しそうに笑顔になってくれる。
 ついなでたくなる笑顔だ。
「あの……隊長」
「ん?」
「さ、さすがに、街中では、その……」
「はっ!」
 無意識のうちに凪の頭を撫でていた俺は、慌てて手を退けた。ほんのわずか寂しげに首をすくめる凪。
 危ない、危ない。
 また撫でそうになったぞ。鎮まれ、俺の体。
「ええと……ああ、そうだ。一応、華琳には紫苑に紹介していいか確認しておくかな。嫌がることはないだろうが、いきなり顔を合わせたりして驚かせちゃ悪いものな」
「さすが、隊長。素晴らしい気遣いです」
 凪の頭を撫でたいという気持ちを他所にそらすために、なんとなく言ったことに、目をきらきらさせて反応される。
 いや、さすが素直だな。
「それはともかく、華琳までとなると、よほどこの店の本はいいもの揃いだったんだろうな」
「はい。それはその通りでしょう。ただ……」
「ただ?」
 言いよどむ凪を促す。何度か目を合わせることで、ようやく彼女はその続きを口にした。
「私は、その……華琳様もいずれ自分のお子様に……と考えておられるかもしれないと」
「な、なるほど」
 華琳の子供か……。
 うん。まあ、あり得ない話じゃないよな。
 出来るようなことはしているわけだから……。
「あ! そうは言いましても、いま華琳様にそのような徴候があるという話ではなく、あくまでも先のことを見据えておられるということでありまして……」
「あー、うん。わかってるから、落ち着け、凪」
 黙ってしまった俺に、手を振ってわたわたと話し出す凪。そんな彼女をなだめるように、俺は声をかけた。
「は、はい」
 なんとか落ち着いて動きを止める凪。書棚に手が当たったりしなくてよかった。 まあ、凪のバランス感覚を考えるとそんなへまはしないのだろうけど。
「華琳も、そりゃあそういうことも考えるさ。近しい人間が立て続けに子を産んでいるわけだからな」
「はい」
 いくつか手にしていた書籍を棚に戻し、俺は凪を連れて外に出た。気に掛かる本はいくつかあったが、またの機会にしよう。
「だが、いまはその気持ちも淡い……おふざけのようなもんだろう。なにしろ、華琳は俺たち以上に忙しい」
「ええ」
 俺の言葉に頷く凪の顔つきは、先ほどよりずっと真剣なものだ。俺が話している内容が、それに値すると気づいているのだろう。
「俺はそんな華琳を支えていきたい。凪だってそうだろう?」
「もちろんです!」
 力強く同意し、ぐっと拳を握る凪。俺はそんな彼女を頼もしげに見つめた。
「彼女が己の子を持つという未来を、ただの夢想で終わらせないで済むように……。俺たちが支えていかなきゃいけない。そのために、これからも一緒に頑張ろうな、凪」
「はい、隊長。お任せください!」
 凪は張り詰めた顔で俺に向かって胸を張る。
「うん」
 俺はそんな彼女の態度に誇らしさとうれしさを感じていた。
 しかし、その一方で、なにか別の感情もどこかにあるのを感じ取っていた。
 それがなんであるか、その時の俺にはよくわかっていなかったのだ。

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西涼の巻・第二十四回:楽文謙、北郷と共に書店を訪れること」への2件のフィードバック

  1. 恋姫SSにおいて凪の拠点ネタは然程珍しくないのですが、沙和の単独ネタは少ないのである意味貴重な話かなぁと思う次第です。
    「手裏剣戦隊ニンニンジャー」が次週(2/7放送分)最終回を迎え、新たに「動物戦隊ジュウオウジャー」が2/14にスタートするのですが、はたして売れる(又は、受ける)のか?が気になるところだなぁ。

    •  凪は三人の中でもまじめなだけに、かえってピックアップされやすいのかもしれませんね。まあ、ただ、この作品だとあまり凪は目立っていなかったので、ここで出番を増やしてあげたいところですw
       沙和は沙和でもっと描いてあげたいですね。真桜が呉で一緒だったのもあって……。

       戦隊ものは、次々投入される中で目立つほどの特色が無いと大変そうですねー。

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