西涼の巻・第二十三回:荀文若、不覚にも墨を切らすこと

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 案の定桂花にしこたま怒鳴られたその翌日、俺は打ち合わせで一緒だった沙和と凪と共に食事に出ていた。
「こうして隊長と昼食に出るのも久しぶりですね」
 相変わらず見ているだけで辛そうな皿からもりもりと取り分けて食べている凪がそんなことを言う。
 正直な話、俺も沙和もあの辛さのものはほとんど食べられないので、凪の前に大皿ごと持って行ってくれてもいいのだけどな。
「そうだったか?」
「ゆっくりお昼をってのは久しぶりかも。晩ご飯一緒はそれなりにあるけど。それは話すことがあるからでしょー?」
 凪の言葉に沙和も同意する。
 考えてみればそうかもしれない。なにしろ、最近は議論すべきことが多くて、食事の時間はミーティングと変わらなくなっているところがあった。
 こうしてあまり仕事のことを考えずゆっくり出来るのは久しぶりだ。
「そうだな。よし、今日は昼飯の間は仕事の話は禁止ってことにしよう」
「任務関連は禁止ですか」
「それは面白いの」
 俺が言うのに、凪と沙和はそれぞれに反応し、そして、どちらも微笑んでくれた。
 その後、真っ赤に染まった汁物を一口飲んでから、凪は小首を傾げた。
「真桜がいないのは残念ですが、それはしかたありませんね」
「真桜ちゃんは呉でたいちょーといっしょだったからいいと思うの」
「そういうものだろうか」
「そういうことにしちゃうの」
「ふむ」
 理屈にもなっていないやりとりだが、この二人にはなにかしっくりくる。
 俺が見つめている視線を意識したのか、凪はわずかに照れたように目を伏せてから、すぐにまじめな顔でこちらに切り込んできた。
「任務のこと以外、となると隊長は最近ではなにが一番の重大事でしたか?」
「そりゃあ、子供だよ」
「ああ……」
 凪の表情が温かなものに変わる。沙和もまた眼鏡の奥で目を細めている。
「本当にかわいいですよね、隊長のお子様方」
「凪ちゃんも欲しいの?」
「ひゃうっ」
 唐突な問いかけに、凪がおかしな声を上げる。どうやら口に含んでいたものがどこかおかしなところに入ってしまったらしい。
 ごほごほと咳き込む彼女の背を俺と沙和とで代わる代わるになでてやった。
「沙和は欲しいなー。たいちょーとの子供」
 凪が少し落ちついたところで、沙和がぼそりと呟く。
 それは店の喧騒に紛れて、俺たち以外には聞こえないだろう呟きだ。
 だからこそ、俺は彼女が真剣なのだと確信し、体の奥がかっと熱くなるの感じた。
「それは……その、まあ……。しかし……」
「なに?」
 歯切れの悪い凪のことを、沙和が不思議そうにのぞき込む。凪は俺と沙和との間に何度か視線を往復させた後、
「誤解しないで欲しいのですが」
 と俺のほうを向いて、まじめくさった顔で告げた。
「私も……その、出来ることならば、隊長との間に子をもうけることが出来ればと考えることはあります。しかしながら、近いうちに、というのはかなり難しいものと考えます」
「ん……」
 凪の言いたいことが、俺にはなんとなくわかった。
 寂しいことではあるが、しかたないと脳のどこかで納得している。しかし、そうして諦めなければならないことそのものをより寂しく思う。
「どうして?」
 沙和のほうには通じていないようで、素直に尋ねている。凪は俺と視線を交わした後で、言い聞かせるようにこう言うのだった。
「魏が立ちゆかなくなる。我々は華琳様の手足として働かなくてはいけないだろう?」
「ああ……。うん。それはそうだね」
 事が恋愛ごとや冗談の範疇で済むものでないと気づいて、沙和も食べることに集中する。
 しばらくの間、俺たちは黙ったまま食事を進めていたが、俺は思いきって二人に声をかける。
「なあ」
「なんでしょう?」
「なんなの?」
「実はさ、俺って蜀の人たちとこれまであまり接点がなくてさ。今後のこともあるし、少しは仲良くなりたいと思ってるんだよ」
「はあ」
 凪の生返事はあきらかに意味がわかっていないためだろう。一方で沙和はなにか面白がるような顔をしている。
「それで、実はこうやって街を歩いたりとか、そういう散策に誘おうと思うんだけど」
「うんうん」
 沙和が身を乗り出してきた。その楽しげな様子に、凪もなんとなく空気を感じ取ったようで、表情を和らげている。
「なにしろさっき凪が言ったように、ゆっくりと歩く時間を取るのも最近は難しくてね。街の様子もいまひとつわからないんだ。いや、わかりはするけど、勘が鈍ってるというかさ」
「はあ。それは困りますね」
 任務の上でも、と凪は付け足したいようだった。
 仕事の話はなしという俺の命を尊重して、そこは口にしないでいてくれるらしい。
「ああ、困る。だから、ここは二人に洛陽を案内してもらいたいんだけど、どうかな? 日を改めてってことになるけどさ」
「それは構いません」
「蜀のみんなと仲良くなるための街歩きの計画を練っちゃうの」
 凪は少し堅苦しく、沙和は楽しげにそう言う。
 それから、眼鏡を煌めかせながら、彼女は囁くように続けた。
「ついでに、隊長を二人で独占しちゃおう」
「こら、沙和」
 凪はそう言って沙和をたしなめた後で、こちらを向き、ぐいと身を寄せてきた。
「……それで、その話の実行はいつにしましょうか?」
 あくまでまじめな口調で、彼女は熱心にそう問いかけてきたのだった。

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西涼の巻・第二十三回:荀文若、不覚にも墨を切らすこと」への2件のフィードバック

  1. 久々にコメントを(2016年に入って初のコメントかな?)。
    桂花らしいと言えば桂花らしいのですが、もう少し素直になれないのかなぁ····デレれば破壊力高いのに。でも、これもまた桂花の魅力かな?
    色々と新作アニメが始まりましたがその中でも「アクティヴレイド-機動強襲室第八係-」はブッ飛んでて面白いですねぇ毎回楽しみです。
    太陽系第9惑星の存在が可能性段階ではあるものも発表されましたが、もし本当に第9惑星が確認されたらどんな名称がつけられるのかが興味深いです。

    •  桂花はどこかで本気で男なんて生き物は無駄だと思ってる部分があるからこそ、デレた時の破壊力がすさまじいと思うのです!
       まあ、それでもだんだん丸くなってきているとは思いますけどもw

       アニメは今期だと『おしえて!ギャル子ちゃん』がスキですねー。時間がなくてあまり続き物を見ていられないというのもありますけども。
       第九惑星は実際にあるかどうかなど、解明が進むと楽しいですねー。実にわくわくします。

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