西涼の巻・第二十三回:荀文若、不覚にも墨を切らすこと

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 蓮華をはじめとした呉のみんなとのことも、問題ではあったが、なにもそれだけにかまけていたわけじゃあない。
 たとえば、もっと小さな……いや、閉じた関係の中での問題もあった。
 その一つが、ずいぶんと長い間、木犀――俺と桂花の間の娘を抱けなかったことだ。
 そもそも出産後の桂花がずいぶんと警戒心を発揮して、一部の者しか近づけなかったのが発端だ。
 幸いにもその状態はすぐに緩和されて、顔を見るまでは出来た。
 だが、あくまでも緩和だ。
 寝台に近づけるのは、武将たちの中でも季衣や流琉といった年少組を除いた者たちだけ。さらに、抱かせるのは稟と桔梗、それに紫苑という母親経験者だけという徹底ぶりなのだ。
 よほど木犀が可愛いのだろう。
 なにしろ華琳にすら抱き上げさせないのだ。触れるのはいいが、持ち上げてはだめということらしい。
 華琳は、鷹揚にこれを受け入れた。だから、他の者もなかなか文句を言えない。
 あの桂花が、華琳にすらわがままを言い、そして、それを魏の覇王も受け入れている。
 この状況で、誰が文句を言えるというのだ。
 とはいえ。
「さすがに俺くらいには抱かせてくれてもなあ……」
 そう思うのはしかたのないところではないだろうか。
 これでも赤ん坊をあやすのはうまくなったはずだ。なにしろ、阿喜と千年がいるのだし。
 そういう意味では俺も経験者と言っていいはずだ。
 うん、まあ、まだまだ新米だとしてもだ。
 そんなことを考えて歩いていると、庭の向こうの大木の下に、その当人――桂花がいた。
 珍しいことに、蒲公英が一緒だ。
「おーい、一刀兄様ー」
「ああ、ちょうどよかった、あんた、こっち来なさい」
 えらく温度差のある呼びかけだが、呼んでいるのだから行ってみよう。まさか蒲公英がいて、落とし穴があるってこともあるまい。
「なんだー?」
 予想通りあっさりと彼女たちのそばまで行けた。
 土の色が違うように見えるところがあったから一瞬警戒したが、落ちることも、そもそもひっかかる感じすらなかった。
 単に土の質が違うのかもしれない。
「そこの石を投げてくれない? そっちに」
 桂花が指定したのは、それなりに大きな石と、先程土の色が変わっていると感じたところだった。なんだろう。なにか埋めた目印だろうか。
「庭づくりか? 園丁に任せればいいのに」
 持ち上げてみると、結構重い。
「一刀兄様がんばれ!」
 いや、あなたのほうが力はあると思いますよ、蒲公英さん。
 とはいえ、女の子に応援されてへっぴり腰でも格好がつかない。俺は腹に力を込め、それを腰のあたりまで持ち上げると、早足で言われたところに足を踏み出そうとした。
 途端に、足下が崩れる感覚。
「ちょっ」
 腕に強く引かれる力を感じ、思わず石を取り落とす。石はそのまま落ちて、がらがらと崩れる大地に呑み込まれて行った。
「この馬鹿っ! 放り投げろって言ったでしょうが!」
 桂花の怒鳴り声も遠くに聞こえる。
 俺はといえば、いままさにできあがった穴の淵にへたりこんでいた。
 ぬくもりを感じるので、ぼんやりと見てみれば、蒲公英がしっかりと俺の腕をつかんでいる。
 どうやら落ちるぎりぎりで彼女に引っ張りあげられたらしい。
「これ、落とし穴じゃないか。城内に罠は禁止って……」
 落とし穴を見るのも久しぶりだ。
 しかし、以前の桂花の罠とは規模が違う。
 昔は、せいぜい一人がはまるくらい――俺が想定される対象なのだから当然ではある――だったものだ。しかし、今回は、人どころか馬でもはまるくらいの大きさだ。
 よく見れば、深さもそれなりにある。
「ふんっ。これは華琳様が命じたことだもの。問題ないわ」
「え……」
「ほんとだよー。人が落ちないで、馬が落ちる落とし穴をどううまく作れるか、考えてみろって」
 蒲公英の様子からして、どうやら本当のようだ。
 考えてみれば、人が落ちず、馬が落ちるという罠は、たしかに、今回の戦では必要な方策ではある。
「蒲公英も知ってたのか」
「うん。だって、これ掘ったのたんぽぽだもん」
「産後の私が掘れるわけないでしょ」
 さすがに驚く。いまは呉にいるものの、工兵を指揮する真桜が掘ったというならわかるが、なぜ騎将である蒲公英が。
「蜀では、罠いっぱい作ってたよ」
「へ、へぇ」
 瞬間、この二人を組ませてはいけない、と脳内でアラートが鳴り始めた。あまりに危険な組み合わせだ。
「まあ、いいわ。ともかく、人では落ちないことがわかったし。でも、もう少し調整が必要よね。悪いけど後始末頼める?」
「りょうかーい」
 蒲公英に言いつけた後で、桂花の顔が俺に向く。
「あんた、ちょっとついてきなさい。一応実験につきあったんだから、署名がいるわ」
「ん、わかった」
 そうして、俺たちは二人で養育棟目指して歩きだした。

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西涼の巻・第二十三回:荀文若、不覚にも墨を切らすこと」への2件のフィードバック

  1. 久々にコメントを(2016年に入って初のコメントかな?)。
    桂花らしいと言えば桂花らしいのですが、もう少し素直になれないのかなぁ····デレれば破壊力高いのに。でも、これもまた桂花の魅力かな?
    色々と新作アニメが始まりましたがその中でも「アクティヴレイド-機動強襲室第八係-」はブッ飛んでて面白いですねぇ毎回楽しみです。
    太陽系第9惑星の存在が可能性段階ではあるものも発表されましたが、もし本当に第9惑星が確認されたらどんな名称がつけられるのかが興味深いです。

    •  桂花はどこかで本気で男なんて生き物は無駄だと思ってる部分があるからこそ、デレた時の破壊力がすさまじいと思うのです!
       まあ、それでもだんだん丸くなってきているとは思いますけどもw

       アニメは今期だと『おしえて!ギャル子ちゃん』がスキですねー。時間がなくてあまり続き物を見ていられないというのもありますけども。
       第九惑星は実際にあるかどうかなど、解明が進むと楽しいですねー。実にわくわくします。

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