西涼の巻・第二十二回:次の呉王、戦場で内心を吐露すること

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 二日目は予想通り激戦だった。
 夜が明けるか明けないかという時間に襲ってきた数千の騎馬の群れを皮切りに、一つが退けば、また数千が寄せ手に加わり、その波が引けば、新たな部隊が攻撃を開始するという間断ない襲撃。
 おそらく、五隊あるいは四隊で交代に攻撃に出ているのだろう。隊の数の予測については、昨日数を減らした蒲公英の部隊と翠の部隊を合わせて一つとしているかもしれないと考慮してだ。
 これに対して、俺たちの側でもいくつかの隊は休みを取るようにして順番で対応させるしかなかった。継続的な攻撃には、粘り強く対処するしかない。
 それでも、昼過ぎには最外周の柵を放棄して、二列目に籠もる決断をした。
 文長さんがまだ粘れると主張したが、大将としての権限で却下させてもらった。
 矢の密度を上げて、相手を圧倒する方がいいと説明したら、なんとか納得してくれたようだった。
 幸い、最外周と二列目の間にある落とし穴地帯にひっかかってくれた部隊があり、八百ほどを退場させることができた。
 これは、実際の数もさることながら、敵軍に警戒心を植えつけられたという効果がより強い。
 それ以後は強烈な突撃が影をひそめ、騎射が中心になったのがいい証拠となる。
 とはいえ、二列目への撤収を終えた頃には、こちら側にも千に迫る犠牲が出ていて、しかたなく秘密兵器を投入するしかなかった。
 真桜特製の、音響効果を強化した鏑矢だ。
 何種類かの音を放つ鏑矢を盛大に放つことで、馬を驚かせるというわけだ。
 しかし、かなりの数の鏑矢を打たなければならず、また、訓練された馬には効かない場合もある。最初から投入しなかったのはそういう理由だ。
 そんな不安もありはしたが、夕刻の襲撃は鏑矢で起こした混乱で撃退することができた。
 実際には、兵が打っていた鏑矢より、投石櫓の煙幕弾にとりつけた音を響かせる羽のほうが、サイレンのように甲高く異様な音を発していたように思う。音量も大きかったし、この音は、味方の兵でも不気味がるほどだった。
 馬に対して、というよりは敵兵に対して有効かもしれない。華琳と真桜に報告しておかなければいけないことだ。
「ようやく夜というところですか」
 洛陽にシャオを送った後でこちらに来た思春が、俺の横──というよりも俺の横にいる蓮華の側にやってきた。さすがに疲れた様に見える諸将や兵に対して、観戦武官はそんな様子はないので、本陣の中で妙に浮き上がって見える。
「ええ。でも、一刀が言うには、まだ来るって」
 柔らかく戻った蓮華の言葉づかいに、思春が俺と彼女を見比べる。そうして、なにか納得したのか一つ頷くと、話を続けた。
「夜襲を? 昨日はやらなかったようですが……」
「昼過ぎのいつからか、やってくる兵が三交代になった。しかも騎射ができる兵ばかりだ」
 不思議そうな思春に説明する。東軍側にいた彼女ならその動きも承知していることだろうが、表情を変えてそれを漏らすような真似はしない。
「つまり、烏桓兵と涼州兵だな。おそらく、夜襲の──霞の部隊を休ませていたんだろう」
「しかし、ならばなぜ兵を引かせた?」
 彼女の指摘通り、いま、本陣にはほとんど兵はいない。
 俺の周囲に護衛の兵が数人いるだけだ。その他は思春と蓮華のみ。昼間は桔梗もいたが、これは洛陽に戻っている。
「わかりやすい罠だろ?」
 俺の言葉に、蓮華と思春の主従が妙な顔をする。
「ああ、蓮華と思春は罠には関係ないから、どう移動しても大丈夫だよ」
 その言葉に、二人は顔を見合わせ、結局蓮華が口を開いた。
「張遼が罠なんかにひっかかるものなのかしら……」
「まあ、それ以前に、ここまで来られる前に撃退できるのが、一番いいんだけどね……」
 本当に、そうなれば一番いいのだ。あるいは、夜襲に来ないでくれてもいい。
 だが、残念ながらそうはいかなかった。

「はっはぁっ! 一刀、覚悟せえっ」
 篝火に照らしだされるのは、飛龍偃月刀を構え、絶影にまたがる霞の姿。彼女とその側近の兵たちによって本陣の西向きの幕は倒され、その向こうには張遼隊の騎兵の群れが見えた。
 こちら側の抵抗は、有効とは言えないようだ。奥のほうで、たまに干戈が交わされる音が聞こえているが、とてもではないが太刀打ちできそうにない。
 どこかの部隊が本陣の急を知って駆けつける頃には、本陣は馬蹄に踏み荒らされていることだろう。
「しまいやなあっ! ごめんなさい言うたら、そんで許したるから……」
 天下の名馬の上で飛龍偃月刀を振りかぶる霞は、本当に美しい。
 その体にはもちろん傷一つついてない。演習とはいえ集中的に狙われたろうに、攻撃をかすらせもしなかったのだろう。
「あー、霞。口上の途中ですまないけど、危ないから蓮華と思春は退避させていいか?」
「ん? ああ、観戦の人は、はようどいたってー」
 蓮華と思春は俺の勧めと霞の許可に応じて、悠々と本陣を出て行く。その歩み去る様子を見ながら、俺はにやりと笑った。
「霞、わかってるよな」
「あん?」
「観戦武官はその場にいないことになっているから、罠の上も自由に移動できる」
 その言葉と共に蓮華たちの歩いた跡を見ていた霞は、悔しそうに顔を歪めた。
「くっ、罠っちゅうことかいな」
「だいたい、俺が一人でここにいるっておかしいと思わないか?」
「もし落とし穴があるゆうても、ここからかて一刀の首は取れる! せやから、うちの……」
 霞は、しばらく馬上で、うーーーっと唸っていたが、はっと気づいたように顔を上げて、俺に反論してきた。その偃月刀が――たとえ、その刃に覆いが被せられているとはいえ――俺に真っ直ぐ向かっているのが恐ろしい。
「残念だが、霞。罠は罠でも、下じゃない」
 よし、時間は稼いだ。
 俺は首から提げていた笛を口に当て、思い切り吹き鳴らした。
 ぴーーーーーーっ。
 夜闇を切り裂いて、その音が走る。それに応じて、張遼隊の両側でがさがさと大きな物音。
「伏兵や! 反転せんでええ、このまま右斜めに駆け抜け……」
 さすがの反応だった。霞の声がかかる前に、移動をはじめようとしている騎兵たちの姿に、俺は感心する他ない。だが、彼らはいまだ警戒してか、本陣に真っ直ぐ入ってこようとはしなかった。
「下じゃないんだってば」
 そして、それは彼らの頭上から降り注いだ。
 どさどさと地に落ちる音が頻発し、馬のいななきが強くなる。背中の上の主を失った馬が、不安を覚えてか駆けだし始め、混乱は急速に広まっていった。
 いたるところで、衝突と落下が繰り返されているようだった。
 そして、俺の足元には、投網に絡まってもがいている霞がいる。
「うわーん。一刀のずるっこー! あほー! いけずー!」
「はいはい」
 暴れるせいでさらに絡まる網から、彼女を引きずり出してやる。落馬した以上、もう敵じゃない。
 心配そうに霞と俺の周りをぐるぐるしていた絶影をなだめて、とにかく、霞を胡床に座らせる。
 そうしていると、蓮華たちと一緒に伏兵部隊を率いていた祭がやってきた。
「兵馬は大丈夫かな?」
「暴れた馬に踏まれて怪我をしたのはおるようじゃが、死んだ者や、死にそうな者はおりませぬ。馬のうち、百頭あまりは逃げてしまったようで。いま、あちらの本陣に人をやって、馬の捜索に出した兵を襲わぬように通達させております」
「あー、馬はうちらでなんとかするわ。もう部隊ほとんど退場やろ」
 うつむいていた霞が顔を上げ、そう言ってくれた。
「そうか、すまん」
「いや。ええねん」
 そのまま立ち上がり、絶影の首をなでる。そこから流れるように馬上に戻る姿を表現するには、優美の一言しか出てこない。
「一刀」
 馬上から、悔しげながら、明るい声がかかった。彼女は俺を見てからからと笑う。
「今回はしてやられたわ。せやけど、実戦ではあんたが大将や。この勝ちを今度はうちらにも味わわせたってや」
「ああ、約束する」
「ん。じゃ、行ってくるわ」
 霞はまだ網の中でもがいている兵たちを怒鳴りつけ、文字通り尻を蹴飛ばすように叱咤しながら、隊をまとめて去っていく。
 それに続いて祭も大量の投網の後始末に戻っていった。
「注意を惹くためとはいえ、大将が体を張る必要があったのか?」
 それらの光景を眺めていた思春が顔をしかめながら聞いてきた。たしかに、少々リスクの高い行動だったかもしれない。
「んー。まあ、実戦ではもう少しうまくやらないとだめだね。それに……」
「それに?」
「うまくいきすぎたような気がする」
 実際、うまく行き過ぎた。
 霞とその側近たちをここで捕縛できたことで、張遼隊は壊滅したも同然だ。他の場所に突撃した分隊もいるかもしれないが、あえて内側に引きずり込み伏兵で捕縛する作戦で、そちらもうまく行っているはずだ。
 そうすると、俺たちの勝利は間違いない。
「……と、言うと?」
「詭計も時には必要だが、こううまくいく時ばかりじゃない。演習としては今一つだったかもしれないな、と思って。もっと揉み合いを経験させた方がいいんじゃないかな?」
 腕を組み、考え込む。
 もっと、うまく、兵たちに経験を積ませる方法はないだろうか。勝利を味わうのはたしかに重要だし、それで自信を持つのはいいことだが、警戒感を持つことも両立させるにはどうしたらいいだろう。
 よほど俺は渋い顔をしていたのだろう。気づくと、蓮華と思春は俺の顔を見ながら、大きな声で笑っていた。
 その様子に、まずは勝利を喜ぼうかと思い直す俺であった。

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