西涼の巻・第二十二回:次の呉王、戦場で内心を吐露すること

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 俺に礼を言ってから、彼女は、しばらく自分の話を聞いてくれと前置きして話をはじめた。
「先程、私は言ったな。窮屈なのには慣れていると」
 口をはさむことはせず、こくりと頷く。彼女は俺の反応を見ているのかいないのか、一人で話すように続けた。
「そうだ。私は孫呉の姫として育てられた。慣れているはずだ。たとえ感情で相手を嫌っていたとしても、それを表には出さぬこと、真に脅威とするならばその相手におもねることすらいとわず、脅威を取り除く機を窺うこと。心が波立つ相手に対して笑顔で対することに、慣れている」
 彼女は言葉を切り、何とも言えない表情でこちらを見た。
「……はずだった」
 俺は生唾を飲み込む。それがなぜなのか、自分でもよくわからなかった。彼女はあんなにも穏やかな微笑みを浮かべているというのに。
「お前と会ってから、調子を狂わされっぱなしだ。きっと、華琳殿も、雪蓮姉様もそうだったに違いない」
 華琳はともかく、雪蓮には殺されそうになったけどな。それに比べれば、蓮華の癇癪くらいはどうということもない。
 ない、はずだ。
「天の国の住人だという。赤壁の戦いを魏の勝利に導いた功労者だという。稀代の女たらしで、女に見境のない種馬だという。様々な噂があり、諸々の評がある。だが、私はお前を見る度に、その評を信じられなくなる。なにしろ、お前はただの青年にしか見えないからな」
 肩をすくめてみせた。個人としては、ただの男に過ぎないという蓮華の評価が一番好ましかった。
「お前はおかしな男だ。大国の王たちの心にしっかりとはりついた仮面さえ剥がす。私の仮面もな」
 仮面か。
 その言葉に含まれた色々な意味を考えてみたものの、なにか突き詰めるのが恐ろしい気がして、思考を停止させざるをえなかった。
「自分がこのように怒り続けるほど子供だとは思ってもいなかったぞ。一月を越して、なぜ怒っていたのかすらよくわからなくなったほどだ。お前といると、自分の妙な面ばかり見ることになるな」
 首をふりふり、彼女は自嘲気味の表情を浮かべる。
「だが……いや、それはいまは言うまい」
 彼女は立ち上がると、俺の座る胡床に向かって歩み寄ってきた。
「仲直りしましょう、一刀」
 すっと差し出された手を握り返し、俺も立ち上がる。
「ああ。こちらこそ」
 強く手を握る。ようやくわだかまりが解けた喜びと共に、繋がれた掌から感じる蓮華の温もりが、一層心地よかった。

 自分の持ち物の中から、酒瓶を取り出すと、蓮華の目が真ん丸に見開かれた。
「戦場に自前の酒?」
「勝てたら祝いに振る舞おうと思ってたんだけどね。少しくらいいいだろう」
「祭にばれないように注意しなきゃ」
 蓮華の冗談に笑いあい、二人で杯を傾ける。
「ところで、あのけったいな行動の数々はなんだったの?」
「いや、だから、その、仲直りがしたくてさ」
「それであんな? 『お嬢様、なんでもお言いつけくださいませ』?」
 執事の姿をした時の、大仰な仕種と声を真似られて、酒を吹き出しかけた。
「お、俺はともかく、ねねと恋はかわいかったろ」
「たしかに。でも、一刀も面白かったわよ。華琳のあの驚きっぷりったら」
「……驚いていたのか」
 俺が見た時は澄ましたものだったがな。まあ、あの覇王様の感情を読み切るのはなかなかに難しいけれど。
「そうそう、一刀に知らせないといけないことがあるの。本国から急使が来てね」
 何事だろう? 俺がいぶかかしんでいると、卓の上に置かれた俺の手に彼女が自分の手を乗せて、微笑んでくれた。
「冥琳が無事に子を産んだって。双子だそうよ。おめでとう」
「ふたご!? あ、ありがとう。……うん、ありがとう」
 思わず、彼女の手を握り返す。少し驚いた様子だったが、蓮華はそれを優しく受け入れてくれた。
「双子、双子かあ……」
 自分で事態が呑み込めるよう、何度か繰り返す。子供が生まれるのには、もうだいぶ慣れてきたはずなのだが、しかし、それでも……。
「これで何人目?」
 蓮華の問いは、果たして、どれほどの時が経ってからのことだったのか。
「え、ああ、冥琳の子供たちを合わせて五人だな」
「そう。でも、まだ増えるわね」
「え?」
 あまりの驚きに、意識が明晰に澄み渡った。しかし、他に思い当たる節は……いや、いっぱいいるけれども。
「呉の人間ではないわよ。南蛮の孟獲たちのお腹が大きくなってるって」
「美以が?……ってちょっと待ってくれ。『たち』?」
「四人、全員」
 なんということだ。喜びもさることながら、驚きが俺の心の中を吹き荒れる。
 そして、それを告げる蓮華の顔は、さすがに呆れていた。

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