西涼の巻・第二十一回:北郷、歩兵を率いて騎兵と対すること

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 本陣から、歩兵が展開し始めているのを眺めていると、紫苑たちが近づいてきた。こちら側の将たちは皆忙しく働いている。なにやら珍しく書き物を読んでいるらしい麗羽を除いては。
 美羽から手紙がきたとか言っていたから、それかもしれないな。
「馬を阻むのは、馬止めの柵ですか」
 紫苑が言う通り、兵たちは丘の周りに三重に柵で円を描いているところだ。
 最内周、その次に描かれた円に比べて、最外周の円は極端に広い。突き破られた場合、内周に籠もって、進入した敵兵を討つため、多少の距離が取られているのだ。
「百人隊ごとに、小を七十、大を九つ配置している。大は三人がかりじゃないと動かせないけど、小はなんとか一人でも持って配置できる。二人で持つのが基本だけどね。そうして、それらをつなぎあわせて、あの円を作ってるわけだ」
 馬防柵というよりはバリケードというほうが俺などはなじみ深い。
 三角に開かれて土に埋められている脚を閉じれば、平坦に折り畳んで運べる優れものだ。実戦では、さらに木を尖らせてくくりつける予定だし、よほどのことがなければ馬によって突破されることはない。
 ただ、そこを守る兵がいなくなれば、すぐにどかされ、蹴りやぶられてしまう。
「柵の背後は弓手か」
「ああ。外周の二列は弓。最内周には長射程の弩を配置している」
 蓮華たちによくわかるよう、弓と大盾を用意している兵たちを指さす。あの盾は、柵にたてかけるのだ。
 しかし、紫苑は疑問を持ったようで、小さく首をかしげていた。
「しかし、あの弩兵の配置は妙ではありませんか? 妙に密集しているところと離れているところがあるような……」
「うん。三人に二個という割合で弩を配しているからね」
「なぜそんなことを? まさか弩が足りないなどということはあるまい」
 もちろん足りないわけではない。数を揃えようと思えば、揃えることは可能だ。
 馬止めの柵を作るために木材を仕入れるのでかなりの金を使ってしまい、少々予算不足なのは事実なのだが、これには関係ない。
「弩は、強力な武器だが、矢を再びつがえるのに時間がかかる。そこで、上手な射手を選んで、それに矢をつがえる役として二人つけた。実験してみたら、充分に連続射撃が可能だったんでね」
 これは、繰り詰めの法と言って、島津家が火縄銃を使う時に用いていた戦法だ。弩に応用できないかと試してみたのだが、案外うまくいった。
 なにしろ、この時代の弩は足で引いて装填するような大がかりなものだ。火縄銃の銃口内の掃除や火薬と弾の装填と、かかる手数としてはそう変わるまい。
「もちろん、一度に放てる数は三分の一になる。けれど、今回は連続で射撃できることを取った。数は普通の弓で補おうと思ってる」
「弩は、射ることだけを考えれば弓よりも簡単です。なにしろ、射る相手を探す時にも、力を入れ続けなくて済みますし。ただ、どうしても次々に射ることができませんでした。桔梗の豪天砲はそれを絡操で解決しましたが、このような手法を使われるとは……」
「うちのご先祖様に感謝だね」
 天下の弓将に感心されるとは思わなかったので、思わずそう呟いていた。それを聞きつけた小蓮が、興味深げに覗き込んでくる。
「あれ、一刀ってば、軍学者の血筋なのー?」
「ずっと遡れば、俺の世界では有名な武将もいるよ。ただ、うちは分家もいいところだから。孫家みたいに孫子の子孫だなんて言える立場じゃない」
 蓮華がそれを聞いて、小さく笑った。青い瞳が楽しげに揺れる。
「それも怪しいものだがな」
 冗談でもそれを言えるのは、孫家の姫君たち三人だけだろう。他人が言えば侮辱になってしまう。
「それより、相手も偵察をよこしたようだな」
 蓮華の指の先を見れば、豆粒のような馬の群れが見えた。数はよくわからないが、それほど多くはなさそうだ。彼女の言う通り、偵察の部隊だろう。
 俺は、自軍の兵たちの動きを確認した。すでに外周の柵もお互いにつなぎとめられ、兵たちは盾に隠れて、弓を構えている。
「よし、はじまるな」
 そう告げた声は、幸いなことに震えていなかった。

 一撃目から、本気だった。
 まさか、五つの隊全部が五方向から一度に攻めてくるなんてな。
 四千から六千の騎兵がこちらに突っ込んでくる様子は、前面に立っていない俺にも怖気を立たせずにはいられなかった。
 一隊に麗羽指揮下の投石部隊の攻撃――といっても今回は全て煙幕弾――を集中することでかなりの数を落馬させられたが、四隊はそのまま突っ込んできた。
 しかし、兵たちはよく耐えてくれた。いななきを上げる馬群に怯えることもなく、その手に持つ弓で、彼らに対抗したのだ。
 何列もの騎兵の隊列を鞭のように使い、何度も仕掛けては離脱するのを繰り返す一団――まず間違いなく張遼隊――や、強烈な突撃をかけてくる部隊、馬の上から弓を射かけてくる部隊など、様々な攻撃を仕掛けられても、彼らは果敢にそれに立ち向かった。それでも最外周にいた兵は突撃の度に槍で突かれ、矢を受け、次々と『死んで』いった。
 幸いにも馬防柵の列は崩されることなく、騎馬は少数の部隊を残して退いていった。
 なんとかしのぎきったわけだ。
「詠も律儀だな」
 馬防柵のあちこちに生じかけている綻びを修復する工兵たちと、それを馬上からの射撃で邪魔し続けている数百ほどの騎兵、その騎兵を矢で牽制している弩隊の動きを見下ろしながら、苦笑いと共に呟いた。
「え?」
 隣で戦場の様子を同じように観察している紫苑たちから声があがる。
「あれは、こちらがどれだけの防備をしているか知らない、という想定で突っ込ませたのさ。もちろん、詠は知っている。資材を配分してるのは彼女なんだから。だけど、五胡はそれほど事前情報を得ていないという想定になってる。だから、ひたすら突っ込ませた。そうじゃなきゃ、あんな突撃はしないだろう。予想される被害が大きすぎる」
「なるほど、しかし、それでもすさまじいものだ」
 煙幕弾を集中させることになったのは、おそらく蒲公英の部隊だろう。
 本当に真っ直ぐ突っ込んできたので、隊全体を煙幕で包めたほどだ。
 推定だが、その部隊だけで千程度は退場に追い込めたものと思う。しかし、それ以外の隊に関しては、弓で射た成果はせいぜい数十、いって百程度だろう。
 巧みに射撃の範囲を外し、あるいは一列になって弓に当たらないよう移動してくるせいで、当てられるかどうかは腕というよりは、運任せに近くなってしまった。
 一方、こちらの兵は彼らの攻撃によって五百ほどが削られている。柵で馬を止め、大盾で防御しているというのに。
 突撃の威力だけではなく、騎射も可能な烏桓兵、涼州騎兵の実力はさすがのものだ。
「きーっ! あたりませんわっ」
 ぷりぷり怒った様子の麗羽が、白蓮を連れてやってくる。麗羽は投石部隊を指揮しているが、いまの状態では狙うべき相手がいない。
 いまだ残っている騎兵は、いずれも弓は届かないが投石櫓から打つには近すぎる位置を保って駆け回っている。時折、あちらの弓が届く範囲まで近づいてきて、矢を放った途端にこちらの射程外に出てしまう。
 散発的なものなので実害はないが、兵たちは気を休めることができないでいた。
「あれは投石じゃ無理だ。追い払えるかな、白蓮?」
 兵たちを嘲弄するように、矢が届くぎりぎりを走り抜ける馬の群れを見つめて、白蓮はしばし考えた後に応じた。
「追い払うだけならできる。翠や華雄がいるわけではないようだからな。ただ、いくら将がいなくとも、討ち取るまでは期待しないで欲しい。それに、追い払ってもまた来るだろう」
「わかっているよ。でも、まずは兵を休ませたい。最外周の兵を内側の兵と交代させる時間を稼いでくれたらそれでいい」
「ん。じゃあ、追い払った後は、しばらく周りをまわってこよう。牽制に」
「危ないと思ったらすぐ退いてくれよ」
 俺が言うと、白蓮はいっそ晴れ晴れとした笑顔を見せる。
「もちろん。私は猪突できるほどの実力はないからな。ただ、多少、おとりになるくらいはしてもいいだろう?」
「無理しない程度なら」
「承った」
 そう言って、彼女は再び笑みを見せる。その笑みに込められた自信を見ると、やはり、この人は白馬長史と謳われるにふさわしいと思えてくるのだった。

 白蓮が自分の隊に向かう間に、側に控えていた伝令を呼んで、命令を伝える。
「将軍たちに、白蓮が出ると伝えてくれ」
「はっ」
 彼女たちにくどくどと細かいことを言う必要はないだろう。白蓮が出れば、その機を捉えて兵たちの入れ換えも補充もこなしてくれることは間違いなかった。
「それにしても、もっとこう、華麗にいきませんものかしら」
「そうだよねー。ぱーっとやりたいよねー」
 麗羽の愚痴に、小蓮が同調する。
 その意見はわかるが、俺としては苦笑いを返すのがせいぜいだ。歩兵対歩兵の戦いならともかく、いまの状況で華麗に進軍というのは不可能だ。
「無茶を言うな小蓮。相手は騎兵だぞ」
「そうですわね、いくら馬止めの柵があるとはいえ、これだけ耐えられるのはさすがですわ。練度の低い兵なら、いくら模擬戦とはいえ、我先にと逃げ出してしまうでしょう」
 それだけ、戦闘用に訓練された騎兵というのは恐ろしいものだ。馬の巨大さに加え、上に乗る兵の繰り出す槍や弓。徒歩の兵からすれば、小山のようにも見えるほどの相手。それがあっと言う間に迫ってくる。
 その恐怖に耐えるには、生半可な気概ではどうしようもない。ただ、繰り返しの訓練あるのみなのだ。
 とはいえ、それでも……。
「逃げれば後ろから撃つように言ってある」
 本当だ。内周を担当している祭の部隊と子龍さんの部隊には、命を受けてもいないのに逃げる部隊がいれば撃てと命じてある。幸い、今回はそれが行われるような局面はなかったようだけれど。
「ほう……」
 紫苑と蓮華、それに小蓮が俺を見る視線が鋭くなるのを感じる。
 指揮をとり始めてからずっと感じていた胃のむかつきは、さらに締めつけるような痛みに変わった。掌の汗は相変わらずだが、腕を組んで隠すことができる。
 大丈夫。
 俺は、まだ、平気な顔をしていられる。
「我が君」
 麗羽の声にちらりと目をやると、彼女は相変わらず微笑みを浮かべていた。そのことに、俺はなぜか奇妙な安心を覚える。
「わたくしは、櫓に戻りますわ。もしかしたら、白蓮さんが押し出す時に、煙幕を撃つ機会があるかもしれませんから」
「ああ、頼む」
 お任せください、と高笑いをしながら立ち去る麗羽の背に揺れるくるくると丸まった金髪を見ていると、なんだか気分が落ち着いてきた。
「さて、白蓮が出るな」
 丘の右手で白馬の群れが動き始める。それに呼応して、先程までこちらの弓の射程ぎりぎりで広がっていた馬群が固まり始め、整然と駆け去っていく。
 そして、視界の遥か彼方には、新たな土煙。再び、騎兵の本体がやってきたらしい。

 戦は、まだはじまったばかりだ。

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