西涼の巻・第二十回:陳公台、北郷のために奔走すること

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 さて、少し話を遡ろう。
 蜀の面々と親交を深めようという話に並行して、俺は蓮華との問題を解決しようと試みていた。
 この問題に関しても、結局は理解し合い、親交を深めることが大切だと気づかせてくれたのは、陳宮だった。
 そして、そのきっかけをくれたのは恋。
 いまは、その話をしよう。

 例の武術大会の後、恋と一緒に部屋でご飯を食べていると、彼女が肉まんを口に運ぶ手を止めて、なにか言いたげにこちらを見つめてきたことがあった。
 彼女は、俺の知り合いの中でも特にあれがしたいこれがしたいという要求の少ない娘だ。
 たっぷりの食事と、家族の安全が確保されていれば、ぼーっとしてるだけでも満足というところがある彼女が、わざわざなにか言おうとするのは珍しい。
「どうした?」
「ん……」
 恋はしばしその短い赤毛を揺らして、なにか考えているようだった。
「ゆっくりでいいよ」
 俺が言うと、こくこくと頷いて、ヤギ肉の包み焼きを一つ平らげてから彼女は考えが固まったように言う。
「ねね、最近、元気ない」
「陳宮が?」
 小さく頷いて、彼女はこう続けた。
「たぶん、詠がなんでも考えるから」
「へえ……」
 あまり詳細ではないが、恋の言葉からでも事態は推察出来る。
 陳宮は、軍師だ。
 だが、北伐に当たっては、詠が涼州の出身であるだけに、地理、風土、人、それに勢力や物の流れに詳しい。
 また、客胡の調略なども進めていることもあり、北伐左軍の進軍計画の大半をこなしてしまっている。
 陳宮は戦術面を任されているはずだが、現状は基礎訓練期であり、彼女が担当する部分が強く発揮される時期でもない。
 仕事がないというわけではないが、その手応えがないのだろう。
 それでも忍耐強く続けていれば報われることもあるが、何ひとつやる気を刺激することがないのに忍耐を要求するのも酷というものだ。特に、陳宮は軍師云々を言う前にまだ経験の浅い少女なわけだし。子供、というつもりはないけれど。
 要するに、自分の出番がなくて不満なわけだから、やりがいのある任務を与えてやればいい。
「わかったよ。少し考えてみる」
「……ありがとう、ご主人様」
 彼女の顔に浮かぶ、ごくごく淡い表情。
 それだけでも、恋という少女にとっては、大きな感情の動きだ。
 俺は普通の人ならば満面の笑みに等しいその表情を喜びと共に受け止めた。
 そうして、遅れて食事の場にやってきた陳宮が一通り食べ終えたところで、俺は彼女にこう話しかけることになる。
「なあ、陳宮」
「なんですか?」
「少し困ったことがあるんだが、相談にのってもらえないかな」
 そう切り出すと、彼女は顔をしかめて見せる。しっしと犬でも追いやるように、手を振る陳宮。
「なんで、ねねがそんなこと……」
「ねね、ご主人様の力になってあげる」
 否定の言を伝えようとするところに恋がかぶせてくる。そんなに急いで口を出す恋を見るのは陳宮も初めてなのだろう、目を白黒させていた。
「しかし、恋殿」
「……だめ?」
 小首をかしげて尋ねる恋の破壊力は抜群だ。
 俺でも耐えられない。
「うう。恋殿に言われてはしかたないのです。わかりましたよ」
 早速陥落する陳宮。恋に目配せすると、少しほっとしたように頷いてくれた。
「そうですね。この後恋殿と一緒にセキトたちにごはんをあげなければいけませんから……。しばらくしたらねねだけ戻ってくるですよ。それでいいですか?」
「ああ、頼む」
 そういうことになった。

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西涼の巻・第二十回:陳公台、北郷のために奔走すること」への2件のフィードバック

  1. 男が女やハーレム等を求めるのは、生物学的な“雄”としての本能に由来するものなので言い方は悪いけど、至極当然で自然な事です。まぁ、人間は野性的な本能と理性的な感情で思考する生き物だから“一夫多妻”を容認するか否かで揉めたりもする。

    •  この時代だと、力とお金さえあればなにしようとあんまり文句言われませんしねぇ。
       たぶん、あの問いかけは、ねねなりの一刀を理解しようとするものなのでしょう。蓮華に理解させるためには彼女自身が理解しなければいけませんからね。

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