西涼の巻・第十八回:蜀将ら、密命を受けること

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 子供が生まれた。
 俺にとっては阿喜、千年に次ぐ三人目の子だ。
 そして、俺と桂花との間では第一子。
 喜びや感謝はもちろんのことだが、あの男嫌いの桂花の娘だということを考えるとなんとも感慨深い。
 もちろん、二人の間に子が生まれたからといって、彼女が俺のものになったなんて錯覚は抱いていない。
 桂花にとって唯一最高の存在は相変わらず華琳だし、彼女が精神的にも肉体的にも華琳を愛しているのは間違いない。
 だからといって、桂花が俺に情を抱いていないとも思わない。
 これでも膚を重ねているのだ。それくらいのことはわかる。
 桂花自身にそれを言ったなら、きっとふざけるなと言われることだろうが、俺の思い上がりではないと思う。
 少なくとも、華琳にかわいがられるときの練習と称して俺を閨に招く理由が、彼女の言葉の通りとは思えない。
 最初の内は『あんたは華琳様の使う張り型みたいなもんなんだから』とか言っているのに、途中からは俺の名前を呼んでいるし、ごくたまに昂ぶりすぎたのか甘えるように俺にすがりついてキスをねだってきたりもする。
 まあ、それでも、事が終わった後はしれっとしたもんだったりしたら、寝台の上だけの話だと思うところだ。しかし、彼女はいつもいつもしまったというような顔でこちらを窺っていたりする。
 その様子が実に可愛らしく、愛おしくなるのだ。
 素の部分を見せてしまったことを後悔するような意地を張られ続けてるのは、ほんの少し残念ではあるが。
 そんな風に意地っ張りで、強情で、華琳一筋の男嫌いで、それでも世間の男よりは俺のほうがほんの少しはましだと言ってくれる桂花が俺の子を産んでくれた。
 なんとも、まあ、めでたいじゃないか。
 そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。廊下で行き会った女性に、こんなことを言われてしまった。
「顔が緩みきっておりますわよ、一刀さん」
「そりゃあね」
 にやけていたらしい顔にさらに笑顔を乗せてそう言うと、母親でもある紫苑は薄紫のその髪を揺らして微笑んだ。
「わたくしはそれでもよいと思いますけれど」
 そこで、少し憂いを込めた調子で、彼女は言う。
「ただ、そうでもない方もおられるらしくて」
「ん?」
 苦笑するような調子がどこかひっかかる。
「少しお話しても?」
「もちろん。少し遅いけど、どこか行くかい? 俺の部屋でもいいよ」
「あら、お誘いですの?」
「いやいや、そうじゃなくて」
 俺をからかってから、紫苑は少し考えるようにして首を振った。
「それでも……今宵は一刀さんのお部屋はやめておきますわ。残り香で誰かを不快にさせるのも嫌ですもの」
「今日はさすがに誰も来ないとは思うけど……。まあ、紫苑がそう言うなら」
 宮殿の中であれば、会談に使う部屋に苦労はしない。
 俺は小部屋の一つに紫苑と共に入った。茶を持ってきてくれた女官に、後は構わなくていいと言いつける。
 もう日も暮れていることだし、彼女は夜番なのだろうが、余計に煩わせる必要も無いからな。
「まずは、無事にお子様が生まれましたこと、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。本当にありがたいことに母子共に健康だよ」
 桂花の娘が生まれたのは、空が夕焼けに染まる頃。お産の例をそれほど知らないから俺にはなんとも言えないが、聞くところによると軽く済んだ部類に入るらしい。
「本当に喜ばしいですわ」
 紫苑は労るような表情を俺に向けた。それが俺自身ではなく、俺を通じて桂花に向かっていることくらい承知の上で、俺は彼女に感謝の視線を返した。
「お名前は?」
「ああ、(うん)っていうんだ。幼名は木犀(もくせい)
 名前は華琳が決めたようだ。桂花が頼み込んだのだろう。
 幼名のほうは華琳の口添え――というよりはほとんど命――によって、俺が名付けた。桂花の真名にちなんだつもりだったが、彼女自身は特に感慨もなさそうだったのが少しばかり残念ではある。
「綺麗な名前ですわね」
「うん。そうだろう?」
「ええ」
 そこで紫苑はお茶で喉を湿らせてから、切り出した。俺もなんとなく姿勢をあらためて耳を傾ける。
「こうして場を設けていただいてしたかった話……というのは」
「うん」
「一刀さんを少し説教してやってくれと言われているんですの」
「説教?」
「ええ」
 説教と聞いて、俺は目を丸くする。
 至らないところのまだまだある俺のことだ。色々と指摘されることがあるのは間違いない。説教の種もあることだろう。
 しかし、そうしたことを指摘しようとしてくれる人は、たいていの場合自らそれを行う。
 立場上、公の場で言えなくても、文という手だってあるのだ。
 しかも、何故紫苑を通じてなのかという疑問が出てくる。彼女に言うということは、蜀勢になにかあるということだろうか。
「ああ、でも、説教というのは少し違うかもしれませんわね。言い聞かせて……いえ、それも違いますわね。ううん……」
 困ったように顔をしかめる紫苑。そんな表情でさえ艶っぽいというのはさすがというかなんというか。
 未亡人だとかそういうことを抜きにして、たっぷりの色香を備えてる人なんだろう。
「まあ、なんというか心配されてるんですのよ、一刀さん」
「心配?」
 わずかの間見とれていた相手にそんなことを言われて、小首を傾げる。
 叱咤ではなく心配かと。
「俺を?」
「ええ。短い間に複数のお子さんをお持ちになったこと、それと、お産の時の行いを結び付けて、一刀さんは大丈夫なのか、と」
「ああ、なるほどね」
 桔梗の時の取り乱しようや、今日の自失ぶりを心配されるというのなら納得だ。
「それで、親として先輩の紫苑に話してくれと頼んだわけか」
「そうなりますわね」
 そこで、彼女はひょいと肩をすくめた。かなりの存在感を持つ胸がぶるんと震え、俺は目を逸らすでも注目するでもなく、平然とするのに苦労した。
「わたくしは、男なんて皆そういうもので、お産が終わるまでは仕事場に放り込んでおけばいいと言ったのですけれど……」
「ははっ。そんなものかね」
「ええ。ですから、わたくしから話しておいてくれと言われても……困ってしまいますの」
 どうやら、紫苑は本気で困っているようだ。
 実際の所、男親としての心得を指南しろと言われても、彼女も困ることだろう。そもそもが無茶な要求なのだが、そう突っぱねることも出来ない相手なのかもしれない。
「そういうことか。まあ、なんだ。しっかりしろと説教してやったと言っておいてくれれば安心すると思うんだよ」
 それから俺は何一つ気負うこと無く付け加えた。
「季衣たちも」
 思わず頷きかけた紫苑が動きを止め、笑みを深くする。
「あら、わたくし、誰一人名前など出しておりませんけれど?」
「そうだったか?」
 とぼけて笑う俺を、彼女は明らかに不機嫌な笑みでじっと見つめていたが、しばらくすると諦めたように首を振った。
「ずるい人」
 俺はその言葉に口の端を歪ませるだけで、なにも答えずにおいた。

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西涼の巻・第十八回:蜀将ら、密命を受けること」への2件のフィードバック

  1. 産みの苦しみは女だけのモノで男には理解できないし、理解してやれない事柄だけどお産に立ち合いたいと言うのは男の理屈(我儘)でしかないとは思うけど、“親になる”という事を意識すると立ち合った方が良いのだろうな。
    最近、夫婦別姓や女性の再婚期間問題等が騒がれている件についてどう思われますか?
    個人的には子供の事を考えたら、同姓の方が都合が良いとは思うけど。再婚期間に関しては医学的見識を基に再設定するべきと考えてはいるけど、実際どうしたら納得するかねぇ。

    •  難しいですよねー。
       さすがに一刀さんのように連続して、別々の女性のお産に直面しなくてはいけなかったりする人は少ないと思いますが……。
       それでも、出産の時の話とかは、ずっと覚えていられるらしいですからねえ。あまりおかしなことも出来ませんよねw
       私としては、できる限り女性が望むとおりに出来るのが一番かなと思います。

       再婚期間は、子供のDNA鑑定がしっかり出来るようになれば問題なくなる気はしますがねえ。100%ではありませんけども。
       夫婦別姓については、個人的には答えが出ていない問題ですね。なんとなく同姓でいいんじゃないの? と思いつつ、でも、色々と考えてしまうというか。
       とはいえ、人間って、選択できることが多すぎても迷ってしまうところがありますからね。そのあたりどうなのだろうなあと思ったりします。
       法律は解釈の問題とかもあって、法的判断と専門外の人の感情的判断とが乖離することもよくあることで、どう制定していくかは非常に難しいのだと思います。

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