西涼の巻・第十七回:諸将、兵を鼓舞せんと武の技を競うこと

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 そして、五日の後。
 練兵場において、武術大会は開かれた。
 俺はといえば、少し高く作られた貴賓席の箱の中で、華琳、風に挟まれながら、会場を見下ろしていた。
 貴賓席にいるのは、華琳と風、霞、俺、それに特別製の寝椅子に座った桂花だ。
 もう臨月なのに、よほど華琳の側にいたいらしい。
 ちなみに、蓮華も誘ったのだが、小蓮と思春の付き添いをやるからと断られた。
 そう。なんと、シャオまでこの大会に参加するつもりらしいのだ。
「一応、飛び入りや一般参加も許してるんだな」
「ほんとに一応、ですけどねー」
 いま、一般参加の力自慢が、季衣にふっとばされたところだ。あれは季衣の勝利のうちに入るのだろうか?
「まあ……ちょっと桁が違いすぎるからな」
 意識を失った男が、医療班に運ばれていく。
 季衣も手加減をしているはずだから死にはしないと思うが、しばらくは寝台から起き上がれないかもしれない。
「それでも、一部の武将、具体的には恋と華雄と翠、それに御前試合で優勝したことのある霞。この四人は、今日は参加不可よ」
「もー。つまらんわー」
 華琳はさらに桁違いの名前を挙げる。
 そして、そこに出た諸将こそ、俺が説得しなければならなかった面々だ。
 幸いにも恋は屋台巡りを勧めたらそっちのほうを楽しみにしていたし、華雄は恋も出ないような大会には興味が無いようで、審判を買って出てくれた。
 霞はこうしてぶーたれてはいるものの、酒をつきあうと言ったら、なんとか納得してくれた。
 まあ、その……色々手間はかかったが。
 ただし、華琳の言った中で、翠だけはそもそも洛陽にいない。
「翠は金城に行ってるだろう?」
 たしか、金城と長安を何度か往復して兵を集めている最中だ。何度か戻ってきてはいるものの、タイミング良く大会に出られるわけもない。
「明日の後半戦には間に合うよう帰って来るらしいわよ」
 ところが、桂花が大きなお腹をさすりながらそう教えてくれた。なんと、参加するつもりらしい。
「へぇ」
「桔梗さんも参加したがったんですけどー。さすがに華琳様がお止めにー」
「そりゃそうだ」
 稟でさえ見物に来ていないというのに、参加したいとはさすがというかなんというか。
「翠と蒲公英が蜀の扱いじゃないから、蜀からは紫苑一人になってしまうのが気にかかったんでしょうね」
 政治的配慮か。
 しかし、桔梗の場合、本気で腕試しをしてみたかったという可能性も考えられる。それについてはもっと安定してからにしてもらわねばなるまい。
「ともあれ、はじまるわよ」
 華琳の言葉に仕合の場に注意を戻す。そこにいるのは、先程男を軽々と吹き飛ばした鉄球を持った小柄な少女と、黄金の大槌を持ったおかっぱ頭の女性だ。
 本番の一回戦は、斗詩と季衣ってわけだ。
「力持ち同士ですねー」
「斗詩が? どっちかというと、力自慢は猪々子じゃないか?」
 そりゃあ、俺や風よりは力持ちだろうけど。そう疑問を呈してみると、桂花がはっと大きく嘲りの息を吐く。
「あんた、ほんとに底知れない馬鹿よね。あんな大槌ふりまわす武将が、力がないとでも言うの?」
「あー……」
 そういえば、季衣と流琉の喧嘩をあっさり仲裁してたのは、猪々子と斗詩の二人だったっけ。いくら武術に長けていたとしても、基本的な膂力がなければ季衣たちを捕まえることはできないだろう。
「とはいえ、猪々子の影に隠れがちで、その実力を計れないのもたしかね。ここはじっくり観戦させてもらいましょう」
 いま、仕合場では審判の華雄の声がかけられ、二人がその武器を構えたところだ。
「さあ、顔良さん! やーっておしまいなさいっ!」
「斗詩ー、がんばれー」
 麗羽と猪々子の声が斗詩に飛んだとかと思えば、
「季衣ー、勝ったら御馳走たんまりつくってあげるからねー」
「季衣ちゃーん、がんばってなのー」
 季衣には流琉と沙和から声援がかけられる。もちろん、観客席の兵たちはわき立って、それぞれを応援していた。
 たぶん、賭けてもいるんだろうな、ありゃ。
 二人は、同時に得物を振りかぶり、振り下ろした。
 鉄球がものすごい音を立てて大地を削り、鉄槌が空を切る。
 共に相手の攻撃を避けながら、一撃、二撃、三撃と、相手に浴びせかけていく。
 しかし、そのいずれもが両者の体を捉えることはなく、被害を受けるのは地面くらいのものだ。
「んー、間合いはおんなじくらいか。せやけど、ボクっ子のほうは引き戻すんがちょっとかかっとるなあ」
「鎖だからね。うまく使えば変幻自在の動きができるけど……」
 霞と華琳は冷静に解説しているが、俺ははらはらして手に汗握っていた。
 なにしろ、お互い膨大な質量の武器をふりまわしているのだ。一発でも当たれば大変なことになるだろう。
 たとえ、季衣や斗詩がどれだけ頑丈でもだ。
 ひとしきりお互いに武器を振り合ったあと、二人は距離を取る。相手の機をうかがう手に出たようだ。
 足を踏み出すと共に鉄球が唸り、鉄槌が空間を押しつぶす。二人の体が交錯し、しかし、どちらにも触れ得ずにその位置を取り替える。
 そんなことを繰り返した何度目かの時。
 季衣の鉄球が少し余計に地面にめり込んだように見えた。
 その隙を逃さず、猛然と駆け寄り、大槌を振りかぶる斗詩。
 だが、横っ面から振り抜かれた大槌は、季衣の手首の返しによってふわりと浮かび上がった鉄球に弾かれた。
 跳ね上がる斗詩の両腕。金光鉄槌に引きずられぬよう踏ん張るところを、棘だらけの鉄球が襲う。彼女は身をひねるようにしてそれを避け、飛び上がった。
 離れた場所に降り立ったその肩が大きく動き、はーはー、と長く苦しげな息を漏らしているのがわかる。
「へっへーん、とっしーの攻撃、単調だよー。それにちょっと疲れてるんじゃない?」
 その言葉に、斗詩の顔が苦しげに歪む。
 おそらく、両者の基礎体力にそれほどの差はあるまい。そこに差が生じたとすれば、それは得物の違いだ。
 鉄球を地面に転がして、斗詩に向けて放つ瞬間を待っている季衣と、大槌を常に構えていなければならない斗詩の。
 そして、達人同士の仕合ともなれば、ほんの少しの差が命取りになる。
 斗詩は額の汗を拭うと、にっこりといつもの穏やかな笑みを浮かべて見せた。
 この緊迫した状況でその笑みを浮かべられる胆力は見習いたい。
「じゃあ、そろそろ奥の手を見せようかな」
「へぇ? そんなのあるんだ。よっし、ボクも秘中の秘を見せちゃうよー」
 季衣が腕を持ち上げ、鉄球のついた鎖をぐるぐると回し始める。
 ぶぅんぶぅううん。
 虻が飛ぶような低い音で回転する鉄球。
 それに対して、まるで刀を構えるように大槌を青眼に保つ斗詩。
「いっくよーーーっ」
 仕掛けたのは季衣。地面をえぐり取るように下方から振り上がる鉄球を、体を傾けるだけで避ける黄金の鎧。
 そして、斗詩は、大槌を振らなかった。
 彼女は、踏み込むと同時にそれを真っ直ぐに突き出したのだ。
「えっ!?」
 下から掬いあげるようにして腹を突かれた季衣の体が浮いた。思わずだろう岩打武反魔を手放す季衣。
 彼女の両足が地を離れたところへ、小さく引かれた槌がもう一度体を突き上げる。
「せいっ」
 斗詩の掛け声と共に、軽い季衣の体はぽーんと跳ね飛ばされ、あっさりと仕合場の境を示す土盛りを超えた。
 ダメージは少ないのか、空中で体勢を整え、なんとか着地するが、そこは場外。
 華雄の手がすっと上がり、それが斗詩に向けて下ろされる。
「勝負あった!」
 それは、季衣の敗北と斗詩の勝利を告げていた。
 ちぇーっと大きく頭をかく季衣と、先程までの息の乱れはどこへやら麗羽たちに涼しい顔で手を振って応える斗詩。
「経験の差ね」
「息切らしとったんも演技やろ。調子にのりやすいボクっ子の性格をよう見抜いとるわ。さすがは袁家二枚看板っちゅうとこか」
「なんにせよ、二人とも、怪我がなさそうでよかった」
「そですねー」
 俺はほっとして力を抜く。いつの間にか、だいぶ腕や肩に力が入っていたらしい。奥歯も噛みしめすぎたのか、顎が痛い。
「ええと、次は祭と流琉か。これもまた……」
「流琉ちゃんが粘れるかですねー」
「うちは、その後の黄忠対公孫賛戦が気になるわ。弓つかいやろ? やっぱ、妙ちゃんと同じく近づいても厄介なんかな?」
 その仕合、白蓮は馬がないで大丈夫なのかな。いや、それをやりだすと、翠と霞が有利すぎるか。
 ところで、貴賓席でわいわいとやっているのに、一切口を挟んでこない人がいると思うのだが。
 目をやると、ちょうど華琳も同じように気にかかったのだろう。彼女の名を呼んでいるところだった。
「桂花?」
「……は、はい?」
 反応が遅い。
 桂花が華琳に呼ばれて間を置くのは、華琳自身に振られた考え事をしているか、なにか意味がある時くらいのものだ。
 いまは、そのどちらでもないはずだ。単純にぼーっとしているように見える。
「どうかした?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、華琳さ、ま……」
 最後のところで、しゃっくりでもしたかのように、声がうわずる。彼女はどこか遠いところを見ているようだった。
「桂花?」
 華琳が立ち上がろうとしたところで、桂花が断続的に声を上げ始めた。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
「あや、破水しちゃってますねー」
 風がささっと寝椅子に寄り、猫耳軍師の着物をめくって確認する。その言葉を聞いて、華琳は腰を上げた。
「季衣、流琉! こちらに!」
 華琳の声が遠く聞こえる。俺に見えるのは、奇妙に体を震わせる桂花の姿と、それに声をかけ続けている風だけだ。
 その風が俺の方をちらと見ると、奥に顔を向ける。
「霞ちゃーん、おにーさん頼めますかー?」
「あー……。わかった。また薪でも割らせとくわ」
「はいはいー」
 貴賓席に季衣と流琉が駆け込んでくる。華琳は観客席に向けて、言葉を続けているようだ。
「本日の武術大会は、緊急事態のため、散会! 明日、明後日、この続きを行うわ。軍のものは一日休暇を延長する!」
 大会が中止と聞いてざわついたものの、一日休みが延長されると言った途端現金にも上がる歓声を聞きながら、俺は誰かに引きずられていく。
 そうして、季衣と流琉が寝椅子ごと桂花を持ち上げて城へ向かうのを呆然と眺めつつ、俺は薪割り場へと連行されていくのだった。

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西涼の巻・第十七回:諸将、兵を鼓舞せんと武の技を競うこと」への2件のフィードバック

  1. 常々思う事ですが、斗詩はもう少し評価されても良いと思うのだけど….何故、あんなにも地味な扱いなのか。
    作品とは関係の無い話ですが、現在の日本の景気が良くないのは政府の政策だけが原因じゃなくて企業(特に、大手企業)にも原因の一端が有るのに誰もそこには文句を付けないだよな…..。
    PS3、PS4、PSVITAで「仮面ライダー バトライドウォー創世」が来年の2月に発売されのだけど、BLACKやRXの声優は倉田てつを氏が担当してくれるのだろうか気になるところだ….シャドームーンの声優は勿論てらそままさき氏だとしんじたい。

    •  まあ、麗羽様ご一行は、評価しづらいところはありますね。
       あの人たちがギャグでいてもらわないと、他が困るので

       現代の政治や経済だと、国際情勢やらが複雑に絡み合いすぎて、個人の活躍範囲が減りますよね-。そのあたり、物語の舞台が古い時代とかファンタジーになってしまう要因でもあると思います。

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