西涼の巻・第十五回:群雄集いて、古き戦を語り合うこと

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 左軍の陣容が定まってから二週間ほどが経った。
 その日も羌を仮想敵とした訓練計画をどのように練ればいいかということについて詠たちと話し合っていると、祭が部屋に駆け込んできた。
「旦那様っ」
「なにかあったか?」
「はい」
 祭の言葉に、部屋の空気が一瞬にして緊張したものに変わる。
 武官達は重心を移動させて、いつでも動けるような体勢に移っているのがわかった。
「いえ。軍や政治のことではありませぬが、これはこれで一大事。桔梗が産気づいたようじゃ」
「え」
 部屋の緊張した空気は、一転、変じる。
 喜びと不安が半々の、何とも言えない期待に満ちた空気の中、俺一人が立ち上がり、手に持った書類をばらばらと落としている。
「いまは、紫苑がついておる。産婆もおるし、ひとまずは問題ないじゃろうが、儂も産室に行くつもりじゃ」
 声が出てこない。なにか喉につまった感じなのを、咳払いして無理に押し出す。
「あ、ああ。頼む、祭」
 その声に、祭は踵を返し、走り去っていった。その背を見送りながら、俺はまだ呆然としている。
 稟の時は、なにしろ絶影のすさまじさに魂が半分抜けたような状態で、さらにはもう産室に入っていて直に会うこともできないと告げられたから、待つしかなかったわけだが……。
 今回は事情が違う。
 たしか、陣痛がはじまっても実際に生まれるまでは、しばらくの時間があるはずだ。その間、俺にもなにかできるに違いない。
 しかし、惚けた頭では、なにをすればいいか、思いついてくれない。
 しかたなく、俺は部屋の中で最も頭が切れるだろう少女に問い掛けていた。
「ど、どうしたらいいかな、詠」
「男ができることなんてほとんどないわよ。そうね、なにかしたいなら、お湯やそれにひたした清潔な布は間違いなく必要になるし、じゃんじゃん沸かしたらどう?」
 さすが詠だ!
 俺は、今まで座っていた椅子の後ろに回り込み、それを掴むと、そのまま大きく振り上げた。
「わ、我が君?」
「ご主人様、なにを!?」
「……ご主人様?」
 恋が俺の肩に手を触れている。それだけで、俺の腕はまるで動かなくなっていた。それでいて、手の力は失われないから持ち上げた椅子は落ちない。
 すごいな、恋。でも、いまは邪魔なんだ。
「お湯」
 恋を振り返り、一言告げる。困ったような表情を浮かべ、詠のほうを見やる恋。
「アニキ、なにをするつもりだよ」
 猪々子が言わずもがなのことを聞いてくる。しかたなく、俺は、自分で持ち上げている椅子から少しだけ指を浮かせ、指さしてみる。
「薪。お湯。沸かす」
 それを聞いた面々は一斉に顔を見合わせ、なぜか疲れたように溜め息をついた。いったいどうしたのだろう?
「華雄……。裏の薪割り場に連れてったって」
「ああ、そうだな。ほら、その椅子を置いて。薪割り場に行こう。たくさん木があるぞ」
 今日はみんな冴えてるな!
 言われて、俺は椅子を元に戻し、華雄を連れて、薪割り場に走り込んだ。
「斧の使い方はわかるな?」
「ああ!」
 手頃な長さに切り揃えられている木材から一本を選び、台に乗せる。
 斧を木の繊維の方向にあわせて、落としていく。四等分にした薪を脇に積むと、次の木材を華雄が台の上に用意してくれている。
「ありがとう! さすが華雄だな!」
「気にするな」
 華雄は優しい!
 俺にはもったいないくらいいい女だ!
 華雄の助けを借りて、俺は、薪を作っていく。途中で暑くなったので、服を脱ぎ、上半身は肌着姿で薪割りを続ける。
 いつ頃だっただろう。月が肉汁たっぷりの饅頭をつくって持ってきてくれた。一緒に持ってきてくれた冷たいお茶を竹筒から飲みつつ、作業を進める。
 気が利いたことに、月は汗を拭う布まで何枚か持ってきてくれていた。たまにそれで体の汗をぬぐわせてもらった。
 本当に、みんな、今日は冴えまくりだ!
 木材を置き、木目を見て、斧をあて、重さのまま下ろす。
 そんな作業を続けていると、不意に祭の声がした。
「どうしたのじゃ、これは」
「祭、どうしたんだ。桔梗についてくれてたんじゃないのか」
「ええ。じゃから、その桔梗が先程無事に赤ん坊を産みましたでな、こちらにおられると聞いたので報せに参りましたが……」
 彼女は、俺の周りを見回して、なぜか奇妙な顔をしている。
 華雄がくつくつと笑っているのは、なぜだろう?
 いや、きっと、あれは子供が生まれたのを喜んでいるんだな!
「よし、すぐに行こう!」
 駆け出して、二人がついてこないのに気づく。振り向くと、半ば呆気にとられたような顔で祭が俺のことを見つめていた。
「……大事ないのか?」
「ああ、舞い上がっているだけだろう。話を聞いてからずっとああだった」
 なにか小さい声で話している。その時、俺は大事なことを思い出した。きっと、彼女たちはその事を指摘しようと待っていてくれたのだ。
 なんて考えてくれているのだろう。ありがたくて涙が出そうだ。
「忘れていた! 薪だ!」
 駆け戻り、目の高さまで積み上がった山に手を伸ばし、薪を取り上げる。
「うむ、そうだな」
「さ、旦那様、桔梗とかわいい赤子が待ってあおりますぞ」
「ああ!」
 薪を腕一杯に抱え、再び駆け出した。
 俺と桔梗の大事な大事な子供に会うために。

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