西涼の巻・第十五回:群雄集いて、古き戦を語り合うこと

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「ええで。じゃあ、これからうちは一刀の部下やな」
 腹ごなしにと、恋相手に――恋自身は無手の上に手加減とも言えないくらい、慎重に力を抜いてもらって――練兵場で軽く鍛練をしていたら、昼に会う予定だった霞に出くわした。
 これはちょうどいいと予定通りのことを持ちかけた。魏を抜けて、鎮東将軍として働いてくれないかという提案だ。
 その反応がこれだった。
 なんとも軽いのは霞ならではにしても、その言い様には少々ひっかかる。
「いや。そりゃ、大鴻臚の役職としては鎮将軍を監督することになってるけど……。あ、あと北伐でも俺が大将だな」
 北伐への参加も共に了承してくれているから、そのことだろうと納得する。
 しかし、突きたてた飛龍偃月刀にもたれかかるようにしている霞は、それをぱたぱたと手を振ることで否定した。
「ちゃうちゃう。魏の配下から、北郷の下に移るっちゅうこっちゃ」
 その言葉の意味を理解して、俺は棒立ちになってしまう。
「そ、それでいいのか?」
「ええんちゃう? なにしろ、昔の仲間もたんとおるし。なあ、恋」
「……ん」
 こくりと頷く恋の動作は常と変わらないが、その唇がほんの少しだけ持ち上がっている。
 その笑みが霞を歓迎しているのは明白だった。
「考えてみれば、以前の董卓軍再結成か」
 董卓に賈駆、呂布に陳宮、張遼と華雄。
 六人がこの洛陽で再び集まるというのは皮肉でもあり、幸いでもある。あれだけの戦乱を経て、死者がいないということは。
 まあ、董卓はいまだに死んだことになっているのだけれど。
「せやせや、古巣に戻るだけや。どうせ、これからも孟ちゃんとの仲はかわらへんのやろ」
「まあ、実質的にはな」
 なにしろ、華琳は魏の頂点であると同時に、漢の丞相でもある。
 各国の武将が漢の将軍である以上、そして、それ以前に、魏・呉・蜀という三国が漢の権威を前提として成立している以上、誰であろうと華琳に従わないわけにはいかないのだ。
 もちろん、それに抗することはできるが……。霞がそうするとは思えない。
「せやったら、漢の将軍なんか一人でやるより、月っちたちと一緒の方がええに決まっとるやん」
 霞は、すっと真っ直ぐ立つとその顔を引き締めた。凛然と立つその姿に、俺は思わず震えが走るのを感じていた。
 ただ、真っ直ぐ立っている、それだけなのに、彼女のその姿のなんと美しいことか。
 それは、千人、万人を畏怖させる、一人の武人の姿。
「一刀の下なら、うち、なんも文句ないで」
 深い緑の瞳が、俺を貫く。
「ありがとう、霞」
 俺は、何故、こんなありふれた言葉しか返せないのか。
 そのことがもどかしくてたまらなかった。彼女に対する感謝は、こんなものでは表現しきれないというのに。
 だが、俺が他の言葉を探している間に、彼女はふにっと力を抜き、猫のような笑みを見せて、その体を俺にすり寄せてきた。
「あー、でもぉ。うちも『ごしゅじんさまぁ』って呼ぶほうがええか? ん?」
「お、おい、霞」
「いやちゃうやろ? なあ、ごしゅじんさまぁ」
「そりゃ、いやじゃないけど、一刀がいいよ、一刀が」
 腕を俺の首にかけて、さらにしなだれかかってくる霞。恋が呆れているのか驚いているのかよくわからないような顔で見てる。
「えー? でも、恋たちはご主人様言うてるやんかー」
「と、とにかく、あれだ……。そうだ、お昼でも食べに行こう、な、霞、恋」
 そうやって無理矢理ごまかして、霞の腕をすり抜ける。
「一刀のいけずー」
 霞の恨み言を背に、俺は厨房に向けて駆け出すのだった。

 厨にはたまたま月と詠、陳宮という三人がいたので食事を作ってもらうことになった。
 天気もいいということで、庭に卓を出して一緒に昼食を摂る。
 いつの間にか麗羽たちと祭、それに白蓮まで加わっているのはどうしてだろう。
 人が集まるのは楽しくて良いが、恋のことを考慮に入れた分量になっているはずではあるものの、猪々子もいることし少し心配だ。
 まあ……足りなければ、また厨房でなんとかするか。
「ほほう。かつての董卓の軍が全て旦那様の下に集うことになりましたか」
 話の中心は、どうしても霞の移籍のこととなる。
「ふむ。これで背後を気にせず戦えるな」
「まーた、猪突する気かいな。あんたと恋と二人とも突っ走られたら、うちじゃ止めきれへんからやめてくれるか」
「……恋、ご主人様守る」
「あー、それがいいかもね。こいつ弱っちいもんね」
「弱いですー。なんで魏軍にこんなのがいるか、真剣に疑問に思ったこともあったです」
「詠ちゃん、ねねちゃん、そんな風に言うのはよくないよ……」
 和気藹々と話す六人を、俺は微笑みながら眺めている。途中、少々胸に刺さる発言があったが、そこは大きな度量で気にしないでおくのが男というもので……。
 いや、まあ、実際弱いけどさ。
 この面子の中なら、軍師の二人を除いたら最弱だけどさ。
「おーっほっほっほ、白蓮さんといい、わたくしに負けた連中ばっかりですわね」
「また、姫。自分が話題の中心に出たいからってそういうことを言っちゃだめですってば」
 金髪を振り立てて高笑いを放つ麗羽は、斗詩にたしなめられても、まるで止める気がないようで、さらに高笑いを続ける。
 猪々子は気にもせず、月の手料理を食べ続けている。
「負け組ですわ、負け組!」
「う、うう……」
 見事に白蓮にダメージがいっているし。
 詠と陳宮は顔を赤くして怒りをこらえているようだ。うん、ここで挑発に乗ると、余計話がこじれるから、さらっと流して……。
 そう願っていたのだが、さすがに耐えきれなかったらしい詠が、持っていた箸をばしんと卓に叩きつけた。
「ちょっと、ボクたちはそこの白蓮と違って、あんたに負けたわけじゃないわよ! あんたの尻馬に乗った連中が多かっただけでしょ! 訂正しなさいよ!」
「ううう……」
 白蓮に追い打ちかけるのはやめなさい。
「それをまとめあげられた、わ・た・く・しの力こそが重要ですのよ。負けて蜀に逃げた軍師さんは黙っていらして」
「ぬぐぐぐ……」
 あまりの怒りに詠が言葉も出せないでいる。ちなみに、陳宮は激昂しようとしたところを、恋に止められている。すばらしいぞ、恋。
「儂は元はといえば孫呉の軍なのじゃがなあ」
 ゆったりと酒杯を呷りながら、祭がからかうように言うのを、麗羽は冷然と受け止めた。
「あら、孫策さんだってわたくしではないですが、袁家の下にいたじゃありませんの。孫堅さんにだって、随分資金を援助していたはずですわよ。袁家のお金を、ね」
「そ、それはそうじゃが……。堅殿への援助など、ぬしはまだむつきもとれない頃の話ではないか。そのような古い話むしかえさんでも」
「ですが、袁家の風下に立っていたことに変わりはありませんわよ」
 袁家といっても孫呉が関わっているのは美羽の家の方なのだが、血筋的には麗羽も関係者と言えなくもない。
 ただそれを言うと、四世に渡って三公を輩出した袁家に関わっていない豪族なんて、ほとんどいないことになる。
 少なくとも黄巾の乱以前の漢では袁家の影響力は絶大だったわけだし。
「じゃ、そのお偉い袁家様が、どういう末路を辿ったか、覚えてないわけ? その後、白蓮みたいに働いたりもしなかったくせに……」
「白蓮さんは、しかたなく逃げたんじゃありませんの、わたくしたちは……」
「そも、赤壁ではですね……」
「じゃが、官渡においては……」
「だいたい、建業まで攻め寄せられて……」
「うう、どうせ私は……」
 話はだんだん熱狂を帯びていく。ついには、皆で黄巾の乱以降の戦いを一つずつ挙げていくほどになっていった。
「いい加減にしろ」
 ぎゃーぎゃーと言い合う面子を眺めていた華雄が、明らかに怒りの篭もった低い声で一言言うと、それまでの騒ぎが嘘のようにぴたりと静まる。
 論戦に参加していた者は皆、驚いたように固まって華雄を見ていた。
「負け組というなら、みな負け組ではないか。もちろん、私もそうだ。ここにいる中で負けなかった者など、一人しかおらんではないか」
「せやな。負け知らず言うたら一刀だけちゃう?」
 同じく一歩引いて眺めていた霞が指摘する。指名された俺は肩をすくめるしかない。
「華琳と一緒にいたからさ」
 これはもう間違いようのない事実だ。覇王の側にいたから勝利を味わえただけで、俺自身が強いわけでもなんでもない。
 そこを勘違いすると痛い目にあう。
「それに、勝ち負けなんて大した問題じゃない。そう教えてくれたのは、他ならぬ麗羽じゃなかったっけ?」
「あ、え……それは……」
 俺の問い掛けに、目に見えて動揺する麗羽。あの麗羽が縮こまろうとするなんて、信じられるだろうか。いや、実際には膨大な金髪のせいで、ボリュームが小さく思えることはないのだけれど。
「まあ、詠たちもわかってやってほしいんだけど、麗羽だって本気で負けたからどうとか言ってるわけじゃないんだ。友達と懐かしい話をする時ってあるだろ? あれと同じで、みんなとじゃれあいたかっただけさ」
「あ、あの、我が君」
 俺になにか言いたそうな麗羽の顔は真っ赤だ。こっぱずかしいだろうが、恨みを残すようなことがないよう、きちんと説明してやらないとな。
「アニキってたまに酷いよな」
「しかたないよう、麗羽様単純なくせにわかりにくいし……」
 あなたたちのほうが酷いですよ、猪々子さんに斗詩さん。
「まあ、そんなわけだから、白蓮も落ち込んでへたりこんでないで、ちゃんと座ってご飯を食べよう」
 そう言って、俺は、地べたで庭草を抜き続けている白蓮の手を取る。
「うう、わかったよぅ」
 彼女が席に戻ったところで、俺は皆の顔を見渡す。ずらりと並んだ武将たちは、みな、宝物と言えるくらい大事な人達だ。
「過去はある。それは俺たちを形作ってくれる、貴重な経験だ。だけど、それを生かすべき先は未来だと思う。過去がつくってくれたいまを、明日を楽しもう。そして、いまは、こうしておいしいものをみんなで食べよう」
 俺は、取り分けられた鶏肉の炒めものを箸でとって食べ始める。それを見ていて、皆もまた箸を進め始める。
「ま、まあ我が君がそうおっしゃるなら……」
「しかたないわねー」
「酒もいかがかな、旦那様」
 ぶーたれたり、微笑んだり、無言でばくばくと食べていたり。皆、それぞれに重要なことやどうでもいいこと、いろんなことを話しながら、食べ、かつ飲んでいた。
 これこそが、俺の守るべきものなのだろう。
 その光景を見ながら、そう思った。
 大切な人達、たわいのない会話、かけがえない時間。
 そして、俺は、その守るべき者たちを率いて戦いに赴く。守るために戦い、共に生きるために死地へ向かうことも命ずる。
 なんという矛盾、なんという不合理。
 だが、それこそが、俺がいま生きている世界なのだ。
 ……たとえ、それを了承できなくても。

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