西涼の巻・第十四回:呂奉先、心がおなかいっぱいになること

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 その後、麗羽たち三人と祭に参加を快諾してもらい、あとは霞、恋、陳宮、それに子龍さんと相談しようと確認をしてから、床に就いた。
 昨晩、遅くまで思春と祭につきあわされていたせいか、今日、皆をまわったのが案外疲れたのか。
 夜具をかぶり目をつぶっただけで、体が寝台に沈み込むような感覚を覚え、意識が途切れた。
「……さま」
 夢か現か、どこかで柔らかい声がする。
 思い切って呼びかけているのに、なかなか届かない。そんな声。
「……主人様」
 呼ばれているやつは早く反応してやればいいのに。そんなことを思う。なぜなら、その声に篭められた感情は、あまりにも……。
「ご主人様」
 不意に、意識がクリアになり、耳に聞こえていた声がはっきりと認識される。明かりを落とした部屋の中、俺にのしかかる影一つ。
「ご主人様、起きた」
 総身に走った悪寒は、その声から正体を悟った途端一瞬で去り、代わりに襲ってくる驚愕と混乱。
「なっ、え、恋?」
「うん」
 俺が動こうとすると、影法師のような恋はおとなしく寝台の脇に立つ。俺は上半身を起こし、彼女に対した。
 なんとかこの距離なら漏れ入る月明かりで顔は見えるか。微妙な表情は読み取れないけど。
「恋、お話ししにきた」
「朝になってからじゃだめだったのか?」
 ん、と恋は少し考え込むようにしていたが、ふるふると首を横に振った。
「……朝、人たくさんいる」
 どうやら、人に聞かれたくない話題らしい。俺は恋に断って一つだけ灯火を入れ、寝台に腰掛ける。
 恋もよかったら座るよう促すと、一つ頷いて、同じ寝台の上に腰掛けた。いや、椅子があるからそっちでもよかったのだけども……。
「それで話って?」
 恋はしばらく小さな炎の揺らめきを眺めながらためらっていたようだが、顔を上げて俺を見つめてきた。
「ん……ご主人様、ねねと仲悪い?」
「え? そんなことはないと思うけど……って、ああ」
 不意の質問に驚いてしまう。どうやら、恋は陳宮が俺にちんきゅーきっく――はて、彼女はどこでキックなんて単語を知ったんだろう?――を繰り出してくるのが気にかかっていたらしい。
「そうだな、仲が悪いってことはないよ。陳宮は、呉につれてけなかったろ? それで一人置いてかれて、ちょっと拗ねてるんだよ」
「でも、蹴ったりするの……よくない」
 うん、俺も非常に良くないと思います。
 本気で危ないからな、あれ。
 まだ小さくて軽い陳宮だから耐えているが、これ以上きつくなると耐えられる自信がない。
「まあ、陳宮だって軍師だ。頭じゃあ理解しているはずだよ。あの頃、月たちを守るためには俺に同道させるのが一番だった。そのためには恋が俺の護衛って触れ込みでついてくる必要があったし、恋の家族の面倒を見る人間も必要だった。陳宮だって、自分が残らなきゃいけなかったってことはちゃんと理解しているんだ」
 ただ、理解しているからといって、鬱憤が溜まらないかというと、それはまた別の話だ。
 そのことをどう説明すればいいだろう。俺は考え考え言葉にしてみる。
「んー、なんて言うかな。頭では理解していても、心では納得できないことってあるんだ。頭と心が別々というか。恋だって、心は急くのにどうしてもおなかが減っちゃう時ってあるだろ? それは体と心が別々の時。陳宮は、俺に対しては頭と心が別々に反応しちゃってるんだろうね。しばらくしたら、落ち着くよ」
 後は単純に、恋と仲がいい相手に対して嫉妬のようなものを感じているのはあるだろうけれど。そのあたりは、これからゆっくり解決していけばいい。
「頭と心……体と心……」
 考え込む恋の頭に手を乗せて、ぽんぽんと軽く触れてやる。振り払われることはなかったので、その赤い髪の柔らかな感触を堪能する。
「俺は、恋とも陳宮とも仲良くやっていきたいと思っているよ」
「ん、わかった」
 ならいいという風に頷く恋の頭から手を離すと、あっと小さく呟くのが聞こえた気がした。
「……もひとつ、聞いていい?」
「ああ、もちろん」
 見上げる恋の赤い瞳に、灯火の光が反射する。ゆらゆらと揺らめく光が、いつもと違う恋の真剣な表情を際立たせていた。
「さっき、頭と心と体が別々になる時があるって言った」
「うん、言ったね」
「恋も最近、そういうことがある」
 どうやらかなり真剣な相談のようだ。俺は身を乗り出して、彼女の言葉を聞く。
 なにか気にかかることでもあるのだろうか。あるいは、恋を悩ませるようなことが。
 もしかすると、戦が近いことが彼女の懸念なのかもしれない。飛将軍とまで言われた呂布だ。戦の匂いをかぎつけていないはずがない。
 だが、彼女が口にしたのは、あまりに意外な言葉だった。
「遊んでて楽しいのに、ご主人様のこと見てたくなる」
 今日の昼間の視線。
 あれは、陳宮と俺の仲を心配していたのだろうと思っていたのだが、どうやらもう一つ意味があったらしい。
「でも、見てると、胸のあたりが苦しい」
 そう言って、彼女は自分の胸に手をあてる。
「苦しいのに、目がはなせない。もっと近くに行きたくなる。……よくわからない。恋、おかしい?」
 天下の武人の顔が不安そうに歪むのに、俺は慌てて否定する。
「いや、おかしくはない。うん、おかしくない。ありえる話ではある……」
 そう、ありえない話ではないのだ。なにしろ、目の前にいるのは、呂奉先という武名の前に一人の可愛い女の子なのだから。
 だが、その一人の少女が俺に……?
「……よかった」
 心底ほっとしたように呟く恋の存在感が急にひしひしと感じられて、俺は身じろぎもできなくなる。
「恋、おかしいと思って、紫苑と桔梗に相談してみた」
 よりによってその二人って……。
 俺は心の中で頭を抱える。
 恋としてみれば、陳宮はもちろん、詠や月ではあまりに近しい相手だ。心配させてしまうか、迷惑がかかるとでも思って、蜀にいた頃の知り合いを頼ったのだろうが……。
「そしたら、ご主人様とちゅーしてみればわかるって言ってた」
 ずいっと近づいてくる恋。
 距離がほとんどなくなり、彼女の鼻が俺の首筋に触れてしまうくらいだ。ふんわりと香る彼女の甘い匂いにくらくらしそうになる。
「ちゅーしたらわかる?」
 さらに近づいてくる体を、はねのけるわけにもいかず、けれど、あまりの刺激に耐えかねて、彼女の肩に手を置く。
「ある意味では、わかるかな」
 少し体を離し、真っ直ぐに恋の目を見つめて、ゆっくりと話す。
「でも、恋。ちゅーってのは、本当に大事な人とすることなんだ。確かめてみるとか、そういう理由ですることじゃないんだ」
 もちろん、そういう理由でする人もいることだろう。あるいは、自分で気づいていても、認めたくない気持ちを行動で示すことで納得するなんて面倒なやり方を取る人間もいる。
 だが、今回の場合、恋はまるでそういう知識がない。そこにつけこんで唇を奪うのは、なにか違う気がした。
 たとえば、これが、恋をけしかけることとなった桔梗や紫苑なら、また違うのだろうが。
「……」
 恋は顔をうつむかせて小さく呟いていた。その声を聞くために耳を近づかせてみると、彼女はその言葉を繰り返した。
「ご主人様、恋、大事じゃない?」
「いや、それは違う!」
 咄嗟に大声になってしまった。間違いなく、俺は、彼女を大事に思っている。そのことははっきりさせておかなければいけない。
 それが恋慕なのか、あるいはもっと違う感情なのかはわからないけれど。
「俺は恋のこと大事に思ってるよ」
「恋も、ご主人様、大事」
 再び上がった顔は、とても真剣だ。
 なにしろ、あの恋の眉根に皺が寄っている。俺はその顔を見て、抵抗を諦めるしかなかった。
 そのまま、体ごと引き寄せて唇を合わせる。目を真ん丸に見開いた彼女と視線を交えながら、恋の柔らかな唇を貪る。
 体中の感覚が一点に集まったような錯覚。繋がったその場所から交換される二人の体温。
 それは、わずかで、それでいて随分と長い時間。
「ちゅー……?」
 唇を話すと、恋が不思議そうに尋ねてきた。
「うん。そうだよ。どう?」
「余計に……変になった気がする。でも……」
 重ねられた二つの掌。彼女は、自分の心臓のある場所にその手を置いてみせた。
「ここが、おなかいっぱいになった」
 胸がお腹一杯、とはまた恋らしい言葉だ。俺は思わず微笑んでしまう。すると、それを見上げていた彼女がぽつり、と呟いた。
「なんか……眠くなった」
 え?
「一緒に寝る」
 疑問に思うがはやいか、彼女が俺を掴み、寝台の上にどさりと寝ころがる。俺はすっかり彼女に抱きしめられる形だ。
 いや、これは、俺が抱き枕代わりにされてるのか?
「おい、恋……」
 もがいて脱出を試みるが、がっちりと恋の力で押さえつけられ、動くこともできない。しかも、頭の上ではすでにすーすーと規則正しい寝息が立てられている始末。
「まあ……いいか」
 とりあえずは、まあ、いいか、俺はそう思う。
 お互いの胸にある感情がなんなのか、俺にも、そして、恋にもわかっていないだろう。
 だが、いまはそれでいいのだ。
 これからゆっくり育てていけばいいのだから。
 そうして俺はぎゅっと掴まれている恋の力に抗することなく、その柔らかな体に埋もれて、眠りの国へと落ちていくのだった。

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西涼の巻・第十四回:呂奉先、心がおなかいっぱいになること」への2件のフィードバック

  1. 詠ちゃんは本当に可愛いな····詠ちゃんに「兄さん(もしくは、義兄さん)」と呼んでもらったら萌えまくり状態確定です。
    10月18日放送分の「手裏剣戦隊ニンニンジャー」は、実に良かった。ジライヤを知ってる人にとってかなり楽しめる内容だったと個人的には思いますが·····ジライヤスーツの装着手順が放映当時と違っていたのが気になったです。

    •  詠は本当にいいですよね。
       ツンデレと言われるキャラは類型的な感がどうしてもありますが、魅力的なキャラはそれだけではけしてないですからね。
       恋姫たちの本当の魅力を描き出せて行ければいいなと思っております。
       
       特撮に関わる方々の作品愛はさすがですね。ただ、失われてるものもあるでしょうし、完全再現というわけにはいかないのでしょうかねー。

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