西涼の巻・第十四回:呂奉先、心がおなかいっぱいになること

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 報告を兼ねて華琳を訪ねた後、月たちのところに向かう。
 部屋に入ると、なんともいい香りが漂ってきた。どうやら、おやつの時間に行き当たったらしい。
「あ、ご主人様、いらっしゃいませ」
「なんだ、あんたも来たの」
 月と詠に見事なまでの温度差で出迎えられる。
 あんたも、というのは華雄も同席しているからだろう。恋はともかく、華雄がおやつに来てるのは珍しい。これまでに二、三度はあったけれど。
「詠の分のおやつを取ったりしないよ」
 卓の上には湯気のたつ饅頭が山盛りで置かれている。とてつもなくおいしそうだ。
「ばぁか。誰がそんなことを心配してるのよ!」
「恋ちゃんの分を考えてつくりましたから、ご主人様が食べるくらいなら、大丈夫ですよ」
「そっか。ありがとう、月」
 ぱたぱたと動いて、俺に茶を淹れてくれた月の言葉に甘えることにする。
 卓につき、まだ温かい饅頭にかぶりつくと、少し固めの皮の下から果実を練り込んだ餡が出てくる。果実の味が混じりあって、くどくない程の甘みを与えてくれた。
 うーん、おいしい。
「それで? 用件はどうせ北伐でしょ」
 甘味の幸せに浸っていると、詠が饅頭片手に問い掛けてくる。
「ああ。やっぱり聞いているか」
「私ですら聞いているくらいだからな」
 華雄がいかにも面白そうに呟く。
 正式発表は先の話のはずだが、将軍級の人間にはすでに情報が行っているらしい。そのあたり、どういう情報網なのか俺にもよくわからない。
 だが、実際、俺自身もいつの間にか知っていたということはある。
 まあ、俺の場合、寝物語に知らされることもよくあるが……。
「とはいえ、俺の口からあらましを話しておくことにしよう」
 そう言って、北伐の概要、俺が左軍大将であること、そして、その涼州を中心とした侵攻作戦こそが一番の激戦となるであろうことなどを簡単に話していく。
 既に聞いていたにしても、まとまった情報を得るのはこれが初めてなのか、詠をはじめとした三人は、饅頭を食べながら熱心に聞き入ってくれた。
「それで、その占領地は西涼国にするというわけね」
「うん。昼に翠と話してね。北伐後は黄河を境界として金城以西を領土とする西涼公につくことを了承してもらったよ」
 まさかあっさりと華琳が翠の出した条件を呑むとは思わなかったけど。
 あの後に訪ねた華琳は説得しようと意気込んでいた俺の勢いなど気にした風も無く、好きにしなさいと許可を与えてくれたのだ。
 ただ一つ、兵を集めるならば蜀を抜けてからにしろ、という確認をしただけで。
 それだけ現状の安定を確信しているのか、あるいは、翠をおさえてみせろと俺に命じているのか。
 いずれにせよ、信頼と共に与えられた譲歩だ。いい結果を導きたい。
「涼州がそれで安定するなら良いのですが……」
「錦馬超っていう看板はなかなかのものよ。翠に統治は期待できなくても、そのあたりは補う人材がいるでしょ」
「名前だけで治まることもあるからな」
 心配そうな月を詠が慰め、華雄が一人納得するように頷く。なんとなく、その光景に俺は安心した。
「名前と言えば……。色々考えたんだけど、董卓の名前は今回は出さずに済ませようと思うんだ。いいかな、月?」
 俺の言葉に、月はなんだかほっとしたような笑みをもらした。
「私は、いまが楽しいですから」
 その言葉に嘘はないだろう。かわいらしいメイド服姿で微笑む月の姿は、とてもさわやかだった。
「月は戦に出ずに、洛陽で守将になる季衣か流琉を助けてあげてほしい。まあ、桂花と稟も残るはずだから、なにもないとは思うけど」
「はい。わかりました」
「で、ボクは?」
 不機嫌そうな口調で問い掛けてくる詠に、俺は一つ息を吸う。これを了承してもらえなければ、かなり不利になる。そんな申し出をするために。
「軍師として同道してほしい」
 ふんっと大きく鼻を鳴らされた。呆れたようにぱたぱたと手を振る詠。その様子に俺は硬直してしまう。
「莫迦。そうじゃないわよ。賈駆の名前は出すかって話」
「え? あ、いや、それは……その前についてきてくれるかどうかってのが……」
「だから、あんたは抜けてるのよ。当然ついてくわよ。そうじゃなきゃあんたの補佐なんて誰もできないでしょ。ボクがいないでどうすんの」
 予想もしていなかった言葉に、安堵の息を吐くのも忘れ、彼女の早口の言葉をただ聞いているしかない。
「あんたがいなくなると、ボクと月はとてつもなく困るの。あんたは蜀はじめ、月を利用しようとする奴らから守るための防波堤なんだから。死んだり、失脚されたりしたら大変なのよ」
 詠の言葉に、月がくすくすと笑い声を上げる。詠の言葉は一面真実であるだけに、俺にはなにも言えない。
「詠ちゃん、ほんとはもっと大事なことがあるくせに……」
「な、なに言ってるのよ、月。月の安全以上に大事なことなんてあるわけないでしょ!」
「ふふ……」
 慌てる詠に対して、月の方は余裕たっぷりという風情。この二人は、こうなると、詠に勝ち目はないんだよな。
「そうか、よかった。よし、これで負けないな」
 ようやく、詠が参加してくれるということを心底から理解できた俺は、思わず喜びからそう口走ってしまう。
 そうして、またしても、詠に鼻で笑われた。
「単純ね。ボクだけで勝てるわけないでしょ」
「いや、負けないって言ったのさ。負けない、だろ?」
 微笑みながら言うと、しかたないというように溜め息をつく不世出の軍師。
「……まあ、いいけど。ところで、最初の質問に答えてないわよ、あんた」
「賈駆の名前は……できれば出してしまおうとも思うんだけど。月とはちょっと違うだろ?」
 おそらく、詠ならば賈駆の名前を伏したままでも、表沙汰にしてもどちらでも有利に運ぶ方策を考えていることだろうと思う。
 しかし、そろそろ賈駆の名前も復活するべきだろう。董卓の名前はあまりに重すぎて、まだだと判断したが……。
「まあね。わかったわ。涼州相手ならボクの名前も通用するからね、存分に使わせてもらうわ。この賈文和の名前をね」
 にやりと口の端を持ち上げるその笑みを、頼もしくも恐ろしく感じる俺だった。

「華雄は烏桓を率いて欲しいんだ」
「ああ、承知した」
 華雄の答えはあっさりとしたものだった。その飄々とした、自信たっぷりの態度に頼もしさを覚える。
「ありがとう」
「なにをいまさら」
「うん。でも、ありがとう」
 改めて礼を言うと、それ以上言うなとでも言うように饅頭をぱくつく華雄。一つ丸ごとかみ砕いて呑み込んだ後、彼女はしかめっ面をした。
「ただ、訓練は激しくなるな。烏桓は精強なだけに、率いる私との一体感をどうつくるか……」
「そうだね、そのあたりは翠や霞たちを除いた全体に渡っての急務だ。烏桓のことは、白蓮に尋ねてみるべきだろうな」
 そこまで言って、大事なことを忘れていたことを思い出す。以前、異民族のことに関して稟と話していた時に思いついたことを、ここで確認しておくべきだろう。
「あ、そうだ、詠」
 おやつを食べ終えて、お茶を飲んでいた月と詠が揃ってこちらを向く。
 そのタイミングがあまりに一緒で、ちょっとおかしくなってしまうが、それをおさえて質問する。
「軍師としての詠に、一つ聞きたい」
「なに?」
「この戦、一切の略奪を禁じても、勝てるか?」
 戦争において、略奪を禁じるのは難しい。
 幸いにも現在の曹魏の軍は訓練が行き届いている。現地の住民を襲ったり町を荒らしたりなどということは避けられるだろう。
 だが、敵軍が集積している物資は軍が接収して余裕があれば部下に配分するし、敵兵の死体から鎧や武器、金品などを拾うことまで禁止するのは困難が予想された。
 一切の、というからにはそういう行為まで禁ずるということだ。
「本気? まさか、甘っちょろい気分で言ってるんじゃないでしょうね」
 詠の覗き込むような視線を受けて、軽く肩をすくめてみせる。
「道義的問題じゃないんだよ、詠」
「ふーん?」
「焦土作戦をとられれば勝てないってことさ」
「しょうどさくせん、ですか……?」
 月がよくわからない、というように首をかしげる。
 ああ、言葉としては確立していないのか。使われていないはずはないと思うけど。
「城やその周りを全部焼き払われて、建物も打ち壊され、水に毒を入れられて、完全な荒野に変えられて逃げられたら、対処が難しいってこと。さすがに水源が使えなくなるようなことはしないと思うけど……。田畑の作物を刈り取って、既にある食糧を全て焼き払うくらいはしてもおかしくないだろ?」
「まあ、それは……ありうるかもね」
 城内を完全に打ち壊された場合、せっかく拠点を落としても何ひとつ手に入れられないこととなる。
 そうなれば兵たちの落胆は大きいことだろう。
 それが続けば精神的負担も重なり、士気への影響もばかにならない。
 ついでに言えば街に民が残されていた場合、それを収容する必要もあるから、さらなる負担を強いられることもありうる。
 果たして民の怨嗟をかきたてて、そこまでのことをやるかどうかは怪しいところだ。
 だが、農耕民が多数派ではなく、遊牧という生活形態も多い地域――農耕・遊牧混淆地帯では拠点をあっさり放棄してしまうという戦術も取りうるのだ。警戒しておいて損はない。
「蜀や呉を相手にするときは、それほど気にする必要はなかった。なにしろ、蜀も呉も、農業が主力だからな。城市とその周囲にいる民たちや田畑を犠牲にしてまでそんな作戦を行うはずがない。もし、相手の城で補給物資を手に入れられなくても、本国からの輸送経路は定まっているし、さびれていたとはいえ街道もある。最悪、民の恨みを買っても、その地で畑や田から刈り取る手もあった。だが、今回その手は通用しないはずだ」
 俺の言葉を聞いて、詠は考えをまとめるようにこつこつと卓を叩き始める。
「たしかに、畑の数が南方とは段違いだしね。蓄えられている食糧を奪って行かれたら、それだけでどうしようもないでしょうね。そもそも、野にいる羌や鮮卑たちは天幕ごと全ての財産を持ち去っていくでしょうし。たしかに対策が必要ね」
「でも、詠ちゃん。輜重隊をぞろぞろ連れて行っても……襲ってくれって言うようなものじゃない?」
「そちらに割く警備の兵が多く必要になるな。しかたないとはいえ、少々遠い」
 月や華雄の指摘ももっともなもので、詠はこつこつと音を鳴らしながら、考え続ける。
「稟たちはなんて?」
「必要な分は供給するとは言われているよ」
 だが、どこまで要求できるかは難しいところだ。全体の人数で言えば華琳の中央軍のほうが遥かに物資を必要とする。大軍だけに、しっかりと補給経路も計算されているだろうが……。
「結論を出すには、少し考える必要があるわ。もちろん、ボクも補給のことは考えていたけど、一番厳しい条件で考え直すことにする。稟や風、ねねとも相談させてもらいたいし。……そうね、霞や翠とも話したいわ。まず、参加武将を確定させて。蜀も参加するんでしょ。そっちとの調整がどうなるか、華琳に確認してちょうだい」
「ああ、わかった」
 確認事項を書き留め、詠にその経過を報告することも約束する。
「じゃあ、考えておいてくれるか」
「任せなさい。ボクを誰だと思ってるの。あんたなんかじゃ思いもつかない解決法を示してやるわよ」
 そう言ってメイド服で胸を張る軍師賈駆の姿を、頼もしく微笑ましく見守る俺たちだった。

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西涼の巻・第十四回:呂奉先、心がおなかいっぱいになること」への2件のフィードバック

  1. 詠ちゃんは本当に可愛いな····詠ちゃんに「兄さん(もしくは、義兄さん)」と呼んでもらったら萌えまくり状態確定です。
    10月18日放送分の「手裏剣戦隊ニンニンジャー」は、実に良かった。ジライヤを知ってる人にとってかなり楽しめる内容だったと個人的には思いますが·····ジライヤスーツの装着手順が放映当時と違っていたのが気になったです。

    •  詠は本当にいいですよね。
       ツンデレと言われるキャラは類型的な感がどうしてもありますが、魅力的なキャラはそれだけではけしてないですからね。
       恋姫たちの本当の魅力を描き出せて行ければいいなと思っております。
       
       特撮に関わる方々の作品愛はさすがですね。ただ、失われてるものもあるでしょうし、完全再現というわけにはいかないのでしょうかねー。

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