西涼の巻・第十三回:錦馬超、涼州の束ねとなるを決意すること

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 なんと麗羽が紫苑のところまでたどり着き、捕虜を解放したところで、翠とたんぽぽを連れてゲームを抜けた。
 陳宮と恋が参加したのだから、人数的には問題ないだろう。
「まあ、しかし、みんなのんきなもんだな」
「お姉様だって本気で遊んでたくせにー」
「そ、そりゃ、そうしないと璃々に悪いだろ」
「どうっかなー」
 二人を連れて、誰もいない庭を歩いていく。
 普段は園丁を含めて誰かしらいるものだ。今日は人払いを頼んであった。
「で、一刀兄様、お話ってなにー?」
「西涼……か?」
 無邪気に問い掛けるたんぽぽに対して、翠は予想していたようで、その表情は硬い。
「ああ。北伐の話は聞いたろう?」
「紫苑からな」
 頷く翠の揺れる髪の房を見ていたら、その横で勢い込んで頷くたんぽぽにも同じように揺れる尻尾があることに気づいた。
 ほとんど色違いと言っていい服装といい、この従姉妹は良く似ている。
 いや、似せているのかな。
「たんぽぽたちも参加予定なら早めに教えておいてくれてもよかったのにねー」
「まあ、そのあたりは朱里たちにも考えがあったんだろう。それはいい。それで、魏の条件は?」
 簡潔な翠の物言いには苦笑するしかない。
 しかし、それこそが話したかったことであるのもまた事実だ。俺は足を止めると、翠に向かって体を向けた。
「またずばりと聞くね。わかった。はっきり言おう。華琳からの提案は三つある。蜀の将のまま北伐に参加し、その後は一切涼州に足を踏み入れることをやめる」
「ちょ」
「蒲公英、口を挟むな。最後まで聞こう」
 思わず口を開くたんぽぽを叱責する翠の目は真剣で、じっと俺だけを見つめている。
 その眼力に抗して姿勢を保つだけで精一杯だ。
「もう一つ。魏に降り、涼州牧兼護羌校尉となり、涼州に責任を持つ。最後に、漢の臣下として、西涼公と鎮西将軍を兼ねて、西方を代表する諸侯となる。この三つだ」
 たんぽぽからの疑念の篭もった視線が和らいだところで肩をすくめてみせる。
「もちろん、一つ目を選ぶとは俺も華琳も思っていない。だが、後半二つとなると、蜀を抜けるのが前提条件になる。それは覚悟しておいてくれ」
「鎮西将軍って、霞はどうするんだ?」
 決定を先のばしにするためか、ただ単に疑問に思ったのか、翠が尋ねてくる。
「鎮東将軍に横滑り。鎮東府単独じゃなくて、鎮東鎮北府として、北東方面に開府させるのがいいんじゃないかって話になっているね」
 実際、東は今のところ治まっている。霞を鎮東将軍に据える意味は、東方鎮撫だけに限るのではなく、辺境を守る責任者の一人として定めることにあるのだろう。
「お姉様が鎮西将軍になると、鎮将軍三人とも、馬術の上手い人ばっかりだねー」
「まあ、辺境支配に、騎兵が主体の軍を置いておくのは妥当なところだと思うけどね。範囲も広いし、相手も騎馬だしな」
 なによりも、白馬長史の名前や、張遼の名前が辺境の部族たちに響いていることが大きい。
「ああ、そうそう。霞は魏を抜けるよ」
「なんだって!?」
「へ!?」
「翠が蜀を抜けるんだ。霞も漢の将軍に戻った方がいいだろう、という判断さ。まあ、それはこれから俺が説得するんだけどね」
 どこでどう話がついたのかわからないが、そういうことになったと華琳から聞かされている。
 現実的には、霞が魏の影響下から抜けることはないだろう。
 それは翠と蜀の関係と同じだ。
 それでも、一応の名目というものは通しておかないといけない。
「四鎮将軍って元々かなり官位が高いんだろう? それを特定の勢力に拠らせておくのはあまり良いことではないって感覚もあるんだろう」
「ふーん。でも、なんていうか、みんな動いていくんだねー」
「その時その時にあったやり方をしていくしかないさ。義理や建前や、色々あるからな」
「めんどくさいけどしかたないかー」
 たんぽぽの真っ直ぐな感想に苦笑する。
 正直、俺も同じ気持ちだ。とはいえ、形式を整えることでその実質を受け入れやすくなるなら、少しくらい面倒でもやらなければいけないことというのはあるのだ。
「涼州牧に、西涼公か……」
 黙って考えていたらしい翠がぽつりと漏らす。
 まだまだ冷たい風が吹いて、彼女の栗色の髪を巻き上げた。
 きっと涼州の風の冷たさはこんなものではないのだろう。陽の光を受けてきらきらと輝く茶の錦糸を見ながら、ふと、そんなことを思った。
「ねえ、お姉様」
 たんぽぽが明るい調子で声をかける。翠は目線だけを動かして彼女の方を見た。
「こないだはちょっと急でびっくりしちゃったけど」
 たんぽぽの笑みは変わらない。真っ直ぐで、ほがらかで、遠慮のない温かな笑顔。そして、そこに込められた絶対の信頼。
「お姉様が決めたことなら、たんぽぽはもちろん一門衆はみんな従うよ」
「お前……」
 二人の作り出す空間に、自分がとてつもなく場違いなところにいるのではないかと思ってしまう。
「よし、決めた」
 だから、翠がこちらを見て、決意を込めて言葉をつむいでくれて、ようやく俺はその空間の中に戻ることができたような気がした。
「あたしが西涼の面倒を見るよ。鎮西将軍と西涼公、それを選ぶ」
「わかった」
 翠は三番目の提案を呑んだか。
 そうなると、これからやるべきは、確実に西涼を建国させるべく動くことだ。それには、もちろん、北伐の成功が絶対条件となる。
「ただし、二つ条件がある」
「ん?」
 翠は再び歩きだしながら、なんでもないことのように言った。
「あたしの故地で兵を集めることを許可してくれ」
 彼女に追いつこうと少し早足で横に並んだ俺は、その言葉に考えてしまう。
「金城……のあたりだっけ」
「そう。もう一つはその金城も西涼の領域に含むこと。金城以西を領域としてくれれば、あたし自身は鎮西将軍として長安に居留するので構わない」
 翠の提案は、実に軽く放たれたものだが、実際にはかなりの重大事だ。
 現在は魏のものとなっている元来の領地で兵を集めるということは、絶対に許されないことだ。
 それは、魏の権益を真っ向から侵すもので、そんな行動をとれば、自立の機をうかがっていると思われてもしかたない。
 金城を含めろというのも、また厳しい。金城から長安は、騎兵の足をもってすれば、それほどの障害とならないほど近いのだ。
 その代わりに、自分自身は人質として長安に留まってもいいと言っていることを考えると叛乱や自立の意志は感じられないが……。
「金城でかき集めれば、あと数千は騎兵を増やせる。もちろん、蜀にいる部下も全部連れてくるけどな」
「それは……ありがたいが。……しかし……」
 金城で多くの兵を集めるとなれば、たしかにそこを含まざるを得ないのもわかる。
 とはいえ、そこまでやって、華琳が許すだろうか。
 いや、それ以前に……と頭の中がぐるぐるまわり始めていたところに、ちょいちょいと袖を引く手があった。
「お兄様、一刀兄様」
 俺たちの後ろを歩いているたんぽぽが小声で話しかけてくる。
「なんだい?」
「お姉様の言ってるのって、別にたんぽぽたちの発言の比重を上げようとか、国が出来た後の権力確保とか、まるで考えてないと思うよ」
「そ、そうなの?」
「うん。お姉様、そんな難しいこと考えられないもん」
 驚く俺に、あっけらかんと言うたんぽぽ。
 それはそれで困るのだけれどな。いや、王は指針さえ出せれば問題ないか。駆け引きなんて慣れもあるしな。
「蒲公英。余計なことを言って、一刀殿の判断に干渉するな」
 翠の鋭い声は硬質だ。
 彼女は、綺麗に刈り取られた木々を見て、なにを思っているのだろうか。涼州の景色は、洛陽の庭とどれほど違うのだろう。
「てへっ。怒られちゃった」
 ぺろっと舌を出すたんぽぽはいかにも可愛い。
 彼女とて今後の人生を左右しかねない一大事。
 気にかからないはずもないが、それでも全て翠に委ねているのだろう。
「だが、もちろん、叛くつもりはないぞ。ただ……いや、未練かもしれないな……」
 ごにょごにょと呟く声。それを聞いて、俺はようやく決心した。
「金城には黄河が流れていなかったかな?」
「ああ、まさに城郭を両断してるな」
 ということは、両岸に発展したのが金城なのだ。俺は腕を組んで、なんとか脳裏に地形を思い浮かべた。
「じゃあ、金城の街以外は黄河を境とする、というのは?」
 自然の境界線を、政治的な境界線とすれば、理屈づけもしやすい。
「うん、いいんじゃないか」
「わかった。じゃあ、その二つは俺の責任で華琳を説得する」
「そっか。うん。あたしは、紫苑たちに蜀を抜けること言ってこなきゃな」
 少し寂しそうに頷きあう従姉妹たち。
 これに関しては、俺はなにも言えない。お互いにやるべきことをやるしかないだろう。
「それで、集まる兵はどれくらいになるんだ? 蜀に残した兵も加えて」
 そうして、しばらく三人で無言のまま庭を散策した後で、俺は彼女に問うた。
「涼州に残った知り合いにも連絡をつけて……。そうだな、一万ってところかな」
 そうして、得られた答えは、俺の予想以上のものであった。

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西涼の巻・第十三回:錦馬超、涼州の束ねとなるを決意すること」への2件のフィードバック

  1. 蒲公英の台詞で「たんぽぽ、荷物置きに来た」とあるけど「たんぽぽ、荷物を置きに来た」のほうが(文章的には)正しいのではないでしょうか?
    10月18日の「手裏剣戦隊ニンニンジャー」で「世界忍者戦ジライヤ」のジライヤがゲスト出演するとのこと。

  2.  文章としては仰るとおりですね。
     ただ、たんぽぽの性格を考えると、こうした言葉の抜けもあってもいいのではないかと思ってこうしております。

     ジライヤってだいぶ昔のですよね。
     そんなのまで出てくるんですね-。色々とすごいなあ。

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