西涼の巻・第十三回:錦馬超、涼州の束ねとなるを決意すること

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「紫苑。少し話していいかな」
「ええ。わたくしは璃々の代わりに手をつないでるだけですから」
 たんぽぽ、流琉、季衣の三人は、三人で何事かきゃっきゃと話している。
 たんぽぽはまだよくわからないけれど、季衣と流琉は案外気を遣う性質なので、俺たち二人が話しやすいよう配慮してくれているのかもしれない。
「ありがとう。北伐の件は聞いてるよね」
「国を出るときに、華琳さんから直に言われない限りは開けてはいけないと言われた書簡があったんですの。そこに詳細に記してありましたわ。いずれにせよ、しばらくしたらわかる話だったようですわね」
 紫苑は相変わらず笑みを浮かべたまま話を続ける。
 口を手元に持っていく余波で、その大きな胸がぶるんっと震えた。
 しかしすごいボリュームだな。
 桔梗は妊娠したせいでさらに膨らんでいたけれど、紫苑は璃々ちゃんを産んだとはいえ、それもだいぶ前のはずだしなあ。
「蜀からは、翠ちゃん、たんぽぽちゃんの馬一族と、ひな……いえ、鳳統と魏延の四人が、まさに一刀さんが率いる左軍へ参加することが予定されております。けれど、わたくしとしてはこれは少し考え直した方がいいのではないかと進言するつもりですわ」
「人選がまずいと?」
 軍の性格上、翠とたんぽぽは欠かせないのだが、そこを変更されるとなかなか厳しいことになる。
「ええ。他はともかく、軍師の鳳統の出陣はどうかと……。大将が一刀さんということを考えると……」
 その言葉を聞き、俺が自分との関係のことを考えたのが、顔に出ていたのだろう。紫苑はその穏やかな顔に浮かんだ笑みをさらに深めた。
「そうではないんです。一刀さんのことは心配していませんわ。それよりも、鳳統が出てくるという事態が問題と思ってますの」
「どういうことかな?」
「鳳統と言えば、諸葛亮と並び立つ軍師。それが出陣するとなれば、もちろん、蜀の代表となります。大将である一刀さんとて、その発言を無視できないでしょう。それはお互いの国益を考えれば正しいことですが、軍という組織の中でやるには危険すぎますわ」
「指揮系統が乱れるかもってことか。……まあ、たしかにね」
 紫苑がこくりと頷くのに対して、こちらも頷いて見せる。
「ええ。それに、一刀さんのところには詠ちゃんもねねちゃんもいますし。……軍の大将にあまり多数の助言者がいるというのも」
 詠や陳宮を連れて行くかどうかは、まだ本決まりではないのだけど。
 ただし、ついてきてくれるものなら、連れて行きたいところだ。このあたり、しっかり話し合わないといけないな。
「蜀としては、武将を出し、戦働きをするだけで充分だとわたくしは考えます。政治的なことは、戦が無事終わってから、あるいはそことは別の場所で華琳さんたちと折衝すればよいことですし。さらには、鳳統を国外に出すことで、政務上での負担を諸葛亮一人にかけるというのも避けるべきかと思っておりますわ」
 紫苑の言うことももっともだ。
 軍を動かすことはもちろん政治に絡むわけだが、陣中でまでそのやりとりをする必要はない。そんなことをしていたら、勝てる戦にも勝てなくなるだろう。
 ただ、実際のところ、紫苑の本音は最後の部分なのかもしれない。
 いま、蜀本国には士元さんを外に出すだけの余裕がないと見ているのではないか。俺はそんなことを思った。
 西涼王国の建国が本決まりとなれば、主役は翠たちに移る。そこに無理をして軍師をねじ込む必要はないと考えるのも当たり前だろう。
「となると、士元さんの代わりに誰か出してもらうことになるかな。あるいは、蜀からの歩兵は文長さんだけに任せるか……」
「ええ。そのあたり、是非星ちゃんとお話しください。あちらも話がしたいと言っておりましたから」
 子龍さんか。
 俺は、懐から書き付けを取り出すと書き留めておく。
 案件が多くなると、こんがらがってしまうからな。そういえば、蜀では軍権の最高責任者は誰なのだろう。やはり、関将軍あたりだろうか?
「いずれにせよ、蜀の中での話もあるし、あまり口出しするわけにはいかないけれど……。兵がこちらに合流する前に取り決めをしておきたいね」
「そうですわね。ただ……」
「ん?」
 声を低めて、紫苑は続ける。何故だか、日の高い遊び場が、少し陰ったような気がした。
「あくまで個人の感想として聞いていただきたいところですが……。戦自体に必要があるのかどうか、いま一つ」
 目を細め、璃々ちゃんを見る視線は愛おしさと憂鬱が半ばしている。
「もちろん、三国の首脳部が決めたことです。従いはしますが、少々疑問も残ります。まだ、戦乱の時代が終わって、二年あまりしか経っておりませんもの。たしかに、北方の脅威は理解できますし、放っておけないこともわかりますが、しかし……」
 最後は消え入るように曖昧だ。
 頭では納得できても、心では納得できないことってあるものな。彼女の瞳には、娘と、それと遊んでいる大人たちの姿が映っている。
 たしかに、こうして群雄たちが覇権のことなど忘れて遊んでいられる時間が得られたことは大事だ。
 そこに乱を起こすのは、暴挙なのかもしれない。
 だが、それでも。
「平和を築くために戦を起こし、戦を終わらせるために戦を続ける。俺たちの行く先はどこだろうな」
 まあ、地獄かどこかだろう。
 それはそれでいい。後に少しでもいい世界を残せるならば。
 いや、それすらも傲慢か。
 いつの間にか、季衣と流琉、それにたんぽぽが黙って俺の顔を見上げていた。
 響くのは、璃々ちゃんのだるまさんがころんだと、それに興じるみんなのきゃーきゃーわーわー言う笑声ばかり。
「ただね、いまじゃないと終わらないからな」
 心配そうに俺を見上げてくれる三人の『妹』たちの頭を、感謝を込めて順繰りになでていく。
 たんぽぽはいきなりなれなれしいかとも思ったが、嫌がる風も無く、俺の手が動くとくすぐったげに首をすくめた。
「終わらない?」
「俺たちの世代で終わらせるためには、いまじゃなきゃね」
 郭奕たちの時代には、せめて一時とはいえ平和であってほしい。
 そのためには、少なくともこちらが優勢であり、攻め入る気はなくすほどの戦果は上げておかねばなるまい。
 その答えに、紫苑は改めて手を上げて口元を隠す。その指の間から、たしかな笑みが見えていた。
 季衣たちの会話が再開される。安心してくれたか。
「西涼を建国するというお話に関しては、興味深いと言わせていただきますわ。わたくし個人としても、蜀の大使としても」
「それは、翠次第だけどね」
「たしかに。自分に利があるからとすぐに動く翠ちゃんじゃありませんしね。それでも……我が蜀としては飛び地を支配するよりは随分ましな選択かと思いますわ」
 領地経営というのはなかなかに大変なものだ。
 ましてや、その領地が他の国の領土を挟んで飛び地となっているとなれば、その苦労はさらに増す。離れているということは、物理的距離だけではなく、心理的距離を考慮しなければならない。
 飛び地を任された者がその地で孤立するのはもちろん、自立でもされたらたまらない。そういうことが起きないよう、しっかりと手綱を握るのはなかなかに難しい。
 特に今回の場合、間に挟む魏が強国であるからなおさらだ。
 それよりは、強い影響下にある独立勢力のほうが制御しやすい。
 俺たちは遊びに真剣な翠の姿を見つめる。くくった長い髪が、元気に揺れていた。
「一つ、お聞きしても?」
 不意の質問は、これまでに比べても段違いに密やかなものだった。俺も、声を低くおさえて答える。
「ああ、もちろん」
「この中で、どれほどが一刀さんのお手つきですの?」
 あー。そういう質問ですか。
 たしかにこれは、小声で話すべきだな。
「翠とたんぽぽ以外はみんなかな」
「あら」
 艶然と微笑んでいた彼女は驚いたように呟くと、武将たちが戯れている中庭をぐるりと見渡す。
 そうして、紫苑は目を真ん丸に見開いてこちらを見て、こう言うのだった。
「まあ」
 と。

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西涼の巻・第十三回:錦馬超、涼州の束ねとなるを決意すること」への2件のフィードバック

  1. 蒲公英の台詞で「たんぽぽ、荷物置きに来た」とあるけど「たんぽぽ、荷物を置きに来た」のほうが(文章的には)正しいのではないでしょうか?
    10月18日の「手裏剣戦隊ニンニンジャー」で「世界忍者戦ジライヤ」のジライヤがゲスト出演するとのこと。

  2.  文章としては仰るとおりですね。
     ただ、たんぽぽの性格を考えると、こうした言葉の抜けもあってもいいのではないかと思ってこうしております。

     ジライヤってだいぶ昔のですよね。
     そんなのまで出てくるんですね-。色々とすごいなあ。

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