西涼の巻・第十二回:北郷一刀、ようやくに修羅場の意味を知ること

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「すいません、阿喜がようやく寝てくれたもので」
 しばらくすると、稟が戻ってきた。
 上着が変わっているのは、授乳の時に汚れでもしたか。
「気にしちゃだめよ。無理を言ってるのはこちらなんだから」
「はい、ありがとうございます。左軍の話でしたね」
 稟は先程と同じ位置に戻ると、どこまで話したかを頭の中で思い返そうとするように、涼州に置いた兵士のミニチュアで地図をこつこつと叩いた。
「大枠では第一次から第三次まででほぼ同じ地域を支配圏とすると言いましたが、左軍だけは異なります。というのも、この地域の五胡に関しては、調略が進んでいないからです。地形調査等は進んでいるのですが、部族との連絡がなかなかつきませんで……」
 申し訳なさそうに頭を下げる稟に、華琳が手を振って気にするなと示す。
「馬騰さんの豪族連合がなくなって、この地域の五胡――羌や鮮卑や蛮と交渉できる手づるがなくなっちゃったんですねー」
「はい、ですから、まず、第一次で最低でも馬騰の豪族連合と同程度の影響力を回復します。できれば、以前を上回るものを。次に調略を開始し、第二次、第三次で羌の本土を呑み込む。これが西方における方針です。羌の南方にいる(てい)については、反応次第というところですか」
 他の地方に比べると、かなり力押しでいかなければいけないというわけだ。威力偵察という奴に近いだろうか?
「ですから第一次における左軍の侵攻予定地域は、敦煌まで。第一次北伐においては、涼州を完全に手中に収め、同時に、各部族がお互いに連絡を取れないように寸断することも目的となります。羌と鮮卑が連合をつくることは防がねばなりません」
 鮮卑は北、羌は北西にいる。
 これらを斜めに切り裂くように分断するのが涼州であり、第一次北伐の占領対象というわけだ。
「左軍は他の軍と異なり、騎兵中心の編成とします。歩兵ではなく、強力な騎兵を投入し、遊牧諸部族の弓騎兵たちに対抗する予定です」
 ふんふんと頷く。
 騎兵のすさまじさは俺も知っている。あの移動速度と、突破力は歩兵では太刀打ちできない。
 とはいえ、羌や鮮卑といった遊牧民たちは、生まれたときから馬に乗っているような連中だ。果たして、騎兵偏重の編成にしても対抗しうるのかどうか。
 このあたり、羌の戦法を良く知る霞や翠の協力が不可欠だろう。
「これを率いるのは……」
 稟が一拍ためたところで、華琳が手を上げた。
「そこから先は、私が言いましょう」
 その言葉に一礼し、稟が深く腰掛けなおした。
「一刀、左軍大将はあなたよ」
 予想していたと言えば嘘になる。
 だが、なぜか俺はそこまで驚きを感じなかった。
「張遼隊が五千、馬一族の涼州騎兵五千、白馬義従二千に、烏桓突騎八千」
 華琳が淡々と強力な騎兵隊の名前を挙げていく。
「大陸でも精鋭中の精鋭たる騎兵が二万、それに魏、蜀の歩兵三万五千。数は少ないけれど、遊牧諸部族の主力である騎兵と真っ向からまともに抗しうるのはこの軍だけね。歩兵十万以上に匹敵する攻撃力かしら」
 風と稟という軍師二人がおし黙る中、華琳と俺は見つめあう。お互いに相手の真意をはかるように。
「俺である理由は?」
「騎兵部隊は精鋭だけに我が強い。その将軍もまた。ただの武将を頭に据えてもしかたない。だから、あなた」
 はぁ、と大きく息をつく。溜め息ではなく、大きく息を吸うための予備動作。
「本気だな?」
「もちろん。断るならいまだけよ」
「わかった、引き受けよう」
 大鴻臚といい、この任といい、本当にいろんなものを乗せてくれるものだ。
 だが、その根底には、彼女の信頼があると思えば、踏ん張ることができる。
「一刀……」
「二言はない」
 華琳が再び問い掛けようとするその優しさを、俺はわかっていながらはねのけた。そうすることで、はじめて一歩踏み出せると思ったからだった。

「おま、えが、大鴻臚、とはなっ」
 体の上で艶めかしく蠢く黝い髪の女性が、そんな呆れたような、喘ぎまじりの声を出す。
 彼女が落とす尻が俺の太股にあたり、ぱつんぱつんと音を立てた。
 尻の質感、上下するたびに俺のものを絞り上げるような体内の心地よさ、彼女の弱いところをえぐるたびに放つ、普段はけして聞けぬ嬌声。
 全てが俺に快楽を送り込んでくる。
「やっぱり、驚くものかい?」
 彼女の腰の動きをサポートするために細い腰に腕を置き、その肌の熱さを心地よく感じながら、俺は尋ねる。
 見上げる先で、小振りな乳が揺れている。その鴇色の先端が、固く充血しているのが触れずともわかった。
「あたりっ、んんっ、まえだっ。九卿と面識を持つなぞ、昔は考えも……しなかったっ、あ、あ、あ、あ……」
 それまで規則的に上下するか、回転するか、その複合運動をするかしていた腰が急に止まる。
 それを無理矢理俺の腕で動かすと、切なげな顔がさらに切羽詰まった表情へと変わっていく。
「面識どころか、繋がっているよ?」
「この、馬鹿っ」
 真っ赤に染まった顔が俺を憎々しげに見下ろす。けれど、その顔は、俺が腰を何度か突き上げるうちにとろけて柔らかくなっていく。
「ま、まあ、いい。最近、んっ、ようやく、この快楽というやつも味わい方がわかって……きたことだしなっ」
 そう言いながら、彼女は体を落としてくる。
 俺の胸に軽く手を当て、上半身を支えていたのだが、もうそれが無理だと悟ったのかもしれない。
 抵抗することなく、彼女の体が俺の胸にのしかかってくるのを楽しむ。
 顔が近づき、その唇が俺の顎をかすめる。
 思わず、片腕を離し、頤を引き寄せて口づけた。じゅるじゅるとお互いの体液を交換しあい、舌を絡ませあう。
「ぷはっ。昔は……ふぅう、肉の快楽に溺れる人間がいるという話も……あぁっ、阿呆のする話、とおもって、いた、が……」
「溺れたらだめだけどな」
 言いながら、ゆっくりと突き上げる。
 彼女も体勢的に抜けてしまうのを恐れてか、上下動はゆったりとなっていた。それに合わせて、彼女の中を存分に味わう。動くたびに、その解かれた髪が、俺の肌の上をうねる。
「お前は人を斬ったことがあるか?」
 不意の質問に驚く。間断なく漏らしていた喘ぎすら抑えたその質問に、俺はなんと答えていいかわからない。
「いや……あまり……」
「そうだろうな。お前のような立場だ。そうそう前線に立つものでもあるまい」
 一瞬、重ねている肌が急に熱を失ったかのように思った。彼女は食いしばるようにして、言葉を吐き出す。
「最初は、嫌なものだ。誰しもな。だが、百を斬り、千を斬る頃には、もはや心がざわめかなくなる」
 俺の腕をつかむ指に力が込められる。
 ぎりぎりと絞るように掴まれた腕が悲鳴をあげたくなるほどの痛みを訴えてくる。
 だが、声を出すことだけはせずに耐えきった。
「そして、いつしか獣が現れる。己の中の(くら)い目をした獣が。血に餓え、全てを呑み込まんとする獣が。そして、それをおさえきれなくなったとき、人は狂う」
 長い髪が覆っているせいで、彼女の表情を窺い知ることはできない。
 ただわかるのは、彼女の吐く息が温度を取り戻していることと、その肌が、先程と比べ物にならないくらい熱く熱く燃え上がり始めていることだった。
「これも同じようなものだ。己の中の獣を御せなくなれば……破滅が待っていることだろう」
 ぬらり、と舌が俺の胸を這う。俺は、彼女の体を強く抱きしめながら、こう答えるしかなかった。
「そうかもしれないな」
 その後は、二人とも、もはや長々と言葉を発することはなかった。
 口から漏れるのは、悦楽の証と、お互いの名前。
 真名を呼ぶ俺の声に、彼女が息も絶え絶えに、一刀と小さく呟く。常は決して声に出さないその名前を。
 そのことに興奮して、俺は彼女を無茶苦茶に突き上げた。その乱暴な行為に応えて、彼女は下品な水音を立てながら、俺に挑みかかるように体を動かす。
 そんな風にして、俺たちは高めあい、貪りあい、己の中の獣と一体になりながら、呑み込まれないぎりぎりのところで、愛を交わしあうのった。

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