西涼の巻・第十二回:北郷一刀、ようやくに修羅場の意味を知ること

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「それにしても、すごいな。こんな計画が動いていたとは……」
 稟はまだ戻ってこない。
 そのため、俺は計画書をもらって、ぱらぱらとめくっていた。
 それだけで、どれだけの規模の計画であるか、そして、それを為すためにどれだけの労力がかかっているかがわかる。
 そうしたことがすぐにわかるように華琳たちに鍛えてもらったというのもあるが。
 ともあれ、この計画書は普段は稟が保管していて、当然に持ち出し厳禁。じっくり読むにはまたここに来るか、稟に頼むしかないだろう。
「なにを言っているの一刀。あなたの大陸経済圏の試案も、北伐を決定させた要因の一つだっていうのに」
「え。そうなのか?」
 しかし、あの案は、試案を華琳たちの下に送ったのが、たった三、四ヶ月前に過ぎない。
 その後、本格的に北伐を推進させたのだとしたら、どれほどの素早さで計画を立て、それを実行したというのか。
 実際には元の案はそもそも進んでいて、俺の案が最後の一押しだったということなんだろうけど。
「特に支配後の関係についてはおにーさんの案が影響を及ぼしていますねー」
「北方安定のためには、五胡を討つ必要はたしかにあった。けれど、それをどう服属させるかまでは定まっていなかったのよ」
「たとえば、あちらの代表者を地域ごと、部族ごとで決めて貢納だけを求めるという、昔ながらの方式もありえました。ですが、おにーさんの試案を読んだ華琳様が、より一体化を求められたのですよー」
 風の流し目は余計なことをしてくれたというようにも取れたし、逆によくやったと称賛が籠もっているようにも思えた。
 おそらく、共にあるのだろう。
 進んでいた計画を方針転換するのはかなり面倒な作業だからな。
「一体化といっても、大事なのは違いを残すことよ。一刀の案ならば、税の徴収は最終的な売買にのみ着目すればいいのだから、遊牧も農耕も気にする必要がない。これは大事なことよ。なにしろ、五胡に中原式の生き方を押しつけても反発を招く上に、そもそも北方の地じゃ農耕生活は難しいわ」
「それはそうだ。討ったはいいが、余計悶着を起こすようになったら、たまったものじゃないしな」
 内烏桓なんかは、その失敗した政策の象徴みたいなものなのだ。
 減った働き手の埋め合わせとして漢の領土に連れてきてはみたものの、生活習慣は違うわ、異民族差別はあるわで、ろくな結果にならなかった。
 結局、叛乱という形で世上を騒がせることになったのだから。
「だから、五胡を服属させても、彼らの生活には一切触れないつもり。もちろん、支配の拠点となる都市はそれなりに設けていくつもりだけれど。彼らに交易の場所を提供することにもなるし、お互いに益があることだから、そこまでの反発は出ないでしょう。こちらで水場を独占しないように注意しろと稟には言われているわ」
「水場はあちらではかなり重要だそうだからね。牧草地とかも避けないとだめだろう」
「ええ。そういった生活様式の違い、民族の違い、言葉の違い。全てを残したまま、道をつなげる。それが可能となったと私はみたわけ」
 自分自身の発案がきっかけとなり、北方と中原が結ばれることに、俺の心は動かされずにはいられなかった。
 きっと、華琳はもっともっと遠くを見据えている。
 そう確信して、もわくわくが止まらない。
「おにーさんの案にとって不可欠な街道の整備や安全確保を条件にすることで、一定の自治・武装を認め、向こうの支配機構を丸ごと呑み込むってことも考えてるんですよー」
 それは悪くない手だ。
 魏国内では、屯田を行う郷士軍に街道整備と保安を任せている。だが、北方の広い沙漠地帯でそれを行うのは難しいだろう。
 それよりは、風の言う通り、あちらの確立した仕組みを利用するほうがいい。
 もちろん、それも選別しないといけないのだが。
 彼女たちの話を理解し、一度息を吐いた後で、尋ねた。
「話は変わるんだけど、一つ聞いていいかな?」
「ええ。いいわよ」
「魏は、直接に被害を受ける場所柄わかるよ。でも、呉と蜀の利はなんだい?」
「あなたはどう思うの?」
 即座に問い返された。このことは予想していたので、俺なりに考えたことを述べてみる。
「呉は第一回に関してはわかる。雪蓮たちにとって円滑な継承はまさに悲願だろうからね。だが、二次、三次までつきあう理由はいまいちわからないな。呉は特に五胡とは無関係のはずだからさ。蜀は、まあ、北方の圧力が減るのはありがたいだろうし、涼州への影響力が増えれば閉塞感も打破できそうだけどね」
「うーん、十点満点なら、七点ですかねー」
 また微妙な点数だな、風。
「まあ、前提情報が足りないから、そうなりますよー」
 だから、勝手に人の心を……。
「まず、蜀の利点は、一刀も言う通り。北方の羌が弱体化することによる北西山岳部の安全確保ね。次に、あなたが示した西涼王国。まあ、これは最初の話し合いだと飛び地を与えることになっていたのだけれど……。どうやらその必要はなくなりそうね。呉については、蓮華へ継承するための動きを静観する約束というのも大きいのだけれど、一番は商業的な利益ね」
「簡単に言うとですねー。北伐全体、そして、その後の占領地に対する食糧供給について、包括契約を結んだのですよー」
 風の言葉は、要約されすぎていてよくわからない部分もある。
 けれど、なんとなく呉が今後長期間にわたる大規模な売買契約を結んだことは想像できた。
「おそらく、占領地の経営がうまくいくには、十年、二十年かかるでしょう。その間、北方へ送られる食糧について、買い上げを約束したのよ。もちろん、量については変更が何度かあるでしょうけれど」
「ははあ……。少なくとも食糧を売りつける部分では独占交易権を得たわけか」
「実際には、途中に統治に入る部署が入りますから、暴利はむさぼれませんが、安定した需要は見込めますね。それに呉側が応えられるかどうかは、今後次第ではありますが……。江南は土地が肥えていますからねー」
 二人の話を聞いて、ようやく納得する。
 呉と蜀にも利があるとすれば問題ない。
 他国にあまりに負担をかけるような征伐行では、成功もおぼつくまいと不安もあったのだが。
「ただ、言っておくけど、蜀のことはいまやあなたにも大きく関わるのよ。このあいだの西涼建国の献策、なかったことにするわけにはいかないもの」
「ああ、わかっている。翠たちとしっかり話すと約束するよ」
「ならいいわ」
 大きく頷く俺を、少しだけ不安の籠もった期待の眼差しで見ながら、魏の覇王は同じように大きく頷いて見せた。

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