西涼の巻・第十一回:郭奉孝、五胡の蠢動を語ること

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「お父さんは行ってあげなくていいの?」
「うーん、行ってやりたいけど、抱き上げたりしかできないしな。気を遣わせるのも悪いだろう」
 そもそも、母親と乳児の間に父親が入り込む隙ってそれほどないんだよな。
 もちろん、眺めていたり、抱いてあやしたりはしたいし、するけれど。
「じゃあ、稟が戻ってくるまでに、少し話をしておきましょう」
 華琳が再び淹れてくれたお茶を飲みながら、彼女の言葉を待つ。
 魏の覇王はなんでもないことのように、常と変わらぬ笑みで続けた。
「あなたの官位のことだけど」
「ああ。朝廷との手打ちの条件とかいう」
「今年の正月から、あなた、大鴻臚だから」
 聞き慣れない単語に戸惑う。
 一応、将軍の序列はなんとなく覚えているのだが、文官の名前までは覚えきれていない。
「だい……こうろ?」
「九卿の一つです。服属した異民族や諸王の宮中でのお世話が名目上の役目ですが、要するに各勢力の調整係ですね」
 どうも聞く限りかなり格式ある官のようだ。
 たしか、九卿って、三公に次ぐ要職じゃなかったか?
「無官の俺がいきなりそれか」
「一応、あちらも今回は帝まで出てきたし、ある程度もっともらしいものをもらわないといけなかったのよ。でも……」
 彼女は俺の瞳を覗き込むようにして体をぐっと前に傾ける。
 その頬に刻まれた笑みの恐ろしいことよ。
「正直、あなた、気にしてないでしょ?」
「……まあね」
 なにしろ、俺の身近には大将軍の麗羽がいる。
 大将軍は――丞相がいるいまは微妙ではあるものの――漢の政治を思うようにできる最高権力者のはずなのだ。
 帝でさえその顔色を窺わなければならない存在、それが大将軍だ。
 ただし、そこに実情が伴っていれば、の話だが。
 いまの麗羽にそんな権力基盤はなく、魏という国を背景に権力を握るのは、目の前にいる可愛くも恐ろしい魏の覇王、曹孟徳に他ならない。
 この場合、華琳が丞相の地位を握っているのはその実態を形式で補完しているに過ぎないのだ。
 だから、俺が大鴻臚という職をもらったとして、なにか裏付けがなければ、それはただのお飾り。いや、却って邪魔になりかねない肩書きだ。
「大事なのはそっちじゃなくて、実際にあなたにやってもらわなければならないことのほうね」
 ぐっと前のめりになっていた華琳の体が戻り、くるくると丸まった金髪が軽く揺れる。
「四鎮将軍による鎮守府及び現行の大使の監督。今後の大使制度の見直し。北伐後に服属した部族の処遇。九卿の中で大鴻臚をもぎ取ってきたのは、それらをやらせるためよ」
 華琳の説明は、成都で秋蘭から聞いたものと良く似ているが、さらに広い管轄のように聞こえる。
 大使制度自体、元は俺の提案でもあるし軌道に乗るまで面倒を見ろということだろうな。
「できる?」
 微笑みながらの問い掛けは、真剣かつ鋭いものだ。俺は肚に力を込めると、彼女の問い掛けに負けないよう言葉をしっかりと吐き出した。
「ああ、やってみせる」
「なんだ、にーちゃん。覚悟決まってきたじゃねえか」
 いきなりの宝譿の反応にびっくりする。だが、その下の風は満足そうだ。
 それに華琳もはっきりと笑みを浮かべているところを見ると、俺の言葉は間違っていないようだった。
「ん……。なんていうかな、任されたものは受け入れようと思ってたんだ。それは、俺を信頼してくれるってことだからね。もちろん、俺だけの力じゃとてもじゃないけど難しい仕事だ。だから、自分のできない部分は、俺のことを助けてくれる人の力を借りてやり遂げようと思う」
 南鄭でのあの人の言葉を思い出す。
 しかし、いま思い返すとえらい格好をしていたな、あの男性。あそこだからよかったものの、洛陽や他の場所で会ったら驚く。
「ふうん。ようやく人を使う気概が出てきたってところかしら」
「そですねー。そろそろおにーさんも『天の御遣い』っていう看板だけじゃなくて、そゆのも覚えてもらわないと困りますからねー」
 おもしろそうに笑う華琳に比べて、にやりと悪者笑いをしている風の評は辛辣だ。
 しかし、どちらも期待してくれているのがわかる。
 俺は、本当に幸せだな。
「まあ、あなたの下には優秀な人材が多くいるわ。それを使いこなしてみなさいな。誰一人腐らせたりしちゃだめよ。そんなことしたら、私が容赦なく引き抜くから」
「ああ、祭や詠たちだけじゃない。華琳本人はもちろん、三軍師も目一杯使わせてもらうさ」
 その言葉に、華琳は目を丸くする。
「あらあら言うようになったわね」
「ですねー」
 そう言って、華琳と風、二人の少女は笑いあうのだった。

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西涼の巻・第十一回:郭奉孝、五胡の蠢動を語ること」への2件のフィードバック

  1. 作品の感想とは関係なくて申し訳有りませんが。ここ最近、GHQと日教祖の業の深さを感じるような報道に呆れています。
    これまた関係ないのですが、特撮作品は好きですか?

    •  教育というのは実に難しいものだと思います。
       国家政策となると余計に。
       特撮に関しては、見るのは好きですが知識はあまりないので、作品間でのつながりとか出されるとほへーっとなってしまうほうです。

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