西涼の巻・第十一回:郭奉孝、五胡の蠢動を語ること

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 北伐――それは、北方に存在する政権を征伐する戦いだ。

 いわゆる漢土と呼ばれる地域は、東西に長大な大河が横たわる地理的性質上、東西よりも南北に分かれやすい。
 また、北方の国家はたいていの場合、黄河流域をその根拠地とする。
 そして、河北・中原は歴史的に古くから栄え、文化的な中心でもある。
 そのため、南方の国家は北方のその地域を手に入れることを渇望し、北伐といわれる軍事行動を起こすことになるのだ。
 俺の世界で最も有名だったのは、諸葛亮による魏侵攻――五度にわたる北伐だろう。
 だから、当初、北伐と言われても、ぴんとこなかった。俺にとってそれは蜀が暴発する可能性の象徴に過ぎなかったのだ。
 しかし、考え方を変えれば、これはしっくりと収まる。
 すなわち――華琳は、漢土のみならずこの大陸全土を見据えて、その位置関係を把握しているのだと。
 そのことに気づいた時、俺は震えた。
 恐怖で?
 否――感動で。

 翠たちと華琳の会見、俺の西涼建国の提案と、北伐の衝撃から二日後。
 ついでに言えば、勝手に話を進めるなと翠たちこってりしぼられたあの日から二日後。

 俺は自分の子供たちの養育棟に足を踏み入れていた。
 華琳が話してくれたところによると、正式名称は『天宝舎(てんぽうしゃ)』とかいうらしい。
 一階にはいくつもの子供たちのための部屋が用意されていたが、一番感心したのは、階段室だ。
 それは、廊下の突き当たりにあり、一見すると壁にしか見えない。しかし、たしかにある把手を所定の手順で動かすと扉が開き、階上へと繋がる階段が出現するのだ。
「子供のうちは二階には来られないようにしたほうが安心でしょ」
 俺を連れて幅の広い階段を先に進みながら、華琳はそう説明してくれた。
 ただね、華琳さん。
 あんまりさっさと進まれると、見上げた時にどうしても服の裾の奥に見える下着が気になるのですが。
「器用な子はそれでも見つけてしまうだろうけど、それはそれで歓迎することじゃない?」
「それもそうか。でも、あれを自力で見つけるのは厳しいだろう。大人だって知らなければわからないぞ」
「あら、子供の観察眼を侮るものではないわよ。大人の方が、よほど先入観から騙されがちよ」
 階段を登り切るあたりで華琳に並ぶ。彼女はいつも通りその金のくるくるを揺らしながら、二階への扉を開けた。
 開放的だった一階と違い、二階の部屋はそれぞれ扉や仕切りが用意されており、母親たちの個人的空間を尊重するように作られていた。
 といっても、所々に開口部が設けられ、閉塞感を抱かないよう注意されているのがわかる。
 さすが、華琳自らの設計だ。
「二階は、母親たちの空間。一階のように遊び場はないけれど、そのかわり、色々な設備があるわ」
 きょろきょろ見回していると、華琳が先に立って案内してくれる。
「重臣たちのための棟だから、会議のための間もあるわけ」
 たどり着いた部屋の扉を開けると、すでに部屋の中には、風と稟が待っていた。
「さ、どうぞ」
 促されて部屋に入る。
 部屋の中で目を引くのは大きな卓と、その上の地図だ。
 だが、席に座ってみれば、その地図が卓の上に広げられているのではなく、天板自体に彫り込まれていることに気づかされる。
 近くで見てみれば、山脈はうっすらと盛り上がった立体仕様で、その精緻な彫り込みに驚かされる。
「この部屋は魏の側近中の側近しか使えないことにしてるの。まさか養育棟の中で重要事項を話しているとは思わないでしょうし、間諜除けにもちょうどいいわ」
 言いながら、華琳は部屋の隅で火にかけられたお湯を見にいっている。あの様子だと、お茶を淹れてくれるつもりだろう。
「でも、他国の……たとえば桔梗もいずれ、ここに入るんだろ?」
「ええ。でも、彼女はわきまえているもの。桔梗が変に探ったりとかすると思う?」
 茶葉をいくつか手にとり選びながら、華琳がなんでもないことのように答える。
「まあ、ないな」
 それでも晴れない俺の顔をみたのか、風がにゅふふと袖で口を隠しながら笑った。
「心配しなくても、共通で使える部屋もありますし、だいじょぶですよー」
「そっか。ならいいけどな」
「ああ、なんだ。変なこと心配しなくてもいいわよ。他国の人間だからって、一刀の子の母なのだから、仲間外れとかはないわよ。政治向きの話では立ち入れない場所もそれぞれにあるでしょうけど、それはしかたないことでしょう?」
 振り向くことなく、華琳は茶を淹れようとしている。部屋に、うっすらといい薫りが広がりつつあった。
「そうだな、変なこと気にしすぎた。すまん」
 それまで、ゆったりと椅子に座っていた稟が腰掛けなおし、眼鏡をくいと上げる。
 郭奕を産んだ直後に比べると、かなり血色も良くなり、顔つきは普段のものに戻ってきているような気がした。
「心配といえば、郭奕――阿喜(あき)は下で、桂花と桔梗が見ていてくれているはずです。自分たちの時の予行演習だとか言ってましたが」
 稟は苦笑しながら、ちょっと誇らしげでもある。
 桂花や桔梗は、母としては後輩になるからな。
 ちなみに、阿喜は郭奕の幼名だ。かわいらしく、縁起のよさそうな名前を考えて稟に言ったらそれはいいと喜んでくれた。
「ああ、見てきたよ。紫苑もいたし、祭も置いてきたから、大丈夫だと思うよ」
 璃々ちゃんが、寝てる郭奕がぴくりと動くたびに、ふわーとか、ふぉーとか小声で興奮してたのはかわいかったな。
「ごめんなさい。本当はこんなにはやくあなたをひっぱりだすつもりはなかったのだけれど」
「いえ、北伐に関しましては私が立案者ですから、こればかりは」
 茶を淹れ終え、俺たちに配り始めた華琳の謝罪に、稟は軽く首を振る。
 その後で、すっと伸びる指。その先には、一階と繋がっているらしい金属の管がある。
「それに、伝声管もあります」
「そですねー。でも、はやめに済ませちゃいましょー。できたら、阿喜ちゃんが寝てる間にー」
「そうね。じゃあ、はじめましょうか。稟、お願い」
 指名されて稟が立ち上がろうとしたのに、華琳はそれはだめだと首を振る。
 しかたなく、稟は姿勢を戻し、座ったまま話をはじめた。

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西涼の巻・第十一回:郭奉孝、五胡の蠢動を語ること」への2件のフィードバック

  1. 作品の感想とは関係なくて申し訳有りませんが。ここ最近、GHQと日教祖の業の深さを感じるような報道に呆れています。
    これまた関係ないのですが、特撮作品は好きですか?

    •  教育というのは実に難しいものだと思います。
       国家政策となると余計に。
       特撮に関しては、見るのは好きですが知識はあまりないので、作品間でのつながりとか出されるとほへーっとなってしまうほうです。

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