西涼の巻・第十回:曹孟徳、北伐の企てを口にすること

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 夕食までの間、俺は沙和を促す形で漢中の方策を考えさせた。たとえなにもなくても人と話している間に考えというのはなんとなく固まってくるものだ。
 その後夕食を一緒に摂った後――少しだけいちゃついて――彼女は戻っていった。
 自分で頑張ってみると言って。
 俺は、その後、自分の案を読み直してから、蜀の大使執務室を訪ねた。
 紫苑か桔梗、どちらかがいればいいかと思っていたのだが、ちょうど二人とも正使の執務室にいてくれた。
 どうも、璃々ちゃんと一緒にご飯を食べた後らしい。
 お腹がいっぱいになった璃々ちゃんは部屋の隅の椅子の上で丸まって眠ってしまっていた。毛布代わりか、紫苑のマントがかけられている。
「おやおや。おねむだね」
「ええ。食べてすぐに寝てはいけないと言っているんですけれど、どうしても。まだこちらに慣れていないというのもあるのでしょうけれど」
「なんでも珍しゅうてはしゃいでしまうのだろう。愛いものよ」
 紫苑も桔梗も璃々ちゃんを見る目は母親のそれだ。慈しまれている子供というのはつくづくいいものだ。
「不自由はない?」
「ええ。ありませんわ。桔梗もおりますし」
 紫苑に促され、席に着く。
 桔梗は俺たちに断ってから、枕の置かれた長椅子にもたれかかる体勢になった。
 あのお腹は大変だろうな。腰や背中の負担はかなりのものだろう。
 桂花も桔梗に比べればまだ小さいながら、背中が痛いと俺を蹴っていたものだ。
「ところで、今日は涼州勢の話を聞きに来たんだ」
「わしらに聞くということは、月たちではなく、翠たちのことですな」
「うん。翠は、涼州に帰ることを望んでいるようだけど、蜀としてはどうなのかな、って」
 二人とも、そのことは承知しているのだろう。重々しい頷きが返ってくる。
「表向きの話をするならば、故地に戻ることを誰が止められよう、としか言えませんな」
 その後、大きく息をつく桔梗。
「しかし、内実を言えば、これは……な」
「翠ちゃん自身はもちろん、その下にいる馬一族、麾下の涼州騎兵はかなりの戦力。あれが抜ければ、我が蜀としては痛手としか言い様がありませんわね。さらに涼州の大軍閥、馬一族が抜けるというそのこと自体がもたらすものは、これは、もう……」
 紫苑は真剣な顔を保ったまま、言葉を濁す。彼女すら言葉にしたくない事態なのだろう。
 なにより、蜀には、余裕というものがない。
「だが、最前言うた通り、止められはしない」
「正直、わたくしは一番止められないんですの。翠ちゃんたちに、対等な同盟者として益州に来てほしいと誘ったのは、他ならぬこの黄漢升ですから……」
「実際には臣下と見られていても、形式は違う。俺みたいなものか」
 俺の場合はそれが便利に働いているのだが、翠の場合はどうなのだろう。
 そもそも、他国で、俺が客将と見られていることはあっても、翠が客将と見られているなんて話は聞いたこともないしな。
「ええ。翠ちゃんはそんなことをしたりはしないでしょうけれど、形式論を持ち出されれば、誰も止めることは出来ないんです」
「翠たちは置くとしても、民は止めようがない。また、民もおらんのに翠と蒲公英を引き止めたでは、まるで人質をとるようなもの。これも桃香様の意には適うまい」
 沈黙。
 二人とも、もはや翠や涼州騎兵を蜀に留めることが出来ないことは半ば覚悟しているのだろう。
 けれど、それをどうにかせねば蜀の進む道はかなり困難なものとなる。
 国の未来と、友の未来と。
 二人はその二つを見据えながら、どうにか出来ないものかともがいているに違いない。
「蜀にとってせめてもの次善は、涼州に蜀に好意的な勢力ができることかな?」
「それはそうよの。だが、華琳殿ご自身の思惑はともかく、魏という国の視点で見れば、そのようなことできようはずもあるまい」
 紫苑も苦笑しながら頷く。
 そんなことが出来るなら、翠を蜀国内に置いておくよりもさらに有用だ。だが、それが故に華琳はそれを許さないだろう。二人はそう見ているのだ。
 俺は彼女たちに、一つ肩をすくめてみせた。
「魏にも好意的であってくれればいいだけだろう」
「それは……」
「極論すれば、西涼の民のことを考えてくれればいい。自然、魏とも蜀ともいいつきあいをするのが一番だと考えてくれるはずだ」
 紫苑と桔梗は顔を見合わせている。俺の言うことを信じていいのか、あるいは信じたいと思っていいのか、迷っているようでもあった。
 懐疑的な二人に、ともかく蜀の意向を聞かせてもらってありがとうと礼を言い、部屋を辞す。
 だが、部屋を出た後も、俺は考え続けていた。
 魏と蜀、どちらも、いや、魏、蜀、そして、西涼の三者が、同様に得をする手はないだろうか。
 それを可能とする方策はないだろうか。
 俺は床に就くまでずっとそのことを考え続けていたのだった。

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西涼の巻・第十回:曹孟徳、北伐の企てを口にすること」への5件のフィードバック

  1. 英雄譚から田豊の真名“真直(マァチ)”を引用してくるとは思わなかった(出番があるかは別にして)ですね。

    • 実は、英雄譚の真直のキャラデザが個人的にすごい好みなんですよね。
      なので、せっかくだからと真名だけでも出してみましたw 

  2. 恋姫英雄譚2 の桂花シナリオが若干消化不良だったので、一刀・桂花の絡みを期待してます。

    二人きりの時位はもう少し寄り添ってもいいのではないかと。。

    •  桂花さんの愛情表現は難しいですね。
       あまりきつすぎるのもなんですし、といってべたべたするのかというと……。
       まあ、男である一刀さんを構ってる時点で……というのもあるのでしょうが。

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