西涼の巻・第九回:董仲穎、北郷一刀に涼州の状相を論じること

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「むむむ……」
 話が進んだところで、俺と陳宮の唸り声が妙に同調してしまう。
「真似するなですー!」
「いや、真似じゃない……って、いてっ! 蹴るなっ」
 なぜか卓の下で蹴られた。
 軍師っていうのは、なんでみんなすぐに足が出るんだ?
 手より足の方が強いのは事実だから、鍛えていない軍師たちにとっては攻撃の手段として有利だという合理的判断なのか?
「なに? 量が多すぎて理解できない?」
 くすくすと俺と陳宮のことを笑っている月はともかく、詠みたいにまったく反応しないというのもどうかと思う。
「いや、そうじゃないんだが……。要はみんな複数の主を持ってるような状況なんだな、と思ってさ」
 ともかく、気を取り直して答える。
 陳宮の方は実際情報量が多すぎて頭が煮えてそうな雰囲気だが……。軍師だけに、考えることが多すぎて一つの情報だけでいろんな思考がまわってしまうのだろう。
「それは……そうですね。綺麗にまとまっているところはあまり……。たいてい一族やもう少し大きな塊の内では結束していますが……」
「まあ、複雑よね。一掃しようにも地方色が強すぎて、中原式の統治では難しいし」
 そこまで言って、詠は腰に手を当て、睥睨するように俺を見つめてくる。
「で、本題はあれでしょ。あんたとしては、翠が涼州に戻るのを支持したいけど、魏にとって不利になるようなことは避けたいわけよね」
「魏にとって、というか……火種はつくりたくないってだけだよ」
 魏の安全を考えるなら、それこそ隴西、金城までは魏の勢力を及ぼしたい。蜀にしてみれば、翠たちが故郷に戻るのならば、その影響力の増加を当然に期待する。
 その両者の希望は同時には叶えがたいように見える。だが、どこかに突破口があるのではないか。俺は、そうも思っていた。
「華琳の性格から言って、兵や民は受け入れると思うんだ。問題は指導者層だな」
 現状で、馬岱を鎮西府の将として受け入れているように、まるで受け入れないことはないと思うのだが。
「そうね……。ボクたちにだって、帰ってもいいって言うくらいだものね、華琳は。まあ、豪族としては二度と立たない約束をするなら、と言われたけど」
「でも、それはしかたないことかと……。故郷に戻るだけならともかく、私や翠さんがどこかの軍閥の長におさまったりなんかしたら、華琳さんは再び討伐に出ざるを得ないでしょうし」
「馬超や董卓の名前はそこらの豪族どもとはわけが違うってことですね」
「だから、華琳は翠たちに、少なくとも蜀との関係を切る選択を迫るはずだ。魏に降れと言うか、市井の人間として生きろと言うかは別としても」
「そこを解決する案が欲しい、ということですか?」
 陳宮が俺の顔を覗き込むようにして尋ねかけてくる。
 なんだか不思議なものを見るような表情をしているのはどうしてだろう。
「端的に言えばそうだ。華琳も、蜀も、翠たちも納得するような答えがあればいいわけだろう」
「贅沢な話です」
「そうそううまくはいかないわよ」
 軍師二人にそう断言されるとなかなか心に来る。もちろん、難しいのはわかっているのだが。
「それは……うん。わかってる。だから、詠たちの協力が欲しいんだ」
 俺の言葉に、月が詠の裾をひっぱる。
「詠ちゃん……ご主人様がこう仰っているんだから……」
 ああ、月の潤んだ目で見上げられたらもう負けだな。
「あう。ま、まあ、ボクたちで考えればなんとかなるかもしれないわね、あんたの意向はわかったから……。うん、そうね……」
 腕を組み、地図を覗き込みながら考え込む詠。つられて陳宮も地図を子細に確認しだしている。
 その時、執務室の扉が音を立てて開いた。
「隊長、たすけてなのー」
 転げるようにして部屋に走り込んできたのは沙和。その目に涙が大きく盛り上がり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「ど、どうした、沙和」
 入ってきた勢いのまま、俺の膝に取りすがってきた。いくら軽い女の子でも、この衝撃はちょっときつい。
「漢中の五斗米道の人達をどうするかって案を、明日、華琳様に提出しなきゃいけないのー」
「ああ。俺も同じことを言いつけられているよ」
「華琳様は、風ちゃんと隊長と沙和に同じことを命じたの。でも、どう考えても、この三人じゃ沙和はおまけだよぅ」
 俺の膝の上で嗚咽混じりでそう言う沙和をなだめようと、肩をなでる。詠たちは突然のことに驚いて黙ってしまっていた。
「まあ、そりゃ、軍師の風が主眼だろうけど、沙和だって考えてみろって言われたんだろ? ちゃんと仕上げないと」
「でもでも~」
 涙目でいやいやと首を振る沙和。
 なんだか、夏休み最終日の小学生を見ているようだ。しかし、俺が手伝っても俺の案と似てしまう可能性が高い。それは華琳の望むところではないだろう。
 そんなことを考えながら顔を上げると、詠が目線で尋ねてくる。小さく頷くと、彼女はくるくると卓上の地図を丸めしまい込み始めた。
 その手際よさがなんとも詠らしい。
「ボクたちはこれからあんたの希望に添う方策が考えられるか検討してみるから、あんたは沙和の仕事を手伝ってやりなさいよ」
「まあ、そうだな。頼む」
 こうなったらしかたないだろう。
 時間もまるでないわけじゃないし、最終的な立案は沙和にやらせるとして、どうやって考えるかの糸口を提示してあげられれば一番いいだろう。
「後で、お茶を持ってきますね、ご主人様」
「あう、月ちゃんたち追い出すみたいでごめんなのー」
 一応、月たちがいることに気づいてはいたらしいな、沙和。ちょっとしゅんとしている。
「うん。じゃあ、頼むな。月、詠。陳宮もありがとう」
「ふん、いつも従ってやるとは思わない方がいいですよ。恋殿の言いつけじゃなければ、お前の部屋に足を踏み入れたりもしないですよ」
「ああ。それでも、ありがとう」
 ふんっ、と大きく鼻を鳴らし、肩をそびやかし、小さな体を精一杯張って立ち去っていく陳宮。その歩く様から、気を張っているのがにじみ出ていて、なんとも可愛らしく思えてしまう。
「あ、ご主人様」
 部屋を出る前に、ふと月がこちらを振り返った。
「ん?」
「南鄭で昔の知り合いに何人も会いました。あの人たちが望むなら涼州に戻れるように……出来ましたらお願いします」
 ぺこりと下がる小さな頭。その隣で彼女に忠実な軍師が俺をじっと見据えている。
「ああ、もちろん。五斗米道の人達は魏の中ならどこへでも行ける様、進言するつもりだよ」
「はい、お願いします」
 もう一度頭を下げ、彼女たちは出て行く。最後に詠がこちらを見て、しっかりやりなさいよ、と口を動かすのを見てなんとも言えない笑みを浮かべる。
 俺は、彼女たちを見送って、沙和を対面に座らせる。
「たいちょお」
「いいかい、沙和。まず、問題を整理しよう。今回、問題になるのは漢中という土地と、五斗米道だけど、この二つをまず一体と考えるかどうかというところで……」
 泣き出しそうな彼女をなだめるようにしながら、俺は彼女を手助けするための話を始めるのだった。

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