西涼の巻・第九回:董仲穎、北郷一刀に涼州の状相を論じること

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 祭に話をつけてもらったおかげで、俺は蜀の面々を大使の執務室に案内する役目を仰せつかることになった。桔梗はすでに執務室に移動しているはずだ。
 一番大きな部屋とそれに付属するいくつかの部屋──大半はすでに蜀から桔梗や白蓮と一緒に派遣されてきた文官たちが入っている──をまわった後、副使専用の執務室に至る。
「ふむ、ここが副使の部屋か。正使の部屋と間取りは変わらぬな」
「なかなか使いやすそう。これなら、外に邸を借りるより、城内のほうがよさそうね」
 子龍さんと紫苑がそう感想を述べあう。璃々ちゃんはじめ他の面々は、ゆったりと座った桔梗の元へ走り寄っている。
「外だと警備も面倒だしね」
「まあ、しかし……。まずは、あちらをどうにかしましょうか」
 桔梗を囲んで騒いでいる皆を、子龍さんは笑いながら指差す。
 彼女自身は面白くてたまらないようだ。一方、紫苑のほうは少し気づかわしげでもある。
「桔梗?」
 紫苑が歩いていくと、馬岱さんが場所を空け、璃々ちゃんの後ろに紫苑が立つ。
「なんだ、紫苑?」
「そのお腹はなにかしら」
「見てわからぬか。お主も経験のあることだろうに」
 言いながら、愛おしそうにお腹をなでる桔梗を見ていると、なんだか誇らしくなってくる。
「……一刀さん?」
「うむ」
「そう」
 そこで俺を振り返り、しばらく吟味するように眺められたが、納得したように頷かれた。先程までの困惑するような表情はどこかに消えている。
「まあ、そういうものね」
「……と、動じておられない経産婦の方はともかく、天下の馬将軍などは二人そろって興奮しております」
「だ、だって、星。お前、え、だって、桔梗が? えええっ」
「すごいね、いつ? いつ? もうすぐっぽいよね!」
「おかあさんになるのー?」
「落ち着け、翠。璃々のほうがよほど肝が据わっておるぞ」
 言葉にできないような奇声を上げて驚いているのは翠一人で、年若い二人は興味津々という態だった。
 璃々ちゃんなんかは、郭奕を見て、自分より小さい人間がいることに不思議を感じていたようだったし、元から知り合いの桔梗の子となればより興味深いのだろう。
「まあ、そういうわけで……。俺との子が生まれるんだよ。来月だっけ?」
「そうですな、稟のように早まられなければ、その時期に」
 彼女の横に立ち、改めて皆に説明する。
 やっぱり女たらしだとか翠がぶつぶつ言っているのは甘受するしかないだろう。
「国元に知らせなかったのはなぜかしら?」
「ふん。わかっておることをわざわざと。痛くもない腹を探られて、国に帰って来いなどと言われるのは真っ平御免というもの。生まれる子に、まずは父と対面させてやりたいと思うのは当たり前ではないか」
 紫苑は桔梗の言葉に、俺の方を見て、かすかに苦笑いを浮かべる。
「まあ、一刀さんの……というのは、本国では少々あれなのはわかるけれど。それにしたって」
「だいたい、知らせようにも白蓮殿のことで知らせる時機を逸したわ。お主とてあの可愛い軍師殿たちを心労で倒れさせたくはなかろう?」
「そう言われると……」
 今度は子龍さんが苦笑いを浮かべている。
「まあまあ、紫苑もそれくらいにしとくがよろしかろう。皆、まずはおめでとうではないか? 桔梗。丈夫な子が生まれることを私も祈らせてもらうぞ」
「ふふん。このところ暴れて、内より蹴ってばかり。どうやら早く出たくてしかたないらしい」
「え、そうなの? 元気だなあ」
 だらしなく頬が緩むのは許してほしい。
「あ、そうだな。うん。おめでとう、桔梗」
「おめでとー」
「おめでとう。たのしみだね。あ、でもどうする? たんぽぽは、お姉様の用が終わったら長安に戻るつもりだったけど、子供が生まれるまでは洛陽にいた方がいいよね。どうせまたお祝いに戻ってくることになるし」
 それを聞いて、紫苑が少し考える。
 彼女は桔梗と目配せをしてから、一つ頷いた。
「そうねえ。悪いけれど、星ちゃんも残ってくれるかしら? 白馬義従の受け渡しは終わったと思うけど、漢中が動くかもしれないし。洛陽の意向を桃香様たちに伝えるためにも自由に動ける人がいて欲しいの」
「了解した。そうするとしよう」
「魏の意向としてはそのあたりどうかな?」
「問題ないと思うよ。もちろん緊急事態となれば別だけど。華琳には俺から話を通しておくよ」
 桔梗の問い掛けに安心させるように答えると、にやにやと笑みをはりつけた子龍さんがすっと横に寄ってくる。
「まあ、しかし、色々とやらかしてくれるものですな」
「おいおい。漢中は俺のせいじゃないぞ」
「おや、そうでしたかな? とはいえ、朱里と雛里の困り顔がいまから見えるようで」
「実際、まだなにも決まってるわけじゃないよ」
 そう、まだ、なにも。
 それから俺は、桔梗たちと談笑している翠を見て、まだまだ問題は山積だと気をひきしめるのだった。

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