西涼の巻・第八回:北郷一刀、父となること

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 それから数日は、一日に何度も郭奕と稟の様子を見に行って当の稟に呆れられたり、蜀、呉の大使たちを迎えて再び祝福の嵐を浴びたり、妊娠して動きまわりにくい桂花に手足代わりにこき使われたり、呉からの荷ほどきに一苦労したり、色々あった。
 その中でも印象深かったのは、祭たちに再会した時のことだ。
「ほぉう……」
 ひとまず落ち着いて祭たちに改めてただいまを言いに行くと、祭は俺の顔を遮光眼鏡越しに見つめて黙ってしまったのだ。麗羽や斗詩は口々に帰還を祝ってくれたのだけど。
「どうした、祭?」
「いえ……我が江東の地は、しっかりと旦那様を鍛え上げてくれたようじゃと思いましてな」
 そう言ってにやりと笑う様がなんとも凄味があって、どうやら本気で言っているのだと理解する。
「そう? なんだか嬉しいな」
 呉の地では様々な出会いがあり、学んだことも多い。
 いまだ大使制度反対派を納得させられていないし、成果というほどの成果は挙げられなかったかもしれない。だが、呉に赴任したこと自体は俺にとっていい経験だった。
 それをどう生かしていくかは、今後の課題の一つだ。
「遼東は疲れただけだったなー」
 猪々子がべちゃーっと卓に上半身を預けながらぶーたれる。なんかもう力が抜けきって、くらげみたいだな。
「ああ、遼東征伐は三人ともお疲れさま。結局戦闘になっちゃったようだけど、うまくいったんだろう?」
 華琳からは、それほど兵も損なわれずうまく行ったとしか聞いていない。
 彼女がそう言うなら、それは充分な成功ということだ。
 そもそもは朝廷のさしがねだったとはいえ、遼東まで魏の影響力が行き渡るようになった意味は大きいからな。
 遼東がすっかり安定するまでは、遠征途中で合流した元麗羽の部下たちのうち幾人かが魏の代官として派遣されるのだそうだ。
「うん。でもさー、てんで歯ごたえなくて。そもそもどれだけやる気だったのかわかんないけどねー」
 猪々子の文句に斗詩は苦笑を浮かべている。麗羽は相変わらず泰然と笑みを浮かべているだけだし、この二人はそれほど文句がなかったというところだろうか。
 それなりに長い期間の遠征で、大変だったはずだと思うけれど。
 しかし、麗羽は元部下がかなり集まってきたはずだけど、気にもしていないんだな。
 さすがというかなんというか。
「でも、文ちゃん、そのおかげで兵ももらえたわけだし」
「まあねー。つってもまだ先だけど」
 斗詩の慰め──なのか?──に少しだけ浮上した感じの猪々子。それにしても、気になる単語が入ってたぞ。
「兵?」
「猪々子さん、斗詩さん、祭さんに……えーと、いくらかの兵を与えるらしいですわ」
「八千ずつですね。それと、烏桓突騎は華雄さんと恋さんの下になるんだとか」
「ああ、そうそう。そうでしたわ」
 三人に八千ずつ、総勢二万四千に烏桓突騎か。結構な数だぞ、こりゃ。
「もちろん、アニキの承認の後だけどねー。って、まさか、アニキ、あたいらにその資格はないとか言い出さないよな!?」
 いきなり立ち上がって俺に迫って来る猪々子。
 その気迫がちょっと怖い。
 そういや、南鄭でも『部隊、部隊、あたいの部隊♪』とかわけのわからん歌を歌っていると思ったが、あれは祭りに浮かれていたわけじゃなくて、兵を預かることに浮かれていたのか。
「そんなことは言わないさ。でも、華琳に意図をしっかり聞いてからだな。変な任務を押しつけられるとかはないと思うけど、一応ね」
「まあ、そりゃあ……。しかたないかなあ」
「いずれにせよ、訓練中だから、実際の配備は数ヶ月かかるようですよ」
「華琳さんの軍はいま一つ鎧の意匠が地味な気もしますけれどねえ……」
 不承不承座る猪々子と補足する斗詩をよそに、麗羽はよくわからないことを言い出す。
 いや、麗羽のところのきんきらきんはさすがに採用できないぞ。綺麗にしておくのに無駄に手間がかかりそうだし。
 押し出しがよくないといけない軍務もないではないけどな。
「とにかく、華琳か軍師の誰かと話してみるよ」
 なにをさせるつもりかもわからないしな。単純に、郷士軍をつくったせいで減った攻撃力を高い水準に保つためかもしれないが。
「そうそう、遼東といえば、伯珪殿が、旦那様の下に来るか華琳殿の下に身を寄せるか迷うておるようでしたな」
「あー、そうなのか……。一度話をしたほうがいいな」
 伯珪さんが蜀を追い出された形になったことの責任の一端は間違いなく俺にある。朝廷との一応の手打ちが済んだいま、そのあおりをくらった伯珪さんに手助けできるなら、そうすべきだろう。
 華琳のところへ行く方が指揮系統は複雑にならなくていいと思うが、蜀から魏へ移るより、ワンクッション置いた俺のところのほうがまだいいという見方もある。
 そのあたりは彼女自身の感覚次第だろう。
 そんなことを考えていると、猪々子が面白くもなさそうに呟く。
「白蓮さまなら、さっきから扉の前でうろうろしてるけどね」
「そうじゃな」
「あうー、黙っててあげようよう」
 どうやら三人とも気づいていたらしい。足音か気配でわかるのかな?
 さすがに俺には扉の前にはりついて耳を澄ませてでもいないとそんな芸当はできない。
「あれ、そうなの?」
 用があるけれど、入りにくいのだろうか。
 そう考えていると麗羽が立ち上がり、ずんずんと部屋の中を横切って扉に向かう。
「まったく、相変わらず優柔不断な人ですわね」
 言うや否や、扉をあけてしまう麗羽。
「や、やあ」
 たしかにそこには白馬長史と謳われる公孫伯珪その人がいた。
 妙に腰がひけた格好で。

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西涼の巻・第八回:北郷一刀、父となること」への2件のフィードバック

  1. 名実ともに父親になった一刀。子供に何をしてあげられるか?何を伝え教えられるか?何を残せるか?親と言うのは何かと難しく大変なものですから。

    •  難しいですよねえ。
       一刀さんの場合、腹違いの兄弟姉妹が多数いることが約束されているので余計に、父の存在を示すことは大事ですしね。
       まあ、それでもそういうことで悩めるのは幸せなんだと思いますがw

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