西涼の巻・第七回:五斗米道の門徒、漢中にて龍を見ること

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 俺は人和を腕枕しながら、彼女が張魯さんの下で五斗米道のことを学んでいるというような話を聞いていた。
 天和と地和は既に撃沈して、丸まって寝ている。
「房中術? 俺が?」
 唐突に言い出された言葉に驚くが、俺に抱きついている人和は大まじめな顔だ。
 房中術という言葉自体は聞いたことがあるが、なんだかよくわからないセックス関連の技法という印象しかない。
「うん。今日観察して確信した」
「観察? もしかして、あんまり積極的じゃなくて、みんなの補助みたいなことしてたのってそのため?」
「だって……自分がされてる時は夢中でわからないもの……」
 真っ赤になって、俺の脇のあたりに顔を埋めようとする彼女を見ていると、とても愛おしく思える。
 実際、体を重ねることそのものより、こうして静かに話し合うことが大事な場合もあるし、天和たちのように体力が尽きるまで楽しむのがいいのか、人和のように一歩引きつつも余韻を味わうほうがいいのかは人それぞれだろう。
「張魯さんの下で、道術について、少し勉強したのは話した通り」
 しばらくするとなんとか立ち直ったのか、人和がまだ少し赤い顔をあげて説明を続ける。
「その中に、氣という概念がある」
 氣か。
 あの時も張魯さんが暗示とはいえ氣を利用して龍を現出させていたし、操ることができるかどうかはわからないが、感じ取ることは可能で、その特性も理解しているのだろう。
「もちろん、私も全てを鵜呑みにしているわけではない。ただ、氣という概念を使うと、色々なことが体系づけて説明できるというのは大きいと思う」
「ふうむ」
「たとえば、一般の人は氣を練ったりすることはできないし、しないから、常に氣を天地から取り込まなくてはいけない。これももちろん、達人のように直接に取り込むことができないから、天地で育まれた動植物を口から摂取して取り入れることになる。つまり、滋養を取ることで人は生きていけるということ。単純な経験則だけど、氣で説明することが可能になる」
 人和は非常に理論的に氣という存在に対しているんだな。
 氣を実際に操るとんでもない武人たちが周囲にごろごろいる俺の場合、理論はよくわからないが、なんだかすごいもの、としか理解していなかったが……。
「これにより、食事を制御することで、氣を制御するという考えに至ったりするわけだけど……。いまはとりあえずおいておくわ」
 ひとまず氣の根本理論はおいておいて、実際の表れ方を説明しようということらしい。
「簡単に言うと、氣には二種類ある。陽と陰。これは、精神と物質とも言い換えられる」
「へぇ。陰陽ってのは知っていたけど、そういうものなんだ」
「あくまで大雑把に言うと、だけどね。もう少し言うと、血液や食物などの物質的なものの流れが陰。形を持たない勢いだとか熱のようなものが陽と言われる」
 つまり、肉体を構成するものが陰、そこから生じるエネルギーが陽か。
 おそらく細かい概念ではまだまだ違う部分があるのだろうが、とりあえずはそう理解しておく。
「氣の理論では、女性は陰に傾き、男性は陽に傾くと言われる」
 そのあたり、どうしてそういう結論になるのかはよくわからない。
 女性には子をその体で育むための機構の一つとして月経なんてものもあるし、どうしても物質的な側面にひっぱられがちということだろうか。
「本来は、陰と陽は均衡を保ちながら、お互いに補いあい高めあうのが最善。どちらかに偏っているのは、肉体の性質上しかたないとはいえ理想形ではない」
 人和は手を動かし、偏った状況を示したりしながら、俺に説明を続ける。
「そこで、その一つの解決策として考え出されたのが房中術。男女でお互いに偏っている陰と陽の氣を交換し循環させることで、理想的な状態を作り出し、さらなる氣の増強を狙うもの」
「ふうむ。それで、その房中術を使うとなにが起こるんだ? 聞いている限りは良いことみたいだけど、みんなに害とかはないのかな」
 俺の質問に、人和は安心させるように頷き返してくれる。
「大丈夫。一刀さんは、無意識のうちに陽と陰の氣を循環させているけれど、これはいいこと。これの効能は……」
「うん」
 人和の真剣な顔を見ていると、良いことだと言われているのに、なんだかどきどきするな。
「元気になる」
 予想だにしていなかった言葉にぽかんと口をあけてしまう。
「病気は、陰陽の氣が極端に崩れると起きると言われている。実際にはそれだけじゃないと思うけど……。体の中の色々な調節機能が損なわれると病気になったり気落ちしたりするのはよくあることだと思う」
「まあ、それはわかるような気がするな」
 肉体にひっぱられすぎても、精神の働きにひっぱられすぎても、どうしてもうまくまわってくれなくなるものな。
「陰陽の氣を循環させることで、その均衡の調節を行うことになる。男性の陽の氣を一刀さんが放出し、女性の陰の氣を吸い込んでいる。そうして両者が和合し循環することで、お互いに足りない氣を補いあい、もっとも良い状況を作り出している。理論的には、この循環過程でより増幅するはずだけど、実際そうなっているかどうか、私にはそこまではわからない」
 俺は、気づかないうちに陽の氣を相手に注ぎ込み、相手からは陰の氣を吸収しているのか。実際そう言われてもさっぱり実感はないのだけど。
「だから、元気になるわけか。そういえば、不老長生も目指せるんだっけ?」
 仙人はそういう氣のやりとりをして長寿を得た、という話を聞いたことがある。
 人和は少し苦笑して、答えてくれた。
「寿命が延びて、百年や千年生きられるようになるという話もあるけど、これは誇張だと思う。体に均衡の取れた氣が満ちることで、百年を目指すことはたしかにできるかもしれないけれど」
「千年はさすがになあ……」
 そんなに生きても正直困るだろう。
 とはいえ、健康になるというなら、それは歓迎すべきことだ。氣の循環とやらがそれ以外──特に武術で扱う氣に影響しているかどうかは、凪にでも尋ねてみるとしよう。
「あ。そういえば、張魯さんが、俺は龍の卵を宿しているとか言っていたな。氣の話に関係するのかな、それも」
 以前、風たちとの会談が終わった時だったか。呼び止められて、そう言われたんだよな。
 彼が幻とはいえ龍を呼び出して見せたことで、なんとなく思い出してしまった。
「龍は水の神。水は流れを掌る。あらゆるものの流れ。一刀さんは、無意識の房中術で、氣の流れを掴みかけてる。たぶん、そのこと……かな。張魯さんほどは詳しくない」
 申し訳なさそうに縮こまる人和。
「そうか。真意は今度、張魯さんに直に聞くとするよ」
 あの御仁がそんなに簡単に、詳しい説明──特に理解しやすい説明をしてくれるかどうかは怪しいものだが。
 そんなことを考えていると、おずおずと彼女が言葉を続ける。
「それから、こちらは主に自分で行っている一刀さんだけだと思うけど……その、氣を循環させればさせるほど、それがうまくなって……元気になる」
「ん?」
 さっきと同じことじゃないのかな?
 うまくなるというのはわかる。何事も続ければ続けるほど慣れて楽になるものだからだ。
 ただ、無意識に行っていることならそれも限度があるわけだけど。
「その、……一般的に、ではなく男性機能がより強くなる。純粋に肉体的な疲労は別として、精が衰えない」
「つ、つまり?」
 なんとなくわかってはいたが、問わずにはいられなかった。人和はゆっくりと息を吸い込むと、その単語をはっきりと放つのだった。
「絶倫」
 と。

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