西涼の巻・第七回:五斗米道の門徒、漢中にて龍を見ること

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 漢中の都南鄭で続いてきた祭りも、ついに最終日。

 目玉中の目玉である、数え役萬☆姉妹による大公演が開かれようとしていた。
 これに先立って、その日の昼を境に、街から芸人が撤収している。
 連日、鮮やかな色や派手な動きに彩られていた街路は、呼び込みの商人たちによる掛け声や出店のおかげで静まりかえったりはしなかったものの、この祭りの期間を通じてのにぎやかさは明らかになくなっていた。それだけに唯一芸が披露され続けているこの特設舞台の華やかさが一層際立つというわけだ。
 この街に集まった旅芸人たちの中でも選りすぐりの芸の持ち主たちが、昼頃から連続で、とっておきの芸を見せ続ける。
 観客席はとっくにいっぱいになり、あふれた観客たちは舞台を囲むようにして人垣をつくる。
 そんな彼らの興奮も時間が経つに連れ、さらにさらに膨れ上がる。
 そして、数え役萬☆姉妹の登場まで後一つの演目を残すのみとなった。
「皆のものー、妾の歌を聞くのじゃーっ!!」
 その舞台の上では、美羽と七乃さんが、有らん限りの声援を受けていた。
「大丈夫なの、あれ」
 舞台袖から、美羽が跳ね回り、蜂蜜の素晴らしさを歌い上げるのをはらはらしながら見るしかない俺。
 月や詠といった面々も一緒だ。天和たちは貴賓席を用意してくれたのだが、混乱の中に巻き込まれると大変ということで、大半が舞台袖に来ている。元々、俺たちは彼女たちの公演を間近で観る機会も多いしな。
 例外はこういう催しが大好きで特等席で見たいと主張したシャオと、くじ引きで警備の任を引いた翠、沙和、子龍さんの三人くらいだ。
「まあ、どうせちぃたちの前座だし」
 地和はそう言いながらも、美羽の動きをしっかり観察している。
 美羽の自然な動きがどう観客の反応を引き出すか、理解しようとしている風に見える。
「実際、袁術さんは歌が上手い。鍛えれば、私たちを脅かしかねないくらいに」
 同じく舞台と観衆を観察している人和が鋭い口調で言う。これだけ真剣に言うってことは、よほど実力を認めているのだろう。
 たしかに美羽の歌は可愛らしくて、上手いと思う。ただ、やはり声の張りや声量の面ではどうしても負けている部分がある。
 そのあたり、真桜開発の拡声器で補っているが、スピーカー単体はともかく、アンプとそこまで信号を持っていく技術がそれほどよくないからな……。
 いずれにせよ、本来この時代にはありえないものではあるのだが。
「歌もそうだけどー。あの金髪はうらやましいってお姉ちゃん思うな。照明にきらきら光るし、長くて綺麗だから、跳ねて動きが大きく見えるんだよねー」
 一人座ってゆったりと見ている天和の考察もなかなか鋭い。
 にこにこしているように見えて、たまに目が鋭く光ったりするんだよな。彼女ばかりは天然なのか計算なのかいまだにわからない。
「はあ……袁術が」
「不思議な光景ですな」
 蓮華と思春にとっては、目の前で展開されているのは理解不能なものらしい。
 自分たちに追放された美羽が、呑気に歌って踊っているという時点で、真面目な気風の呉の人間にはよくわからないという感じかもしれないけど。
「とはいえ、これだけの民の熱狂。下手をすれば戦場より激しいやもしれぬな」
「はい。恐ろしいものです。詳しい分析を、亞莎あたりに依頼すべきでしょうか」
「考えるべきかもしれないわね。市井の民の勢いというものがこれほどだとしたら……」
 あらら、いつの間にか政治談義になってるぞ。根っから真面目なんだなあ。
 とはいえ、実際、数え役萬☆姉妹を魏軍の士気高揚に使った例もあるので、的外れとも言い切れない。
「璃々もお歌、歌いたいー」
「ええ、もっと大きくなったらね」
 紫苑の娘の璃々ちゃんは、母親に抱えられて、手を振り振り美羽の歌を眺め、たまに後について歌っていたりする。この光景を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。
「そういえば、美羽ちゃんたちは、何曲くらい歌うんですか?」
「えーと、この予定表によると、三曲かな」
 月の質問に、懐の紙を取り出して確認する。
「それ以上は喉が厳しいからねー。まあ、最終日だから多少疲れても構わないけど、潰しちゃうのはかわいそうだし」
 補足してくれたのは地和。段々と出番が近づいてきたからだろう、喋っている言葉はそう剣呑でもないのに、雰囲気がぴりぴりしてきている。
「この曲で終わりね。でも、全部蜂蜜がらみなのね」
「ま、まあ、甘さとかから恋愛や未来の明るさを連想させるって手もあるわけだし」
「そんなことほんとに考えてると思う?」
 詠のじろりと見上げながらの問いに、思わず答えに詰まる。
「……いや、まあ……」
 それらをほのめかす詩を書いたのは七乃さんだろうが、歌う美羽は本当に蜂蜜の歌だと思って歌っていることは間違いないからな。
「おいしそうな歌」
 恋の感想のほうが、ある意味では正しいのかもしれない。
 そんな恋に、華雄が竹筒を差し出す。舞台に出る美羽や天和たちのためにつくってきた自家製スポーツドリンクだが、かなり多めにつくってきたので、恋に一本分け与えても問題ない。
「これでも飲んでおけ。多少、蜂蜜も入っているぞ」
「ありがと」
 恋と華雄のそんなやりとりを横目で見ていると、声がかけられた。
「一刀」
 天和が立ち上がり、舞台袖でも、独立した区画になった場所を指さしている。
 俺が促されるままそちらに向かうと、彼女も動き出す。同じように地和と人和もその場所に入ってきた。
 薄暗いその場所にまで、人々の声援は聞こえてくる。いま、ちょうど美羽たちの歌が終わり、歓声がひときわ大きくあがったところだ。
「がんばってくるからね」
 天和が相変わらずの人を惹きつける笑顔で、俺に言う。
「ちょっと熱狂されすぎて、怖いくらいだけどね」
 地和の言葉を裏付けるように、彼女の肌には鳥肌が立っている。俺も、これだけの民の熱気を浴びると、人ごとながら震えが来る。
「一刀さんのため、みんなのため、歌ってくる」
 人和が決意を込めて宣言する。
 俺は三人の手を取り、重ねさせると、自分の掌もそこに重ねた。
「全部見守っているよ。だから、思う存分やって来い!」
「うん!!」
 三人は大きく頷き、顔を見合わせて、一つ笑った。そして、駆けだしていく三人のアイドルたち。
 俺は彼女たちの背中を見つめ、ただただその舞台の成功を祈った。

「おー、一刀。どこにいっておったのじゃ。妾の歌を聞いておらなんだのかや?」
「いやいや。三姉妹と活入れしてたんだよ。美羽は可愛かったよ」
 戻ると、美羽が七乃さんに汗をふいてもらいながら、次々と竹筒から水を飲んでいるところだった。
 いくら蜂蜜入りとはいえ、普段の蜂蜜水よりは薄いし、汗をかいているから余計に物足りないのだろうな。
「当たり前じゃろ。妾じゃぞ。しかし、まあ、妾の時もすごかったが、えらい勢いよの」
 呆れたように言う美羽の言葉通り、舞台とそれを囲む観客の熱気はものすごい。
「とっても可愛い?」
「れんほーちゃあああん」
 その大地を震わせるような叫びに、七乃さんは唇をとがらせ、美羽の頭を愛おしそうに抱きかかえる。それに抵抗して、わたわたと暴れる美羽。
「美羽様のほうがこんなに可愛いのにー」
「うわ、七乃。いまは暑いのじゃー」
「まあ、あれは様式美とでもいうべきものだからね」
 とはいえ、今回の観客の勢いはとてつもない。
 人数だけなら、数え役萬☆姉妹単独でも、もっと大きな公演をやったことがあるだろう。だが、長期間の祭りと前座で温まりきった観客たちは一人一人の反応がまるで違う。
 彼女たちもその渦にのせられて、動きや声が一段と素晴らしいものになっているようだった。
 数え役萬☆姉妹の動きにのっていた璃々ちゃんが、不意に不思議そうな顔をした。
「おかーさん、しゃおれんおねーちゃんがいるよー」
「あら、本当」
 どれどれと覗き込んでみると、最前列でほわああああっ、と腕を振り上げているシャオ。
「……まあ、祭りを楽しむくらいはいいだろう。我々も見物に来ているのだしな」
「護衛の兵は……。ああ、いるようですな」
 蓮華たちもシャオを見つけたらしい。
 思春は呉の護衛を見分けたようだが、そのあたりもちゃんと考えてはいる。会場に変なのが入り込んでいて、天和たちの公演を台無しにするなんて許せないからな。
「うちからも、各所に兵を入れてあるよ。華雄や恋にここに待機してもらっているのも、なんらかの緊急事態に対応してもらうためだしね」
「あら、そうだったの? てっきりみんなを連れてきてるだけかと思ってたわ」
「それもあるさ。これを見逃す手はないだろ?」
 まあね、と詠は首肯する。
 その彼女もずっと舞台を見つめている。
 照明で煌々と照らしだされた舞台の上では、天女と見紛うばかりの三人が、その体中を使って様々な表現を行い、その喉から美しい歌声を紡ぎだしている。
 衣装が翻り、髪がたなびき、歌が天に広がり、歓喜の声が地を揺らす。
 その中で、詠は小さく呟いた。
「あとは、張魯の託宣とやら……ね」
「ああ」
 その言葉に、俺は、小さく、けれど苦々しく頷くのだった。

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