西涼の巻・第六回:袁公路、北郷の口中に蜂蜜を求めんとすること

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 思わぬところで魏の軍師の姿を見つけた俺たちは、慌てて二人で舞台袖にまわった。俺は天和たちの知人ということで、いつでも自由に出入りできることになっているのだ。
「いやあ、あの歌も、稟ちゃんがいないとなかなか大変ですね」
 ぶつぶつ呟きながら汗を拭って舞台からおりてくる風。あなた明らかに俺たちがいるのわかって言ってますよね、それ。
「おや。お兄さんに星ちゃん。お久しぶりですね」
「うむ、久しいな」
「久しぶりなのはいいけど、どうしたんだよ、風」
 洛陽にいるはずの風がこんなところにいるのは異例も異例だ。
 美羽や七乃さんなら洛陽を離れて俺たちを迎えにきてもそれほどの問題にはならない。だが、稟と桂花が妊娠して身動きが取りにくい現状で、風が華琳の側を離れるはずがないはずだ。
 よほどの事態でも生じていなければ。
 しかし、俺の当惑を知ってか知らずか、風はいつも通り飄々と答える。
「様子を見に来たですよー」
「様子?」
「はい、漢中のこの祭りを視察に。華琳様直々の命で」
 華琳直々の命。その言葉に俺は黙ってしまう。
 さすがに華琳や三軍師のはかりごとの全てを知っているわけではないし、しばらく洛陽を離れていた身では、魏の国内情勢をそこまで捉えきれていない。
 他国の人間である子龍さんが横にいるいまは、口出しをしないのが得策だろう。
「といってもすぐに帰りますけどねー。洛陽をそんなに空けているわけにもいきませんし。おにーさんたちと一緒に行ければよかったんですが、そんな暇もないのですー」
 舞台袖を歩きながら、風が言う。
「大勢で進軍するより身軽なほうがはやいだろう。しかし、大丈夫か?」
「ああ、それなら大丈夫ですよ、星ちゃん。猪々子ちゃんについてきてもらってますからー」
「ん……? おう、アニキー」
 なにかの大道具の上に寝ころがって眠っていたらしい猪々子が、名前を呼ばれて起き上がり、きょろきょろとあたりを見回して、俺たちを見つけた途端笑顔になる。
「猪々子もいたのか……」
 相変わらず巨大すぎるように思える剣をかかげて合流する猪々子。
「じゃ、いきましょうか、おにーさん」
「え、どこへ?」
「もちろん人和ちゃんたちのところですよー。あちらの話も聞いておかないとですからー。案内よろしくです」
 それもそうだ。城に行けばすぐに部屋まで通されるってわけでもないしな。案内役がいたほうがなにかと便利だろう。
「あー、すまん、子龍さん、警邏を任せていいかな」
「星ちゃん、頼みましたよー」
 俺と風の頼みに子龍さんは苦笑しながらも頷いてくれる。
「しかたありませんな。旧友の頼みとあっては」
「おう、姉ちゃん。さすが頼りになるな。次は洛陽でな」
「お前も達者でな、宝譿」
 そうして、俺たちは子龍さんと別れ、城へと道を急ぐのであった。

 空の遥か彼方で、澄んだ青が茜色に浸食されつつある。その手前にある雲は、色の変わり目にあるのか七色に彩られ、きらきらと輝いていた。
 俺は馬に揺られながら、そのなんとも美しい光景を眺めている。
 右には猪々子の操る馬が、左後方、少し離れたところには華雄の乗る馬がいる。そして、俺の前にはこっくりこっくり船をこぐ魏の軍師さまが乗っている。
「なあ、アニキ。さっきの会談だけどさ」
「ああ。張魯さんたちとのか」
 俺たちは天和たちとの会談、さらにそれに五斗米道の天師である張魯さんを加えた会談を矢継ぎ早に行い、いまはこうして洛陽に帰る彼女たちを見送りに来ていた。
 俺の胸にもたれかかるようにしている風は、いずれ猪々子の前に乗って、都へとひた走る予定になっている。
「あれ、どういうことなんだ? あたい、さっぱりわかんないよ」
「俺だってわからないよ。風くらいだろ、わかるのは」
 人和もおおよそは理解していそうだがな。とはいえ、細かいところまで本当の意味で理解しているのは風だけだろう。
「で、どうなんだ?」
「おぉっ」
 うなじをすっとなでてやると、いつも通りの声を上げる風。だが、気に食わなかったのか、少し涙目でこちらを見上げてくる。
「そ、そういう起こし方は反則なのです!」
「う、ごめん」
 涙目で睨み付けられるともう謝るしかない。それで機嫌をなおしてくれたのか、前に向き直って解説をはじめる風。
「簡単に言いますとですねー、張魯さんは魏に降りたいのですよー」
「そうなの!? なんか、龍がどうしたとか、天女様がどうしたとか言ってたのに?」
 地脈がどうとか、祭りにおいて民の真意がどうとかも言っていたが、俺にも正直張魯さんの話の筋は掴めなかった。
「はいー。ええとですね、五斗米道というのは、民間に根付いた信仰なわけですけど、これを信じるものは、元々儒の枠組みから外れたものが多いのですよ。いわゆる蛮、夷、胡といった異民族、あるいはその混血、貧農、叛逆の徒とその子孫等々ですねー。報告書では、賊あるいは蛮とだけ記されるような民になります」
 漢の土地においては、少数派になる人々、というわけだ。
「さらにですねー、その蛮の中心でもある板楯蛮(ばんじゅんばん)には、元々馬騰さんに従っていたものが多くいるのですよ。また、月ちゃんたちが蜀を離れた折に、涼州兵の一部も吸収された模様ですので、故郷に戻りたいって人も多いんですねー、これが」
「完全に魏に降れば、それらの民も故郷に戻してやれるってことか。なんだ、あのおっさんも色々考えてるんだな。もっとわかりやすく話してくれればいいのに」
 猪々子の感想に、風はにゅふふ、と意地悪そうに笑う。
「ええ。しかも、それらの民は、五斗米道の教えを持っていってくれるわけですよ」
「ははぁ」
 なんとなく俺にも張魯さんの狙いが読めてきた。彼は、おそらく、五斗米道のさらなる発展を狙っているのだ。
 漢中という土地を中心に布教を行い信者を増やしてきたが、それはもう一段落したということだろう。今後は一カ所を直接支配するのではなく、魏全土、漢全土に信者が散らばることにより、教えを各地で花開かせていきたいのではないだろうか。
「といっても民の中には、あの土地に長く住んでいる人もいるので、全てが魏の中に浸透して行ってくれるとは限りません。そこをですね、あの張魯さんは天和ちゃんたちの公演をきっかけとして……というより利用しまして、民を導きたいと思ってるんですね。地和ちゃんはそれをかなり警戒していますけど、風は気にしなくていいと思いますよ。数え役萬☆姉妹が好きな人たちが増えるのは間違いないですし」
 地和の言葉はそれか。ようやくつながった。
「黄巾の乱はもう起きない……か」
「ええ。風たちが起こさせません」
 そう宣言する風の言葉はとても力強かった。そうだな、あんな乱だけは二度と起こしちゃいけない。
「まあ、なんにせよ、漢中が降れば蜀との領有権争いは決着がつくんだろ? いいことじゃないの?」
「それ自体は歓迎すべきことだけど、一つの集団を引き受けるってことは、それなりに大変でもあるよ。猪々子」
「そりゃそうだけどさー」
 実際、五斗米道を呑み込むことと、漢中を確実に領有することとの間には、はっきりとしたずれがある。
 両者は現状ではつながっているが、今後もそうであるとは限らないし、なにより、宗教の熱狂は国家が制御できるものではない。それが暴走する可能性を考えると対応は慎重にならざるを得まい。
 なるほど。これは華琳がわざわざ風を送ってくるはずだ。
「いずれにせよ、道教集団を呑み込むのは重要事項ですね。対応を誤ると、蜀との関係どころか、熱狂的な信者との戦いに巻き込まれかねませんからー。さっきも言った通り、風たちは黄巾の乱をもう一度起こすつもりはないので」
「うーん。まあ、あたいたちはなにかあった時に備えるしかないかなー。難しいことはアニキたちに任した!」
 その言葉に風も俺も笑ってしまい、つられて笑いだした猪々子と一緒にひとしきり笑い続けた。
 それが収まったところで、俺は以前からの疑問を風に聞いてみることにした。
「ところで、風、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんですかー?」
 俺は、子供が生まれる前に婚姻などの形をとらなくていいのだろうか、といつか思った疑問を風にぶつけてみる。
 だが、返ってきた反応はいまいち俺が思っていたのとは違っていた。
「うーん。どですかねー。そりゃあ、おにーさんが結婚したいというなら、風は嫁ぐことに異存はありませんけど、正直、現時点では華琳様はもちろん、稟ちゃんや桔梗さんに比べても北郷一刀の名は通りがよいとは言えないですよね」
「アニキの名前じゃなくて、『天の御遣い』なら有名だけどなー」
「婚姻となると、家と家のことになりますから、どうしても現時点では、華琳様が主、おにーさんが従となります……。って、まさか華琳様すっとばして、稟ちゃんや風と結婚するつもりではないですよね!?」
 慌てたように言う風を手で押さえる。暴れて馬から落ちたら大変だ。
「そりゃ、する時はみんなとしたいけど……」
「それならよいのですけどー。ともかく、そうなると、華琳様の夫が何人も妻を持つということになってですね、いまひとつ……」
「もっと、名が売れてくれないと外聞がよろしくねえってことだよ、にーちゃん」
 宝譿の言葉がぐさりと突き刺さる。
「うー、そうかぁ」
「落ち込むなって、アニキ。別にみんなそんなこと気にしてないんだから」
「まあ、稟ちゃんや桂花ちゃんたちが現時点で婚姻を望んでいるかどうかはわかりませんからねー」
 慰めの口調を少し真面目なものに戻して、風は続ける。
「それに帰って来てからまだ一年ですー。『天の御遣い』は消えたままだと思ってる人もまだまだ多いので、もう少し時間をかけたほうが」
 その言葉に俺は考えてしまう。
 たしかにまだ一年。この世界に戻ってきてから、一年にすぎないのだ。もう少し時間をかけてもいいと言われればその通りだろう。
「そっか……。ちょっと焦りすぎたかな」
「子供が生まれるとなったらわからないでもないけどね」
 それでも少しうなだれたままの俺に、小さな声が囁く。でも、と。
「風は嬉しかったですよ」
 そう言って、彼女は俺の腕に手を回し、ぎゅっと肉を掴んでひねりあげる。
「いたたっ」
「はやく風のお腹も大きくしないとだめですから」
 風につねられた跡が、妙に痛んだ。

 猪々子に風を渡し、彼女たちを乗せて走り去っていく馬の姿が米粒ほどになって見えなくなるまで見送って、俺たちは南鄭への帰途についた。
 その途上、華雄が意を決したように尋ねてくる。
「前々から疑問なのだが」
「うん」
「あの宝譿というのはなんだ?」
 言葉に詰まる。
 なんと言っていいものか。あるいは、なにも言わないほうがいいのか。
 いろんな考えが俺の中でぐるぐると回り、結局、無難な答えをひねり出す。
「残念だが、華雄。俺にもわからん」
「うむ、そうか。それならばしかたない」
 人間、触れてはならない領域というものがあるものだ。うん、そういうものなのだ。

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西涼の巻・第六回:袁公路、北郷の口中に蜂蜜を求めんとすること」への4件のフィードバック

  1. 誤字報告を。先ずは「黄巾の乱はもう起きない、か」→「黄巾の乱はもう起きない。か」ここは、句読点(、)より句点(。)の方が締まりが良いのでは? 続いて「ええ。風たちが起起こしません」ですが「ええ。風たちが起こさせません」ですね。「起こしません」では風たち(この場合、三国同盟かな?)が乱を起こす事になります。
    処で、前回(西涼の巻・第5回)の最後の場面で風が歌っていたのは「合言葉は・・・ぷにぷにぷー!」ですか?

    •  コメントありがとうございます。
       まず、第五回の歌は仰るとおり、ぷにぷにぷーのつもりですが、歌詞を出すのはまずいよなあということで、ぼやかして書いておりますw
       あの歌かわいいですよねえ。上手いしw
       誤字報告のほうもありがとうございました。なおしておきますです。

  2. ああ、やっぱりキャラソンでしたか(笑)
    風ちゃん好きには、ニヤリとさせるネタですね。

    ニコ動で、聴いたことあるけど、キャラコレ!ってやつで
    風と稟の踊り付きだったのが面白かったな~。
    稟のパートで風が居眠りするので、この話ではフルで演ってたと思うと、
    稟が居なくて大変なのも納得。

    あと、華雄。それ以上いけない(笑)

    •  歌うだけじゃなくて踊りもとなると大変ですよねー。
       特にダンスは体が小さい人は振り付けが大きくなる傾向にあるので、風は大変でしょうw
       恋姫のキャラソンは楽しいのが多くてよいです。
       風と稟のキャラソンについては、中の人たちが歌うことに慣れてるのも大きいですなw

       華雄さんは、自分の声が鈴々に似てることにも気づいてしまいそうなお人。

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