祭りも八日目、人々の熱狂は否が応にも高まり、南鄭中がなんとなく浮き足立ってきた。
俺たちは不測の事態が起こることを警戒して警邏をさらに厳しくし、今日からは三国合同で巡回を行うことにしていた。
元々南鄭には張三姉妹の公演が終わるまで滞在予定だったので、いずれにせよ祭りの最終日まではここで三国とも過ごすしかない。
小蓮のために洛陽での留学先を考えたりしている呉はともかく、蜀の面々には足止めにしか思えないかもしれない。
ただし、兵たちは祭りを楽しんでくれていて、俺たち首脳陣に対して大喝采だ。ここから引き離すのが一苦労かもしれない。
今日は七乃さんたちが連れてきていた魏の兵と俺、それに子龍さんという組み合わせで警邏をしている。華雄や恋は別の方面を警邏中。相変わらず喧嘩も多いし、掏摸や詐欺も起きている。これから最終日に向けて、一層目を光らせておかなければなるまい。
「しかし、漢中がここまで沸騰するなど。すさまじい熱気ですな」
俺の横を、槍を背負って歩く子龍さんが、感心したように呟く。
「うん、なんだか、祭りの最後に教主の人が託宣を受けるとかなんとかで、余計に熱くなってるみたいだね」
「ほほう。それはなかなか楽しな」
「どうだろう。あんまりにも熱狂して、暴走されると困るんだけどね」
人込みの中を縫うようにして歩く。連れている兵がそれほど多くないので、威圧感でどいてくれるほどではないのだ。
もちろん、子龍さんが殺気をみなぎらせて歩けば一般人でも道を譲るだろうが、そんなことをして萎縮させてもろくなことにならない。
「たしかに、この熱気が暴発すれば、それは恐ろしいことになりましょうな」
「うん。なんとかそれをさせないためにも、こうして皆で見回ってるわけだけど……。紫苑は怒ってない?」
「怒る? なにをですかな?」
「いや、ここで足止めしちゃってるからさ」
ぶつかりそうになった人を、俺が左、子龍さんが右に避ける。人の数はどんどん多くなってきている。それもそのはず、いま目指しているのは、祭りの一番の目玉の特設舞台なのだから。
「ああ、それなら大丈夫でしょう。兵の怪我がゆっくり癒やせるとかえってご機嫌なくらい」
そういえば、華雄にやられた兵の中でも軽傷の者はそのまま連れてきているのだっけ。呉の面々――特に小蓮は祭りを楽しんでいるようだし、紫苑が気にしていないなら、それでいいか。
「一番やきもきしているのは、おそらく、伯珪殿でしょうな」
「伯珪さん? ああ、部下がなかなか来ないって? たしかになあ」
洛陽の伯珪さんは白馬義従の到着を待っているしかないわけで、焦慮は並大抵ではないだろう。鎮北将軍に任じられたと聞くから、鎮北府開府に向けての作業もあるだろうし、人手が足りず苦労しているだろうことは容易に想像できる。
「それにしても……。おっと、人がさすがに多い」
子龍さんの横を子供が背をかがめてすり抜けていく。もう自由に動き回るのは難しいくらい人が増えてしまった。人の動きが目指す方向と同じことだし、これに乗るしかないだろう。
「昨日は、このあたりに華蝶仮面とやらが現れて、ちんぴらを何人かのしたとかで、えらい大騒ぎもあったんだよ」
「ほほう? そのような者が」
すっとぼけながらも、なにか得意気な子龍さん。着物といい武器といい、昨日、商家の屋根の上で大立ち回りを演じていたのは明らかに彼女だったのだが、そこには触れないほうがいいのだろうか。
「きっと、正義を愛する御仁なのでしょうな! 我らも見習わねばなりませんな? 北郷殿」
ああ、そういうことにしておきたいのか。なんとなく理解。
猫連者も、自分が美以じゃないとひたすら抗弁していたしな。仮面で隠せているつもりなのだろうか。
あるいは、そういう態を取るのが礼儀かなにかなのか?
「そうだね、おっと、そろそろ見えてきた」
道の向こうは大きく開けており、そこに特設舞台と、その観客席がしつらえられているのがわかる。いまはなにか歌の催し物をやっているらしく、観客席にもそこそこ人が入っているのが見えた。
「ほほう、大きなものですな」
「基本的には数え役萬☆姉妹のための舞台だからね、大きくもなるよ」
俺は他の面々と何度か来ているが、子龍さんははじめて来るらしいな。
話によると、ここは南鄭の城壁を拡張する工事の現場なのだそうだ。
城壁自体はすでに完成しているものの、まだ建物は建っていないさら地の状態のところに、舞台と観客席を作ったというわけ。
俺自身が言ったように数え役萬☆姉妹のための舞台ではあるが、彼女たちも毎日ぶっ通しで公演が出来るわけもなく、長時間の舞台は初日と最終日のみ。
その他の日は、三曲程度を歌う縮小公演を午前中にやっている。昼と夜は舞台が空くので、そのほかの催し物を開催している。
いまは……のど自慢かな? それなりにはうまいが、芸人とは張りの違う声が流れてきている。やはり、素人と玄人では、喉の鍛え方が如実に出てしまう。
「お次は飛び入りの方ですー」
ひとしきり歌が終わったところで、司会者らしき女性が次の歌い手を紹介した。そのあたりで、俺たちはようやく観客席の後ろ側にたどり着く。ここで問題が起こらないよう、これから見回りだ。
「じゃあ、一班はこっちから、二班は右。子龍さんは俺と一緒に」
「では、そのように」
兵を集めて指示を下している後ろから、軽快な楽の音と共に、可愛らしい声が聞こえてくる。
うーん。この声、どこかで聞いたことがあるような。
甘くて、どこか懐かしい歌声……。
どうにも気になって、兵が指示通り動き出したのを確認してから舞台に向き直ってみる。
すると、そこでは見慣れた礼装をつけた背の低い少女が、相変わらず少し眠そうな半眼のくせに元気に踊りながら綺麗な歌声をつむいでいた。
「おや、風」
「風ー!?」
舞台では、魏の三軍師の一人、程仲徳こと風が踊り歌っていたのだった。
一刀、容姿で只者じゃないって気づけよ!(笑)
卑弥呼さんは中の人が師匠なだけは有りますね~。
なんとなくですが、一刀の生き方が、マイケミの
『welcome to the black parade』のように感じました。
そして、最後の風ちゃんに萌えたw
あの筋肉見たら、普通は気づくと思うんですが……w
祭りの空気が一刀さんを酔わせていたんでしょうねw
卑弥呼さんは恋姫の登場人物の中では、人生経験が一番豊富なはずですからね。若者が迷うのにしっかり導いてあげられるのはさすがですね。
風の歌声は癒しですw