西涼の巻・第五回:北郷、祭りの中で幻影と対峙すること

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「青年。そもそも人は一人では何事も出来ぬのだ」
 当然のことを話す、というように悠然とした態度で彼は続ける。
「土地を切り拓き、土を掘り起こし、種をまいて、作物を得たとしよう。それは、その男一人がなしたことであろうか?」
「そう……だと思います」
「否。その男一人では稗も粟も育ちはしない。滋養を与える大地が、養分を伝える水が、熱を与える陽がなくて、作物が育つか?」
 言われて黙ってしまう。
 たぶん、彼が言いたいのは屁理屈や詭弁ではなく、事実そこにあるものを見ろということなのだろう。
「人に出来ることはな、ほんの少しこの世界の力の方向を変えることだけなのだ。決して自分の行いだけで、世界が動くなどと思ってはいかんぞ。青年」
「それは……そうかもしれません」
「世界を動かせるとしたら、幾百、幾千、幾万の思いだけだろうて。だからな、一人で何もかも抱えずに、おぬしをこれまでも支えてきてくれたたくさんの人々と一緒に行えばよいのだ。そうではないか?」
 俺は答えられない。
 彼が言うのが正しいのはわかる。俺だって実際に、彼女たちと支え合ってやっていくつもりだ。
 だが、なぜそれが俺の名前で行われる必要があるだろう。たとえば、月を押し立てて……いや、月はだめか。じゃあ、恋でも華雄でもいい。無双の強さを持つ彼女たちを中心にして、集団を作り上げるのでは、なぜいけないのか。
 いや、わかっている。これまでの流れを考えれば、俺の名前も必要だということは。
 だが、そうやって理性で思考することと、心の底から得心できるかどうかはまた別のことだろう。
「ふん、納得できぬか」
 彼が酒を勧めてくる。気を落ち着けるためにもその杯を受け、喉に流し込んだ。
「青年、おぬしは愛しい人のため、なにかをしてやりたいとは思わないか?」
「もちろん、思います」
「では、その愛しい人が、おぬしの手助けを拒絶してまるで受け取ってくれず、疲れて行ったなら悲しくはならんか?」
「それは……」
 子供を見るような温かい目で見られる。たしかに彼のような人から見れば、俺などまだまだ子供のようなものなのかもしれない。
「青年。愛しいという気持ちはな、自分だけが持っているのではない。相手もまたおぬしを思っているのだ」
 はっとした。
 俺は彼女たちを大事に思っている。それと同じくらい、彼女たちも俺を大事にしてくれている。
 そのことを、俺は無意識に見ないようにしてはいなかったか。
「簡単に甘えろとは言わんぞ。おのこなら、つっぱってみせい! だが、相手を受け入れるのも、いいおのこの器量というものぞ?」
「……はい」
 肚に力を込めて、答える。
 己というものを持たなければ、この人の言葉の迫力に呑み込まれてしまうような気さえした。
「力が足りぬなら、しぼり出せ。それでも足りぬなら、借りてくればよい。おぬしを愛する者に。おぬしを信じる部下たちから。その者たちがなぜおぬしに力を貸してくれるか、そのことを思い出せ」
「すいません。俺には……」
 たくさんの人が俺のために力を貸してくれる。しかし、どうして、と言われると困ってしまう。彼女たちはどうして俺に力を貸してくれるのか。
 恋人だから? それは違うだろう。
 同僚だから? 部下だから? それはあるかもしれない。
 でも、なにか、それだけではない気がした。
「わからぬか」
 豪快な笑いが俺の困惑を吹き飛ばすように彼の口から発せられた。
「そうか、わからぬか。こんなにもあからさまで、こんなにも明らかで、こんなにも定まったことが、己では気づかぬか」
「す、すいません」
 なぜか頭を下げて謝ってしまう。それほどに強烈な笑いが彼の口から吐き出され続けていた。
「いやいや、よいよい」
 そう言った後で、彼は俺の耳元に口を近づけ、この世の秘密を明かすかのようにひっそりと囁いた。
「それはな、おぬしだからさ」
 それは答えになっていない、と俺の理性が叫んだ。
 それこそが答えだ、と俺の心がざわめいた。
 感情と理性の渦にとらわれ、俺は硬直から逃れることが出来なかった。
「おや、あそこを行くのは馬鹿弟子ではないか。すまんな、青年。そろそろ儂は行かねばならん」
 彼は人波を見て、そう謝ってきた。その途端、俺の耳に祭りの喧騒が復活した。これまで彼の声以外、一切が遮断されていたのだと気づいたのはしばらく後だ。
「いえ、ありがとうございました」
 まだ渦巻いている心を押さえつけて、なんとか礼を言う。
「ふん、礼などいらん。馬鹿弟子の頼みだったが、なかなかたのしい時間を過ごせたわい」
「え?」
 聞き返すもののすでに彼は立ち上がり、喧騒の中へと踏み出していた。
「では、またいずこかで会おう、青年」
 そう言って、たくましい背中が人波に消えていく。俺はそれをじっとじっと見つめて……。

「ご主人様……なにしてる?」
 不意にかけられた声に振り向けば、料理をのせた盆を持った恋たちが立っている。
「あ、ああ、相席した人と話してて……って、料理をとってくるのに、えらく時間かかったな」
 屋根のかかっている部分は十歩もいけば奥に行き当たってしまうような狭い店だ。料理を持ち帰ってきたにしても、随分遅い。恋の分がなにか問題だったかな?
「なに言ってるの? ついさっき取りにいったばっかりでしょ」
「恋ちゃんのごはんのお話を店の人としましたけど、大した時間ではないはずですよ……?」
 詠に加えて月までが言うのを聞いて、疑問に思う。
 ついさっき……?
「ごはん……」
「ああ、もう。ちょっと待ってよ。あんたのは、もう少ししたら追加を持ってきてくれるんだから!」
 そうやってじゃれ合うように席につくみんなを見ながら、俺は相変わらず不思議な感覚を引きずっている。
 随分と話し込んでいたと思ったが、それほどでもなかったのだろうか。なんだか狐につままれたような気分だった。
 そう思って周りを見渡せば、流れ去る人波の中、先程の壮年の特徴的な髪形と、それと並び立つような、忘れられない禿頭が見えた気がした。
 慌てて目を凝らしてみれば、その両方ともを見失い、力が抜ける。心配そうに覗き込んでくる恋になんでもないと手をふって、笑みを浮かべて見せた。
「あ、名前を聞くのを忘れた……」
 だが、祭りの喧騒を聞き、杯の酒をなめているうちに、そんな細かいことはいいか、という気分になってくる。
 ふと、もう思い出しもしなかった、古い記憶が掘り起こされる。
 ずっと昔に聞いた、古い歌。
 鼻歌で、自然とリズムを刻む。
 誰の趣味だったろうか。それも覚えていない。
 けれど、その中身は覚えている。祭りに紛れ、酒に紛れ、友とはぐれ、行きずりの相手に思いを吐露する、そんな歌だ。
 いまの俺にぴったりの。
「カーニヴァルだったね……か」
「なにやらご機嫌ね? なにかの歌?」
 恋と月の皿に取り分けてやり、次は自分の料理に挑みかかろうとしていた詠が顔を上げ、こちらを見つめてくる。
「昔……ずっと昔に聞いた大人の子守歌さ」
 そう言った途端の、月と詠のきょとんとした顔が妙におかしくて、俺はつい大声で笑いだしてしまうのだった。

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西涼の巻・第五回:北郷、祭りの中で幻影と対峙すること」への2件のフィードバック

  1. 一刀、容姿で只者じゃないって気づけよ!(笑)
    卑弥呼さんは中の人が師匠なだけは有りますね~。
    なんとなくですが、一刀の生き方が、マイケミの
    『welcome to the black parade』のように感じました。

    そして、最後の風ちゃんに萌えたw

    •  あの筋肉見たら、普通は気づくと思うんですが……w
       祭りの空気が一刀さんを酔わせていたんでしょうねw
       卑弥呼さんは恋姫の登場人物の中では、人生経験が一番豊富なはずですからね。若者が迷うのにしっかり導いてあげられるのはさすがですね。

       風の歌声は癒しですw

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