西涼の巻・第四回:北郷、漢中の都にて祭りに出くわすこと

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 人和と天和に後で遊びに行くことを約束してから、俺は蓮華たちがいるはずの部屋に向かった。
 部屋に入る前から、向こうで何事か大声で言い交わされているのがわかる。
「あー。お邪魔するよー」
 扉を開けると、途端にぎゃーぎゃーわめく声に包まれる。そっと扉を閉じ、入り口脇の壁にあきれ顔でもたれかかっている詠に尋ねる。
「どう?」
「どうもこうも。見りゃわかるでしょ」
 彼女がひらひらと手で示す方向を見ると、まさに部屋を支配している喧騒を生み出している二人がいた。
 蓮華と小蓮だ。
 思春はその怒鳴り合う二人の脇に立ち、たまに行き過ぎた言葉を指摘しているし、月と恋、それにセキトはおろおろして二人の間をうろついている。
「こりゃ、困ったな」
 言いながら、詠の横に立ち、声を低めて言う。
「詠、久しぶり」
「ん」
 興味あるのかないのかよくわからない仕種で頷く彼女を見て、詠らしいな、と思う。再会の挨拶で詠に抱きつかれたりしたら、それはそれで戸惑ってしまうだろう。
 いや、たぶん、すごい嬉しいけどな。
「だいたい、お前は部屋の片づけがなっていないのだ。この間船で割り当てられた部屋を覗いてみたら、まだ初日だというのに服が脱ぎ散らかされて……」
「あー、ひどい。いつの間に入ったの! シャオに言わずに勝手に入るなんて横暴……」
「そういうことを言っているのではない、私が言っているのはだな……」
 蓮華と小蓮の言い争いは終わりそうにない。
 俺の存在に気づいたのか、思春が彼女たちからすっと離れてこちらにやってくる。
「お疲れさま」
「別に大したことではない。蓮華様もたまにはあのように大声を出して発散されるのも悪くない」
「ああ。彼女、ため込みそうよね」
「でも、ありゃ、もう関係ないこと言い合ってるように見えるぞ」
「姉妹喧嘩だからな。雪蓮様はわざと煙に巻くのがお得意だが……小蓮様のあれは、その模倣かもしれぬ」
 孫呉の血だな、などと珍しく冗談を言う思春。彼女の場合、聞くほうがよほど注意していないとその諧謔(かいぎゃく)に気づかないのが困ったものだ。
「まあ、そろそろ止めないと喉を痛めてしまわれるかもしれん」
「そっか。じゃあ、止めますか」
「うむ」
 言い合い、喧嘩中の二人にそれぞれ背後から近づいていく。
 普段ならこんなことは絶対に出来ないだろうが、意識が相手に向かっているので、簡単に近づけてしまう。
 月と恋が心配そうに俺たちを見ているのがわかる。
「はい、小蓮、そこまでー」
「蓮華様、そろそろ落ち着きましょう」
 シャオの肩をひきよせて、俺の体にもたれかけるようにする。向こうでは、蓮華が思春に抱き留められるようにしていた。
「か、一刀に思春!?」
「一刀~!」
 目をまん丸く見開く蓮華と、嬉しそうに俺に抱きついてくるシャオ。
「さて、いきさつを説明してくれるかな、詠」
 七乃さんにすでに簡単に聞いてはいるのだが、一応確認にと詠に話をふる。孫呉の衆はちょっと興奮気味だからな。
「ええ、いいわよ。おとといくらいだったかな? 雪蓮から手紙が来てね。シャオはそのままでいいってことになったの」
「ほう?」
「正確に言えば、洛陽に一年間留学に出す、ってことだけど。ただね、ただし書きがついていて、監督役の蓮華が留学の意味がないと判断すればいつでも本国に送還できるという条件もついていたわけ」
 それを聞いた途端、蓮華が勝ち誇ったように叫ぶ。
「だから、私は姉様に保証された権限を以て、小蓮に帰還しろと言っている!」
「洛陽に着きもしないうちからそんなこと言われる筋合いないよ!」
 もちろん、シャオも負けてはいない。彼女の言う通り、洛陽で留学というのだから、洛陽にたどり着いてもいないのに帰されるではたまったものではないだろう。
「で、こんな風に喧嘩がはじまってしまった、と」
「そ」
 蓮華も相手が妹でなければもっと冷静になるのだろうが、さすがに身内だと普段の抑制が外れるのだろうな。
「まあ、まずは冷静になろう。雪蓮は小蓮に留学して、色々学んでほしいと思っているんだろう。ここで追い返すのは雪蓮の意思を本当には反映してないことになる。そうじゃない?」
「それは……しかし……」
 言葉に詰まる蓮華に、へへーと舌を出して挑発しようとするシャオを、こらっと軽く叱っておく。
「仕事を手伝うなら、洛陽で大使館の仕事を手伝っても呉のためになるだろ? 追い返すだけが呉のためじゃないと思うよ」
「しかしだな、これではわがままをそのまま許すことに……」
 蓮華の言いたいこともわかる。そもそも黙ってついてきてしまって、しかたなく雪蓮も留学という形で取り繕っているように見える。実際は、国譲りの件などもあるので、シャオを外に出しておきたいという思惑がある可能性もあるが……。
「期限を設けたらどうですか?」
 俺たちが黙って考えていると、おずおずと月が口を開く。
「期限だと?」
「はい。期限です。雪蓮さんが提示した一年とはまた別に、蓮華さんが小蓮ちゃんの勉強の成果を確認して、これでは洛陽にいる意味がないと判断したら帰せばいいんじゃないでしょうか」
「そうなると、ある程度彼女自身納得できる判断基準がいるけど、そのあたりは誰か中立な人間に決めてもらえばいいわね」
 蓮華の問い掛けに丁寧に答える月の言葉に、詠が付け加える。それを聞いて、蓮華はしばらく考えていたが、思春と何事か小声で相談した後で、大きく息を吸った。
「よし、いいだろう。まずは一月、洛陽で学んでみろ。それで試験をして、納得できたら三月いてもよい。三月目にまた試験をして、さらに時期の延長を考えようではないか。どうだ?」
 シャオの顔が途端に明るくなる。現金なことに俺からすぐに離れて、蓮華に抱きついてしまった。
「おねーちゃん、大好きっ」
「こ、こらっ。シャオ」
「ちなみに、試験の監督は公覆殿にやってもらいたい。小蓮様のことをよく知っている上に、いまは我らから離れている。ちょうどいいだろう。いいな、北郷」
 祭か。たしかに適任かもしれないな。
「うん。祭に確認してね。お酒でも奢れば喜んでやってくれるんじゃないかな」
「祭だもんねー」
「そうだな、差し入れでも持っていくとしよう」
 そう言って、姉妹揃って笑みを浮かべる。それを見て、本当にこの二人はよく似ている、と俺はそう思うのだった。

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西涼の巻・第四回:北郷、漢中の都にて祭りに出くわすこと」への4件のフィードバック

  1. 脱字報告を。蓮華とシャオによる喧嘩のシーンにて「あー、ひどい。いつの間に入ったの! シャオに勝手に入るなんて横暴……」と有りますが、「あー、ひどい。いつの間に入ったの! シャオの部屋に勝手に入るなんて横暴……」では? 蜀陣営は将が多くとも軍師の少なさ(詠とねねが居ないと二人だけになる)が大きな問題ですよね····まぁ、呉は将の少なすぎるけど。改めて考えてみると魏が一番バランスのとれた陣営だな····と思う今日この頃。

    •  ご報告ありがとうございました。
       ご指摘の部分、少し考えまして、シャオの場合、部屋に入ることよりも、自分に断りもせず入ることに憤るかなと思ったので、「シャオに言わずに勝手に入るなんて~」というように直しておきました。

       魏はバランスいいですよね。
       まあ、華琳様が人材マニアですからねえ……。
       しかもほとんどが自分で集めてるわけで、さすがと言えます。英雄譚で加わる武将とかまで考えに入れても、魏がやっぱり突出しちゃいますよねえ。

  2. 更新お疲れ様です。
    英雄譚で桂花ストーリーがあるってことで、まとめの方で玄朝秘史を読み返していたんですが、、、桂花とのイチャイチャがないってことに気付いたんですが。。

    桂花がお嫌いということではないですよね?

    •  桂花さんだけでじゃなく、魏勢は、政治や軍事で物語を動かすほうに活躍してしまって、なかなかいちゃこらを描けていないんですよね。
       これは反省点です。できれば、どこかでエピソードを挟めればと思ってます。
       桂花さんは華琳様絡める形になりがちというのもあるんですが。

       あ、桂花さんはかなり好きですよ。
       閑話も最初に桂花さんを書いてますしね。

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