西涼の巻・第四回:北郷、漢中の都にて祭りに出くわすこと

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 一応は洛陽からの迎えの将だったらしい美羽と七乃さんに、呉・蜀の兵たちの世話を任せ、俺は地和に引きずられるように祭り真っ只中の街へと足を踏み入れていた。
 華雄が護衛についてきたがったが、南鄭の兵が地和の護衛につくということなので、沙和と共に城に行ってもらっている。先に着いているはずの月たちとの連絡も必要だからな。
 しかし、地和と俺の護衛に完全武装の兵が十数人着いてくるのはちょっと大げさじゃないか。
「ちぃたちねー、このあたりだと天女様とかいって崇められて大変なんだよー」
 彼女の言う通り、街の人々は、祭りの混雑の中でも、地和の姿を認めては、なんだかありがたいもののように近づいてくる。
 護衛の兵たちは護衛というより、それらの人々をさばくために必要なようだ。
「まさか、また昔みたいな……」
 遠巻きに手をあわせて拜むようにする人までいるのを見て、少し驚く。そんな天女様に腕を組まれて親しげに話しかけられている俺はどんな風に見られているのだろうか。
 また天の御遣いとか言われるのか?
「あっは。さすがにないよー」
 ぎゅうっと彼女は俺の腕にしがみついてくる。その胸や肌の感触が、俺の心臓をはね上げる。
「でも、そういう風に使いたがってる人はいるみたい」
 声をひそめ、まるで違うほうを向いて呟く地和。その真剣な声音が内容の深刻さを裏付けていた。
「まあ、そのあたりは……あとで、ね」
 一転明るく言うと、俺を引っ張り始める地和。
「ほら、あそこの大男見てよ。火とか吹いてすごいよねー。どうやってるんだろ。人和ならわかるかな?」
「ちょ、ちょっと、走ったら危ないってば!」
 ぐいぐい引っ張る地和の勢いに負け、俺は祭りの喧騒の中に引きずり込まれていく。
「それにしても、すごいな。大陸中から芸人が集まってるんじゃないか」
 見回せば、口から火を吹く大男のように目立つものでなくとも、独楽回しや講談師、見たこともないような楽器の奏者、鉄の棒を曲げて見せる剛力の持ち主、美しい剣舞を舞う肌もあらわな女性など、様々な芸人たちが大通りのあちこちに散らばって、それぞれに人を集めている。
「うん。そうだよ」
 あっさりと肯定する地和。
「さすがに全部じゃないと思うけど、主立ったところには声かけてるよ」
「え、ほんとに?」
「うん。公演で回ってる間に会った旅の芸人さんとか、元々の知り合いとか、顔役とか通じて集めたからね。西は蜀の端から、東は海のあたりまで。だいたいは揃ってるはずだよ」
 それはすごい。たしかに彼女たちは大陸中を回っているから自然と顔も広くなるだろう。特に芸人仲間なら彼女たちの顔を知らないはずもない。
「へえ……。よく集めたな」
 そう言って感心する俺の横を、龍をかたどった人形のようなものを抱えた数人が通りすぎ、それを子供たちが追いかけていく。
「うん。実際に色々やったのは人和だけど、ちぃもいろんな人に会いにいったりしたよー」
 地和の関心は、すでに火吹き男から逸れ、俺たちはにぎやかな大通りを再び歩きだしている。
「じゃあ、よっぽど力が入ったお祭りなんだな」
「うん。なにしろ十日間ぶっ続けだからね。もちろん、ちぃたちの公演が目玉だけど。ただ、芸人たちを集めたのは、この祭りのためだけじゃないよ」
 楽しそうに笑って言う地和のほうを見ると、俺の怪訝な顔がおかしかったのか、けらけらとさらに強く笑った。
「これはね、手始め。ちぃたちが大陸を制覇するのは当然! でもさ、それだけじゃつまんないでしょ。さっきの火吹きみたいな面白さも、ほら、そこでやってる武術みたいなのもあったほうがいいかな、って、そう思ったんだよね」
 そうして、彼女は自信満々にこう言い放つのだった。
「だからね、今度はみんなで大陸制覇するの!」

「それだけじゃないけどね」
 地和に色々引き回され、だいぶ時間が経ってから城につくと、早速人和が解説をしてくれた。
 この場には、一緒に卓についている人和と天和しかいない。他の面々はそれぞれの部屋で疲れを癒やしていることだろう。
 いや、シャオと蓮華は一悶着起こしていて、それを先に着いている月たちがなだめたりしているはずだが……。こちらは、俺も後で顔を出さないといけないだろう。
 ちなみに、地和は俺を解放すると、また街の視察――という名の遊び――に出て行ってしまった。
「ちぃ姉さんが一刀さんに説明したことは、間違ってない。けど、それだけじゃない」
「他にも狙いがあるんだね」
 俺が尋ねると、眼鏡を押し上げて人和が答えようとした。そこに、大げさな身振りで、天和が割り入る。
「うん。華琳様に命じられたんだよねー。旅芸人たちの情報網を作れって」
「……間諜組織ってこと?」
「そこまでは言われていない。どちらかというと、能動的なものは望んでいないようだった」
 今度は人和。彼女は改めて眼鏡をくいと押し上げ、言葉を続ける。
「まず、私たちは、芸人仲間の互助組織を作った。これは、本当に皆で助け合っていくもの。どこそこでは盗賊が出て危ないとか、あの地方ではこんな芸が受ける傾向があるようだとか、あちらは豊かになってるから客が多いぞとか、そんなことを教え合う。いずれは、お互いに仕事を斡旋したり依頼したりすることも出来るようにしたい」
 ふむ、まさに互助組織だ。芸人というのは根無し草のことも多く、比較的迫害されることも多いから、お互いに助け合うことは芸人たちの安全と社会的地位の押し上げに役立つことだろう。
 あまり閉鎖的にさえならなければ。
「あっちでは川が氾濫してるぞーとか、こっちの道は歩きやすいよーとかも必要だよねー」
 天和が付け加えるのを聞いて、ようやく華琳の思惑に思い当たる。
「つまり、華琳は、そういう生の情報をほしがってるのか」
「たぶんそうだと思うよー」
 どうも俺が危惧していた、旅芸人たちを各国の監視に使うといった強権的なものではないようだ。
 実地で体験している情報源として、各地の様々な情報を集める手だてとしたいようだ。
 間諜では探りきれない庶人の感情や細かい事情まで知ることも出来るし、なにより街道の安全を確保するために、頻繁にそれを利用する者たちの意見を聞くのは理に適っている。
「ただ、まだ、情報を集中させる仕組みは作っていない。いまは、皆の口伝てで回ってるだけ。人から人を経る間に間違って伝わってしまう場合もあるから、注意が必要」
「そうそう、張遼将軍が一度に五箇所に現れたことになってたりするものねー」
 霞なら数日でいくつもの街を巡ったりしていてもおかしくない。それが誇張されたり日時がずれたりして伝わっているのだろう。
「そのあたりは、放っておいても人和たちに集まるような仕組みが出来ればいいんだろうけどね」
「うん。出来れば、あからさまに一箇所に集められているということがわからないほうがいい。あくまで整理のためのついでに情報を引き出せるのが望ましい」
「おー、人和ちゃんすごい。お姉ちゃん、そこまで頭まわらなかったよ」
 天和の称賛に、人和は素直に微笑む。
 だが、その後、少しためらうような素振りをして、何度か口を開いては閉じ、最後に決意したように言葉をつむぎ出した。
「もう一つ考えないといけないことがあるの。それは、集めた情報を華琳様に流すことで、芸人仲間たちに不利益が生じないようにすること。難しいけれど、しっかりやっておかないといけない。これは、けして華琳様に逆らうとかではなく……」
「大丈夫。わかってるよ、人和」
 話している途中で言葉を挟み、それ以上彼女が言わないで済むようにする。
「華琳なら上げた情報をうまく生かしてくれるだろう。ただ、盲目的にそこに甘えちゃうと、大変なことになるかもしれない。それは避けたいもんな」
 こく、と小さく頷く人和。間諜組織ではないと言っている以上、華琳の性格からしても、互助組織の情報を基になんらかの軍事侵攻だとか陰謀だとかが練られるとは思えない。
 ただ、華琳がそう考えていても、周囲がそれをそのまま受け取るとは限らないし、万が一そうなってしまったら人和たちにしてみれば後味が悪すぎる。
 最初からそれを覚悟しているならともかく。
「あとはー、いくらみんなで助け合うっていったって、悪いことは手助けできないよね。そういうのは気をつけないと」
「うん、自浄作用が働くようにしないといけない。まだまだ課題はたくさんある」
 それはそうだろうな。もし、情報を利用して犯罪を起こしたなどという事例があれば、芸人たち全体の印象が悪くなってしまう。
 そういう意味では、かなり厳格に対処しなければならないだろう。
「大変だな……。もし力になれることがあったら言ってくれ。まあ、俺なんかより三軍師や詠のほうがいいのかもしれないけど」
「んー。でもでも、さすがに稟ちゃんたちは、私たちの立場だとちょっと頼みにくいかな」
 天和がちょっと困ったような顔をして呟く。
「そういうものか?」
「普段の話をするのはいいけど、政治向きの話となると……」
 人和も同意する。そういうものなのかもしれない。俺は慣れきってしまっているが、一応地位とかもあることだしな。
「じゃあ、俺を通じてなら大丈夫だろ? もしなにかあったら書簡でもいいから送ってきてくれよ。こっちでも頭を絞るからさ」
「うん、その時はよろしく」
「一刀ってば頼りになるー」
 天和の言葉に、苦笑を漏らす。彼女たちに頼まれると、なにがあろうと断れない。とはいえ、実際には頼りになるのは俺ではなくて、俺の周りの人間なのだが……。
「ところで、南鄭はどうだったー? ちぃちゃんとだけじゃなく、私とも一緒に行ってほしいなあ」
 天和が椅子ごと引きずるようにしてにじりよってくる。愛らしいくりくりとした目で見上げられると非常に弱い。
「うん、あとでね。もちろん、人和も」
 そう言うと反対側でこちらに無言の圧力をかけていた眼鏡の女の子も微笑んでくれる。
「でも、ちょっと意外だったな」
「え?」
「漢中って五斗米道の本拠地だろ? だから、なんというか、もっと、こう暑苦しい人達かと……」
 いや、華侘が暑苦しいと言っているわけではないが……。たまにそう思うこともないではない。
 天和はよくわからないという顔をしている。一方で人和は苦笑いを浮かべていた。
「それはありがちな間違いかな」
 彼女は噛んでふくめるようにゆっくりと一音一音を発音して、次の言葉を述べてくれた。
「たぶん、一刀さんは、五斗米道(ごとべいどう)五斗米道(ゴッドヴェイドー)を取り違えている」
「……違うんだ」
 五斗米道(ゴッドヴェイドー)は華侘の使う医術の一派だよな。じゃあ、もう一つはなんだろう?
「正確には両者は同じ根から生まれた兄弟。人々を病から救いたいという根本の動機は同じ。五斗米道(ごとべいどう)は精神の救済、五斗米道(ゴッドヴェイドー)は肉体の救済へ向かった」
「えーと。つまり、一つの集団が、精神的な救済を目指す教団と、体を治す医術集団に分かれたってこと?」
「そう。でも、分かれたのは、そう古くない。正確にはわからないけれど、たぶん、前の前の世代くらい……かな? だから、表記も同じだし、両者もお互いにつながりがあるので、外部の人間が区別できなくても気にしていない」
 なんとまあ誤解を招きやすい構造だ。それなら、俺の誤解も当たり前というものだ。
「たぶんだけど、信者の人もよくわかってない。そもそも五斗米道(ゴッドヴェイドー)のほうはかなりの修行を要するので、継承者がそれほど多くないはずだから。ただ、その基本の部分は五斗米道(ごとべいどう)でも保持しているから、簡単な治療行為はいろんな街の義舎でも行っている。この街だとより本格的」
 たしかに、あの華侘も師匠について結構修行したという話だったからな。病魔を打ち倒す医術なんて、継承できる人間はそうそういないだろう。それでも、五斗米道(ごとべいどう)のほうの義舎でもそれなりの治療行為が出来るのはありがたいことだ。なにしろ、赤壁の後に祭が命を救われたくらいだしな。
「このお祭りは五斗米道(ごとべいどう)のお祭りだよねー?」
「そう。おかげで、漢中全土から多くの五斗米道(ごとべいどう)の信者が集まっているわね」
「漢中中から、人が来ているのか。そりゃあ、人通りが多いはずだ」
 五斗米道(ごとべいどう)という信仰のためと、天和たちをはじめとした芸人たちを見るために、余計に人が集まっているのだろう。
 そして、人が集まれば、それを目当てに商人も集まり、さらに人の波は膨れ上がる。
 人和はこちらをじっと見つめて、眼鏡をくいと押し上げた。反射で彼女の表情が判別できなくなる。
「最後の十日目に、天師、つまり教主である張魯さんが、託宣を受けるらしいから。みんなそれを期待しているの」

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西涼の巻・第四回:北郷、漢中の都にて祭りに出くわすこと」への4件のフィードバック

  1. 脱字報告を。蓮華とシャオによる喧嘩のシーンにて「あー、ひどい。いつの間に入ったの! シャオに勝手に入るなんて横暴……」と有りますが、「あー、ひどい。いつの間に入ったの! シャオの部屋に勝手に入るなんて横暴……」では? 蜀陣営は将が多くとも軍師の少なさ(詠とねねが居ないと二人だけになる)が大きな問題ですよね····まぁ、呉は将の少なすぎるけど。改めて考えてみると魏が一番バランスのとれた陣営だな····と思う今日この頃。

    •  ご報告ありがとうございました。
       ご指摘の部分、少し考えまして、シャオの場合、部屋に入ることよりも、自分に断りもせず入ることに憤るかなと思ったので、「シャオに言わずに勝手に入るなんて~」というように直しておきました。

       魏はバランスいいですよね。
       まあ、華琳様が人材マニアですからねえ……。
       しかもほとんどが自分で集めてるわけで、さすがと言えます。英雄譚で加わる武将とかまで考えに入れても、魏がやっぱり突出しちゃいますよねえ。

  2. 更新お疲れ様です。
    英雄譚で桂花ストーリーがあるってことで、まとめの方で玄朝秘史を読み返していたんですが、、、桂花とのイチャイチャがないってことに気付いたんですが。。

    桂花がお嫌いということではないですよね?

    •  桂花さんだけでじゃなく、魏勢は、政治や軍事で物語を動かすほうに活躍してしまって、なかなかいちゃこらを描けていないんですよね。
       これは反省点です。できれば、どこかでエピソードを挟めればと思ってます。
       桂花さんは華琳様絡める形になりがちというのもあるんですが。

       あ、桂花さんはかなり好きですよ。
       閑話も最初に桂花さんを書いてますしね。

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