西涼の巻・第三回:北郷一刀、黄漢升と対決すること

1 2 3

 戦闘中、そして、戦闘前後の記憶というものは、うまく再構成しづらい。
 それは、強い感情や衝動といったものが、実際に目で見、耳で聞いたものをそのままにはしておかないためだ。
 それはその受け取り手にとっては紛れもない真実ではあるものの、客観的な事実であるかというと、実に疑わしい。
 叙事詩や英雄譚において語られる戦闘の数々が、事実とは大きく異なっても真実には違いないように、現実の戦も、当事者の語るそれと、傍観者の見るそれは異なる。
 だから、これから語るのは、俺の頼りにならない『心象』ではなく、たくさんの人々から後に聞いてまとめた結果だ。
 それもまだ事実とまるで同じではないのだろうけれど、少なくともなにが起こったのかだけはわかるはずだ……。

 魏・呉の表敬訪問の一行が蜀に到着してから六日。
 城内でも最も大きな練兵場は徹底して人払いがなされていた。
 物見高い一般兵や文官たちは追い払われ、武将勢と、魏・呉の一行、そして、黄忠配下の二百名だけがその場にいることを許されている。
 その中で、決闘を挑んだ北郷一刀は、一人、練兵場の中央で大地に刀を突きたてて決然と立っていた。
 その視線の先には戦闘準備を整える黄忠隊と、錦馬超の姿がある。
 その彼のもとに、呉の姫君、蓮華が近づいていった。
「一刀、取りやめるならいまだが……。そのつもりはなさそうだな」
「ああ、ない。黄忠さんも、そうだろう」
 黄忠と馬超のもとには思春が向かっていた。その彼女が何事か手で合図をしてくる。
「そのようだ」
 蓮華は大仰にため息を吐いて見せた。
「では、私の宣言の後、お前の口上、その後で戦闘開始だ。よいか」
「了解。ありがとう」
 彼が小さく頭を下げると、蓮華は軽く手を振って離れていく。
 彼女は両軍の中央に陣取り、声を張り上げた。
「これより、北郷一刀、于禁、華雄の三名と、黄忠隊及び馬超による模擬戦を行う。両者とも、矢には(やじり)をつけず、先をとがらせぬこと。武器は刃をつぶしたものを使うこと。以上の約定は理解しておられるか」
 黄忠がその声に大きく頷き、一刀も頷きを返す。
「両軍の大将は、血糊の入った袋を胸にとりつけている。これを破られれば死亡とみなし、その陣営の負けとする。よろしいか」
 この確認にも両者同意の頷きを返す。
「それでは、両者、遺恨など残さぬよう。潔い戦を」
 そう言って、審判役でもある蓮華と思春は下がっていく。
 その間も微動だにせず立ち続けていた一刀は、そこで一つ大きく息を吸った。
「我が名は北郷一刀!」
 果たして、蜀の将軍たちは、その大きく張りのある声に、度肝を抜かれた。
 かつての戦の間に、北郷一刀、あるいは天の御遣いの噂を聞いてはいた。だが、実戦での口上などついぞ聞いたことも無く、また、世上流れる噂を考慮すれば、このような声を出せる胆などあるわけがない男のはずであった。
「非才の身なれど、仲間に恵まれ、配下に恵まれ、ここまでやってきた。この度、皆様に見せたいのは、我が力に非ず、我が部下たちの、我を支えてくれる人達の力」
 彼は、真桜の打った刀を持ち上げると、再び、地に鞘ごと突き刺した。
「我、ここを一歩も動かじ。存分に攻め来たれ!」
 それは、堂々たる挑戦であり、紛れもない挑発であった。
「ううっ。隊長、無茶苦茶怒ってるの。沙和が怒られてるわけじゃないのに、ちょっと怖いの」
 魏陣営の控えの場となった練兵場の隅で、沙和は一刀の口上を聞いた途端、涙目でそう呟いた。
「私もはじめて見るな。あれほどの滾りは」
 金剛爆斧とはまた違う模擬戦用の戦斧を抱えた華雄もまた呆れたように言う。だが、その獰猛な笑みは、主の口上を歓迎しているように見えた。
 そんな二人に対して、秋蘭は落ち着いた調子で笑みを見せる。
「簡単なことさ。華琳様や私、それに姉者や霞といった著名な武将は、あれより立場が強い──と少なくともあれ自身は思っている。それらが侮辱されても、もちろん、怒りはする。だが、正当な報復は本人に委ねられるべきだと思っているのだ。だが、保護下にある者や部下となると、自らがその手で侮辱を払拭せねばならんと考えるのだろう。だから、あれほどまでに怒るのだ」
 その言葉に、二人は納得したように頷く。しかし、華雄はすぐに皮肉げな笑みを浮かべて見せた。
「それにしても、弓兵部隊相手に、一歩も動かないとはな。弱いくせに、壮語する」
「でもでも、これって隊長が沙和たちを信頼してくれてるってことなの」
「ああ、その通り。さあ、行け。あやつの怒りを形にするのはお前たちなのだから」
 その秋蘭の言葉を背に、于禁、華雄の両将軍は出陣する。

 一方、蜀陣営では、黄忠と馬超が額を寄せ合って小声で話し合っていた。
「おい、どうするんだ?」
「どうしたのかしら? あのように言っているのだから、存分に攻めさせてもらえばいいんじゃないかしら?」
「いや、そうじゃ……本気か?」
「翠ちゃん、あちらは猛将華雄と于禁将軍がいるのよ。手を抜いて勝てるわけがないでしょう」
「いや、そうじゃなくて……勝つつもりなんかあるのか、本当に」
「当たり前でしょう?」
 さらりと言い放つ黄忠を、馬超はまじまじと見つめる。しかし、いつまでも目をそらしもしない黄忠に諦めたように頷く馬超。
「では、はじめましょう」
 そう言って、黄忠は部下の兵たちに指示をはじめる。
 だが、髪を馬の尻尾のように垂らした武将、翠は一人首をひねり続けるのだった。

「無茶をさせるな」
「うん、ごめん」
「もう諦めているさ」
 一刀の横にたどり着いた華雄は、敵陣を眺めながら文句を口にするものの、もちろん本気のわけもなく、その顔には獰猛な表情がはりついたままだ。
「それで、沙和たちはどうすればいいのー?」
 華雄とは逆隣に立った沙和がこれも敵陣を見つめて尋ねかける。
「悪いけど、沙和、俺を守ってくれ。華雄は……本気で」
 その言葉に、華雄は愉快そうに片眉を上げて応える。
「おや、いいのか?」
「ああ、本気で、だ」
 彼女は、男の横顔を見下ろす。愛しい、そして、忠誠を誓った男の静かな静かな憤怒の顔を。
「よし。ならば、沙和、二射耐えろ。あとは馬超が来るかもしれんが……。あれは本気ではなかろう。馬も用意しておらん」
 その言葉に、沙和はこれも刃を潰した双剣をすらりと抜き放つ。
「任せてなの! 沙和は、秋蘭さまたちはもちろん真桜ちゃんたちにも敵わないけど、剣の速さだけなら、魏軍一なの!」
 宣言する沙和の口元にも、笑みが刻まれている。
 それが虚勢であったとしても大したものだ。華雄はそんな純粋な称賛の思いを浮かべる。
「さて、行こうか」
 先程から一切姿勢を変えない北郷一刀が、わずかに震える声でそう言った。その声に、二人の女は胸の内に温かなものが流れるのを感じずにはいられなかった。
「はじめいっ」
 孫呉の姫君の号令によって、戦闘の幕が開く。

1 2 3

西涼の巻・第三回:北郷一刀、黄漢升と対決すること」への2件のフィードバック

  1. 此処の外史(玄朝秘史)に限らず恋姫達の中で一刀の隣は華琳様が一番(個人的には)しっくりきますね。然し朱里は黒いですね~(まぁ原作でも黒かったりするのですが)。      処で真・恋姫英雄譚2魏編に収録されるエピソードのあらすじ公開されてますね。順当と取るべきか王道と取るべきかと言うぐらいに「らしい」話ですね~♪

    •  華琳様は自分で立ち位置がきちんとあるので、共に立つというのが出来るのでいいですよね。他だと主従関係になりがちですから。
       朱里ちゃんの黒さのバランスは難しいですね。他の国の軍師ほど割り切れてないのでw 自分で意識して汚れ役をやるタイプでもないですからね。

       英雄譚魏編は八月末ですか。どうなるか楽しみです。
       桂花なんかは、まあそりゃそうくるよなって感じですしw

アストラナガンXD にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です