西涼の巻・第三回:北郷一刀、黄漢升と対決すること

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 そうして、戦は終わった。

「まったく、体中あざだらけではないか」
「よく耐えただろ?」
 手当てをしながら秋蘭が文句を言うのに、俺は強がりを返す。そうしないと触れられるたびに呻きが漏れてしまうのだ。
 秋蘭の指が触れるの自体は心地良いんだけど……。
「阿呆が。実戦では死んでいるぞ。私はそのように教えたか?」
 部屋の壁にもたれかかった華雄が、少し本気で怒っている風情で俺を責める。心配してくれているのはわかるが、華雄に殺気を出されると……その、怖すぎる。
「模擬戦だからこそだよ」
「だが、先が潰してあったとしても、目に刺されば失明する。二度とするなよ?」
「……うん、ごめん」
 さすがにこれを言われると気落ちする。秋蘭にとって、矢を受ける人間を見るのはつらいことだろう。
「ごめんね、隊長。沙和がもっとがんばってたら……」
「いやいや、なに言ってるんだよ。沙和が守ってくれたおかげで、この程度で済んでいるんだからさ」
 実際、一歩も動かないとは言ったが、刀を振るわないで済むとは思いもしなかった。刃を潰していない武器を使うのは本来は違反になるが、自分を守るくらいならいいだろうと思っていたが、その必要すらないとは、沙和さまさまだ。
「そうだぞ、沙和。あの紫苑の弓兵に対して、これだけの被害で終わらせることができたのは、お前のおかげだ。同じ弓将として言う。誇るがいいぞ」
「えへー」
 魏きっての弓使いである秋蘭に褒められて、満更でもなさそうな沙和。
 俺もさらに声をかけようとした時、戸を叩く音がした。
「ん、誰だろ」
「ああ、私が出よう」
 華雄が扉に向かい、それを開けると、そこには大きな帽子をかぶった可愛らしい少女が二人。
 その名も高き、諸葛亮と鳳統その人だった。
「あ、あ、あの、北郷さんに」
「さ、しゃ、謝罪に」
 わたわたした感じの二人を、華雄がなんだこれは、という風に見つめている。その視線のおかげで、さらに緊張したのか、顔を真っ赤にして何事か口走っている孔明ちゃんたち。
「ええと、とりあえず入ってよ」
 秋蘭が手際よく出してくれた上着を羽織り、とりあえず見苦しくない格好にした上で、二人を部屋に招き入れる。
 沙和が淹れてくれたお茶を勧めると、一気に飲もうとして、またはわあわ言っていたが、なんとか落ち着いてくれたようだった。
「それで、謝罪というのは、なにかな? さっきのこと?」
「はい。あ、いえ。あの、直接的な決闘のことではなく、それを引き起こしたこと、です」
「です」
 俺が尋ねると、勢い込んで頷く二人。だが、その答えがよくわからない。
「えっと?」
「あの、この国で、北郷さんの、その……悪い噂が流れているのは知っておいでだと思いましゅ」
 最後で噛んでしまい、真っ赤になる士元ちゃん。その後を継いで、孔明ちゃんが口を開く。
 しかし、ついつい意識の上でちゃんづけしてるけど、この子たちこそ、あの不世出の大軍師なんだよなあ。
「そのことについて、私たちも知っていましたし、どのように噂が変質していっているかも掴んでいました」
「でも、それを取り締まることは怠っていたんです」
「ははあ。でも、謝るってほどかな。自分たちで流してたわけじゃないんだろ?」
「も、もちろんです!」
「そんなこととても!」
 実際、彼女たちが裏で操っていたなどとは、微塵も思っていなかった。
 もし彼女たちが手がけていたとしたら、もっとうまいやり方があったはずだから。
 少なくとも、将の一人が真に受けて暴発するようなことにはならなかったはずで……。
 いや、彼女は本当に真に受けていたのだろうか?
 必死で抗弁する二人の軍師を見て、俺はそこに疑問を及ぼさずにはいられなかった。
「本来、他国の武将のことについてあまりにひどい噂が流れたなら、直接に禁止するのではなくても、なんらかの対策をするべきだったんです」
「しかも事実無根の噂ですから……」
「女好きっていうのだけは間違ってないのー」
「まあ、それなら、三国どこでも流れているしな」
 沙和も秋蘭もなにげにひどいことを言ってませんか?
「しかし、私たち自身も、追いかけていて気分が悪くなるようなものもありました。紫苑さんがそれを耳にして義憤にかられたのも、しっかりと現状を分析できなかった私たちの責任だと」
「はい。そう思うんです」
 人の口に戸はたてられない。ついでに、噂というのは煽情的で、過激であればあるほど受けるものなのだ。
 だから、一度流布された噂が、よりひどくより下世話になっていくのは止めようがない。
 できることといえば、噂に対して正しいイメージを周知させることくらいだ。あるいは、情報を吟味することも無く受け入れてしまう姿勢を避けるよう教育することか。
 少なくとも高級官吏にはそのような噂に踊らされないような心構えを持ってもらいところだ。それについて責任があると言われれば納得せずにはいられない。
「だから、謝罪に、と」
「はい」
 揃って答える二人。俺はちらと秋蘭と目配せをしてから、彼女たちに笑顔を見せた。
「うん、わかった。謝罪を受け入れるよ。ありがとう」
「あ。えと、こちらこそ」
「ありがとうございます!」
 ようやくほっとしたのか、二人で顔を見合わせ、笑顔になる孔明ちゃんと士元ちゃん。
「これからは俺のことも噂だけじゃなく、現物を見て理解してくれるようにしてくれると嬉しいよ」
「あ、はい、そうします」
「みんなにもそう伝えます!」
 そうして、すっかり元気になった様子の二人を送り出し、俺は一つ息をつく。
「どう思う、秋蘭」
「あれらは、嘘は言っていないが、全てを言っているわけではないな」
 予想通り、秋蘭は見抜いていたようだ。彼女のことだから、俺以上のものが見えているのだろうな。
「えと……。どういうことなのー?」
 わけがわからないという風情の沙和に簡単に説明する。
「手頃な敵に俺を選んでた、ってところかな。人間、敵がいると結束するからね」
 それでも疑問符が浮かんでいる沙和に、秋蘭が補足してくれた。
「つまり、あれらが噂を掴んでいたというのは真実だ。しかし、それだけではなく、自分たちでそれを補強するようなこともしていたかもしれぬ、ということだな」
「そこまではどうだかわからないけどね。自分たちで広めるようなことはしていないと言っていたからね。ただ、武将たちが噂していても、否定はしなかっただけじゃないかな」
「天下の諸葛亮と鳳統が否定しない。これ以上の真実味があるか?」
 それもそうだ。
 魏の勝利に終わった三国の戦いの後、三国は基本的には外に敵がいなくなった。異民族はいるが、それは行動原理が違いすぎる。南蛮のように取り込める相手ならともかく、他は敵というよりはたまにやってくる災害のようなものだ。
 そんな状況でも結束を保つために、実際にはそれほどの利害関係がない『敵』をひっぱりだしてくるというのは古今よくあった手法だ。
 今回、それに俺が選ばれたということだろう。
 女性ばかりで、さらに、おそらくは男女の関係には潔癖な人が多いだろう組織では、女たらしは格好の標的だ。
 なんか自分で考えていて情けないけれど。
「ほへー。難しいのー」
 ようやく理解したのか、沙和が顔をしかめる。
「まあ、今後はないさ。俺たちに謝罪してまでさらに続ける意味がない」
 そう言ってから、沈黙を保っていた華雄に声をかける。
「華雄」
「ん?」
「部屋を出たあたりを探ってくれないか? たぶん、黄忠さんがいるはずだ」

 茶を飲み干すまでもなく、華雄に連れられて、漢升さんが現れる。
「まさか見破られるとは思いませんでしたわ」
「茶番の後始末をしにくるだろうと思いましてね」
「あら、そこまで」
「こやつは、たまに無駄に勘がよくなる。たまにとてつもなく鈍いがな」
「あらあら」
 茶々を入れる秋蘭と、相変わらず穏やかで優雅な笑みを浮かべている漢升さんをとりあえずは無視して話を進める。
「さっき、孔明さんたちが来たのは見ていたでしょう。あなたはあれを引き出したかった。そうじゃないですか?」
 悪戯を見つかってしまった子供のように微笑む漢升さん。
「そこまでわかっていらっしゃるなら、もうなにも言えませんわ」
 彼女はその場で膝をつき、頭を垂れる。
 なんだか、ここ数日、平伏されたり謝られたりしてばかりじゃないか?
「黄漢升、此度のこと、不遜にも北郷殿を利用いたしました。また、侮辱を重ねたのも、この老将一人の愚かしさ。これらの責、いかようにも償います。どのようなことでもお申しつけくださいませ」
 その言葉にふん、と鼻を鳴らして答えたのは華雄だ。
「首でも差し出すというのか?」
「おい、華雄」
「もし……お望み……で……」
 そこまで言って、漢升さんは言葉を継げなくなる。
 黄忠さんは未亡人と聞いた。たしか、彼女には、まだ幼い子がいるはずだ。簡単に首を献上するとは言えないだろう。
「お望みで、ありますならばっ」
 床に頭をこすりつけるようにして、血を吐くような叫びを上げる彼女に慌てて駆け寄る。
「いやいや、首なんていらないよ。顔を上げてください」
「しかし……」
「今回のことは、いいきっかけだったと思います。俺は、あなた方に距離を置かれていた。その理由として噂もあったことでしょう。しかし、今回のことで、きちんと理解しあうきっかけができたように思います。そうじゃありません?」
 そこまで一気に言って問い掛けると、おずおずと頭が上がる。
「それは……」
「まあ、孔明さんと士元さんに関しては、まだわだかまりがあるかもしれませんし、ほとんど接することのできなかった武将の方々もいます。ただ、少なくとも、なにかの印象は与えられたでしょう。だから、いいんです」
 うむ、と秋蘭が頷く。
「華雄がべらぼうに強い、という印象は強烈に植えつけられたろうな」
「それで俺は嬉しいけどな」
「ふん。私ではなく、己で勝負しろ」
 平板な声だが、俺にはわかる。
 あれは照れている。間違いない。
「しかし、それでは、わたくしのしたこととあまりに釣り合いが……」
 じゃれあうような俺たちに、漢升さんは申し訳なさそうに床から立ち上がろうとしない。たしかに本人の気が済まないというのはあるだろう。
「そうですね……。では、友達になりましょう。といってもこれは罰とかではなく、あくまで提案ですよ」
 そう言った途端、漢升さんは驚いたように黙り込み、後ろでは沙和たちが騒ぎだした。
「新しい口説き方なのー」
「うむ、新鮮だな」
「そこ、うるさいよ」
 とりあえず気にしないことにして、漢升さんに向き直る。
「どうかな?」
 柔らかい笑みで迎えられた。はじめて、この人の心からの笑みを見ることができたように思った。
「ええ、それでよろしいならば。この黄漢升、北郷一刀の一生の友となりましょう。そして、今後は、よろしければ、紫苑、とお呼びください」
 紫苑、というのは真名だろう。あえて聞き直すこともないだろうが、相変わらず返す真名がないのが申し訳ない。
「あ、うん、わかった。ありがとう、紫苑」
「では、わたくしは、一刀さんとお呼びしますわね」
 真名がないことを理解してくれているのか、そう言って俺の手につかまり立ち上がってくれる紫苑。
「よろしくお願いしますわ、一刀さん」
 そうして、そんな風に艶やかに笑う紫苑の姿が、俺の脳裏に深く刻みつけられたのだった。

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西涼の巻・第三回:北郷一刀、黄漢升と対決すること」への2件のフィードバック

  1. 此処の外史(玄朝秘史)に限らず恋姫達の中で一刀の隣は華琳様が一番(個人的には)しっくりきますね。然し朱里は黒いですね~(まぁ原作でも黒かったりするのですが)。      処で真・恋姫英雄譚2魏編に収録されるエピソードのあらすじ公開されてますね。順当と取るべきか王道と取るべきかと言うぐらいに「らしい」話ですね~♪

    •  華琳様は自分で立ち位置がきちんとあるので、共に立つというのが出来るのでいいですよね。他だと主従関係になりがちですから。
       朱里ちゃんの黒さのバランスは難しいですね。他の国の軍師ほど割り切れてないのでw 自分で意識して汚れ役をやるタイプでもないですからね。

       英雄譚魏編は八月末ですか。どうなるか楽しみです。
       桂花なんかは、まあそりゃそうくるよなって感じですしw

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