西涼の巻・第二回:黄漢升、謀りて北郷と競わんとすること

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「あのー、みなさーん」
「ん?」
「劉備と魏延、か」
「なにか用かな?」
 見れば、声をかけてきたのは、この国の王、劉玄徳さん。
 日本人なら、おそらく知らない人はいないであろう有名人だが、この世界では、なんとも柔らかい雰囲気の美少女だ。
 詠は『美少女すぎない』と彼女を評していたが、美しさよりはかわいらしさが強く出ているという点では俺も同意だ。
 その後ろについているのは、すらりと背の高い精悍な美女――魏延さんだ。黒髪だが、前髪に白い部分があるのがアクセントになっている。たしか、字は文長だったか。
 玄徳さんは白基調の服、お付きの文長さんは黒基調となんとも対照的な二人は、主である玄徳さんが急に駆け出し、それを慌てて文長さんが追いかける、というなんとも微笑ましい主従の図を演じつつ俺たちに近寄ってきた。
「鍛練は終わられましたー?」
「いや、一休みというところですが……。どうなされました、玄徳殿」
「いえ、あの、北郷さんにお話があって。でも、鍛練が終わっていないなら……」
 代表して思春が答えるのに、玄徳さんが困ったようにうつむく。
 それに対して、後ろに控えていた文長さんが、俺をくびり殺しかねないような目つきで睨み付けてくる。
 春蘭といい、思春といい、どこの国でもこういう忠臣っているもんなんだなあ。
「あー、大丈夫ですよ。なんですか?」
 ここはこう答えておかないと、本気で危なそうだ。そうでなくとも、せっかく一国の王が話しかけてきてくれたのに、それを拒絶するというのもよろしくないだろう。
「では、私は、あちらで鍛練の続きをしていようか」
 思春が気を利かせて大刀を持って移動しようとするのを、玄徳さんは慌てて止めた。
「あ、思春さんもいてくれたほうが、その!……なんていうか、秘密のお話ってわけじゃなくて!」
「ふむ」
 そうまで言われては思春も動けない。俺たちは結局、そこに立ったまま、蜀の女王の言葉を聞くことになった。
「あの、一つ聞きたいんですけど」
 いったん口ごもったものの、改めて俺を真っ直ぐに見据えて、彼女は尋ねる。
「北郷さんは、わたしたち……蜀がお嫌いですか?」
 ……。
 はっ、思考が停止していたぞ。
 いま、彼女はなにを言った?
 蜀を? 嫌う?
「……え、えっと?」
「ええい。きさま、とぼけてないで、桃香様の質問に答えないか!」
 魏延さんの荒ぶった声で、ようやく思考が回転しはじめる。
「だめだよ、焔耶(えんや)ちゃん」
「し、しかし……」
「いや、びっくりした」
 本当にびっくりした。俺が蜀を嫌う? 何故?
 意味を理解してなお、疑問ばかりが浮かんでくる。
 しかし、思春も華雄も二人して声を押し殺して笑っているのはなんでだろうな。
「えっと、俺は蜀を嫌ってないし、元々蜀を嫌う理由なんてのもない。そもそも俺自身、あんまり嫌いなものってないんだけど……」
 見るからにほっとして、笑みを浮かべる玄徳さん。
 ああ、この娘は、笑うと本当にその場を明るくするんだな。彼女が笑っただけで、この場の空気が変わったことを俺は意識せずにはいられなかった。
「そうですか。よかった……」
「でも、なんで、俺が蜀を嫌いだなんて?」
「それは……」
 口ごもる主に変わって、文長さんが、口を開く。
「ふんっ。きさまの行状からすれば当たり前だろう。大使とやらで白蓮殿を無理矢理桃香様から引き剥がして蜀から追放させ、月や詠を誑かして己の勢力に取り込むなど……。そもそも、そのやり方も色々と……」
「焔耶ちゃん!」
「と、桃香様」
「憶測でものを言っちゃだめだよ。焔耶ちゃんの言ってるのはただの噂。私も噂に不安になって、北郷さんに直に尋ねたわけだけど、答えは聞いたよね。だから、それ以上はだめだよ」
 鋭い──といっても、彼女なりに、だろうが──声で文長さんを制止する玄徳さん。その姿を見ながら、俺は考える。
 噂、か。
 おそらく、文長さんが口にしたのは、あれでもかなりおとなしい部類に違いない。その後に言い募ろうとしていたのが、この地で流れている俺に関する噂の核心部分だったのだろう。
「北郷さん、ごめんなさい。変なことを聞いてしまって」
「いえいえ。でも、本当に俺は蜀を嫌ったりしていないし、なにより、魏も呉も蜀も関係なく、この大陸を良くしていくための仲間だって思っているから。もし、なにか不満なところがあったら、正直に言ってくれたら嬉しいな」
「はい、そうさせてもらいます。今日は、嫌われてないって聞かせてもらっただけで、すごく安心しちゃいました」
 俺の言葉に、再び笑みを見せる玄徳さん。
 なるほど、と俺はなんとなくこの国の王がこの少女であることに納得する。この人は他人を安心させることが出来る人だ。
 しかし、その笑みがもたらす安心感ですら、俺の中の不安を払拭しきることはできなかった。
 一体、俺は、この地でどんな風に捉えられているのか。
「じゃあ、鍛練、がんばってくださいね」
 そう言ってぺこりと頭を下げ、去っていく玄徳さんたちを見つめながら、俺はまだ考えに沈んでいた。

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西涼の巻・第二回:黄漢升、謀りて北郷と競わんとすること」への4件のフィードバック

  1. 初コメントです。 この作品「玄朝秘史」は外史まとめサイトで投稿されてた頃に出逢い拝見させて頂いていました。最近此方のサイトを見つけ改めて楽しませて(誤字脱字をたまに見受けられますが)頂いてます。 「玄朝秘史」を含め、魏ENDその後を記した外史(他の作家さんのSS作品等)にてちょくちょく見られるのですが蜀陣営は何かと三国同盟を揺るがしかねない問題を起こしてたりします。武将(主に焔耶)よりも軍師(ぶっちゃけ朱里)の方が和平を乱す要因になりがちですよね・・・何でなのでしょう?

    •  難しいところですが……。蜀が確保している土地がどこまでいっても田舎な上資源が少ないというのがやはり難点ではないでしょうか。
       お金の面でも、魏、呉に比べればやはり厳しいものがあります。
       そして、それらを理解してしまうのが軍師陣だということではないでしょうか。
       その上で、思い切ったことをしないとどうにもならないと思い詰めてしまうのは、在地の武将ではなく、他所から来た立場故かなとも思います。
       あくまで私見ではありますが、いかがでしょうか。
       まあ、もちろん、作風によってはそんなことはまるでなかったりするとは思いますけども……。

       誤字脱字については気をつけてはいるのですが、潰しきれず申し訳無いです。はい。

  2. 一刀、ポカリ作んなよっ!(笑)
    策(?)に振り回されてオロオロする翠の萌え。
    あれ?前もこんな感想書いたような・・・?

    そして身に覚えがありすぎて、噂を否定できない一刀サン。
    そりゃ朝から、ちゅっちゅかしてたら、そんな噂も流れるわな。

    •  水分補給大事!w
       翠さんはしかたないですね。策謀に誘おうにもまっすぐすぎてたぶん乗ってくれないし、といって星ほど割り切れないという。蜀だと翠と白蓮はそのあたり苦労しがちですかねw

       噂は、根本はそこまで間違ってないというか……実際、毎晩ですからねぇw

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