西涼の巻・第二回:黄漢升、謀りて北郷と競わんとすること

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 視界を上下に切り裂いて、刀が走る。
 それを(しのぎ)で弾こうと自分の刀を上げるのは、もはや条件反射にすぎない。頭では、次の攻撃、あるいは、刀をふるいながら同時に繰り出してくる蹴りや拳をいかに避けるかを考え、一歩踏み出そうと重心を動かしている。
 ぎんっ。
 鈍い音を立てて、刃に対して斜めに鎬が当たり、軌道がずれたのを感じ取る。そこで、もう一歩踏み出して、彼女が大刀を戻す隙に……。
 そう考えた時には、首筋に重い刀があてられていた。
 一体いかなる動きではじかれたあの姿勢から刀を振り直したのか、俺には見当もつかない。もちろん、視界にとらえることなど出来ようもない動きだった。
 ちりん、と澄んだ鈴の音が耳を打つ。
「そこまで」
 華雄の声で、俺の顎を持ち上げるようにしていた刀を思春がすっと引いた。俺も遅れて刀を納め、一歩引いて頭を下げた。
 俺たちは、蜀の練兵場の一つを借りて稽古をしていた。
 沙和を洛陽に戻すにあたって必要となる諸手続きに、沙和本人と秋蘭の二人がかかりきり。蓮華は親睦を深めるという本来の目的のため、関将軍と会談。
 おかげで稽古をしているのが華雄、俺、思春なんて組み合わせになってしまっている。俺たちは夜中の酒宴に出る必要があっても、昼間は暇なことも多いのだ。
 思春などは本来蓮華についていたいのだろうが、あまりそれを主張しすぎると蜀の警護状況を信頼していないという話になってしまって、色々と面倒になるようだ。
 離れて稽古を検分していた華雄が近づいてきて、俺と思春を順繰りに眺める。汗だくの俺に対して、呉の将を見てみれば、汗一つかいていない。
 俺の本気に対して、八分の力も使っていないというところか。さすがの一言だった。
「五のうち四までを防げるようになったのは褒めてやろう。しかし、残り一つは防ぎきれていない。稽古だから相手は引いてくれるが、実戦では……わかっているな?」
「ああ。精進する」
 肩で息をする俺に対して、華雄の助言は少ない。助言もなにも、それを必要とする段まで至っていないというのが実状だ。必要なのは、こうして稽古すること。それから、ひたすらに刀をふること。
 まず、そこからだ。
「思春のほうは、刀を振るうときに逆の脚をわずかに引くのが気になる。癖か? お前ほどの者ならそれで動きを見破られることはないだろうが、意図的なものでないなら、消す方がいいだろう。それと、首を狙いに行き過ぎだな。こやつ程度の相手ならばそれもいいが、周りにこれと同じ技量や、さらに上の者が他にいたら、大技の後の体の崩れはかなり厳しくなるだろう。たとえ、いまが七分の力であっても、だ」
「ふむ……」
 一方、思春への助言は具体的なものとなる。実際には思春の相手を華雄がするほうがお互いにとっても刺激になるのだろうが、二人とも他国の領内で本気を出すつもりはなさそうだった。
 もしかしたら、俺の知らないところで、闇夜にでもやっている可能性はあるが……。
「一対一だけを想定するなら悪手とはならないが、なにも首を落とす必要はない。こいつに聞いた話だがな、こいつの世界では、わざと殺傷能力を落とした武器さえあるそうだ」
「んん?」
 思春のもの問いたげな視線が、俺と華雄を行き来する。
「つまり、戦の局面によっては、殺すことが最善とはならないということだろうな。詳しくはこやつから聞いてくれ」
 なんとか息を整え、振られた話に応じる。
「ええと。つまり、首を無くして倒れた死体はその場から動けないし、なにも語らないけど、腹を裂かれ傷ついた兵士は転げ回って自分から他の兵の行動を妨げる上に、わめきちらしてその光景が見えない人間にも声で恐怖感を与えるだろ。だから、一気に殺しちゃうんじゃなくて、敵対できないくらいの傷を与えるのがより効果的だっていう……。まあ、残酷な話だよ」
 本当は、傷病兵は救護兵の手を煩わせるとか、そういう効果もあるのだが、こちらでは、そもそも救護がそれほど重要視されていないので、意味がない。
 いまは、他人の手を煩わせる程度の重傷者にはとどめを刺すのが情け、という時代だ。
「ふうむ、効果はわからんでもないが、我が呉の気風にあうかどうかは疑問だな」
 たしかに、魏よりもさらに苛烈な呉の気風からすれば、そのような選択は惰弱と取られかねないだろう。
 気を許していいのは死んだ相手だけ、というわけだ。
「とはいえ、首を狙うのが単調だという指摘はありがたい。肝に銘じよう」
 そう言った後で、思春は俺を睨み付けるようにして言う。
「まあ、こやつのように逃げに特化している者でもなければ、これほどまでに長々と打ち合うこともないがな」
 それに対して華雄は肩をすくめて見せる。
「そのように鍛えているのだからな。こやつが生きてさえいれば、我らがその敵対者を討つ。そういう分担だ」
 さ、水でも飲め、と竹筒を俺たちに渡す華雄。俺はありがたくそれを受け取り、喉を潤す。
 ああ、しみわたるなあ。
「前々から思っていたが、なんだ、この甘い水は?」
「ああ。こやつの提案でな。ただの水ではなく、塩と柑橘果汁、それに蜂蜜を混ぜてある。このほうが体への吸収がはやい上に、塩分の補給になるそうだ。まあ、言われてみれば、汗は塩辛いからな。塩も出ていっているのだろうさ。蜂蜜は体を動かした分の栄養なのだそうだ」
 自家製スポーツドリンクの説明を華雄がすっかりしてくれている間に、俺のほうはようやく人心地つき、竹筒を少しうさんくさそうに見ながらも飲み続けている思春に声をかける。
「思春」
「なんだ?」
「蓮華と思春には感謝しているよ」
 唐突な言葉に驚いたのか、まじまじと見つめられた。ごっくん、と竹筒の水を飲み下す音が響いた気がする。
「……いきなりどうした、熱でもあるか」
「いや。最初に明確に敵対してくれたろう? だからこそ、後々にわかりあえた。わかりあおうと努力することができた」
「またおかしなことを」
「いや……。ここに来て、その貴重さを知ったんだよ。蜀の人たちはどうものらりくらりとしていて……。敵対するってこともしてくれないんだよな。だから、なんていうか……。改めて、呉での対応に礼を言っておこうと思ってさ」
 この三日間感じているなんとも言えない感覚について、ある種泣き言のようなことを言っているとわかってはいるが、言わずにはいられなかった。それに対して鼻を鳴らして皮肉げな笑みを浮かべる思春。
「それはそうだろう。人間誰しも、面と向かって自分はお前の敵だと言うのには胆力がいる。それなら、いっそ、殺してしまうほうがはやい。敵意をそのまま殺意に変えればよいからな」
「物騒な話だ」
「だが、それが手っとり早い。わざわざ敵をつくるよりは、な」
 飲み干した竹筒を華雄に返し、思春は腕を組んで言葉をつむぐ。
「蓮華様が、わざわざあのように宣言したのは、ご自身の強い意思に加えて政治的宣伝を兼ねてもいたからだ。いま、訪れているだけのお前に敵意を示しても、蜀の官も民も誰も喜ばんだろう。もちろん、真の敵にはそれをせんといかんが、そこまでしたくない相手というのもいるだろう」
「そういうものか」
「そういうものさ」
 つまり、俺は、真の敵とすら認めてもらえていないということだ。それはそれで寂しくなるな。
 そんなことを考えていると、遠くから声が聞こえてきた。

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西涼の巻・第二回:黄漢升、謀りて北郷と競わんとすること」への4件のフィードバック

  1. 初コメントです。 この作品「玄朝秘史」は外史まとめサイトで投稿されてた頃に出逢い拝見させて頂いていました。最近此方のサイトを見つけ改めて楽しませて(誤字脱字をたまに見受けられますが)頂いてます。 「玄朝秘史」を含め、魏ENDその後を記した外史(他の作家さんのSS作品等)にてちょくちょく見られるのですが蜀陣営は何かと三国同盟を揺るがしかねない問題を起こしてたりします。武将(主に焔耶)よりも軍師(ぶっちゃけ朱里)の方が和平を乱す要因になりがちですよね・・・何でなのでしょう?

    •  難しいところですが……。蜀が確保している土地がどこまでいっても田舎な上資源が少ないというのがやはり難点ではないでしょうか。
       お金の面でも、魏、呉に比べればやはり厳しいものがあります。
       そして、それらを理解してしまうのが軍師陣だということではないでしょうか。
       その上で、思い切ったことをしないとどうにもならないと思い詰めてしまうのは、在地の武将ではなく、他所から来た立場故かなとも思います。
       あくまで私見ではありますが、いかがでしょうか。
       まあ、もちろん、作風によってはそんなことはまるでなかったりするとは思いますけども……。

       誤字脱字については気をつけてはいるのですが、潰しきれず申し訳無いです。はい。

  2. 一刀、ポカリ作んなよっ!(笑)
    策(?)に振り回されてオロオロする翠の萌え。
    あれ?前もこんな感想書いたような・・・?

    そして身に覚えがありすぎて、噂を否定できない一刀サン。
    そりゃ朝から、ちゅっちゅかしてたら、そんな噂も流れるわな。

    •  水分補給大事!w
       翠さんはしかたないですね。策謀に誘おうにもまっすぐすぎてたぶん乗ってくれないし、といって星ほど割り切れないという。蜀だと翠と白蓮はそのあたり苦労しがちですかねw

       噂は、根本はそこまで間違ってないというか……実際、毎晩ですからねぇw

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