西涼の巻・第一回:錦馬超、誇りを棄てて北郷に跪くこと

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「久しぶり、と言うべきかな?」
「さて、何時のことを言っておられるのやら」
 立ち上がり、彼女に真っ直ぐ向かう。彼女の方はなんだか愉しそうに目をきらめかせて俺を見ている。どうも、酒宴の時の態度と違いすぎて勝手がわからないな。
「いや、その前に礼を言おう」
「ん? 礼ですと?」
「俺がはじめてこの世界に来た時に救ってもらった礼さ。忘れたとは言わせないよ」
 深々と頭を下げる。頭の上から、少し戸惑ったような声が降ってきた。
「あれはもう随分と……。いや、お受けしましょう」
 頭を上げ、にっこりと笑うと、驚いたようにしながらも笑みを返してくれる。
「じゃあ、酒でもどう?」
「いただきましょうか」
 二人で座り込み、彼女が懐から出した酒杯に酒を注ぐ。何度か杯を乾しながら、なんとなく時が過ぎる。
「あの折、といえば」
「うん」
「あの折、共にいた稟が貴殿の子を産むとか」
「ああ、そうだね。もう二ヶ月もないんじゃないかな」
 そう、洛陽に帰り着いてしばらくすれば、子が生まれる。その後は桔梗の子が生まれるだろう。桂花の様子はいま一つわからない。
「これも縁ですかな」
「そうだろうね」
 酒杯を傾け、つくづく思う。
「俺は良い縁に恵まれたよ」
 華琳に拾われたこと、春蘭や秋蘭、桂花たちとの日々、季衣、流琉、凪、沙和、真桜、天和、地和、人和、稟、風、霞。
 たくさんの大事な人達と、戦乱の日々を駆けた。そして、この世界から消え……戻ってこられたのも、また奇しき縁。
「どうしたの?」
 気づくと、子龍さんは、黙って俺を見つめていた。その探るような瞳が鋭く光るのが怖い程。
「いえ……稟を孕ませたというからどれほどの男かと思いましたが……」
「お眼鏡に適わなかったかい?」
「いやいや、少々面食らっております。あまりの変わりぶりに」
 からからと笑いながら言う声に、からかうような響きや悪意の色はない。きっと、本当に変わったと思っているのだろう。良く変わっていてくれているといいが。
 自分では少しはたくましくなったと思うのだけどな。
「ふうむ」
 とはいえ、実際にこの世界ではじめて会った時から考えれば、変わってはいるだろう。
 あの戦乱の時代を経験して変わらなかった人間は、死者だけだ。
「はじめてお救いした折とはもちろん、成都陥落の折にお見かけした顔とも、先年、三国会談にてお見かけした姿とも、随分変わられたようだ」
「え? そ、そうかな」
 成都陥落以来、というなら多少は実感もある。こちらでは一年だが、俺にとっては五年。二十そこそこの人間の五年は特に大きいだろう。しかし、こちらに帰って来てからの一年で変わっていると言われるとは思わなかった。
「ええ。まあ、本人には一番わからぬことかもしれませぬ」
 ふふ、と笑みを漏らし、子龍さんは酒を呷る。
「たまに思うことがありますよ」
「ん?」
「あの時、貴殿をそのまま拾っていたらどうなっていたろうか、と」
 そう言われてみれば、そういう道もあったのかもしれない。あの後で華琳に保護されたことはまさに僥倖と言えるが、偶然の要素も強い。もし、うまく歯車がかみ合ってくれなければ、俺としては、子龍さんと稟、風の三人を頼るしか手がなかったろう。
「はは、そうなっていたら、どうしていたろうね。足手まといだけど、荷物持ちくらいはできたろうし……。そうだな、伯珪さんの下で、みんなでがんばっていたかもしれないね」
「あの当時の袁紹を相手にですかな? それはなかなか難題かと」
「でも、子龍さんは、無理難題のほうが燃えるタイプ……おっと、燃える性質じゃない?」
 びっくりしたように言う子龍さんに、からかうような声音で指摘する。
「ほほう。……わかりますか」
 にやりと微笑むその不敵さよ。
「それくらいはね」
 彼女の空になった杯に酒を注ぎながら、星空を見上げて考える。
「それに、麗羽と華琳は、その根拠地の地理的性質から言って、放っておいてもいずれぶつかる。その時、南方の雪蓮たちと手を結ぶことができれば、なんとかなったかもしれないよ? もちろん、粘りきることが条件だけど」
「いやいや、まだまだ呉は袁術におさえられておる時期。そううまくは運びますまい」
「そうか。じゃあ……」
 しばらく、あの頃の情勢を思い出しつつ、二人で、架空の歴史の道筋を話し続ける。
「はは、北郷殿は面白いですな。そのようなことを大まじめに考えるとは」
 一区切りというように、子龍さんが笑い声を響かせる。
「ああ。考える時間はたくさんあったからね」
 そう、時間はあった。
 夢ではないかと、ただの妄想ではないかと疑いながら、この時代のことを必死で勉強していた日々。自分しか信じるものはなく、そして、その記憶すら無情にも薄れて行く日々。
 あの日々を思えば、この世界に生きていられるだけで、なんと幸せなことか。
「……」
 気づけば、再びじっと見つめられている。
「先に話していた通り、私は伯珪殿とも縁があります。おかげで、白馬義従を洛陽に連れて行く役目を押しつけられました」
「そっか、白馬義従を……。どれくらいいるのかな?」
 白馬義従が伯珪さんの下に戻ると聞いて安心した。彼女の追放劇は俺が発端だから。
 部下がきちんと戻るなら、これから彼女がどうするにせよ、動きやすくなるはずだ。
「馬が九百超、人が千といったところですな」
「ふむ」
 そうすると、新大使が連れて行く手勢と呉の兵も合わせると結構な数になるな。これは、出発前に打ち合わせをしっかりしておかないと。
 そんなことを考えていると、子龍さんが何事か呟いていた。
「紫苑に任せてしまえばよいと思っておりましたが……これは、なかなか」
 後ろの方は、小声すぎてよく聞こえない。
「しかし、白蓮殿に稟に風、友に久しぶりに会えるとなれば、それも楽しみというもの。北郷殿のお話によれば、ちょうど子が生まれる頃には洛陽に滞在していられそうですな」
「うん、きっと稟も喜ぶよ」
「洛陽滞在の楽しみは、それだけではなさそうですが……」
 その言葉に首をひねる俺に、彼女は謎めいた笑みを浮かべるのだった。

 子龍さんが去ってしばらくして出てきた華雄に送られて部屋に戻る。
 もう深更ということもあって、城内は静まり返り、二人の足音だけが響くような状態だった。それほど飲んだつもりはなかったのだが、途中、二回ほど足がふらついた。やはり、異境の地にたどり着いた当日は疲れが出るか。
「暖かくしてさっさと寝てしまえ」
「ん、ありがと」
 夜中中護衛のために気を張ってくれるであろう華雄に感謝の言葉を述べて、扉をくぐる。
 瞬間、背筋をぞくりと冷たいものが走った。
 誰かが、いる。
 たしかに闇の中に、誰かがいる。俺は後ろ手に扉の把手を探ろうとした。
「……しっ、静かに。危害を加えるつもりはない」
 かかったその声に聞き覚えがある。そして、まがりなりにも灯火が一定間隔で置かれている廊下の明るさから、室内に落ちた深い闇に慣れてきた瞳がその姿をぼんやりとだが映し出す。
「馬超さん!?」
「だ、だから、声を出すなってば!」
 そうは言われても驚いてしまったのだからしかたない。幸い、華雄が飛んでくるような事態にはならなかった。
 落ち着いて観察してみれば、まるで殺気がないしな。なにかするつもりなら、俺が部屋に入った途端に動いているはずだ。
「えっと。……どうしたの?」
 声をひそめて尋ねてみる。すると、馬超さん──と言ってもほとんど影にしか見えないのだが──は背筋を伸ばしたようだった。
「おま……いや、北郷殿に、は、話がある」
 なんだそういうことか。内密の話だというなら、もっと穏当に話しかけてくれればよかったのに。
「ん、わかった。でも、それなら、明るくしてくれてたらよかったのに」
 言いながら、入り口近くの灯を手にとる。ええと、これは重量からすると油は入ってるな……と準備をしていると、声がかかった。
「ま、待ってくれ、火を入れるのはなし! なしだ!」
「え?」
「明かりはつけないでくれ」
 慌てて手を取って押しとどめられ、その後驚いたようにぱっと離れていく影。闇の中、ふんわりと馬超さんからいい香りがして、ちょっとどきどきしてしまう。
「えっと、どういうことかな。説明してくれないと。俺、武将の人達みたいに眼がよくないからさ、真っ暗だと落ち着かないんだ。実際、いまも、孟起さん──で字はあってたよね?──孟起さんの顔とか見えていないし」
 さっきは、たまたま目元が見えたから判別できたが、いまは体の輪郭くらいしかわからない。たまに、光の具合か、鼻筋や目元が見えることもある、という程度だ。
「あ、うん、字はそれでいいよ。えーっと……その、だな」
 孟起さんは、言いにくそうに口籠もる。評判や、以前話した印象からするとからりとした性格の人だと思っていたが、そうでもないのかな?
「あ、あ、あたし、いま、裸なんだ!」
「……は?」
 あまりに予想外の言葉に、固まってしまう。問い直したのも、ほとんど反射だ。
「あ、裸って言ったって、下着はつけてるぞ。うん。全部脱いでるわけじゃない。えっと、だから、あの……」
 しどろもどろになっていく孟起さんを見て──いや、見えないのだが──少々厄介なことになりそうだ、と聞こえないように嘆息した。
「わかった。明かりはつけない。いま、俺の視力じゃ孟起さんが裸かどうかもわからない。だから、落ち着いて話してほしい。なぜ、裸なんだ?」
「えと……その……あた、あたしをだな。だ、だだ、だ、だ……」
「もしかして、俺に抱いてもらうってこと?」
 どもり続ける彼女の言葉を予想して言ってみる。すると、言葉とは判別できない、奇妙な呻きを喉から漏らす馬超さん。うん、落ち着くのは無理そうですね。
「そ、そそ、そそそそそうだ」
 そうやって彼女が答えられるまでじっとこらえて、再び問いを発する。
「……なんで?」
「北郷殿に、たの、頼みたいことがあって!」
 彼女の影が、床に膝をつく。がばりと平伏するのがそのぼんやりとした輪郭からうかがえた。
「馬一族の棟梁として、あたしを、いや、馬一族はじめ西涼の民を西涼に関わらせてくれ! そ、そのためなら、あたしの純潔を、さ、捧げる!」
 べったりと土下座して、何度も何度も俺に懇願する孟起さん。
 だいたいの事情を理解した俺は、深く深く溜め息をつくのを止めることができなかった。
「馬超さん」
 頭が上がり、視線がこちらを向いているのがわかる。
「服を着て」
「でも……」
「馬超」
 低く強い声で名前を呼ぶ。こちらの世界の常識で言えば随分と失礼な呼びかけだ。
 ためらうように揺れる影は、しかし、立ち上がると、卓に置いてあったのだろう服を身につけ始めた。その動作と衣擦れの音から彼女の裸体を想像してしまい、思わず目をそらす。
「……ごめんな……」
 服を着終えたのだろう。孟起さんが俺の横を通りすぎようとする。その手を俺は掴んだ。
「なんで出て行くの?」
「……だって、お前……」
「まだ話をしていないよ。さ、俺に頼みがあるんだろう? 詳しく話を聞かせてよ」
「でも、だって……」
 混乱しているらしい彼女を置いて、明かりを灯す。予想通り、わけがわからない、という顔をした孟起さんが見えた。
 予想と違ったのは、髪を下ろしていたことくらいだ。髪を下ろすと、活発な印象から一転女性らしさが強調されるな、孟起さん。
「孟起さんが体を差し出すって提案は蹴ったけど、頼みを聞かないと言ったわけじゃない。内容次第では力を貸すよ」
「え……」
 呆気にとられたような顔をする孟起さんの手を引いて、部屋の真ん中に置かれた卓に案内する。二人でそこに座り、灯火を卓に置くと、ようやく落ち着いた空気が流れる。
「さて、と」
 酒を飲む雰囲気でもないな、と部屋を出る前に用意していた湯冷ましの瓶を出してくる。酔った時には水分補給が大事だからな。
「ただの湯冷ましだけど」
「あ、うん」
 言いながら、二人で一杯ずつ、水を飲み干す。
「西涼に関わる仕事をしたいってことだけど」
「ああ。あたしたちの宿願だ」
「涼州に領地が欲しい、ってわけでもなさそうだね」
「いまさら領地を返せなんて言わないよ。ただ、兵は元の土地に戻ることを許してほしい。それと、あたしたちは、鎮西府でも、涼州の州牧の下でも、仕事をさせてほしいんだ」
 その発言の重大さに息を呑む。
 俺に処女の身を差し出そうとしたことといい、西涼の錦馬超は覚悟を決めているようだ。
「鎮西府はともかく、涼州牧の下となると、魏の配下扱いになっちゃうよ、それでも?」
 彼女がとっくにわかっているはずのことをあえて言う。
「……兵たちの帰還がかなうなら、それでも、いい」
 真剣に頷く彼女に、少し気圧される。蜀を抜ける覚悟すらあるというのだから、これはもう大したものだ。
「そうか。……望みはわかった」
「じゃあ!」
 勢い込んで、身を乗り出してくる孟起さんに手を上げて押しとどめる。
「早合点しないで。俺は確約はできない。ただ、このことを華琳に話すことは約束する。霞にも掛け合う。これでどうだろう?」
「うー」
 孟起さんは可愛い唸りを上げ、頭を抱えて考え込んでしまう。下着姿になって暗い部屋で一人待っているほどの気概で来たのに、ただ、話してみるよと言われても納得はできないか。
「そうだ、孟起さんも一緒に洛陽に来て、華琳たちと相談すればいい」
「あ、あたしも?」
「うん、こういうことは、熱意を見せた者勝ちだよ。もちろん、俺も後押しさせてもらうよ。西涼の民のために働きたいって孟起さんの思いは間違いないようだからね」
 彼女はそれを聞いて、真意を探るようにこっちを見ていたが、腕を組んで考え始めた。
「そうだな……蒲公英とも随分会っていないし、蒲公英の仕事ぶりを見に行くって言えば、朱里たちも許してくれるかな」
「あー、えーっと、従妹の馬岱さんだっけ」
「うん」
 馬岱さんは、長安に留まっているはずだが、そこに訪れるとなれば、洛陽に顔を出さないのも失礼というもので、結局は華琳たちと懇談する時間が取れるはずだ。これはついでだが、白馬義従もたくさんついてくることだし、騎兵の扱いに慣れた孟起さんが同行してくれれば、より洛陽への帰還の旅も楽になることだろう。
「わかった、じゃあ、そうするよ。ちゃんと会談の場をつくってくれよな」
「ああ、約束するよ。それにしても……なんで俺に?」
 え? と不思議そうに小首をかしげる孟起さん。
「涼州を握っているのは実質的には北郷殿だ、というのが蜀では一般的な見方だぞ」
「まあ、月と詠はたしかに預かってはいるけど……」
 そんな評価になっているとは思いもしなかった。それだけ、月と詠──特に月の影響力が強いということだろう。鎮西将軍の霞とも懇意にしていることが、その説の補強に役立っているのかもしれない。
「そうじゃないのか?」
「魏はね、華琳のものだよ。それ以外は彼女の協力者や配下にすぎない。そうしてそれがうまく回っているんだ」
 それだけ、華琳一人の負担が大きいわけだが、そこは、三軍師をはじめ俺たちがなんとか支えていくしかない。特に、華琳は弱音を吐いたりしないから、そのあたりに注意して。
「そういうもんか……」
 魏と蜀では国の有様が違うのだろう。納得できない、という顔ながら渋々頷く孟起さん。
「でも、意気込みはわかるけど、体を差し出す、なんてのはだめだよ」
 言うと、彼女は顔を真っ赤に染める。
「……だって、その北郷殿は……お、女好きだと……」
「それは否定しないけどさ」
 たしかに女の子は好きだ。それをいまさら否定するつもりもないが、しかし……。俺は少し気をひきしめて言葉を選んだ。
「あのね、孟起さん。あなたがしたことは、俺はともかく、俺の愛している女性たち、俺を愛してくれている女性たちを侮辱しかねない行為だよ」
「えっ!」
 驚いたように上がった顔はまだ赤い。それが羞恥によるものか、驚きによるものか、俺には判別がつかなかった。
「俺は、なにかを条件に女を抱いたり自分のものにしたりしているわけじゃない。女性たちも、俺になにかをしてもらうために抱かれているんじゃない」
 言っているうちに、言葉が強くなる。声を荒らげそうになるのをなんとか押しとどめる。
「もちろん、俺の保護下にいる女性たちもいる。だけど、そのことと、彼女たちを愛していることは、また別のことなんだ。たとえ肉体関係がなくたって、俺は困っている彼女たちの力になるよう努力するだろう。そのことに、やましいところは一切ない」
「あ……」
 理解してくれたのか、彼女の顔から血の気が引く。
「俺の大事な人たちを侮辱するなら、たとえ敵わないのがわかっていようとも、俺はあなたに挑みます」
「あた、あたしはそんなつもりは!」
「うん。そうじゃなかったよね?」
 がたんと音をたてて立ち上がる孟起さんを見上げながら、ゆっくりと確認する。
「うん、ない。絶対にない!」
「そう。よかった」
 本当によかった。俺は笑みを浮かべている自分に気づく。
「本当に孟起さんに挑んだら、殺されちゃうからね」
「翠、だ」
 座り込み、うつむいた彼女が、しぼり出すように言う。
「真名、だよね」
「うん」
「そう。嬉しいな、翠」
 こちらには真名がないこと、一刀と読んでほしいことを伝える。おなじみだが、緊張するやりとりでもある。真名を預けられるというのは、それだけの意味があることだから。
「じゃあ、洛陽に一緒に行って、華琳と相談しよう。力になるよ、翠」
「うん、頼むよ。あたしだけじゃない、あたしを頼りにしている西涼のみんなのためだからさ……。頼りにしてるよ、ほんご……一刀殿」
「ん」
 そうして、俺たちは約束をする。大事な、大事な約束を。

 ほんの少し談笑した後で翠が部屋から出て行き、俺はようやく一人になった。
「んーーー」
 思いっきり体を伸ばした後で、寝台に飛び乗る。
「いたっ」
「えっ」
 なにかにぶつかる感覚と、聞き慣れた声。慌てて起き上がると、もぞもぞと寝台の上で動くものがある。
「まったく、お前は乱暴だな、一刀」
「秋蘭!?」
 布をはいで出てきたのは、紛れもなく夏侯淵その人だった。おいおい、もしかして、ずっと寝台にもぐりこんでいたのか?
「もう、順番待ちはいないようだからな」
「えと、もしかして、翠との会話を聞いてたり……」
 恐る恐る聞いてみると、俺の声を真似してみせる。
「『俺の大事な人たちを侮辱するなら、たとえ敵わないのがわかっていようとも、俺はあなたに挑みます』」
「ぎゃー」
 寝台に秋蘭が寝そべったままでなければ、転げ回るところだ。
「『力になるよ、翠』。うむ、よい口説き文句だな」
「いや、だからだな」
 俺の抗議を秋蘭はにやりと片頬だけを上げる笑みだけで全て受け止める。
「しかし、一刀はともかく、あの翠が気づかぬとはなあ……よほど動転していたのだな」
「まあ……純潔を捧げるとか言ってたくらいだし、他になにも考えられないくらい思い詰めてたんだろう」
「あのままこの寝台に来ていたら、大変だったな?」
「そんなことしないよ。知ってるだろ?」
 そう聞き返すと、彼女は顔をひきしめる。
「ああ、知っている。しかし、蜀の連中はわかっていない。気をつけろよ、北郷」
「そうだな……。うん。困ったものだけど、気をつけるよ」
 二人で頷きあい、そして、ようやくのように彼女の顔が緩む。秋蘭の手が伸び、俺を寝台へと引きずり込む。
「さて、それでは、侮辱をされれば錦馬超にすら挑まんとする、愛する者への取り扱いというのを見せてもらおうかな」
「はは。……そうだな、たっぷりと……ね」
 そう言って、俺たちは絡み合い、夜を楽しもうとお互いに挑み始めるのだった。

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西涼の巻・第一回:錦馬超、誇りを棄てて北郷に跪くこと」への2件のフィードバック

  1. 翠ちゃん全裸(じゃないけど)待機ワロタw
    これ完全に黒歴史になるよねw

    何十年後・・・

    秋蘭「そういえば昔こんなことが・・・(ー_ー)〈チラッ」
    翠「?」
    秋蘭「一刀を寝台で隠れて待っていると、翠が・・・( ´艸`)プッ」
    翠「ナズェミテタンディス⁉」

    •  これはからかわれますよねー
       早めにからかってあげるほうが、きっと傷は浅く済む……かなあw

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