西涼の巻・第一回:錦馬超、誇りを棄てて北郷に跪くこと

1 2 3

「ふぅ……」
 蜀への表敬訪問一日目の夜、俺は城壁で一人座り込み、夜の成都を眺めていた。正確にはどこかに華雄がいるはずだが、一人になりたいのをわかってくれたか、姿を現さずに護衛してくれている。
「どうした、溜め息などついて。酔い潰されたか?」
 聞き慣れた、けれど、最近は聞いていなかった声が聞こえる。ふんわりと漂う香りも懐かしい。
「秋蘭」
 振り向く前に、するりと横に腰を下ろす秋蘭。
「よいか」
「もちろん。……まあ、少し酔ってるけど、それほどでもないよ。昔よりはだいぶ慣れた。いまもあるけど、飲む?」
 もたれかかるでもなく、といってただの同僚というには近すぎる距離で、彼女は俺と肩を並べている。なんとなくそのことが嬉しかった。
「いや、それは遠慮する。しかし、酒は体質もあるからな、下戸だと辛かったところだな。それで?」
「んー、俺、嫌われてるのかなあ、って」
「ほう?」
 興味深そうに秋蘭の瞳が輝く。
「なんか、一部の人に避けられている感じがあって」
「敵意でもあるか?」
「そういうはっきりしたものじゃないんだ。なんというか、疎外感というのかな」
 俺自身も説明するのは難しい。
 そもそも今回の表敬訪問は、呉の一行──つまりは蓮華が主役なのであって、俺は彼女たちの魏への案内役として同道している。
 だから、蜀の首脳部が、公式に歓待するのは俺ではなく蓮華だ。それは理解できる。
 だが、宴の席ではお互いに友誼を深めようとするのが常ではないだろうか。なにしろ、それぞれの国は離れている。他国の人間に会う機会はそれほどあるわけでもないのだから。
 実際三国会談の場では、そういう傾向が見られたと思うのだが……。
「蜀は、元々武将たちの仲がよいからな。入っていけないと感じる部分があるのかもしれんな?」
 秋蘭の言うことにも一理ある。蜀の結束の強さは並大抵ではない。もちろん、それは魏や呉にも言えることだが、それぞれの国の気風というか、表現形式というものがある。
 呉は国の中枢が孫家を中心とした家族的な結束を持っているし、魏はまさに華琳を中心としているために、かえって個々人は自由に振る舞う傾向がある。そういった結束の現れ方の一つを俺が捉えきれていないのかもしれない。そう、とりあえずは納得しておく。
「まあ、まだ初日だからね。これからってところだけど」
「うむ」
 しっかりと頷く秋蘭の首筋がほんの少し桜色に染まっている。きっと、彼女もかなり飲まされたのだろう。
「ところで、秋蘭」
「ん?」
 無表情ながら、小首をかしげてこちらを見る姿がなんとも可愛らしい。天下の夏侯将軍が──姉妹揃って──こんな愛らしい存在だと誰が知るだろう。
「久しぶり。会いたかったよ」
 その言葉に、驚いたような顔になる秋蘭。よし、珍しい表情を見られたぞ。
「ふふ。そういえば、出迎えからなにから儀礼続きで、お互いそんな言葉も交わしていなかったな」
「ああ」
 すぐに立て直した秋蘭は、突然俺にしなだれかかると、耳元で囁く。
「私も、会いたかったよ、一刀」
 それだけ言って、元の位置に戻り、まるで表情を消して普段通りにすましている秋蘭。そんな彼女に俺はどぎまぎしてしまう。
 まだまだ一枚も二枚も彼女が上手らしい。とはいえ、こういう勝負は負けても悔しくない。ただ、彼女を愛おしく思うだけだ。
「そういえば、お前の官位の話、聞いたか?」
「いや、まだ」
 唐突な話題転換だが、特に気にならない。俺たちの仲で、今更、なにを遠慮することもなかった。
「そうか、では、華琳様が説明してくださるだろうが……華琳様は、大使のもう一つの形を模索しておられるようだな」
「もう一つ?」
「うむ。現状では、各国に責任ある者を送り込み、そこである程度の判断が下せるよう配慮している。これは便利ではあるが、負担が大きい。特に重要な人物を外に出すとなると反発もある」
「ああ。呉でそれを感じてきたところさ」
 蓮華なんて、人質を出しているようなものだと反発していたくらいだ。
「それでな。大使として現地に置くのは一段格の下がる者、古参の我々ではなく、たとえば荀攸のような新参でもそれなりの能力のある者に任せて、それらをとりまとめ、連携をとる人間……。大使を統括する責任者を新たに据えるのはどうかという案が出てきたのだ」
 外交専門の官をつくるってことかな。この時代にも外務大臣に近い役職はあるにはあるが、ほとんどが服属させた異民族との朝貢関係を扱う役で、本格的に外交交渉をする役割を持った人間はいないから、新たに設置する意味はあると言える。
「その者が各地を巡ったり、報告を受けたりして、現地の者では扱いきれない案件を処理していくわけだ」
「重鎮とは言い切れないけど、実力のある者を外に置いて育てる要素もあるのかもしれないね」
 話を聞いて思いついたことを言ってみる。華琳の場合、狙いが多重に層を成していることが多いから、その意図を読み解くことは難しい。だが、それはやりがいのあることでもある。
「そうかもしれんな」
 秋蘭は少し考えて、付け加える。
「また、この役は大使だけではなく、鎮西府や、いずれ置かれるだろう鎮北、鎮東府との連携や連絡の役割も担うそうだ」
 鎮西将軍は現在霞が任じられている。鎮北将軍は伯珪さんが任じられたか任じられる予定なのだそうだ。鎮東将軍に関しては聞いた覚えがないが、いずれ設置する予定なのだろう。
 南方は南蛮がおさまってくれているし、山越もさしあたっては脅威とは言い切れないので、鎮南将軍を置く予定はないのだろう。
 これらは、いずれも異民族対策を行う部署だが、それ自体が小さいながらも政権機能を持つ。辺境の地を統治する出先機関でもあるのだ。
 大使と並行してそれらを統括するとなれば、かなりの外交手腕が必要とされるだろう。
 しかし、この話の流れから行くと……。
「で、その統括にお前をあてるつもりらしい」
「うーん、俺? やりがいはありそうだけど……務まるかな。しかし、今後も方々を回るわけかな?」
 予想はしていたので必要以上に驚きはしない。だが、俺に任せていいのだろうか、という疑問もないではない。
 もちろん、職責を任されれば精一杯やるが……。せいぜい華琳を失望させないようがんばらねばなるまい。
「そうとも限るまい。お前の部下も増えているしな。まあ、どうなるか、詳しくは華琳様と話せ。価値があればお前の意見も取り入れてくださるはずだからな」
「そうだな。うん、そうするよ」
「能力もさることながら、外交は信頼だからな。お前は、それを裏切るまい。そういう意味では適任だと私は思うがな」
「たしかに、戦場よりは向いているかもね」
 そう言うと、苦笑で迎えられる。
「まあ、戦ならば、姉者や霞に任せるほうがよいな」
「そりゃそうだ。……でも、戦もなくなるものと思っていたんだけどな」
 三国の争いが終わってもいまだに五胡もいれば賊もいる。大きな戦はなくなったにしても、今度は小さな戦が各地で起きていて、必要とされる将の数自体はそう変わらない。
「そうそう簡単にはいかんのだろうな。豊かになればなるほど蠢きだす者もいる」
「そうだな」
 それから、俺たちは黙って二人寄り添っていた。夜風が少し涼しいが、酒で火照った体にはちょうどいい。
「さて、私はそろそろ退散するとしよう」
「ん?」
「順番待ちがいるようだからな」
 彼女が面白そうに、闇の中を見ているが、俺には何も見えない。
「え?」
 疑問の声を上げているうちに、すぃと立ち上がった秋蘭が、これも闇の中に消えていく。その代わりに現れたのは、白い着物と、黄金の翼──なのか?──の描かれた袖。
「失礼、お邪魔するつもりはなかったのだがな」
 そこにいたのは、常山の昇り竜こと趙子龍その人であった。

1 2 3

西涼の巻・第一回:錦馬超、誇りを棄てて北郷に跪くこと」への2件のフィードバック

  1. 翠ちゃん全裸(じゃないけど)待機ワロタw
    これ完全に黒歴史になるよねw

    何十年後・・・

    秋蘭「そういえば昔こんなことが・・・(ー_ー)〈チラッ」
    翠「?」
    秋蘭「一刀を寝台で隠れて待っていると、翠が・・・( ´艸`)プッ」
    翠「ナズェミテタンディス⁉」

    •  これはからかわれますよねー
       早めにからかってあげるほうが、きっと傷は浅く済む……かなあw

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です