北郷朝五十皇家列伝・郭家の項[郭嘉]

 郭家は、曹操の腹心の一人、郭嘉を祖とする皇家である。
 しかしながら、皇家集団の中では、いわゆる狭義の曹家集団に属しない。
 七選帝皇家の内の一つとして、帝室を監視する任を代々帯びるために、特定の集団からは距離を置くようにしていたが故である。
 ……(中略)……特記すべきは、郭家の選帝皇家としての提言により、実際に二人の帝がその座を追われているという事実であろう。
 いかにその任を与えられ、法にもその特権を明記されているとはいえ、やはり、現役の皇帝を指弾するというのは覚悟の必要なことであろう。
 だが、郭家は、実際にその任を遂行した。
 この行いに対して、郭家の血統が太祖太帝の第一子に遡れることが関係すると指摘する研究者もいる。
 しかしながら、皇家の基は全て太祖太帝にあること、世代的に既にその血統が意味をなすとは考えられないことを理由に根拠が薄いという反論もある。
 ……(中略)……ところで、郭家にその座を追われた帝が、共に暗愚であったことは後世の史家も賛同するところである。
 そうは言っても、その腐敗具合が他の皇帝と比べて特筆するほどにひどいものであったか、ということについては常に議論の的であった。
 時代により観念が異なることもあり、これらの議論は結論を出せずに終わる事も多かった。むしろ、これらの退任劇について議論することで、その時代における政策課題を浮き彫りにするという効果のほうが大きかったかし、議論を主導した者たちの狙いもそこにあることが多かったことだろう。
 ところが、近年、郭家に伝わっていた文書が公開されたことにより、別の意味で議論を呼んでいる。
 その書物によれば、皇帝が八つの罪を全て犯せば、これを弾劾すべし、とある。
 八つの罪とは、『暴食』、『強欲』、『憂鬱』、『憤怒』、『怠惰』、『虚飾』、『傲慢』、『嫉妬』である。
 これらについては一つ一つ膨大な注釈が設けられており、各時代に通用するように絶対値ではなく相対的な値を用いて判定をなすこと、と郭嘉の名前で強く命じられていた。これにともなって郭家では原始的ながら統計学とも言うべきものが発達していたとも考えられている。
 ……(中略)……なお、この書の中で、『色欲』に関しては一切触れられていないことに留意すべきである。つまり、性を規制する罪は存在せず……(後略)

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