洛陽の巻・第十六回:帳幄の奥、荀公達をもって謀をなさんとすること

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 呉への大使二人の出発は、比較的小規模に行われた。
 なにしろ、この一行にはここにいるはずのない呉の主、孫伯符が紛れているのだ。大々的にやって顔を見られたら大事になる。
 魏は大使を赴任させるのに呉の主を呼び出し、案内に使うのかとでも言われたらたまったものじゃないからな。
 それでも、武将格の面々は俺たちの出立を見送るために集まってくれていた。
 その中で、皆との別れも終えた俺は、桔梗に少し話があると陰にひっぱってこられていた。
 寂しがった陳宮が恋に取りすがって泣きだしてしまい、それをなだめるのにもう少し時間がかかりそうなので、話を聞くにはちょうどいいだろう。
「なんだい、桔梗」
 いやに真剣な顔で俺をじっと見つめている桔梗に話を促す。
「早くに話そうとしたのじゃが、なにせ、お前様が大変なことになっておりましたで、お待ちしておりましたが……」
「うん」
 顔を赤らめ、下腹をいとおしそうになでる桔梗。まさか……。
「どうやら、わしも、お前様の子を宿したようじゃ」
 体中の血が頭に集まってきたかのようにくらくらした。飛び跳ねようとして踏ん張り、わき出る喜びの叫びを抑えるために、慌てて自分の口をふさぐ。
「や、やった!」
 それでも漏れ出る喜びの声はかなり大きく、幾人かが俺の方を注目してきたようだが、構っちゃいられない。
「喜んでくれまするか」
「あ、当たり前だろ。喜ばずにいられるかよ!」
 思わず力一杯抱きしめようとして、最後に理性のブレーキがかかり、なんとかふんわりと彼女の体を包み込む。ゆったりと、桔梗の腕も俺の背に回る。
「ありがとう。桔梗、ありがとう」
「わしも若くはありませんでな。はよう授かってありがたいことじゃ」
 優しく微笑む顔はなんとも余裕に満ちていて、人の子の親になるということの意味を俺につきつけてくる。
 女の人はすごいな……。
 俺は素直に感動していた。
「り、稟より後になるのかな」
「そうですな。あちらはなにしろお前様の子としてもはじめてじゃ。確認に気をつかったようですから、わしより一月ほどは早いものと」
 そうなると、生まれたばかりの子供と対面するのは可能なようだ。稟の子が生まれる前には帰ってくるはずなんだから。
「ただ、お前様。わしは産み月に入る前より、しばし姿を隠すつもりじゃ」
「へ?」
「わしは蜀からの大使。下手をすると国元に帰されるかもしれませぬ。桃香さまたちに背くつもりなど毛頭ありませぬが、子のことでは干渉されたくもありませんからな」
 そういうことか……。確かに、他国に派遣された武将がその国で孕まされたと言うと少々外聞がよろしくない。下手をすると会わせてもらえなくなってしまう。それは非常に困る。
「ま、隠れるというても、洛陽のいずこかへ隠していただくつもりじゃ。祭どのを通じて華琳どのにも内諾をもろうておる」
 ははあ、既に話は通っているのか。なんだ、華琳のやつ、昨晩もずっと一緒にいたのに……。
「お前様に無事赤子を見せられるよう、がんばってみせますぞ」
 頼もしい笑顔に安心する。俺の子を産んでくれるなんて、本当に頭が上がらない。
「ともかく、なにかあったら、祭に相談してくれよな。手紙も書くし、それに華琳たちにもちゃんと伝えておくし……」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。さ、そろそろ他の女子たちの視線が厳しくなってきておりますぞ」
 言われて渋々彼女の体から手を離す。振り向くと、華琳とその両隣の夏侯姉妹が刺す様な視線をよこしていた。
 いや、あなたたち事情を知っているんじゃあ……。
 俺は後ろ髪をひかれつつ、そそくさと割り当てられた馬車へと向かった。他の武将たちとは既に別れの挨拶は済んでいたし、これ以上話していると出発するのが辛くなりそうだからな。
 馬車の中には、もう月と詠がおさまっていた。二人は秘密裏にここにいるので、恋のように陳宮と愁嘆場を演じるわけにもいかない。
 その月と詠は俺の侍女ということで、以前の三国会談の時にも着けていた可愛らしいメイド服を着ている。そう、どこからどう見てもメイド服なのだ。
 しかも、二人同じ服ではなく、詠はミニ、月はロングで、二人とも帯を大きなリボンのようにして結んでいてとても可愛らしい。
「なに?」
 対面からじろじろと自分たちを見ているのを不審に思ったのか、詠がまなじりを決して俺を睨んできた。
「なあ、その衣装って……どこから出てきたんだ?」
「はあ?」
「いや、俺の国によく似たのがあって、なんで似ているのか疑問に思ってさ」
「ふーん。でも、これは元々は桃香たちがくれたものだし……」
 どうだったかしら? と首をひねる詠。そこに月がおずおずと口をはさむ。
「なんだか、最新の流行だそうですよ? と言っても私たちが桃香さんたちのところに居ついた頃の、ですけど……」
「というと、反董卓連合の……。あ、ごめんね」
「いえ」
 儚げに微笑まれるともう何も言えない。そこを詠がやれやれという風に肩をすくめて話を進めてくれる。
「ま、ボクたちがあんたに助けられた後ってことよね」
 そういやそうだったんだよな。
 もし、あの時、劉備さんたちに彼女たちを引き渡さなかったとしたら、はたしてどうなっていただろう。
 華琳が、才能有る人間を見逃すとは思えない。もしかしたら、早い内に同僚として働くことになっていたかもしれないな。もちろん天和たちみたいに名前を隠さざるを得なかったろうけど。
「ふーむ、でも、よくできてるなあ。二人ともそれぞれよく似合っているよ」
「なっ」
「あ、ありがとうございます」
 真っ赤になる二人。実際、二人ともとびきりの美少女なのだから、さらに可愛らしいメイド服を着ればそれが映えるのはある意味当然だ。
 ちょうどその時、最後の訓示を終えたのか、正使となる真桜が馬車に入ってきた。彼女は顔を赤くしている二人を見て思い切り誤解したようだった。
「んー、さすがはたいちょ、相変わらず女口説くのはやいわあ」
「違うっての」
 あいかわらずの真桜だ。しかし、一応、今回の任務では俺の上司のはずなんだがな。いい加減隊長と呼ぶのはやめさせなければ。
「この服が俺の世界での服に似ているって話をだな」
 俺の隣に座って、座り心地が気に入らないのか、席の調節をする真桜。この貴賓用馬車は彼女が設計しただけに、いじるのはお手の物だろう。
「ん? あー、これ、たいちょと沙和と大将の合作やん」
「は?」
 ようやく調節できたのか、しっかり座りなおし、断言する真桜。それと同時に、馬車がゆっくりと動き出すのがわかった。
「以前、華琳さまに天の国の着物の話聞かれたことあったやろ。で、たいちょがささっと何枚か描いとったやん?」
「ああー、そういうこともあったかな」
 ずいぶん前の話だ。それこそ、黄巾党討伐が終わったか終わらないかというような頃ではなかったろうか。
 たしかあの時は、メイド服と体操服とエプロンドレスと……はて、あとはなにを描いたっけな。
「で、それを沙和と大将が手直ししてな。阿蘇阿蘇に掲載させたんよ」
 それは初耳だ。一体なんのためにそんなことを。
「……なんで?」
「天の国の風習がこの世界でどれほど通用するかの実験といったところ?」
「お、さすがやなー。軍師はんは頭の出来がちゃうわ。ま、そういうこっちゃ。まさか蜀で花開いとるとは思わんかったけどな」
「実際に渡されたときはまだ蜀に行ってないけどね。都で調達したんじゃないの」
 はあ……そういうことか。じゃあ、メイド服というのは間違っていないんだな。よし、これから月と詠のことは侍女じゃなくてメイドさんと呼ぼう。
 そんなことを考えていると、こんこんと外から馬車の窓が叩かれた。兵士がなにか言伝か、と思って窓をあげると、華琳はじめ魏の諸将が馬車に並走していた。
「行ってらっしゃい、真桜、一刀」
「ああ」
 それ以上の言葉はいらない。俺と馬上の華琳はしっかりと見つめ合い、そして、同時に微笑んだ。
「それじゃね」
 馬首を巡らし、魏の覇王は居城へと戻って行く。その後を追って魏の武将たちが続々と続く。彼女たちは一人ずつ、馬車の横を通るたびに思い思いに俺たちに挨拶をくれた。
 季衣はぶんぶんと手を振り、流琉はにっこりと笑う。凪は少々泣きそうになりながらもぐっと腕を突き上げ、沙和は両手を離してわたわたとこちらに合図をした。
 春蘭は大剣を抜き払ってきらきらと刃をきらめかせ、秋蘭は軽く指を額にあて、それをはね上げるように。桂花はなんだか複雑そうな顔をして猫耳をぴこぴこ振り、稟はただぺこりとお辞儀をし、風はあいかわらず狸寝入りをしていた。
 七乃さんの前に乗った美羽は黄金の髪を振り立てて、生きて帰ってくるのじゃぞ、とただひとり縁起でもないことを言い、七乃さんにたしなめられる。
 同じく二人乗りをしている麗羽と猪々子の馬上からはただ麗羽の高笑いが聞こえ、斗詩が申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げていた。
 そして、最後に蜀と呉の大使四人が馬車の横を駆け抜け、その向こうを目立たぬように祭が走り抜けているのが見えた。
「行って来るよ!」
 腹の底から旅立ちの言葉を叫ぶ。俺の大事な人達に。俺の大事な故郷に。

 さあ、いざ呉へ!

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洛陽の巻・第十六回:帳幄の奥、荀公達をもって謀をなさんとすること」への2件のフィードバック

  1. 今回のお話は~
    1、桂花かわいい!こわい!かわいい!
    2、袁家組(大)エロい!
    3、メイド服の出所はそういう事だったのか・・・。ならば亜紗のエプドレもそういう事  なら・・・と合点がいきましたわ。

    •  桂花がかわいいと感じてくれたなら嬉しいです。
       袁家については、原作ゲームではどうしてもまとめられちゃう傾向にあったので、個別のエロを早めに入れたかったんです、はい。

       服に関しては、一刀さんが呉や蜀に拾われてるなら、月と詠のメイド服も、亞莎のエプロンドレスも問題がないんですが、魏にいますからねー。
       都をおさえている利点と発信力を利用させてもらいました。
       実際、沙和や華琳は、現代世界のデザインを得たら、色々やりたくなると思うんですよね。

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