洛陽の巻・第十六回:帳幄の奥、荀公達をもって謀をなさんとすること

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 雪蓮が秘密裏に洛陽に滞在をはじめてから数日後、夕闇に忍ぶように桂花がやってきた。
「はやく扉を閉めて」
 出会い頭の罵倒もなく、頭巾で顔を隠すようにしている彼女に驚きつつ扉を閉める。その際、扉の前の恋に眼をやって、無言でねぎらいを送っておいた。あちらもこっくりと無言でうなずき返してくれる。
 しかし、頭巾で顔を隠したいのはわかる。わかるのだが、それが猫耳頭巾じゃ誰だかばればれだと思うのですが、そのあたり、どうなんですか荀彧さん。
「人払いして」
 短く告げる声に切迫したものを感じて、麗羽たちを見た。
 今日は美羽が郷士軍の打ち合わせで凪のところに行っているので、部屋に残っているのは麗羽と斗詩、猪々子の三人だ。
 美羽はついでに凪や季衣たちと遊んでくる予定だから、一晩はこの面々ということになっている。凪と七乃さんに加えて真桜や季衣、流琉がいれば安全に関しては心配ないからな。
「麗羽たちしかいないぞ?」
「あんたと二人にしてって言ってるの!」
「あらあら」
 麗羽が艶然と微笑む。なにを期待しているんだ、なにを。
「ああ、もう……」
 疲れ切ったようにへたりこむ桂花。こんなに打たれ弱い彼女は珍しいな。からかうのもこのくらいにしておかないとまずそうだ。
「麗羽」
「はい、我が君。さ、斗詩さん、猪々子さん、行きますわよ」
 一声かけると、俺の意をくみ取って、三人は奥の部屋へ消えていく。念のため、そちらへの扉も閉めておいた。

「さ、これでいいだろ」
 そう言うとようよう体を持ち上げて、さっきまで麗羽たちが座っていた卓によろよろと座り込む桂花。
「あんたが襲われた件でね、首謀者が出てきたのよ」
「ほう」
「逃げられないと踏んだのかどうなのか、自分から出頭してきたんだけど……。公達……ああ、いえ、荀攸、って言ってわかる?」
 三国志の知識をなんとか探ってみる。そういえば、荀彧の親族でこれまた曹操の軍師をやっていたのがいたような気がする。
「俺の世界だと、荀文若の年上の甥だったかな」
「私の年上の姪よ」
 ああ、やっぱり、こっちじゃ性別が逆転しているのか。しかし、かなり優秀な人だと聞いたが、こちらでは何をしていたのだろう。
「あいつが『おばさま』なんて言ってくるのにはもう腹が立って腹が立って……ってそれはいいわ。ともかく、そいつが首謀者だと名乗り出てきたの。しかも、あの恩知らず、こともあろうに、わ、わ、私の指示だって言ってるのよ!」
 華琳のこと以外で取り乱した桂花を見るのは珍しい。
「あー、えっと、つまり、桂花が俺を殺すよう命じた、と」
 がたんと音を鳴らして椅子が倒れる。驚いて立ち上がった俺に取りすがるように桂花が飛び込んできた。
「ち、違うわよ! いくらなんでも!」
 おいおいどうしたんだ。あの桂花が涙を目の端にためて俺にすがりついているなんて。
「あたりまえだろ。俺が暴虐の徒でもない限り、暗殺なんて方法で取り除いたら外聞も悪いし混乱も起きる。それは華琳に跳ね返ってくる。桂花が華琳の迷惑になることをするわけない。そうだろ?」
「そ、そうよ。わかってるじゃない」
 ほっとした顔で微笑む桂花。その笑顔に惹かれていつの間にか頭をなでていた俺の手に、ちょっとうっとりとなりかけて、気づいたように振り払うのがおかしい。
「ちょ、調子に乗るな!」
「はいはい」
 少しは普段の調子が戻ってきたかな。俺が微笑みかけるとぶっすーとした顔で元の席を戻し、座りなおした。
「しかし、桂花も心配性だな。天下の荀文若が俺程度を除くのに暗殺なんて大雑把な謀をするなんて誰も思わないよ。その荀攸さんが苦し紛れについた嘘と思われるだけさ」
 その俺の言葉に、彼女はいつも通りのあの意地悪な、唇の端を持ち上げる笑みを浮かべて見せた。
「公達の意図はおいとくとしても、世の中にはね、自分の卑小な思考の範囲でしか人の行動を理解できないやつらってのがいるの。そういう連中には、嫉妬で男を殺そうとしたっていう醜聞はこれ以上なくわかりやすい餌なのよ」
 これを聞いた下級兵士どもの噂話が見物ってものよ、と桂花は自嘲気味に呟く。桂花のことだ、男共に噂されるってだけでも怖気がたつんだろうなあ。
「ところで、公達さんとやらは、やっぱり?」
 手をひらひらさせてある方向を示してみる。それは内宮、帝の座所のある方向だ。
「ええ、あちらの筋よ」
 憎々しげに言う桂花。これまでも特にいい感情を持たれていたとは思えないが、これで桂花の対漢朝の態度は決定的に悪化しただろう。
 実際にはありえないとはいえ、華琳に疑われる可能性を万分の一でも生じせしめた朝廷は、彼女の中ではっきりと敵となったはずだ。
「あれは反董卓連合以前から洛陽に入っていて、ずっと朝廷の役目を果たしていたわ。こちらとはほぼ不干渉できていたのだけどね」
 苛々と猫耳を振り立てる桂花。
「公達の意図として考えられるのは三つ。一つは自分が出てくることで事態の収拾をはかること。幕引き役ね。もう一つは親族ってことで私に罪をなすりつけられること。正直これは成功する必要はないわ。不信の種を植えつければ充分。華琳様がひっかかるはずもないけど、さっきも言った通り、下衆どもには通じる。もう一つは……油断を誘うためね」
「油断?」
「事態が終息したと思い込んだ時に第二撃を送る。効果的な手よ」
 言われてみれば……。ただ、俺についてくれている人達はみんなその程度は見抜いていそうだけど。桂花もそう思っているのか少々顔をしかめていた。
「はっきり言えば、どれもひどい杜撰さよ。ましてや攸ほどの人材を潰してするほどのことじゃない。私たちが考えもつかない罠を張っているのか、別の動きを隠すためか、あるいは焦っているのかもしれないわね」
「俺たちにそう思わせたいのかもしれないな」
「まあ、意図なんてどうでもいいけどね。身の程をわきまえず華琳様に楯突くようなら叩き潰すまでよ」
 鼻をひくひく動かして、興奮ぎみに桂花が笑う。うわ、悪人の顔してますよ、桂花さん。
「頼もしい限りだな……稟たちはどうしてる?」
「あれは大丈夫よ。政務以外は、私ですら知らないどこかに潜んでいるもの。知っているのは華琳様だけだと思うわ。風は平然と出歩いているけど、こちらもかなりの護衛を潜ませているわね」
「そっか、よかった。桂花も気をつけてくれよ」
「あんたに心配されるまでもないわよ。私や華琳様の警護は万全よ。いっそあんたを餌に釣ろうかとも思ったけど、もうそれもどうでもいいわ。もっと根本的にことに当たらないと」
「根本的……か。たとえば禅譲を迫るとか?」
 そう言った途端、桂花の眼がすわった。
 なんとも言えない色を宿した瞳で俺のことをねめつける。背筋が凍り、代わりに肌からは厭な汗がじっとりとしみ出てきた。
「北郷殿」
「お、おう」
「二度とそのような言をなされませぬよう、曹孟徳の筆頭軍師として要請いたします。かなうことならばお聞き入れねがいたく」
「あ……はい。ごめんなさい」
 公式の場でもよほどのことがないと聞いたことのない言葉づかいで、冷然と俺に命じる――間違いなくこれは命令だ――桂花を見て、顔が火照る。
 恥ずかしいやら申し訳ないやら、心が乱れてしかたない。
「それは、あんただけは絶対に言っちゃいけないことなの」
 まったく、莫迦なんだから、と桂花はいつもの調子に戻りながらぶーたれる。
 しかし、俺にはそれが心地よく感じられた。さっきみたいにまるで温度のない瞳で見つめられるよりずっとましだ。
 俺がほっと息をついている様子を見て、呆れたように指をふる桂花。
「あのね、天の御遣いって言われている意味を考えなさいよ。ただでさえ天子様に喧嘩売ってるようなものなのよ。その上、軽率な発言で足をすくわれたらたまんないわよ。いい? に、ど、と言わないのよ」
 ああ……そういえば、そういうことになるのか。朝廷から狙われる理由に、それもあるのかもしれないな。
「わかった。すまん」
「わかればいいのよ、わかれば……。あーあ、まったく。一応、公達のやつが関与していることには違いないから、あんたに詫びを入れるつもりだったんだけど。……もういいわよね。あんたを始末しようとしたのは、公達でも、もちろん私でもない。だから……気をつけなさいよ」
 最後はごにょごにょと早口で言って、桂花は席を立つ。
「今日は部屋から出ないように。これは私じゃなくて、華琳様からのお達しよ。あとはせいぜい呉に行く準備でもしてなさい。それじゃね」

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洛陽の巻・第十六回:帳幄の奥、荀公達をもって謀をなさんとすること」への2件のフィードバック

  1. 今回のお話は~
    1、桂花かわいい!こわい!かわいい!
    2、袁家組(大)エロい!
    3、メイド服の出所はそういう事だったのか・・・。ならば亜紗のエプドレもそういう事  なら・・・と合点がいきましたわ。

    •  桂花がかわいいと感じてくれたなら嬉しいです。
       袁家については、原作ゲームではどうしてもまとめられちゃう傾向にあったので、個別のエロを早めに入れたかったんです、はい。

       服に関しては、一刀さんが呉や蜀に拾われてるなら、月と詠のメイド服も、亞莎のエプロンドレスも問題がないんですが、魏にいますからねー。
       都をおさえている利点と発信力を利用させてもらいました。
       実際、沙和や華琳は、現代世界のデザインを得たら、色々やりたくなると思うんですよね。

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