洛陽の巻・第十二回:北郷、兵を率いて烏桓を討たんとすること

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「あれ?」
 後は荷物を馬に積むだけというくらいに俺自身の用意を整え、華琳に指定された厩舎近くの練兵場に赴くと、冥琳と明命が待っていた。平服の冥琳はともかく、籠手や脚甲をつけた明命の足下には俺と同じような荷物が積まれている。
「これが輜重に関する資料と部隊編成です、一刀殿」
 冥琳がそう言って渡してきた竹簡にはびっしりと細かい報告が、わかりやすく整理されて書きつらねられていた。
「え?」
「私が処理したのですよ。華琳殿に頼まれてね」
「そ、そうなの? てっきり俺は三軍師の誰かがやっているものだと……」
「華琳殿は、この討伐行を、三国が力をあわせたものにしてしまいたいようですな。公孫賛殿が暴走してしまっては、それもいたしかたないでしょう」
 苦笑を浮かべて冥琳が言う。さすがにあたりをはばかって声をひそめてはいるが、その口調に潜む非難は隠しきれない。
 評議の間での出来事をすでに把握しているらしい。さすがは美周郎というべきか。
「……そうか。ともあれ、ありがとう。本当は俺がやるべきことなのに」
 深々と頭を下げると、慌てたように咳払いが聞こえた。
「わ、我が呉からは魏水軍をよく知る明命が参陣します。私も行きたいところですが、さすがに大事になりすぎるでしょう」
「よろしくお願いします!」
「いやいや、こちらこそよろしくだよ。将としては、明命のほうがはるかに上なんだし」
 そりゃあさすがに三国合同とはいえ、冥琳をひっぱりだせば総大将は冥琳に与えるのが筋だ。そうなると魏の討伐軍とは言い難くなり、また問題が発生してしまう。
 明命にしても戦歴や諸々の能力を考えると俺よりは上なのだが、それでもなんとか格好はつく。それにしても彼女が参戦してくれるのは本当に心強い。
「そ、そんなこと……一刀様のほうが魏軍で御活躍を!」
「いやいや、それは華琳の側にいたからでさ、俺自身は……」
「はいはい、褒めあうのはそれくらいに。ほら、もう一人が来ますぞ」
 しようがないな、という風に笑う冥琳が指さす先に、一人の兵士を連れてこちらに駆け寄ってくる気の強そうな眼鏡の女の子の姿があった。
 暗い紺のスカートに白い上着、胸元で揺れる長いリボン。そして、なによりもその目に宿る意志の強さ。
「賈駆?」
 彼女は俺たちの側にくると、冥琳に向けて声を発した。
「糧食の準備は終わった?」
「ああ、一刀殿に報告を上げたところだ」
 二人の視線が俺の持っている竹簡に集まる。それを賈駆に渡すと、彼女は端から目を通し始めた。
「周公瑾の手際を疑うわけじゃないけど、一応見せてもらうわね」
「ああ、当然だ。気にするな」
 彼女から俺には別の紙束を渡される。
「それ、あんたの印がいるから」
 押しつけられた命令書は、水軍の主力が黄河の北岸で俺たちと合流し討伐に赴くべし、というものだった。すでに華琳の印は押されているので、あとは今回の責任者の俺の印が必要というところだろう。
「ん、わかった」
 首から下げている印章をごそごそと取り出し印影をつけて封印し、読み終えたらしい賈駆に返す。
「さすがね。文句のつけどころがないわ。あ、これ、よろしくね」
 俺が印を押した命令書を受け取った兵士はかしこまってそそくさと走り去った。俺自身は武将に囲まれて慣れているけど、普通の兵には周瑜なんて伝説の中の存在と言っていいくらい雲の上の人なんだよな。
「北郷一刀」
「はい」
 腰に手を当てて俺を観察するようにしていた賈駆に不意に名を呼ばれ、なんとなく緊張して答える。
「北が姓で、郷が名、字が一刀?」
「いや、北郷が姓で、一刀が名だよ。ちなみに真名と字はない」
「ふーん、二字姓は珍しいわね。天ではふつう? ボクのことは知ってると思うけど、姓名は賈駆、字は文和。賈駆でも文和でも好きなように呼ぶといいわ。今回だけの雇われ軍師よ」
「雇われ?」
「そう。華琳が暇なら久々に軍師の仕事でもしてみないかって打診してきてね。魏軍に仕えろとかそういうわけでもないって言うから、了承したのよ。長安から引っ越して物入りだしね」
「あれ、洛陽へ移る費用は出しているはずだけど……」
「そりゃあ、もらったけどね。でも、女四人だけで暮らすのはそれなりに大変でしょ。今後のことも考えたらまとまったお金には手を着けないでおきたいのよ」
 長安でどうやって暮らしていたのか聞いたことがあったが、それなりに財はあるはずなのに、邸を買った以外には大きな買い物もせず、慎ましやかなものだったとか。
 呂布は用心棒を、それ以外の三人は写本や手紙の清書をして稼ぎつつ、日々を過ごしていたようだ。
 だから、お金に困ることはないはずなのだが、彼女たちのように色々な経験をしていると、用心深くならざるをえないのかもしれない。
「ま、そういうわけで、この討伐の間はあんたに従うわ。従う以上は、裏切ったりはしないけど、臣下の礼をとるわけではないのだから、そのあたりはちゃんとわきまえておいてよね」
「ああ、わかった。ありがとう」
 笑顔で礼を言うと、ちょっと意表をつかれたような顔になる賈駆。以前も思ったけれど、軍師の割に表情豊かな子だなあ。
「ああ、そうだ。あんた、恋にやられた傷は完治したの?」
 指摘されると、ちょっと肋のあたりがかゆくなってきた。すでに意識しないと気づかないほどになっているものの、急な動きをすると痛くなる。
「日常生活には支障ないよ。個人戦闘は勘弁だ」
「まあ、あんたに個人の武は期待してないからいいわ。指揮はしてもらうわよ」
 ふるふると手をふって見せる賈駆。こういうさばけて見えるところは、軍師らしいと言えるのかな。
 俺の知っている軍師は、揃いも揃って苛烈な決断も厭わない人物ばかりだが、その裏では人一倍繊細な情感を抱えて、悩みもなにもかも背負い込むような性質の人ばかりでもある。
 賈駆もそういったものを誰にも見せずに苦労しているのだろうか。
「しかし、無茶苦茶よね。総大将があんたなのはともかく、袁紹、顔良、文醜に周泰、公孫賛、厳顔ときてる。どういう人選よ」
「手綱をしめてもしまらぬような連中がいるのが難点だな」
「特に袁紹ね。文醜あたりはちゃんと指示さえ出せば問題ないでしょうけど……」
「あー、麗羽は俺がいれば大丈夫だと思うよ」
 そう言った途端、軍師二人の眼が揃ったように細まった。特に冥琳の眼が怖い。
「さすが魏の種馬」
「いやいや、もう三国一の種馬と言うべきでは」
 軍師二人で聞こえるようにひそひそ話すのは勘弁してください。
 そんな微妙な雰囲気を気にした風もなく、明命が可愛らしく小首をかしげて発言する。
「袁紹殿は、なんだか新兵器にのってらっしゃいますし、問題ないのでは」
「新兵器?」
「玄武くん三号、でしたか。自動投石櫓だそうです」
 先程工房で見たのがそれだろうか?
 移動投石機は便利だろうが、自動化するとは、やるな、真桜。
「ああそう。櫓でふんぞりかえってくれているなら、その方がありがたいわね。じゃあ、白蓮をおさえにして……」
「伯珪殿は今回はあてにしないほうがいいだろうな」
「え?」
「伯珪さん、烏桓が家族の仇だとかで、ちょっと頭に血が上ってるみたいでさ」
 俺たちが説明すると、賈駆は渋面を浮かべた。腕を組み、人指し指をとんとんと自分の二の腕にあてている。
「まいったわね、普段なら一番我慢の効く白蓮がだめとなると……。桔梗はあんたと喧嘩しているんだったわよね」
「あー、たしかにな。でも、さすがに戦の最中には言い出さないだろう」
「人間、そう簡単じゃないわ」
 吐き捨てるように言う賈駆。裏切りや謀略に通じている彼女のことだから、俺はなにも言わないでおいた。人の暗い面を見ている経験では彼女の方が遥かに上だろうしな。
「袁紹、文醜、顔良は確実にあんたの言うことを聞くのね?」
「ちゃんと言い聞かせればね」
 しばし考え込んだ後で、俺に確かめる。麗羽は扱いにくい人間だとは思うが、そんな危惧するほどじゃないと思うんだけどな。
「よし、わかったわ。周泰、あなたには遊軍を担当してもらう。先に発ってもらえる?」
「わかりました!」
 彼女の頭の中で計画が組み上がったのか、急にきびきびと指示を下し始める賈駆。明命にひとしきり命令を伝えると、賈駆と明命がそろって俺を見上げてきた。
「えと、何?」
「一刀殿、あなたが総大将だ。いかに軍師が命を下そうと、あなたがそうしろと言うまでは明命とて動けまい。特に今回のような場合は」
 見かねたのか、冥琳が耳打ちしてくれる。それを聞いて、俺は慌てて彼女たちに応える。
「あ、そうか。冥琳ありがとう。明命ごめんな。じゃあ、行ってくれるか?」
「はい! わかりました!」
 いつも通り元気に返事をすると、荷物を掴みとり風のように走り去る明命。
「賈駆もごめん」
「今回のような急造の混成軍は、意思の疎通がなにより重要で、命令系統を守らせるのが最も難しいの。肝に銘じておくことね。総大将殿」
 彼女は眼鏡の奥の眼を強くきらめかせながら、そう俺に忠告してくれた。

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洛陽の巻・第十二回:北郷、兵を率いて烏桓を討たんとすること」への4件のフィードバック

  1. 更新ご苦労様です。前話とひとまとめで読みました。蜀ルートでは桔梗(&紫苑)に責められっぱなしの一刀サンが、ここでは三国無双(ち●こ的に)するとこがエロ面白かったっす。あと華琳はこっそり首輪つくってもろたんかいね~(笑)

    •  蜀ルートではお姉さんたちは教授する側ですが、魏ルート後の一刀さんは、色々鍛えられてますからねw
       真桜はたぶん何人かには首輪を作ってると思います。使うかどうかは、まあ、閨での雰囲気次第でしょうねぇ。

  2. …物語の序盤から、『司馬仲達、贈収賄容疑で処刑』なんて、史実や演義逸脱の事態が起きれば、
    魏の存続の危機が無くなるかもと言う安堵と、最早歴史の知識が当てにならないと言う不安で、
    色々と複雑な気分に陥っても仕方が無いと言う物でしょう。

    幾ら外史がトンデモとは言え、基礎が三国志演義である以上、予測の為の指針は存在します。
    しかし、司馬仲達が死んだとなれば、その指針の中でも太い一本が、根元から折れたも同然ですし。

    •  たとえ英傑達が女性になっていても、(演義などの物語も含めた)三国志の筋にそこまで反することはなかったですからねー。
       それがこれですから、一刀さんは内心しっちゃかめっちゃかな状態だと思います。
       いろいろ外れていく外史なんだなとわかってもらえるよう、読者に対してもこの初期段階で示せたのは悪くなかったかなと思っております。

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