洛陽の巻・第十回:北郷、飛将軍の武威を身をもって知ること

 結局、董卓勢との勝負は、三度一騎討ちをして、その勝敗で決する取り決めとなった。
 三回の戦いとはいえ一人が何度出てもいいことになっており、あちらは呂布が出ずっぱりだろう。
 しかも、霞を審判として出すことを要求されている。向こうは賈駆が出てくるそうだ。
 確かにどちらからも信頼できる人間を出すというのは必要なのだが、霞を審判として取られるのは、かなり行動に制限がかけられる。かといって反対しても華雄を出せと言われるのがオチだろう。
 彼女たちが、麗羽一行に審判をさせるわけがないのだから。
 そこで、俺は俺なりに考えた作戦を皆に話すことにした。
「反対ですわ!」
「それは……少々……」
「私が二度出ればよかろうに」
 三者三様の反対の声が返ってくる。
 発言はしていないものの、霞も斗詩も猪々子も苦い顔をしているのに変わりはない。
「うん。まあ、わかるけどね。でも、もう少し聞いてくれるかな。麗羽はもちろん、斗詩も猪々子もさすがに一対一じゃ、呂布には敵わないよね?」
 しかめ面になる猪々子。彼女たちの武を侮るわけではないが、やはり呂布という存在は絶対的だ。
「そりゃー……まあ。斗詩といっしょならまだしもなー」
「文ちゃんの言う通りですね、私たち一人一人じゃ無理です」
 うんうん、と頷く。
「でもさ、二人とも強いよね。呂布をやる気にさせちゃうくらい」
「……手加減して戦える相手じゃないですし……」
 もじもじと答える斗詩。きっと、麗羽からの刺すような視線に耐えかねてのことだろう。
「この中じゃ、自分の強さを隠せるのは、祭だけだ。違うかな」
「それは……そうじゃろう。年の功というものがありますしな」
 祭は苦々しげな表情で言う。俺の意見を尊重はしたいものの、やはり気にかかるという様子だ。
「この間、黄蓋の名前を出さなかったこともあって、賈駆はじめ彼女たちは祭の正体に気づいていない。霞も話してないよね?」
「ちゃんと黄権やちゅうて紹介しとるしなあ、それ以上は……」
「あの折は、あのように振る舞いましたから、小人と蔑んでいることは間違いないじゃろうが」
「そこが肝だよ。呂布を本気にさせずにいなせるのは祭だけだ。そして、それができれば。……華雄、勝てるね」
 俺の言葉に、全員の視線が華雄に集まる。かつて共に戦った呂布の強さを身に沁みて知っているはずの将は、俺に向かってはっきりと言った。
「ああ、勝つ」
「よし、じゃあ、それで決まりだ。この戦いは勝っても負けてもいけない。どちらにせよしこりを残すからね。でも、華雄が呂布に勝てば、実質的には俺たちの勝ちだ。祭に負担をかけるようだけど。……負けないことは出来るよね」
「ははっ、旦那様は無理難題と共に望外の信頼を下さるな。やってみせましょうぞ」
 からからと笑う祭にもはや逡巡はない。まして、華雄には。
 心配そうに俺を見ているのは、残りの面々だ。
「でもなあ、一刀」
「負ける役もいなきゃいけないんだよ、霞。しかも、拍子抜けするような相手がね」
「でしたら、わたくしが……」
 はいっ、と腕を優雅にあげて、麗羽が進み出てくる。
「だめ」
「……はい」
 一言で退散した袁本初の姿を、周囲の人間は驚きの目で見ている。その中で、祭と霞のにやにや笑いだけがむず痒い。
 こうして、三番勝負の先鋒として、この俺があの呂布の前に立つこととなった。
 正直、あまりの不似合いさに、自棄っぱちな笑いが込み上げてくるくらいだった。

「……あんたでほんとにいいわけ?」
 董卓邸の一角、開けた場所で対峙する俺と呂布。
 賈駆はもう一度確かめるように、俺に尋ねた。
「ああ、いい」
 あちらは予想通り、呂布を三度出すと宣言してきた。それに対して俺、祭、華雄という順での対戦を申し出ると、董卓さんたち全員が驚き呆れたようだった。
 当然の反応といえる。
 特に祭の正体や、これまで華雄が重ねてきた武を知らない彼女たちには衝撃であったに違いない。
「……あんたが怪我したら、華琳が怒り狂って攻めてくるとかないでしょうね」
「あの覇王が私情で動く? よしてくれよ」
「……ふん」
 賈駆がぽつりと呟いた声は俺にはよく聞き取れない。だが、すぐに続けた呆れ声はよく聞こえた。
「ほんとーーーーっに、いいのね?」
 くどいほどに訊いてくるのは、呂布という武将を真に知っているからだろう。負けることなどはなから考えてもいない。ただ、純粋に俺のことを心配してくれているのだ。
 甘いとも思うが、こういうところ好もしいな、この軍師さんは。
「ああ、はじめよう」
 正直、早く始めてくれないと、逃げ出してしまいそうだ。
 賈駆は一つ溜め息をつくと、霞が立っている場所まで下がっていく。華雄と祭もそこにいるが、麗羽たちはさらに向こう、邪魔にならない場所に董卓さんたちと一緒にいた。
 霞は口を真一文字に結んで俺のことを見つめている。言いたいことはわかっているが、今は聞くわけにいかない。
「……お前、弱い」
 ぼそり、と呂布が呟く。殺気など微塵もないのに、存在感だけで圧倒されるのはどうしたことだろうか。長大な戟を担ぐようにしている赤髪の少女から、触れられるのではないかと思えるほどの重圧感が襲ってくる。
「ああ。だけど、任務なんでね」
「……そう」
 戟の石突きに、なにかが揺れているのに俺は気づく。恐ろしい武器には不釣り合いなものがぶらさがっているような……。
 あれは、犬のミニチュアか?
「かまえっ」
 賈駆の声がかかる。俺たちは、お互いにさらに何歩か後ろに下がり、それぞれの武器を構えた。
 呂布の武器は肩に担いだ、世にも名高い方天画戟。一方の俺は、頑丈さだけが売りの直刀を青眼に。これでも、普段振るっている木刀に近いものをなんとか探し出したのだ。
「はじめっ」
 霞の声と共に、衝撃が襲った。十歩ほどの距離を一瞬で詰めたというのか、間近に踏み込んだ呂布の一振りが通りすぎる。
 そう、通りすぎただけだ。
 彼女の武器は俺の持つ刀に触れてさえいない。その振り抜いた刃に巻き込まれた空気が衝撃波として俺を叩いただけだ。
「くっ」
 それでも刀を取り落としそうになる。ぐっと持ち直したところに、返す刀で再びの斬撃。当たる、と本能的に感じ、こちらから刀を前に出す。
 がぢぃん。
 嫌な音を立てて刃同士が当たり、腕の芯まで痺れるような衝撃が走る。なんとか弾いた方天画戟は、しかし、再び勢いを得て上から襲ってくる。
 刀をあげようにも、先程の痺れがまだ取れない。咄嗟に俺は体ごと後ろに飛びすさった。先程まで俺の体があったはずの空間を、びしりと空気を鳴らしながら刃が断ち切る。
 三合をなんとか逃げ延びた俺は、もう汗びっしょりだ。そして、腕の痺れはまだ取れない。
 いや、それどころか、先程の衝撃は脚にも伝わっていたらしく、着地した瞬間に足がもつれた。
「……やっぱり、弱い」
 追撃をかけるでもなく、呂布が呟く。余裕の態度を悔しく思うなどという贅沢は俺には許されていない。
 ただ、次の、そして、その次の攻撃をいかにさばくかを……。
「……終わり」
 考える暇も与えてもらえなかった。
 刀を下げ、右前に出せたのは、だから、きっと、これまで華琳や春蘭、祭に華雄、それに凪たちにしっかり鍛えてもらっていたおかげだ。
 右脇腹にわけのわからない感触が走る。痛みでも、熱でも、苦しみでもないそれは、電撃のように俺の体を駆け抜けた。
 叫びをあげることは許されなかった。
 気づけばふわり、と飛んだ体は地面の上にあり、声もなくのけぞっていた。
 痙攣と硬直がとけた途端、痛みが爆ぜる。
「ぐっ、があっ」
 眼の裏で光がちかちかと瞬く。そして……。
 だが、幸い俺はそれ以上知覚することはなかった。誰かの腕が俺の体を持ち上げ、綺麗に意識を断ち切ってくれたのだった。

「……さま。だんな、さま」
 意識が浮上する。途端、半身が痛みを訴えた。思わず体をねじろうとするのを、いくつもの優しい腕に阻まれる。
「くっ」
「肋が折れております。動きめさるな」
 かがみ込んでいた祭が立ち上がる。上半身を脱がされ、腹の部分をびっしりと布で固められているのは、おそらく彼女がほどこしてくれたものだろう。
 痛みに暴れるのを避けるために意識を失わせてくれたのも彼女だったかもしれない。いや、霞か?
 一方、俺は背中に不思議にやわらかい感触を感じていた。鼻にもかぐわしい香りが漂ってくる。
「ん……」
 見ると俺の体は麗羽と斗詩、それに猪々子の上にいるようだった。
「わっ」
 慌ててどこうとすると、腕がよってたかって俺を捕まえる。
「れ、麗羽、なにしてるんだ。俺の下敷きじゃないか」
「我が君、どうかお静かに」
「アニキー、動かないで座っておきなよー」
「北郷さん、私と文ちゃんと麗羽さまにもたれかかると楽ですよ」
 そのまま、麗羽、斗詩、猪々子という三人でつくられた円陣になかば無理矢理寝そべる形にされてしまった。確かに痛みを忘れるくらい暖かい上にやわらかくて気持ちいいが……。
「ええなあ、やーらかそーやー」
「ばっかじゃないの」
 霞と賈駆の二人はそれぞれの感想を持ったようだが、どちらかといえば、賈駆さんの感想のほうが正しい反応だと思います。はい。
 でも、彼女の冷たい視線はとても痛い。
「内臓は傷ついておられないようじゃな」
 俺の顔色を観察していたのか、祭がほっと安心の息をつく。その言葉を聞いて、周囲の緊張がとけたようだ。
 その中で唯一態度を変えないのは、ぼーっと立っている呂布を睨み続けている華雄だ。
 その華雄の様をちらと見て、祭は腰の武器を手に取った。
「次は儂が仇をとってきますぞ」
 軽い調子で祭が言う。こんな実感のこもっていない軽口を叩く祭ははじめてで違和感がひどい。
 けれど、こんなことができるのも彼女ならではだ。赤壁であれだけの大芝居を打てる祭に、いまさらこの程度のこと造作もないだろう。
「ささぁ、世に飛将軍と謡われる呂布どの。我と腕を競いましょうぞ」
 華琳から下賜された覇竜鞭を持ち、いろんな構え方をして見せる祭。あんな構え、実際にはしないくせになあ……。
 ん……頭なでられてるな。誰の手かもよくわからないが、気持ちいいからいいか。
「あんたたち、わざと負けに来てるんじゃないでしょうね」
「まあまあ、詠。……恋、ええか、祭はんもええわな」
 霞の声に呂布が祭に向き直る。俺の方をちらりと見て、なんだか疲れたように祭に視線をやる。これは……いけるかな?
「よし、構えて!……はじめっ」
 今度は賈駆の号令で、試合が始まる。おそらくは俺の時と同じように、一蹴りで距離を縮め、方天画戟をふるう呂布。離れているのに空気を切り裂く音が耳に痛いほど。
「ひゃあっ」
 大げさな声をあげて、祭がのけぞって一撃を避ける。闇雲に覇竜鞭を振るが、方天画戟そのものにも、もちろん呂布の体にも届きはしない。
「……お前も、弱い」
 呂布の雰囲気が変わるのがわかる。一撃で腕を計ったのか、緊張感が格段に下がっている。しかし、それでも闘気の圧力を感じるくらいだ。ずいぶん離れているんだけどな。
 ずきり、と腹が痛む。
「さてさて、これは困りました……なっ」
 相変わらず軽口を叩く祭。彼女は基本、鉄鞭を下段に構え、脚と上体の移動を組みあわせて呂布の攻撃をしのいでいる。
 戟の刃が横から上から下から迫りくるのをかわし、その合間に鉄鞭を突き出すものの呂布に弾かれ、その衝撃でたたらを踏む。
「強いなあ、むずむずするなあ」
 頭の後ろから声がする。振り向くことはできないから、祭の戦いを見つめたまま答える。
「なんだ、猪々子。やっぱりやりたいものか?」
「そりゃあ、ねえ。でも、難しいだろーなー。アニキ、よく打ち合えたな」
「正直二度とごめんだ」
 本当にもう勘弁してほしい。俺は武で勝負する人間じゃないんだし。いや、だからといってなにがあるわけじゃないけど……。
 女たらしで勝負してるくせに、とか言うな、脳内猫耳頭巾め。
「押されっぱなしね」
 打ち合いが十合を超えたあたりで、賈駆がつまらなさそうに呟く。
「せやなあ」
 霞の平静な返答になにかを感じたのか、賈駆は腕を組み直し、戦いを観察しはじめた。
「……なに、一撃も受けてない?」
 彼女の言う通りだった。祭は、これまで呂布の攻撃を一切受けていない。体どころか、鉄鞭で受けることさえしていないのだ。
「おかしいわ、そんなに早くもないのに……」
 もちろん、祭の攻撃も一切当たっていない。必死で大ぶりに振った隙をつかれ、戟の穂先が祭の肩先をかすめた。
「さすがは呂奉先!」
 息を荒らげつつ声をあげる祭。呂布はいらだたしげに戟を手元に戻した。
 あの上がってる息は演技か? それとも……。
「あんな安い挑発……。どうしてそんな余裕があるの?」
 賈駆の眼鏡の奥の瞳が細まった気がした。すぅと大きく息を吸うのを見て、俺は思わず声をかける。
「賈駆さん」
「……なによ」
「審判が助言をするのは、まずいんじゃないの」
 確かに少し離れた場所にいる陳宮たちからは恋どのーとかがんばってくださいーとかわんわんっとか応援の声がかかっているが、それと審判が直に声をかけるのでは意味合いが違うだろう。
「せやな、審判っちゅう立場をまもるべきやろ。審判の立場なかったら、うちかて一刀膝にのせたいしー」
「わかったわよ」
「言うとくけど、ねねに言わせるのもなしやで。ねねが自分で気づいたならそれでええけどな」
「わかったってばっ……。やっぱり、仕掛けてるんだ」
 霞の念押しにいらついたように答える賈駆は、悔しそうに唇を噛む。
「どやろな?」
 そんな会話をよそに戦いは続いている。
 二十合、三十合。
 祭はすごい。そう、あらためて思う。
 得物を打たれるだけでも、とんでもない衝撃が響いてくるというのに、それらをいなした上に、派手にふっとばされているかのように振る舞っている。実際には、その勢いを利用して、巧みに次の場所を取っているのだ。
「……お前、弱く、ない?」
 戸惑うような声が呂布から漏れる。動揺しているのか、方天画戟の穂先が軽く揺れていた。あの戟の重さはどれほどだろう。いかな呂布でもこれだけ振れば疲れの一つも出てこようと思うのだが……。
「おやおや、これは。聞きましたか、旦那様! 天下の飛将軍に認められましたぞ」
 わざとらしくこちらに手を振って見せる祭。苦笑しながら手を上げるが、呂布はその隙を狙わず、しっかりと戟を構えなおした。
「……本気、出してみる」
 闘気が膨れ上がり、さらにそこに殺気がのる。ぎりぎりと引き絞られた弩の前に体をさらしているかのような感覚。俺の体を受け止めている誰かの体が、びくりと震えた。直にそれを向けられてない俺たちでさえ、これとは……。
「おや」
 祭の笑みが深くなる。これまでのへらへらとした笑みではなく、普段の祭の笑みだ。はじめて、彼女が左足を軽く引いて、右肩を前に出すようにして、覇竜鞭を構えた。
「やっぱり……」
 賈駆の呟きを聞いたかのように、呂布の一撃が走る。
 俺に、その動きは見えない、
 ただ、空気を斬る音と金属同士がぶつかる鈍い音が響いたことで、それと知れたまでだ。
「若いのう」
 方天画戟の脇の刃――月牙と覇竜鞭ががっしりと絡み合い、みしりみしりと音が聞こえてくるようだ。
「……お前」
 驚いた顔で、呂布が祭をにらみつける。燃えるような瞳を平然と受け止め、祭は鉄鞭を押さえた腕をひねる。
「お主、強すぎるの。じゃが、それが故に、まるでなっとらん」
 途端、方天画戟がひっぱられたかのように動き、呂布の足が乱れた。
「恋どのー!」
 悲痛な叫びが陳宮の喉から漏れる。それに後押しされたかのように、ぐい、と呂布は体勢を立て直した。武器同士が離れ、呂布が警戒するように数歩離れる。
「あいつ……一体、何者なの!?」
 だんだん、といらいらした様子で地を踏みしめる賈駆。ああ、この子うまくいかないと途端に弱くなる子なのかな?
「祭は俺の下に来る前は、江東の小覇王の下にいた。その前は……江東の虎の懐刀さ」
「黄……孫呉の宿将、黄蓋っ」
 かすかに青ざめる賈駆の横顔を見上げて、俺は本当にすごい人間と一緒にいるのだと感慨深くなる。果たして、この大事な人達のためにどれだけのことができるのだろう。
「お、正解! でも、ちょっと遅いなー」
「ま、まさか。恋なら大丈夫よっ!」
 猪々子の挟んだ声に、無理矢理のように答える賈駆。しかし、その視線の向こうで、呂布の打ち込みは、またも祭の鞭にいなされていた。
「悪し、じゃ」
 打ち込みを引き戻せぬ内に、祭の鞭が呂布の太股に飛ぶ。それは、軽く浅いものだったが、確かに呂布を打ち据えていた。
 そのままぐっと耐えて反転するように戟を大きく切り下ろす呂布。
「それも悪し、じゃな」
 だが、それも祭の体移動でかわされる。斬撃の衝撃が空間を叩き、それに押し退けられた空気が地面の小石や砂を吹き飛ばす。
「策殿に教えておった頃を思い出すのう。あまりに天稟に恵まれた者は、野の獣のごとく強すぎて、儂のような者の手練手管を理解できん」
 打ち込みの途中、くん、と手首の回転で鞭の軌道が変化する。それを追いきれず、無理な姿勢で受けた戟が、びいん、と音を鳴らして振動する。
「くっ」
「力は八分でよい。早さも七分でよい。大事なのは、間じゃ」
 びぅんと鞭がしなったように見えた。
 もちろん、錯覚だ。
 祭の覇竜鞭は、特別硬い硬木と鋼鉄、それに粘りある金属で作り上げられている。けして曲がりはしないのだ。だが、その鞭はまるで革鞭のようにうねって呂布の腰を打った。
 祭、下半身ばっかり狙ってるのは意味があるのかな。
「……嘘つき」
「おやおや?」
「……今の、いたかった」
 猛然と突きが繰り出される。祭の実力を認めたのか、時間のかかる斬撃はなくなり、引き、突き出すという単純かつ素早くできる攻撃が、波のように祭を襲う。
「変化がない。悪し」
 がつん、ぎん、と金属を金属が受け止める音が、連続で鳴る。祭の覇竜鞭は方天画戟の穂先を全て受け止め、火花を散らしていた。
「すごい……」
 斗詩が感極まったかのように漏らす。俺には見えないような攻防も、彼女には見えているのだろう。
 だが、祭の方も体さばきで避けきれなくなっている。
 さらに十合、二十合、三十合……。
 すでにどれほどの時が経ったのか。祭の息もあがり、肌に走ったいくつかの切り傷からは血が流れている。一方の呂布は目立つ外傷はないものの、動く時に左足をかばうようにするのが目立つ。
「呂奉先よ」
 攻撃が一段落したところで、祭が不意に言った。鬼面の奥、彼女の顔が晴れやかな笑みに彩られていることを、俺は直感した。
「……なに」
「ここは引き分けとせんか」
「……勝てる、戦い」
「お主、腹が減ったじゃろ?」
「……」
 ぐー。
 ぶつかりあう音や風斬り音が消えた庭に、そんな音が確かに響いた。
「先程からお主の腹の音が気になってしかたないのじゃ。どうじゃ、審判どの」
 祭がこちらを向いて言葉をかける。呂布もじーっとなんだか寂しげな顔で賈駆のことを見ていた。
「んー、どないする? 一刀」
「俺は賛成だよ」
 元々、祭には負けないよう頼んでいた。このあたりが落としどころだろう。
「……恋、お腹すいたら力入らないわよね」
 こくこく。可愛らしい仕種で赤毛の少女が頷く。その傍らに陳宮が駆け寄って、なぜか懐から肉まんを取り出して分け与えている。なんでそんなものしまってあるんだろう。
「しかたないわね。二人目は引き分け。食事の時間を入れましょ。そのあと、華雄と戦ってもらって……」
 そこまで言ったところで、もぐもぐと肉まんを頬張る少女が珍しくためをつくらず発言した。
「無理」
「え?」
「……戦うのは、いい。本気、出せる」
 少し嬉しそうに、彼女は言う。
「……でも、今の華雄、勝てない」
 その視線の先の華雄がにやり、と口元をゆがめる。
「まあ、祭はんがほとんど手の内暴いてもうたからな。恋がまだ隠し弾持っとるちゅうことなら別やろけど、そういう性格ちゃうやろ」
 霞が肩をすくめて解説して見せる。祭に負けないでくれと頼んだのは、これだ。大事なのは、華雄に呂布の底を見てもらうこと。そして、できる限り疲れさせることだ。
「私はやってもいいぞ? 呂布の言う通り、私が勝つがな」
「……勝てない、だけ。負ける、わけじゃない」
「そうですぞ、恋どのは無敵なのです!」
 すでに肉まんを食べ終えた少女の瞳が鋭く光り、その傍らのちびっこが腕を大きく広げて吼える。まだ、ぐーぐー鳴るのがおさまっていないので、いまいち殺伐としない。
「いや、勝つな。人の主の骨を折っておいて、ただですむと思うなよ?」
 こちらは、語気鋭い。金剛爆斧を手が白くなるほど握りしめていたのは、呂布と戦える喜びではなく、俺を傷つけられた怒りのなせるわざだったらしい。
「でもっ」
「もういいよ。詠ちゃん」
 いつのまにか俺たちの側に来ていたらしい董卓さんが賈駆を止めた。
「北郷さんがわざと出ていらしたのを、詠ちゃん、わかってたでしょう?」
「そ、それは……」
「いや、三人だから俺が出たわけで……」
 立ち上がろうとするのを麗羽の腕が引き止めて、彼女の胸に逆戻りする。すばらしくやわらかく気持ちいいが、しまらないことこの上ない。
「いえ、引き分けになるようはかったのですよね。違いますか?」
「……まあな」
 しかたなく答える。別にそれだけってわけじゃあないんだけどな。
「北郷さん。私たちは、洛陽にまいります」
「でも月、華雄に負けたって引き分けだよ。負けたわけじゃないよ」
「……三日あれば、勝てる」
「そうです、月どの、諦めが早いのです!!」
 董卓さんの宣言に、口々に抗議を重ねる面々。確かに呂布は数日あれば強くなっていそうで怖い。
「いえ、負けです。わかってるはずよ、詠ちゃんも、恋さんも、ねねちゃんも」
「う……」
「恋さんが戦わなければならない、となった時点で負けなんです。本当は、北郷さんたちに構わず長安からも逃げてしまえばよかった。それをわかっていても、しなかったのは……。ね、わかるでしょう?」
 口ごもる賈駆に、董卓さんはゆっくり噛んで含めるように言葉をつむぐ。賈駆は仲間たちに、そして俺たち全員に視線をさまよわせていたが、諦めたように顔を天に向けた。
「ああ、もう、わかったわよ!」
「……家族、住めるところ、必要」
「恋どのをないがしろにしたらこのちんきゅーが許さないのですよー!」
「これから、どうぞよろしくお願いいたします」
 それぞれに要望や挨拶をしてくる四人に、俺はとびっきりの笑顔を向けた。
「ありがとう、みんな歓迎するよ」
 こうして、洛陽の街は四人の新しい住人を迎えることになるのだった。
 ……おっと、セキトたち二〇匹も含めてだったな。

「一刀ぉ、この策を見るのじゃー」
 洛陽に帰り着いて一段落した俺に、早速ぱたぱたと竹簡を持って走り寄ってくる美羽。走るたびにゆるやかにカールする金髪が揺れて、とても愛らしい。
「ん」
 長安に向かう前の約束を果たすべく、彼女の差し出す竹簡を読み進めていくと、さーっと血の気が引いていくのがわかった。
「宦官を全員、屯田に放り込むだって!?」
「そうじゃ!」
 えっへん、と胸を張る美羽を見下ろしつつ、俺はまた大変なことに巻き込まれる予感に頭を抱えるのだった。

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