閑話の五:覇王のつぶやき

 普段、群臣が国家の行く末について真剣に討議する評議の間は、この夜、濃密な男女の営みの香りと音に支配されていた。
 灯は数少ない常夜灯のみ。深い闇の海の中に、ぽつん、ぽつんと灯火の島があるようなもの。
 光とどかぬ海底のような暗闇の中、男と女、それにもう一人の女の肉が絡み合う。
「お許しを、もう、お許しを……」
 うなされるような声が、喉の奥から押し出される。事実、その体はこじ開けられ、内側から男の太い肉棒で突き上げられていた。
 快楽なのか苦痛なのか、それとも苦痛がもたらす快楽なのか。
 嵐のように襲ってくる感覚の洪水に、女の脳はもはや考えることを放棄していた。
「お許し、をっ」
「あらあら、桂花ったら、一体、だ、れ、に、許しを乞うているのかしら」
 女の華奢な体を這い回る指はあわせて二十本。唾液を塗りたくる熱い熱い舌は二つ。
 一つは愛しい愛しい主のそれ。一つは、憎たらしい男のそれ。
 だが、肌に与えられる快楽から、そのどちらかを判別する術を女は持たない。
 貫かれた秘所から、間欠泉のようにあふれる暖かな感覚が脳天まで這い上がり、頭の少し先で爆発する。その経路を知っているかのように、的確に感覚の糸をつかまれ、揺さぶられる。
 もはや自らの体の支配権すら失いかけた女は、すがりつくものがほしくて、手近なものにしがみつく。それは、彼女の処女を奪い取った男の……。
「ふぅっ……わっ」
 深海に棲むという巨大な頭足類のように、真白い細いぬめった手足が男の体に絡みつく。唾と汗、それに涙で濡れた肌は、はりつくような、溶け合うような感触を男に与えて。
「くっ」
「ゆるしっ……ふうううううわあああぁぁぁぁぁあんんんん」
 男が精を放つ。その全てを受け止めて、女は叫びを放った。反り返り、ぴーんと張りつめたまま震えていた首が、不意にがくんと力を失う。
「うわ」
 すでに半ば以上体を支えていた男が、力の抜けた体を抱き留める。急な動きで男のものが抜き取られた秘所から、白濁した液体があふれ、足を伝っていった。
「気を失ったわね」
「まいったな……。ええと、この布の上でいいよな」
 少し離れた場所、服が脱ぎ散らかされているあたりに置かれた幾枚かの布の上に女の体を優しく寝かせてやる男。寒くならないように、と服の中から自分の上着と思しきものを探し出し、かけてやる。
 もう一人の女は、にやにやとその様子を見ているばかり。
「あそこまで乱れるなんて久しぶりね」
「あんなに苛めるからだろう」
「あの子だって、それを望んでいる。違う?」
 そりゃそうだ、と男はしょうがないといった風に笑みを返す。
「あなただって楽しんでいたじゃない、一刀」
「華琳ほどじゃないよ」
 男は北郷一刀。天の国より来たという『天の御遣い』。
 女……少女は華琳こと曹孟徳。大陸の覇者にして、大国、魏を統べる者。
 その二人が、お互いに一糸まとわぬ姿で、お互いの――そして、魏が誇る頭脳荀文若の様々な体液に塗れて向かい合う。
 一人は、その支配の象徴たる――見てくれはいいものの座り心地は悪そうな――台石に腰掛け、一人は意外にも引き締まった体を臆することもなくその前に晒して立っている。
「ねえ、一刀。あなたは、私がするように、誰かを苛めてみたいと、己の支配の下でいいように扱ってみたいと思ったことはない?」
「その二つは微妙に意味が異なると思うんだが」
 男の反駁を、彼女はほとんど聞いていない。
 ちろりと唇から覗く舌は、赤く赤く、闇に溶けるように紅い。
 ごくり、と男は喉を鳴らした。
「たとえば、この私なんかを」
「ば、ばか言うなよ」
「嘘」
 少女は笑みをその唇に刻み、細い指でつと男の下腹を指した。そこには隆々とそそり立つ肉の凶器がある。
 桂花の時より元気じゃない? と女は密かにほくそ笑む。
「言った途端、元気になっているじゃない」
「そ、それは、華琳の姿を見てたら、どうしたって」
 その声に気をよくしたのか、彼女はすらりと伸びた足をひらめかせ、彼にわざと見せつけるように組みかえた。
 唇をなめあげる舌と同じくらい赤い秘唇がほのかに見えた気がして、男の分身は鼓動に応じてびくびくと震える。
「ふふ……ありがと。でも、それだけじゃないはずよ。ねえ、本当に思わない? 私があなたにかしずくのよ。あなたの言うがままに振る舞い、あなたの思うように動く。……ね」
 少女は静かに立ち上がる。
 美しい裸身が闇の中で輝くよう。瑞々しい肢体は、動きによって幼さと成熟のそれぞれの面をかいま見せる。
 つんと上を向いた形いい乳房をふりたてるようにして、少女は一歩を踏み出す。
「そんな……俺は、可愛い華琳そのままで……。それに、操り人形を抱きたいわけじゃあ……」
「あら、あなた、私が桂花を操り人形にしてると思っているの?」
 にっ、と笑みがいやらしく広がる。なにかを企むかのような邪悪な笑み。
 だが、その笑みを、男は嫌いではなかった。
「いや、それは違うけど……」
「あなたも少しはわかっているはず。私は確かにあの娘を苛めているけど、それは彼女の望むように、彼女の期待する一歩先、せいぜい二歩先を読んでのことよ。三歩先では桂花がついてこられないし、見当違いでは冷めてしまう。
 確かに、桂花は私を信じ、私に跪いているけれど、その信頼の大元は、私が彼女の望むその一歩先を実現させられるから。だからこそ、彼女はどんな痛みも、どんな屈辱も、そう、あなたに犯されることさえ快楽にできる。――ま、これは、最近お仕置きどころかご褒美なわけだけど。
 そういう意味では、私は桂花に操られている。操り人形の操り手は、けして自由ではいられない。なぜなら、操るための糸は人形から操り手にもつながっているのだから。
 私たちは環の中にいるの。従属者は支配者の一挙手一投足に翻弄され、支配者は従属者の夢に支配される」
「難しい……もんだな」
 二歩。彼女は、舞姫のように美しい動作で、彼に近づいていく。彼女は片方の手で、男の顔をまっすぐに指さす。もう片方の手は自分の胸に。
「私とあなたにも、糸がつながっている」
 男はごくり、と唾を呑む。確かに彼は操られていた。彼女の動作の一つ一つから、目を離すことができない。その完璧なまでに美しい体とその中で燃え盛る意志が、男の心を惹きつけてやまない。
「あなたにかけられた呪いという糸が」
「呪い!?」
 彼をさしていた手が己の体に巻きつく。震える体を押さえつけるように。内から零れそうになるものを止めるように。彼女の顔から先程までの傲岸さは消え、そこにあるのは、少女らしい不安の表情。
「私、女の子なんでしょ? 覇王でもなんでもない、ただの、女の子。あなたの前でだけ」
 それは、かつて彼が言った言葉。彼女の処女を散らしながら、放った(しゅ)
「他の誰の前でもなく、あなたの前でだけ、私は年齢通りのただの女の子でいられる。そういう呪いをあなたはかけた」
「華琳、俺は……」
「誤解しないで、責めているわけじゃない。愉しんでいるの。あなたと私を繋ぐこの呪いを」
 三歩。少女は不安と喜悦の入り交じった笑みを浮かべながら、足を進める。もう一歩進めば、彼の体に手が届く。
 お互いの放つ香りが鼻腔をくすぐる。
「いまは、だから、あなたの盟友でもなんでもない。ただの女の子。ねえ、その女の子を、支配してみたいと、思わない?」
 少女の笑みは崩れない。だが、その笑みの向こう側からかちかちと歯がぶつかる音が聞こえないだろうか。歯の根が合わず、震えを押し込めているのが、果たして男には見えたろうか。
「支配したら……どうなるんだ」
 男が一歩を踏み込む。少女は驚いたような顔をすると、ゆっくりと相手の首に手を回し、体を押しつけた。肌と肌が触れ合い、驚くほどの熱を伝えあう。
「私はあなたの奴隷になる。生死さえもその時はあなたのもの。全ての責任や重荷はあなたに預ける。その覚悟をしてくれれば、華琳という女の子は呪いに縛られた一刀の奴隷になる」
 沈黙。
 少女の顔色が真っ青に変わろうとした時、ぐっとつかまれる腕。少女は一切の抵抗をしない。却ってそれをうながすように動いた。
 跪かされ、その顔に男の肉の凶器をこすりつけられても。
「舐めろ」
 ああっ……。
 その声は歓喜の極のようにも、絶望の叫びのようにも、そして、そのどちらにも聞こえた。

「いひゃああ、感じ、感じゅしゅぎりゅ」
 台石に押さえつけられるようにして、少女は犯されていた。
 この国の支配の象徴たるその場所で、全てをさらけ出し、幼子のように涙を流しながら、あらゆるものを統べるはずのその少女は犯されていた。
 片足は男の手によって高く高く掲げられ、ぱっくりと割れた秘所には男のものが激しく突き入れられている。肉棒が蠢く度に派手な音と共に、泡を立てて流れ落ちる愛液。
「かじゅ、かじゅとっ、ゆりゅひて、しょこ、しょこかんじしゅぎっ」
 声は不明瞭にくぐもる。それは、彼女の可愛らしい舌が、男の親指と薬指とで引っ張り出すように掴まれているからだった。
「華琳は奴隷なんだろ? 気持ちよくさせてもらって、そんなこと言うの?」
「ごみぇ、ごみぇんにゃしゃい。で、でも、ふぅっ、うふぅああああああああ」
 少女の腕は手鎖をかけられているかのように胸の前であわされている。しかし、そこに拘束のための道具は何も見えない。
 縛っているのは、男の命令。
 手を動かすな、と命じられた少女は、その言いつけを守って、一切の抵抗を封じる象徴のように、胸の前から頑として腕を動かそうとしない。
 男の動作に感じすぎて腕が自然と動く度、涙を流しながら謝罪の声を漏らす。男がなにを言おうとしなくても。
「うひゅううううう、ふっ、かじゅとぉお、かじゅとぉお」
 声がはじける。頂が近いというように、小刻みに体が震え始める。
 と、男はぴたりと動きを止め、握っていた女の足を離すとやさしく、いや、いっそうやうやしいほどに慎重に石の上に彼女の体を横たえた。
「いひゃっ、いひゃああああああああああ」
 ばたんばたんと少女の体が暴れる。男はそれを抑えるでもなく、ただ、眺めている。舌だけは離さないのは、あるいは噛んでしまわないようにという配慮なのか。
 よく見れば、彼女がこすりつけようとしてくる下腹部を巧妙に腰を引いて避けている男。
「どうしゅて、どうしゅて、いかしぇてくりぇないのぉおおお」
 こうして、もう何度も彼女は絶頂に至る直前で興奮をおさめられているのだった。
 怒りの声を吐き、なだめるように誘い、泣きながら懇願する彼女を冷然と見据えていた男は、ようやくのように醒め始めた彼女の肌をこすりあげ、腰を動かしはじめる。
「ひどっ、ひどいよぅうう」
 だが、その非難は男の執拗な愛撫と、はげしい腰遣いに陥落していく。
「はひゅっ、いいっ、しゅごいのぉお」
「ほら、言うんだろ。俺を呼ぶんだろ」
「いかっ、いかしてくれりゅ? ゆ、ゆったりゃ、いかしぇててくれましゅかっ」
 こくり、と頷くその動作を見て、ついに彼女は確信した。この男は、自分を本当にそこまで追い詰めるつもりなのだ、と。
 そして、ゆっくりと舌から指が離れ。代わりに男の唇が彼女の顔に雨あられと口づけを降らせ始める。
 彼女の視線が揺れる。瞳孔が開かれ、焦点が外れる。
 そして、彼がラストスパートに入った時、彼女はついに叫んだ。
「ごしゅ、ご主人さまああああああ」
 男と女、二人が共に果てたのはその最中であった。

 すっかり眠りこけた男を前に、女はその体にまたがるようにして彼の顔を見下ろしている。
「一刀、あなたがかけた呪いは私だけじゃない。一年の間、私たちは、あなたに、ずっと操られていた。あなたの不在に」
 彼女は吐き捨てる。
 呪うように。祝福するように。
「でも、あなたは帰って来た」
 眠ったままの男の上にしゃがみ込む華琳。
「だから、あなたには、呪いの責任を負ってもらう」
 契約の印のように、彼女は彼の額に口づける。
 そして、顔をあげた時、その顔は華琳にあらず、曹孟徳のそれであった。
「桂花、起きているのでしょう」
「気づいておられましたか」
「近しい者の呼吸さえわからないほど落ちぶれてはいないわ。邪魔をしないでいてくれたのは感謝するけどね」
「いくらこのお気楽孕ませ男相手でも、寝ている者にまで嫉妬はいたしません」
 花のような笑みを、曹操は漏らした。桂花ですらあまり見たことのない、透明な笑みを。
「わかっているわね、桂花」
「……それが、華琳様のお考えならば、この荀文若、才の全てを費やしましょう」
「百年を考えるなら、この曹孟徳が帝位につくが最善。だが、千年を考えれば……」
 少女の呟きを本当に聞くべき者は、なお夢の中にいた。

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