洛陽の巻・第六回:袁本初、偽りて百叩きの刑を受けること

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「うーん、七乃、ここはどうなっておるのじゃ?」
「あ、それなら、えーっと、このあたりにあったと思ったんですけどぉ」
 美羽と七乃さんの声が、竹簡の山の向こうから聞こえた。
 ここは、城中の庭の一つ。
 今日は天気がよいので、みんなで大きな机を庭に持ち出して、それぞれに仕事をしているのだ。
 俺はいつもの書類仕事、華雄は調練の手伝いに行っていて、美羽と七乃さんは、民屯や生産関係の仕事を祭に監督されつつ進めている。
 祭はうまそうに酒をあおりつつ、なにかおかしなことがあれば方向修正してやる、といった具合なのだが。
 そんなところに、城の衛士の一人が駆けつけてきた。俺たちが部屋にいなかったため探し回ったのか、息が切れている。
「北郷さま、北郷さまを訪ねて来られた方々が」
「ん、誰だろ」
「証文がどうとか言っていましたが。どうしましょう」
 証文……請求書か。祭や美羽たちが――自分たちの名前では受けてくれないので――俺の名前でツケることがあるのだが、それかもしれない。
 この間も――蜜蜂のための花をつける――追加の若木が納品されていたしな。
「俺が応対するよ。じゃあ、行ってくる」
 探すのに夢中になって竹簡の山を崩して大変なことになっている美羽と七乃さん、からからとそれを笑っている祭にそう告げて、俺は兵の後について行った。
 それにしても、こちらに帰って来てすぐはずっと誰かがついていたけど、最近は祭か華雄が俺の側にいるので、華琳たちも安心してくれているようだ。
 城内でなにかあるわけもないんだけどな。
 そんなことを考えながら建物の角を曲がると、ふと視界の端に長い黒髪が見えた気がした。確認することはできなかったが、明命か冥琳、それとも春蘭あたりだろうか。
 誰だったのだろうと首を傾げていると、門についた。
 城門の横の通用門の外に、少々柄の悪そうな四人組が待っているのが見える。大男三人に、優男がひとり。
 俺は兵を下がらせて、そちらへ向かった。
「北郷一刀は俺だけど、どこの店の人かな」
「あなたが北郷一刀さまですか。私どもは、何大人のつかいのものでして」
 ……?
 優男が言ったのは聞いたことのない名だ。どこの花屋だろう。
「はあ、いったい、どこの……」
「ともあれ、これを」
 渡されたのは兵も言っていた証文だ。俺の名前と、袁家の印影がある。
 そこに記された金額は……ええと、うん?
 見間違いかな?
 何度も見返すが、そこに書かれた文字は変わらない。
 俺は底に書かれた金額を呆然と声に出していた。
「は? 百万銭?」
「はい、その通りで」
「いやいや、さすがにこれは……」
 苦笑いを浮かべて否定する。なにかの間違いだろう。
 いくら美羽だって、こんなとんでもないことをしでかすわけがない。もちろん、軍事行動などではこの程度の金はすぐ動くし、数字では見知っているが、個人で百万銭を消費するのはなかなかに難しい。
「もちろん、それは写しですが、こちらには本証文もあります。北郷さまがお支払いいただけないというのなら、こちらのお城の主様に訴え出るだけでして」
「いや、しかし……」
 華琳に訴えられるのも勘弁してほしいが、百万などという金を俺が持っているはずもない。そもそも、これだけのものを美羽たちが借りたか買ったかするというのが信じられない。蜂蜜を三十年分買えるぞ。
 いや、美羽ならその場にあれば買いかねないか。市場に存在しないだろうけど。
「うだうだ言ってんじゃねえよ!」
 口を濁していると、優男の右にいた大男が吼えた。普段、武将たちの本気を経験している俺にとっては気の抜けた怒号にしか聞こえないが、門についている衛士たち三人には緊張が走ったのがわかった。
「払うのか、払わねえのか、はっきり……。ぎゃっ」
 ぼぐん、と大男の頭を殴ったのは、優男。暗器を握っていたのか、倒れた大男の額からは派手に血が流れ、ぎゃーぎゃーとわめいている。
 あの色からすると、血糊かもしれないけどな。
「黙らないか、この莫迦。……申し訳ございません。部下が粗相を」
 叱りつけたあとで、柔らかな声で俺に謝罪する。うーん、これはまるきりやくざの手法だなあ。
 男たちはこの茶番で恐怖を刻みつけ、交渉で有利に立ったつもりかもしれないが、あいにくとこういう手合いには慣れている。
「ええと、まずはこの金がどういう経緯でそちらから俺に請求されることになったのか、色々調べさせてもらってから返答しますので……」
「あ?」
 大男の残り二人がすごんでくる。衛士たちは俺からなにも命じられず、また俺が手を出されていない以上動くわけにもいかないので、少々落ち着かない様子だ。
 兵たちに命じてこいつらを捕縛するのは簡単だが、この証文が厄介だ。力で握りつぶしたと言われるのも癪だしな。
 さて、どうするか……。
「北郷さん、私も子供の使いではありませんので、なんらかのお返事はいただかねばならないのですよ。本日お返しいただけないのでしたら、それなりの返済日をおっしゃっていただかないと」
「いや、だから、そもそも俺が支払うべきなのか、という問題でさ」
「ほう、天の御遣いさまは、金の取り立てをしらばっくれると」
「そういうことじゃあなくて……」
 こういう手合いには、何を言っても通用しないんだろうけど。
「北郷さん、いいですか、返す日が遅れればそれだけ利息がかさみますよ。いまでさえ、刻々と積もっている利息をとりあえず無視して、百万でいいと言っているというのに」
 ああ、そうか。こいつら、噂の高利貸しか。ようやく気づいた。
 そのことにふむふむと納得していると、その様子を俺が諦めたと認めたのか、畳みかけるように話しかけてくる。
「分割払いももちろん応じますよ。その間の利息も勉強させていただきましょう。私どもとしましても、天の御遣いさまとはご懇意にさせていただきたいものでして……」
 べらべらと喋っているが、そのほとんどを俺は聞いていない。
 衛士は三人、俺を入れて四人。相手も四人。騒ぎが大きくなれば他の兵も集まってくるだろう。
 ここは一つ、やるしかないか。
「うん、わかった。払う義理はない」
「は?」
「だから、あんたらに払う金はないって」
 言った途端、殴りかかられた。さすがに予想していたので、大男二人の拳は避けられたが、優男の一撃は避けきれなかった。顎に衝撃が走り、意識が一瞬飛びかける。
 なんとかたてなおし、たたらを踏んで首をふると、兵士のうち二人までが、さっきまで倒れてぎゃーぎゃーわめいていた男に何かの粉──目つぶしだろう──を吹きかけられて苦しんでいるのがわかった。もうひとりは、その大男と格闘中だ。
「てめえの脳味噌の中身はクソか? あ? それとも何だ。昨日あたりにぶちこまれた精液溜まりか?」
 優男がすっかり口調を変えて吐き捨てる。
 本人はそれ以上かかってこないところをみると、逃げる算段をしているのか?
 他の兵士は間に合わないかもしれない。俺は大男の大振りの拳を避けつつ、そいつの動向を観察する。
「仮にも一国の武将に対してその侮辱、覚悟はできているのだろうな」
 その聞き覚えのある声は、俺の後ろから聞こえてきた。
「冥琳!?」
「おやおや、お嬢さんが出てきたか。天の御遣いさまは、困ると女に頼らないとならないお子ちゃまなんですなー」
 うん、間違ってはいない。
 俺のまわりの女性陣は男女の別をはるかに超えて、天下に名高い達人ばっかりだからな。だが、その言葉を聞いて、激昂したのは俺ではなく冥琳のほうだった。
「貴様っ」
 今にも武器を抜きそうに腰に手をやり、城内で武裝していないということを思い出したのか、つかつかと男たちのほうへと歩き出す。
「ま、待ってくれ、冥琳。呉の武将が魏の民に手を出せば、問題が……」
 慌てて冥琳に駆け寄った。それ以前に、いまの冥琳が突っ込めば、この男どもなどすぐに死んでしまう。それでは困るのだ、この証文のことも……。
「そうだな、我等なら問題ないがな」
「北郷、なますにするか、それとも、真っ二つかな?」
「兄ちゃん、こいつ、絞めていいの?」
「兄様、潰していいですか」
 そういえば、大男の攻撃が追いかけてこないと思った。
 振り返ると、優男は秋蘭に首を掴まれ、三人は春蘭、季衣、流琉にそれぞれ掴み上げられている。四人とも真っ青な顔をして、悲鳴すら漏らせないのは、どこか決められて身動きがとれないからだろう。
「いや、話を聞かないといけないから、牢に放り込んでおいてよ」
「こいつもか?」
 秋蘭がぎりぎりと優男の首を絞めると、男の顔が赤から青に変わり、ついに白くなって行く。
「たぶん、そいつが一番よく知っているんだよ」
「しかたないな」
 力をゆるめたのか、ぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のように口を動かして呼吸する男を見ると、本当にかわいそうになってくる。ただ、この後はきっと素直になってくれるはずだ。
「ありがとうな、みんな」
「北郷はもとより、お前たちも鍛え方が足りん!」
 兵たちを怒鳴りつける春蘭。目つぶしでやられていた衛士たちは、顔中を涙でぐしょぐしょにしているが、それが目つぶしのためなのか、春蘭が恐ろしいためか、判別がつかない。
「姉者、それくらいにしておけ、こいつらを牢に連れて行くぞ。一刀が調書をとるか?」
「いや、桂花に話を通してくれないか。そいつら、例の高利貸しの一員なんだ」
「うむ、わかった」
 ずるずると男たちを引きずって行く四人は容赦がなかった。関節をとられているのか、動くことのできない男たちは土の上でごんごんと各所をぶつけるたび、悲鳴をあげていた。
 みんな、俺が不甲斐ないのを怒っているんだろうなあ。
「冥琳もありがとう」
 ひとり残った冥琳に礼を言うと、恥ずかしそうに顔を伏せられた。
「すまん、いらぬことをしたな」
「そんな、嬉しかったよ」
「しかし……」
 なお言い募ろうとする冥琳の手をとる。
「本当に嬉しかったんだ。実際手こずっていたからね。ありがとう」
「う、うむ」
 ぎゅっと握ると、彼女の暖かな体温が伝わってくる。
「この間のこと、謝ろうと思っていたんだ。明命は、もう大丈夫かな」
「あ、ああ、あれは……。うん、大丈夫だ。私も言いすぎたと思っている。許してもらえるかな」
「ああ、もちろん」
 俺が応えると、ようやく冥琳の顔がほころぶ。その顔が、少々赤くなっているのは、喜びのせいだと思いたい。
 しばらくして、おずおずと彼女は切り出した。
「それで、その……手……」
「あ、ごめん!」
 俺たちは二人とも真っ赤になりながら、慌てて手を離すのだった。

「はあ? 私たちがそんなことすると思っているんですか!?」
「いや、違うって、でも、袁家の印影がさ……」
 俺が城門であったことを話した途端、七乃さんが食ってかかってきた。いくらいまは俺の預かりとはいえ、多額の借金を人に押しつけたなんてことになったら、ただでさえ危うい名家の名声が地に墜ちる。
 七乃さんとしても必死になるのはよくわかっていた。
「いくらお嬢様でも百万銭なんて……。ええと、お嬢様、していませんよね」
「なんじゃ、そのあってもおかしゅうないというような聞き方は」
 思わず茶々を入れる祭。当人の美羽はしげしげと証文を眺めている。
「まず美羽たちじゃないのはわかっているよ、でも、どうやって印影が流出したのかを……」
「そんなの、私たちがわかるわけないじゃないですか。美羽様だって肌身離さず持っているはずですが、城内に内通者がいれば……」
「うん、それも考えたんだけど」
 俺たちが言い合っていると、美羽が大きく溜め息をついた。まるで、莫迦な大人にあきれ果てた子供の姿だ。
「ええい、七乃も一刀も言い合っておらんで、この証文をよくみなおさんか!」
「ん?」
 美羽が指す先を見る。そこにあるのは袁家の印影だ。七乃さんも頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「よく見るのじゃ、この印を」
「袁家の印だろ?」
「ちっがーーう!! たしかに袁家は袁家じゃが、これは、麗羽の印じゃ!」
 ばたばたと暴れるせいで、証文が見にくいが、確かにそう言われてみれば、微妙に違いがあるようにも思える。
「……しかし、袁紹だと?」
「うむ、なぜ、麗羽めが一刀に……?」
 俺たちはますますよくわからない顔でお互いの顔を見合わせた。

「城に押しかけてくる高利貸しに、麗羽の印影、ね」
 魏の覇王は証文の写しから目をあげて居並ぶ重臣たちをねめつけた。びりびりと緊張感が募る。
「問題ね、これは」
「はい、北郷と凪らからの報告を総合して吟味し、その後追跡調査を行わせておりましたが、この高利貸しは、かなり組織的に行われている模様です。仕掛けに必要以上の費用をほどこしている節もあり、一時の得よりも、金、特に新造銭を使うのはばからしいことだ、と思わせるほうに動いているように思えます。この点は、この男の直感もそれなりに使えるというところでしょうか。今回の城門での狼藉も、一種の示威行動でしょうね」
 桂花が流れるように説明する。俺への罵倒が普段より少ないのは、それだけ余裕がないということだ。
 戦争よりもなによりも、こういう腐敗を防ぐのが、難しいと知っているからだろう。
「麗羽はどう関わってくるのかしら」
「申し訳ありませんが、情報不足です。ただ、賭場で暴れていたという報告があります。取り込まれたか、抑えられたか。いずれにせよ、あの莫迦が主な行動に関わっているとは思えません」
「難しいわね」
 広間に落ちた沈黙を破ったのは夏侯惇だった。
「そうかな」
 ぽつりと呟いた声を聞き逃す者はここにはいない。
「春蘭、なにかあるの?」
「はい。そんなに悩むことでしょうか。全て潰してしまえばよいかと」
 春蘭らしい意見に場が和もうとした時、秋蘭が口を挟んだ。
「姉者の言は一理あると思います。犯罪組織などとご大層にふんぞりかえっておりますが、要はチンピラです。戦にも出られぬ腰抜けどもが信じるのは利のみ。ならば、この件に関わっても利がないと思わせるのが得策かと。問答無用で叩き潰してしまえば、いかにやつらとて我等と事を構えることの意味を知るでしょう」
 秋蘭の意見について、稟がいつものように眼鏡をくいとあげつつ言葉をつむぐ。
「もし、善良な金貸し――そんなものが存在し得るのかどうか、私はどうにも確信できませんが――それらがいたとしても、まとめて潰してしまうのがいいでしょう。必要とあれば、いずれ再び芽を出しますし、どうしても金に困る者には街ぐるみで支援をできる体制をつくるほうがよろしい」
「そうですねー。やるならば一気にやってしまうのがいいと思います。悪人は消えないものですが、今回のはやりすぎです。軍を動かしちゃいましょう」
 今度は風だ。なんだ、みんなやけにやる気があるな。
 このところ派手な動きがなかったからかな?
「あなたたち、ちょっと感情的になっていない?」
 華琳が押しとどめる役にまわるだなんて珍しいこともあるものだ。
「城門にまで押しかけられて、黙っとる方が問題ちゃうかな?」
「……本当にそれだけかしら?」
 ぐるりと見回す華琳。俺はもうなにも言うことができない。城門での失態は俺のせいだしな。
「さあなあ。でも、大将かて、こけにされたと憤っとるのは間違いないんちゃう?」
 獰猛な笑みを見せる霞の顔をまじまじと見つめ、華琳は小さく溜め息をついた。それから、やけにわざとらしく、やれやれと肩をすくめてみせる。
 その顔に、いつも通りの酷薄でとびっきり魅力的な笑みが刻まれた。
「わかったわ、今日から十日の後、洛陽での貸金は禁止すると布告を出す。即日、全て叩き潰して見せなさい。警備隊はもちろん、各自の部隊の動員を許す」
「はっ」
 将たちが唱和する。その中で、華琳は俺のことをまっすぐと見据えてきた。
「一刀、あなたは麗羽。どこにいるかわからないけど、探し出しなさい。あの莫迦を」
 そう吐き捨てる華琳の言はとことん嫌気に満ちていた。

「文醜、顔良もここにいるんだな」
 俺は脇の路地から向かいに立つぼろ家を見上げて、明命に確認した。
「はい」
 明命はこの十日俺たちに協力して袁紹たちを探し出してくれていた。本来は俺たちだけでやらねばならない仕事なのだが、冥琳からも協力を申し出てくれた以上、頼れるものには頼りたい。潜入や調査が専門の明命の能力はとても頼もしかった。
 それでも、袁紹たちの足どりをたどるには十日ぎりぎりまでかかってしまった。今日はもう町のあちこちで各部隊が暴れている頃だ。
 華琳と桂花を除く曹魏の重鎮全ての武将と、その配下の精鋭達が投入されたのだ。銭を操るようなやつらが太刀打ちできるはずがない。おそらく、ほとんどの組織は抵抗することすらできず壊滅しているはずだ。
 その中で、俺が連れてきているのは、兵については揃っているものの、将は華雄だけだ。祭や七乃さんは攻撃部隊による混乱収拾のために、警備隊とともに派遣せざるをえなかったのだ。
「手勢が……足りないか」
「そんなことはあるまい。私と周泰がいれば、いかに顔良、文醜でも抑えられよう。後は兵で充分だ」
「いや、明命はまずいよ。呉の将なんだし」
 明命と華雄は顔を見合わせる。幸い、明命たちに恨みは残らず、あの手合わせがきっかけで親交をもつようになったようだ。
「ばれなければ問題あるまい。なぁ」
「はい、証拠は残しません!」
 二人して俺のことを見てそんなことを言う。仲よくなったのはいいが、始末におえなくなってしまいそうな……。
「しかたない。いいかい、袁紹たち以外は抵抗したら、容赦しなくていい。皆、怪我しないように!」
 兵達に言い聞かせ、華雄たちに目線で合図する。俺は振り上げた手を一気に振り下ろした。
「突撃!」

 この日、検挙された高利貸し、悪徳商人は実に二百人を超えた。彼らの店や住居からは所持を禁止されている悪銭もたんまりと出てきて、罪を確定させていた。
 その罪人どもの吟味と後処理は桂花や秋蘭たちに任せ、俺たちは捕らえてきた袁紹を囲んでいた。今回は関係者ということで、美羽や華雄、祭もいる。
「さて、麗羽」
「なんですの、華琳さん」
 傲然と胸をはる袁紹。まあ、いつも通りと言えばいつも通りだが、捕らえられた自覚があるのだろうか、この人は。
 ……いや、美羽もこんなんだったか、
 それだけ名家の名声は力を持っていたということか。
「あなたたち、なんであんなところにいたのかしら」
「それは、その、お金がなくなってですね、大食いや腕相撲大会でしのいだり、賭けでお金つくったりしていたんですけど、どうしても足りなくなって、あそこで用心棒を。……すいません、すいません」
 顔良が申し訳なさそうに、ぺこぺこ謝る。
「あれ、でも、袁紹たちは天和たちのところで働いて給金をもらっていたんじゃなかったっけ」
「それだけじゃ、むねむね団を養えないんだよ」
 俺の疑問に、文醜がしかたなさそうに応える。大食いや腕相撲は彼女の担当だろうな。
「むねむね団?」
「袁紹の私兵集団ですね。現状では特に何をしているわけではありませんが、これを組織していることも罪の一つです」
「ああ、一刀が霞を助けに行った時の報告書にもあったわね。私の美意識にあわないので忘れてしまっていたわ」
「華琳さん。わたくしのむねむね団を莫迦にしないで下さる!?」
「それはともかく」
 袁紹の抗議はまるきり無視だ。
「一刀に借金を押しつけたのは?」
「ああ、天の御遣いさんですわね。美羽さんもお世話になっているそうですし、ちょうどいいかな、と。お金ももらえましたし」
 え、それだけ?
 さすがに呆れているのか、誰も口を開かない。
「麗羽さま、そんなことしたんですか!?」
「あたいらはともかく、麗羽さま、この兄ちゃんと面識ありましたっけ……?」
「いえ?」
 慌てる顔良と疑問を口にする文醜に対し、泰然とした態度を崩さない袁紹。いや、もし面識あったって、借金を肩代わりする義理はないからな。
「死罪にしていいかしら」
 渋面をつくった華琳が、風と稟にはかる。
「いや、それは! どうか、どうか!」
「お願いです、あたいたち、仕事もらえたら働きますから!」
 さすがにまずいと感じたのか、配下の両将軍はがばりと平伏して必死の嘆願を繰り返すが、当の袁紹はふふんとなにか得意顔だ。いや、ここまでくるとあっぱれなもんだ。
「難しいでしょうねー。私兵募集はかなりの重罪に問えますが、さすがにいきなり死罪というのも。お兄さんへの脅迫行為を含めて悪徳商人たちに加担したとして……。そですね、腕一本くらいですか」
 風もなかなか物騒なことを言う。
「袁家の当主としてはどう思う? 袁術」
「あら、華琳さん、当主はわたく……むぐごが」
 発言しようとしたのを、ばっと飛びついた顔良と文醜の二人がかりで口をふさがれる袁紹。苦労しているな、二人とも。
「うーん、不具になった麗羽というのも寝覚めが悪いのじゃ。というて死罪というのもの。……百叩きあたりにまからんかの」
 百叩きか。こちらの世界でもその通りかどうかはわからないけれど、祭の苦肉の計では、当初百回だったのを明命たちがとりなして五十回に減らされたという話があったはず。
 つまり、歴戦の武将ですら百回打たれるのは耐えきれぬと思えるような刑罰なわけだ。打ったほうの冥琳の心痛が忍ばれる。
 なにしろ打つのは鞭か杖だ。鞭と言ってもしなやかなものではなく、いま祭が持っている武器の原形となった堅木の棒だ。そんなもので打たれれば、肉は裂け、血が吹き出し、中には打たれる途中でショック死してしまう例もあるとか。たいていは賄賂を事前に渡すことで、力の入れ具合を調節してもらえるらしいけれど。
 死罪や腕を落とすのに比べたら、たしかに軽い刑ではあるが、しかし……。
「ならば、今後は袁術が袁紹を監督することを条件に減刑するわ。百叩きと今後の謹慎。もちろん、ええと……なんとか団は解散。まあ、構成員については罪に問わなくていいわ」
「えー、妾が麗羽の監視かや……。しかたないのぅ」
 さすがに華琳も袁紹を野放しにしておくことを危惧したのだろう。彼女たちは美羽に預けられることになってしまった。
 待てよ、そうなると、やっぱり俺が……?
「美羽さんの風下に立つ上に、百叩きですって、なんでわたくしがそんな……」
「莫迦言わないで、麗羽。いくら昔なじみとはいえ、見逃すにも限度があるのよ。あなたひとりが打たれることで部下の命が救われると思いなさい」
「ですが、華琳さん!」
 抗議する袁紹を、仕方なさそうに見やり、華琳は霞たちに指示を下す。
「連れて行きなさい」
 三人は剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、肩を寄せ合って震え始めた。ようやくというかなんというか……。
 しかし、その光景を見て俺は決心した。
「待ってくれ、華琳」
「なに? さらに減刑しろなんてことは言わないでしょうね? これでも……」
「違う、刑の執行は俺に任せてくれないか」
 つかつかと袁紹に歩み寄り、彼女の腕を取る。武官ではない俺だからなんの警戒もされずにできたことだろう。
 文醜、顔良も不思議そうにこちらを見るばかりだ。袁紹は抵抗もなく、俺がひっぱるに任せて広間の中央に出てきた。
「一刀殿が主な被害者ですから……。しかし、あまり趣味がいいことでは……」
 稟が心配げに俺の方を見ている。風のほうは口元を隠しているが、どうみてもにやにや笑っている。お兄さんの酔狂がはじまりましたねー、という彼女の心の声が聞こえてくるようだ。
「……いいけれど、あれは、やるほうもかなりの体力を使うわよ」
「いいんだな? 俺が百叩きをやる、それでいいな?」
 念を押すと、そんなにやりたいの? と目線で問われる。
 しかし、やらねばなるまい。
「まあ、いいわ」
 その答えを聞くと、俺はその場にどっかと座り込んだ。そのまま掴んでいた袁紹の手を引くと、バランスを崩された袁紹はあっけなく俺の膝の上にうつぶせで倒れ込む形になる。
 彼女のスカートをめくりあげ、一気にその下着をおろす。
「はっ?」
 華琳と袁紹の間抜けな声が期せずして唱和し、広間に響いた。
「麗羽様っ」
「顔良将軍、お動きめさるな」
「文醜殿も」
 視界の端で、華雄と祭が文醜、顔良両将軍の腕をとっているのが見えた。
「ちょ、ちょっと、待って、なにをするつもりなの」
「だから、百叩きだよ」
 あっけにとられる華琳たちを尻目に、俺は、丸まるとした双丘に、一発平手打ちをかます。ぱあんっ、と小気味いい音が謁見の間に響きわたった。
「きゃあっ」
 間髪入れず、彼女の綺麗でぷりぷりしたお尻に二発目をたたき込む。別の時に見ていたならば、劣情をもよおしてしまうだろうと確信するほど形のいい尻だ。
「なにをっ」
 三発。
「する」
 四発。
「んですのっ」
 五発。
 抗議は聞かない。ここでこれが罰だと押し通さなければ、彼女は肉がはじけ血がにじむ刑罰に送られることになるのだから。
 十発。
 みるみる尻が赤くなる。
「やめなさい、あなた、わたくしをなんと心得てっ、ひっ」
 抱きしめるようにして、抵抗する体を押さえつける。やわらかい体に意識がいきそうになるが、気を奮い立たせて、平手打ちを続けた。
 二十発。
「ねえ、どう思う?」
「んー、刑罰になっているような、なっていないようなですねー。まあ、お兄さんらしいですけど……。ああ、稟ちゃん、とんとんー、とんとんー」
「衆人環視の中で……一刀殿に。……はふっ」
 三十発。
 だんだんと抵抗がなくなってくる。諦めてくれたのだろうか。鞭打たれるより、こっちのほうがよほどましだと思うんだよな。
 さすがに泣き出したりしないのは、武将としての意地だろう。
 よりどころがほしいのか、俺の足を掴む袁紹の指が食い込んで痛いほどだ。
「うう、袁家の恥さらしなのじゃ……」
「う、うるさいですわよ、美羽さん! ひゃあっ」
 四十発。
「ねえ、流琉、袁紹さん、なんか真っ赤になってるよ。お尻も真っ赤だけど」
「き、季衣、見ちゃだめ」
 五十発。
 この頃になると、相変わらず声は抗議を続けているものの、袁紹は俺が打ちやすいようにと姿勢を整えるようになった。
 抗う方が痛みは増すと気づいたのだろう。
 ぐっと膝をつき、尻を掲げて打たれる痛みに備える様はある種煽情的にも見える。広間に俺以外の男がいないのが、せめてもの慰めになればいいのだが。
「くっ、くっくっ」
「華雄、笑うてやるな」
「しかし、あれが董卓さまを罠にかけた袁紹と思うとな。恨みも消えてゆくわ」
 六十発。
「しっかし、一刀もいい趣味しとんなあ」
「そうでしょうか、隊長は甘いと思います。巨額の借金を肩代わりさせられようとしてあの程度では……」
「凪ちゃんは、目の前で何が起こってるかわかってないのー」
「しゃあないやろ、凪やし。いやー、さすがに恥ずかしなってくるなー」
 七十発。
 なぜか、時折思い出したように暴れ出す袁紹。痛みから逃げようとしているというよりは、内からわき出るなにかに抗っているようだ。確かにこんな屈辱、名家のお嬢様にしてみれば耐えがたいものなのだろう。
 しかし、声もなく暴れられると、こちらとしても対処に困る。しかたないからのばしてきた手をぎゅっと握ってやる。
 八十発。
「なあ、斗詩(とし)、あれって麗羽様、うっと……」
「言わないであげて、文ちゃん」
 九十発。
 既に、広間に聞こえるのは、俺が尻を打つ音と、袁紹の荒い息だけだ。
「はあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ」
 犬のように息を漏らす袁紹。俺たち二人に、広間中の視線が集っているのがわかる。
「見ては、見てはいけませんわ。……こんなの、ありえ、わた、わたくしは……」
 譫言のように繰り返す。すっかり大人しくなった彼女の手をなだめるようになでてやると、すがりつくように俺の手に指をからめてきた。
「わたくしは、袁家の、ふっ……くっ……」
「最後、いくぞ」
 小さく囁くと、潤んだ目で見上げてくる。惚けたような顔に、ほっとしたのか、喜びの色がのっている。
 ぱああんっ、ひときわ高い音を鳴らして、百発目を終えた。
「ふわっ……」
 押し出されるような吐息を漏らし、袁紹の体から力が抜ける。膝にかかる重みが急に増したように感じた。どうやら完全に意識を失っているらしい。
 ぐったりとした袁紹を、なんとか支えて、なんだか赤い顔をしている文醜と顔良の二人に引き渡した。主を辱められて怒っているのだろう。
 それでも、頭を下げると、慌てたようにあちらもわたわたと頭を下げてくる。
 それにしても、失神するほどのものだったかなあ。
 いや、まあ、俺も手がしびれて感覚がないくらいだから、それなりのものか。
 美羽を先頭に立って袁家一行が軟禁場所に案内され、華琳たちが憤然と出て行ったところで評議は終わりとなった。

 そして、なぜかこの夜の華琳はいつにもまして不機嫌、かつ意地悪で、怒っているくせに俺にひっついて離れないという奇妙な行動をとった。
 あれは一体なんだったのだろうと、後々まで俺を悩ませることになるのであった。

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洛陽の巻・第六回:袁本初、偽りて百叩きの刑を受けること」への8件のフィードバック

  1. この回は当時、麗羽サマのデレにつながる話としては、今まで読んできた数多の恋姫SSの中でも一番しっくりくるイイ話だと思いました!また読んで再認識したくらいです!しかし読み返してみて、悪党殲滅作戦立案はもホントのところは、みんな一刀が殴られて怒ってたんやな~って、今更気づきました。

    •  麗羽さまは、ゲーム本編だと愛情についても性の方面に関しても、明確な自覚なく流された感になっちゃってますからね。
       そのあたり、一刀とのつながりをもっと強くしたいと、この作品では最初に強烈なものを与える展開にした記憶があります。
       しっくりくると思っていただけたなら成功ですね。

       後半に関しては、一刀が殴られたり怒鳴られたりして、それに対して色々思っているのだけど、直接は触れないというのが魏勢らしいかなあとw
       これが呉や蜀だとまた違った反応になると思いますから。

  2. どうも俺達は「鞭」と言われると、所謂ウィップを思い浮かべますけど、
    中国での本来の鞭は、一刀が解説しているように棍棒の子分みたいな奴なんですよね。
    ウィップとの区別を明確に付けるような場合、「硬鞭」と表現するそうですが。

    西洋では処罰用として、打撃を与えつつ致命傷にならない様にウィップが発達し、
    中国では、罪人など死のうと構わんと言わんばかりに硬鞭が使われた。
    鞭一つ取っても、どうしてこんな違いが生まれたのか、少々興味が湧きますね。

    •  東西での鞭の違いは面白いですよね。
       ビジュアルと音では西洋の鞭のほうが恐怖感はあおれたでしょうなあ。中原だと棍棒そのもので、恐怖と言うよりは荒々しさですからね。

       日本だと竹鞭なんでしょうが、役人が死なないように手加減するのに対して、私刑だとやっぱり打ち殺しがちだったようです。
       背中からのダメージはかなり強烈ですから、しばらくしてから死ぬとかもよくあったのでしょう。

       まあ、百叩きで本気で百叩いちゃう一刀さんも一刀さんだなと思いますがw

  3. ・・・それと、李典が黄蓋の為に遮光調節機能つき鬼兜『きめんくん』を作ってますが、
    中国では鬼(キ)は幽霊に相当するので、日本人がイメージする鬼(オニ)が理解出来るのか、
    ちょっと疑問に感じた訳ですが、そこの所はどうなんでしょうかね?

    あくまで舞台は外史であり、中国その物ではないので、日本のオニも理解出来るのか?
    或いは、一刀が日本のオニについて、理解が得られるまで細かく説明したのか?
    強いて言うならば、中国では夜叉や羅刹が、日本でのオニのイメージに近いらしいですが。

    重箱の隅つつきにはなってしまいますが、解説が欲しいと思ったのでコメしました。

    •  きめんくんに関してですが、おそらく一刀と真桜しか理解していないでしょう。
       真桜にしても、あまり理解はしていないかもしれません。
       ただ、魏軍では揃ってどくろの意匠を取り入れていますので、それらの意匠が威圧効果を持つことは理解していて、一刀が自分の世界の武装について話す時に「兜に角をつけたり装飾して……」というのを聞いて、類似品として取り込んでみたという感じではないでしょうか。
       このあたり、本来は描写すべきかもしれませんが、ゲーム中でも『サボる』などと普通に言ってしまう恋姫世界なので、一刀の影響ということで通るかなと省いた部分であります。

  4. …あ~、「サボる」ね、無印で関羽が使っていた気がしますね。
    個人的解釈としては、恋姫達は日本語と認識されている言葉なら理解可能と考えてます。
    小学生以上の日本人なら、まず「サボる」の意味は理解出来るでしょうし、
    国語辞書を引いてみたら、ちゃんと「サボる」が載っていたりしたんですね。

    よって、「サボる」は既に日本語であり、だから恋姫達も理解出来たと言うのが、俺の結論です。

    •  なるほど、そういう考えもありですね。
       日本語喋ってますからねぇw
       そのあたりはどこまで許容してどこが気になるかという個人差は大きいのかもしれませんなあ。

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